「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章・序

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 横浜貿易新報の記者・中越祐が新選組の生き残りという老人に初めて出会ったのは大正十年の二月の中旬の事であった。
 とある県議会議員を通しての交渉が思った以上に難航し、『曽我梅林の梅見の時なら時間が取れるそうだ』という某県議会議員の無理難題を呑んでようやく実現した取材である。ここ最近横浜貿易新報の発行部数が停滞気味なだけにこの取材は是が非でも成功させ、目玉記事にしなければならない――――――中越は意気込んで老人が指定した曽我梅林近くにある老人の知人宅へ乗り込んでいった。



 中越が約束の場所に辿り着いた時、すでに新選組の生き残りの老人・藤堂平助は西に面した座敷で中越を待っていた。開け放たれた座敷の外には、今を盛りと咲き乱れる曽我梅林の白梅と青空にそびえ立つ富士山、そして丹沢連峰が広がっている。まるで出来過ぎた絵画のような景色であるが、座敷にまで漂ってくる白梅の甘く、爽やかな芳香がそれを現実のものだと証明していた。

「良い香りですね。梅がここまで香るとは今まで知りませんでした」

 勧められた座布団を丁重に断り、中越は藤堂老人の前に座る。

「ほぉ、お若いのに感心ですな。今の若い者は座布団を断るという風習さえ知らない者が殆どだというのに」

 そもそも座布団に座って良いのは身体が衰えた老人のみであり、どんなに身分が高くても若いうちは座布団を断るのが常識であった。というよりは座布団を使うような老人と思われたくないという矜持がそうさせていたのだろう。それも今は昔の事になってしまったと藤堂老人は溜息を吐く。

「私なんぞもよく上の者に叱られて礼儀作法を覚えたものです。特に試衛館は厳しかったですよ・・・・・・」

 そう言いながら藤堂老人は一度渋茶で喉を潤し、昔語りを始めた。新選組創設時からの参加者であり八番隊組長、そして高台寺党として新選組と袂を分かったにも拘わらず生きながらえたこの老人の話は、まるで講談のようにおもしろ可笑しかった。そう、まるで講談のように――――――作り話じみていて真実味に欠けるのだ。かといって全てが嘘というわけでもなさそうである。

「――――――ほら、これが油小路で受けた傷ですよ。隊の規則で『後ろ傷は切腹』なんて言うのがありましたが、その時は新選組を事実上脱退していたようなものでしたからねぇ」

 わざわざ諸肌を脱いで見せた傷は本物の刀傷であった。こうやってやけに生々しい証拠を見せつけながら、肝心な部分――――――特に新選組分裂後からの話は曖昧である。結局の所、どこまで本当でどこまで作り話なのか中越にはよく解らなかったが、これだけは本能的に感じていた。

――――――このじぃさん、肝心要のところで嘘を吐いている。

 どこをどう、というのは解らない。だが、新聞記者の本能と言うべきか、第六感の部分でが『この老人の話を鵜呑みにしてはいけない。』と警鐘を鳴らしてくるのである。
 確かに老人の話は面白い。つい数十年前の事なのにまるで映画を見ているように生々しく経験談を語ってくれる。それはまるで近所の梅林に咲いている花々のように美しいのだが、同時にその甘い芳香のように中越を誤魔化しているように思えてならない。
 だが、ここで老人の気分を害してはこの老人へのつなぎを得る為に費やした時間と費用、そして何より零細地方新聞の部数を増やす為の目玉記事がおじゃんになってしまう。老人に問い質したい気持ちを抑えつつ、中越はともすれば脱線しがちな老人の話を根気よく取材し続けた。



 それから約三ヶ月後の五月半ば、銀杏の木々が若葉を茂らす横浜の街中で中越は藤堂老人と偶然出くわした。というか、藤堂老人の背丈は日本人にしてはあまりにも高く目立つのである。細身の所為かそれほど威圧感は感じないものの、若い頃は六尺近くはあっただろうと思われるその身の丈は遠目からもはっきりと見て取れる。一目でそれと気がついた中越は藤堂老人に駆け寄り、会釈をした。

「藤堂さんご無沙汰しております。こちらに御用ですか?」

 思わぬ出会いに藤堂老人は驚きの表情を見せたが、すぐにそのヒラメに似た浅黒い顔に笑顔を浮かべる。

「いいえ。私の家は馬車道の裏にありますんでここいらは庭みたいなものですよ。もうここに住んでから五十年以上にもなりますか・・・・・・だいぶ変わりました」

 どこか懐かしむように藤堂老人は遠い目をした。さわさわと五月の爽やかな風が銀杏並木をすり抜け、まるで走馬燈のように木漏れ日を揺らしてゆく。

「でしたらもう少し遅くしてこちらで取材をすれば良かった・・・・・・焦りは禁物ですね」

 中越は藤堂老人と親交があるという元・県議会議員の川村三郎に頼み込んで二月の取材をようやく取り付けたという経緯がある。ちなみに川村も元・新選組隊士で、当時は近藤芳助と言う名で伍長を務めていたと中越の耳にたこができるほど聞かされたのだが、これも藤堂老人につなぎを付けて貰う為の辛抱だと我慢に我慢を重ねたのだ。
 それだけに『梅見の日に会ってくれる』という川村元議員の言葉を真に受けて、一日がかりでわざわざ下曽我くんだりまで出向いたのだが、横浜の、しかも馬車道の裏という社屋のすぐ近くに住んでいると知っていれば交通費も時間もかけずに取材が出来たと中越はがっかりする。

「あはは、申し訳ありません。たまたま娘夫婦と梅見をする予定でしたので・・・・・・たぶん、下曽我まで出向く事になればあなたが諦めてくれるだろうと川村さんが気を遣ってくれたのでしょうね」

 しかしそうだとしても家族と外出する日にわざわざ日取りを合わせるだろうか。中越は二月の取材の時に感じた違和感を思い出す。そして『娘』という言葉にも中越は腑に落ちないものを感じていた。川村からは『息子がいる』とは聞かされていたが、『娘がいる』とは一言も聞いていない。もしかしたら川村にも言えない事情があるのだろうか。中越は不審に思った。

「川村さんから息子さんがいらっしゃるという話は聞いておりましたが娘さんもいらっしゃったんですか?」

 何気なさを装いつつ、中越は藤堂老人に尋ねる。

「・・・・・・ええ」

 ほんの一瞬であったが老人の返答に一瞬の躊躇があったのを中越は聞き逃さなかった。確たる理由は無い。だがこの老人は間違いなく自分に対して何かを隠しているか、嘘を吐いているかしていると中越は感じ、ここぞとばかり大勝負に出る。

「藤堂さん、あなた私に嘘を吐いていらっしゃいますね。というか・・・・・・あなたは本物の藤堂平助じゃないのでしょう?」

 その瞬間、今まで穏やかな笑みを浮かべていた老人の顔が一瞬にして凍り付き、厳しい視線で中越を射貫いた。



 横浜の日本大通りは今も昔も多くの人や馬車で賑わっていて騒々しい。だが中越と藤堂老人の周囲だけまるで別世界に放り込まれたように独特の静寂が包み込んだ。藤堂老人からは怒気にも似た重苦しい圧力が滲み出し、中越は一瞬後悔したがもう後には戻れない。勇気を振り絞って中越は目の前にいる謎の老人に問い続けた。

「あなたは藤堂平助さんじゃないんですね?やはり本物の藤堂平助さんは油小路でお亡くなりになったんでしょう?」

 沈黙を続ける老人に対し、中越は持論をまくしたて続ける。

「だけど・・・・・・少なくても平隊士や伍長ではないはずです。でなけでば川村さんさえ知らなかった機密の話が出来るわけありませんし。一体何者なんですか?」

 確信はない、だが新聞記者としての勘が藤堂老人の嘘を嗅ぎ取っていた。持論を一気にまくし立て、中越はきっ、と老人を睨み付ける。相手は幕末の志士と刀を交えてきた新選組の元隊士である。怖くないと言えば嘘であるがそれ以上に真実を知りたいと言う新聞記者の使命が勝った。老人は中越の覚悟を感じ取ったのか不意に緊張を解き、からからと笑い出す。

「いやはや、さすが新聞記者さんですねぇ。このじじいの嘘八百はやはりお見通しでしたか」

 悪びれることなく藤堂老人、否、偽物の藤堂老人は謝罪した。

「・・・・・・『やはり』とは、何となく怪しいと感じていたのをお気づきになっていたんですか?」

 何となくこちらの頭の中を覗き込まれたような気がして中越はむっとする。

「伊達に瓦解の嵐の中を生き抜いちゃおりませんよ」

 老人はまるで子供のような笑顔を中越に見せると、詳細を話したいからどこか落ち着ける店に入ろうと促した。

「この年になると酒よりは甘い物が恋しくていけません。この陽気ですからアイスクリィムなんて如何ですか。勿論私が奢らせて貰いますからご安心を」

 そう言って老人は先を歩き出す。その速さは老人の者とは思えないほど早く、足の速さに自身のある中越でさえもついて行くのがやっとであった。

「もし、この老人に付き合って下さるならば本当の話をお教えいたしましょう。ですけどこれから話す内容はあなたの胸ひとつにしまっておいて下さいませんか。まだ生きている仲間もおりますし、本人が鬼籍に入っていても子供や孫はおります・・・・・・生きている者には何かと不都合な話をしなくてはなりませんので」

 少し息を切らしながら付いてくる中越に対し、老人は声を潜めて忠告する。

「承知しました。これから聞く話は誰にも言いません。『武士』に二言はありませんから」

 その『武士』という言葉に並以上の力強さを感じ、老人は眼を細める。

「もしかして、あなたは士族なんですか」

 老人の問いかけに中越は恥じ入るような表情を浮かべた。

「本家は士族なんですけど、どうしても徴兵を免れて新聞記者になりたかったものですから。分籍をして今はれっきとした平民です!」

 胸を張って『平民』を誇らしげに謳う中越に老人は思わず笑い出した。

「私の若い頃は何が何でも『士族』・・・・・・というか『武士』になりたがったもんですがねぇ。時代は変わるものです。まぁ、その話も追々することになるでしょうけど」

 深く皺が刻まれた顔に意味深な笑みを浮かべ、老人は辿り着いた店の中へ入っていった。



 モダンな煉瓦造りのカフェーには静かな時間が流れていた。唇の横に黒子のある中年増の女給が一人いるだけの小さなカフェーは老人の行きつけらしく、老人の顔を見るなり中年増の女給が奥の席へと案内してくれた。

「藤堂のおじいちゃんはいつものアイスクリンでいいんですね。若い方は何になさいますか?」

 若い女給とは違った気さくさで注文を聞く中年増の女給に中越はコーヒーを頼む。

「お好みの豆は何に致しますか?モカマタリ?それともブラジル?何かお好みのブレンドがあったら遠慮無く仰って」

 いつもは先輩や行きつけの喫茶店の店主に任せっきりで、そこまで細かく注文を聞かれたことが無かった中越は一瞬面食らう。

「お縫さん、若い人を苛めちゃかわいそうですよ」

 老人は愉快に笑いながら珈琲初心者にも飲みやすいブレンドで、と中越に代わって注文した。

「・・・・・・では、どこから話しましょうかね。」

 注文の品を待っている間、老人は穏やかな笑みを浮かべつつ中越に尋ねる。

「そうですね・・・・・・せっかくですからあなたが新選組として経験した全てを」

 真剣な目で中越は訴える。

「記事に出来ない話ならばひとつ聞いても十聞いても一緒ですからね。でしたらあなたが経験した『記事に出来ない話』を洗いざらい話して頂きたい」

 中越のその真剣な目に老人は昔の自分達の面影を見たのかも知れない。悟りきったような、神々しい笑顔を浮かべ老人は頷いた。

「判りました。大した話じゃないかもしれませんが、今生の置き土産として話しましょうか」

 その時中年増の女給がアイスクリームと珈琲を運んできた。

「では、上洛した直後から話しましょう。あれはかれこれ六十年も前の話になりますか・・・・・・その当時私は本名を――――――沖田総司という名前を名乗っておりました」


 その瞬間、老人の声が急に若々しくなり空気の質ががらりと変わる錯覚に中越は囚われた。退廃的な大正とは似て非なる幕末の空気――――――寿命を迎える老木が最期に満開の花を咲かせるが如く、不自然なほどの瑞々しさを漂わせながら藤堂、否、沖田老人は語り始めた。



UP DATE 2010.01.28

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 お待たせしました、二次の長編連載を終了してからお約束していたオリジナル新選組もの『夏虫~新選組異聞~』ようやく連載開始しました。とは言っても今回は導入&おおまかな設定のみですけど(苦笑)。次回の一章第一話『上洛』から舞台は幕末、いわゆる普通の新選組の話になります。
 そしてこれが一番の注意事項なんですが・・・・・

この話、沖田総司生きネタです(爆)!


 実は新選組を扱った某少女漫画の二次創作をやっていた時『もし沖田総司が誰かと入れ替わって生きていたら』という設定で長編を書いておりまして、その焼き直しがこの話なのです。キャラも設定もその少女漫画とは違う、オリジナルなものでやっていくつもりですが『沖田総司生きネタ』だけはどうしても譲れない部分なので・・・・・。
 他の部分は自分の力の限り史実に近づけたいと思っておりますが、もし上記が許せないと仰る方はご遠慮なく回れ右をしていただきますようお願いいたします。(世の中には新選組を扱った名作がゴマンとあります。拙宅の拙い作品に時間を取られ、気分を害されるよりは多数ある名作をお薦めいたします。)

 話の進め方ですけど一章30話のうち『序』と『結』は大正時代、若い新聞記者中越に対し新選組の生き残り・沖田老人(笑)の昔語りの形式を取ります。そしてそれに挟まれるように7話×4パーツで話を構成していこうと予定しております。(ブログの目次の関係でね・・・・・・一章を1ページで収めたいんです・笑)
とりあえず十章で収められるようにしたいのですが、管理人の文才が限りなく皆無に近いので『予定通りにまとめる』事が極めて不可能に近いと(^_^;)長くなる可能性がありますが、途中で死なない限り絶対に話は終わらせますので(そこしか取り柄がありません・苦笑)よろしかったら、だらだらとお付き合いしていただけたらな~と思います。

 最後にタイトルの『夏虫』ですが、これはことわざの『飛んで火にいる夏の虫』からです、勿論(笑)。幕末の動乱という炎の中に自ら飛び込み、滅んでいった彼らを象徴するものとして『夏虫』を選びました。桜に喩えるのも悪くはないと思ったのですが、もう少し『自分の意思を持ったもの』の方がしっくりくるな~と。センスはありませんがこのタイトルでのお付き合い、よろしくお願いいたします。

 では次回は来週の金曜日、夜23:00にUPいたしますね。


《参考文献》
◆Wikipedia 藤堂平助
◆Wikipedia 近藤芳助
◆Wikipedia 神奈川新聞
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