「紅柊(R-15~大人向け)」
癸巳・春夏の章

花になれ、花になれとや・其の壹~天保四年三月の初恋

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春特有の強い風が小伝馬町の牢屋敷に吹き抜ける。どこからか飛んできた大きな砂粒が五三郎や芳太郎の頬を掠め、つむじ風と共に死罪場に舞った。罪人を連れてくる前に水を撒いて場を整えておいたにも拘わらず、江戸の春風は容赦なく場を荒らしてゆく。

「それにしてもこの春は多いよな、心中。」

 意外と大きな砂粒が当たったのか、ひりつく頬に顔を顰めながらも頬を押えるのを我慢して後藤五三郎は隣にいる前畑芳太郎に声を掛けた。

「ああ、これで三組目だ。」

 五三郎同様大きな砂粒に顔を撫でられたはずなのに、こちらは熨斗目麻裃も涼やかに平然としている芳太郎が目の前に引き立てられてきた三人の罪人を見つめる。そのうち右端の男が三十両ほどの窃盗、もう一人が主人の妻との密通での死罪だったが、最後の一人が心中の生き残りであった。これは今年に入ってから特に顕著で、芳太郎が指摘するようにすでに三人目の心中失敗者が牢屋敷に連行されていた。

「いつもなら三月に一組あるかないかなのに。やっぱり、加藤さんと待宵花魁のあのしん・・・・・。」

「しっ、口を噤め。小伝馬町でその話題は禁忌だ。」

 心中、と思わず口を滑らせそうになった五三郎の言葉を、芳太郎は低い声で遮った。加藤と待宵花魁の心中事件は町奉行所が秘密裏に処理したにも拘わらず、待宵花魁が籍を置いていた恵比寿屋の関係者から漏れてしまい瞬く間に吉原から尾ひれが付いて江戸の街中に広まってしまった。粋の極みの定廻り同心と人気店で御職を張っていた花魁の恋----------まるで歌舞伎か文楽のような話に人々は酔いしれ、年が明けてからそれに憧れたのか若者の心中が多発しているのである。
 それに対して面目を潰されたのは町奉行所であった。本来、心中を取り締まる側の人間が心中を起こしたとあっては立場がない。そこで奉行所は心中----------すなわち相対死に対する取り締まりを強化したのである。それまでは『相対死扱いだと事後処理が面倒だから』と袖の下によって目を瞑っていた事例であっても厳しく対応し、法令通りの処罰を施し始めた。今回の死罪もその一つであり、死に損ねた男が小伝馬町の刑場に引き立てられてきたのである。

「しかし大丈夫かよ、あれ。俺達に任せておけばいいものを・・・・・。」

 五三郎は心中の片割れについている首斬り役を見つめながら心配そうに呟く。

「・・・・・だな。それだけは俺も同感だ。」

 能面のように表情を変えなかった芳太郎も、五三郎の指摘に初めて眉を顰めた。本来、死罪を執行するのは町奉行配下の同心なのだが、普段は稽古も兼ねて山田浅右衛門道場の門下生がその任務を代行している。しかし、今日は『相対死に対する見せしめ』ということで若い同心自らが刀を取っていたのである。しかも人の首を斬るのは初めてらしく、その顔からは血の気が失せ、何度も掌を握ったり開いたりしている。

「もしかして首斬りどころか試し斬りもろくにやってねぇんじゃないか、あれは?」

 そう五三郎が心配するほど、首斬り役の若い同心はかなり動揺の色を見せていた。しかも普通なら『万が一』失敗したときの為に二人目の首斬り役が控えているはずなのだが、その若い同心の傍にはその様な者は控えていないのだ。もしかしたら奉行所内の『新人いじめ』なのかもしれない。そうなると山田一門側は迂闊に口出しすることも難しいが、さすがにそのまま放っておく訳にも行かない。

「確かにあれでは囚人に気配を感づかれて暴れられるな・・・・・一応構えておくか。」

「・・・・・だな。」

 死罪を受ける側皆が皆、大人しく死罪を受け入れられる訳ではない。中には刀が振り下ろされる前に最後の悪あがきと暴れまくる者もいるのだ。特に今回のような斬罪に慣れていない者が斬首に携わる場合それが顕著である。首斬り役の怯えが相手に伝わり、死への恐怖がいや増してしまう。否、刀が振り下ろされる前に気が付き、暴れてくれればまだ良い方である。中には刀を振り下ろしながら骨を断ちきることが出来ず、罪人を散々苦しませる者もいるのだ。
 そのような事にならないよう暴れた死罪人を押さえつけ、代わりに刑の執行をするのが周囲の手練れ達である。五三郎や芳太郎も門弟の中では若手であるが、小伝馬町に於いては手練れの部類に入ってしまう。それだけ同心達が斬罪から遠ざかっていると言うことなのだが・・・・・そして二人が気配を消しながら自分の大刀の鯉口を切ったその時である。


がちゃり


 明らかにそれと判る、震える手で鯉口を切る音と共に、ひにん達に押さえつけられていた死罪人が暴れ出したのである。

「うぉぉぉ!」

 ひにん達が押さえつけようにも、男は自由になる脚でひにん達を蹴り飛ばし、刑場から逃げだそうと自分が引き立てられてきた検使場横の細い通路へと走り出す。

「五三郎!芳太郎!」

「おうっ!」

 石出帯刀の横で刑の執行を見ていた吉昌の言葉より早く二人は動きだし、瞬く間に男を押さえつけた。だが、男はなかなか大人しくならず力の限り暴れまくる。

「は・・・・放しやがれ!俺は・・・・・俺は、心中なんてするつもりは無かったんだ!おくまの奴が勝手に・・・・・死にたくなんか無いんだ!」

「未練がましいぞ。諦めろ!」

 五三郎は男に恫喝すると、鳩尾に拳を突き入れた。

「うぇっ・・・・・!」

 鳩尾に走った激痛に、男は呻き声を上げながら胃液を吐き出す。そんな男を五三郎と芳太郎は二人がかりで首捨て穴の前に敷かれている筵に引きずり強引に押さえつける。

「おい、お前達も押さえつけろ!」

 五三郎の声と共に近くにいたひにんたち----------すでに首を斬られた二人を押えていたひにんたちも含めて----------数人がかりで男を取り押さえ、それとほぼ同時に芳太郎が大刀を引き抜いた。

「ち・・・・・畜生!絶対に化けて出てきてやる!呪ってやる!!」

 五三郎やひにん達に押さえつけられながら男は大声で叫ぶ。だがその声は芳太郎の刀が振り下ろされた瞬間に途絶え、あたりに激しい血飛沫が春の強い風に舞い散った。



 死罪のあった日、山田浅右衛門は必ず門弟達を花街へ連れて行く。お役目とはいえ生きている者を殺め、いわゆる『血に酔った』状態でそのまま各自の藩邸に帰してしまうと門弟自らが騒動を起こす可能性が高くなるからである。なので小塚原では吉原、鈴ヶ森では品川、そして小伝馬町で死罪があったときは深川へ繰り出すことが何となく決まりになっていた。

「しかしよぉ・・・・・心中したいくらい惚れぬける相手にそう簡単に会えるもんかね。俺には信じられねぇけどよ。」

 深川へ場所を変えた山田一門の宴会で、下座に陣取っていた五三郎は、隣にいた猶次郎に語りかける。

「そやなぁ、町人やったらまだあるんやないかと・・・・・武士には関係あらへんのちゃうか。」

 ちびちびと舐めるように苦手な酒を呑みながら、猶次郎は考え込む。

「あら、つれない。わっちはこ~んなに広田様にほの字なのに。わっちとは心中してくれないんですかぁ、広田様。」

 二人の会話を耳ざとく聞きつけた芸妓のなみ吉が流し目をくれ、猶次郎にしなだれかかる。どうやら猶次郎を気に入っているらしいこの芸妓は、あわよくば猶次郎の妾にでも収まろうと目論んでいるのかやけに猶次郎に対して愛想が良い。そんななみ吉に対し、猶次郎は苦笑いを浮かべながら上手く話をはぐらかす。

「心中、よか生きて姐さんの小唄聞いてる方がええなぁ。なぁ、五三郎はんもそう思うやろ?」

 猶次郎は五三郎にも同意を求めながらなお吉の三味線を所望した。

「ほんと、つれないんだから。ま、心中はともかく、あとでちゃ~んと可愛がって下さいよぉ!」

 なお吉はつれない猶次郎の言葉に頬を膨らましながらも、三味線をかき鳴らし始めた。座敷の中になお吉の乙な声が響き渡り周囲はさらに盛り上がってゆくが、五三郎はただ一人くいくいと酒を煽りながら己の思考に沈み込んでゆく。

(・・・・・確かにあの世で一緒に、ってぇよりも生きて愉しんだ方がいいよな。)

 というより、死んでまで一緒になりたいと願う相手に未だ会ったことなど一度たりともないと言った方が正しいだろう。元服直後、連れて行って貰った花街で憧れた娼妓の二、三人はいるものの、それは『恋』とは明らかに違うと理解できる。所詮花街の妓達との縁は金が取り持つものであり、情の繋がりではないのだ。

(ま、武士なんざ親か主君が決めた相手と一緒になるんだから、恋なんざ知らねぇ方が良いんだろうけどさ。)

 そう思い込もうにも、何となくうら寂しいものを五三郎は感じてしまう。もしかしたらそれは兄夫婦を間近に見ているからかも知れない。義姉が嫁いで来てから六年、未だ子宝に恵まれてはいないがそれでも夫婦仲はすこぶる良い。まるで惚れ合った同士結婚したかのような仲の良さについつい憧れと羨望を感じてしまうのだ。

(ずるいよな、兄者は。全部持っていっちまうんだから。)

 後藤家の跡取り、山田一門の筆頭、そして恋女房----------五三郎が幾ら欲しがっても手に入らないものばかりである。否、努力すれば山田一門の筆頭にはなれるのかも知れないが、その為にはまだまだ修行を積み重ねなければならない。五三郎は大きな溜息を吐きながら、再び手酌で酒を飲み干した。



 閑話休題、試し斬り道場というと剣術ばかり稽古しておけばいいと思われがちだが、山田道場の場合いささか事情が異なる。死を前にして辞世の句を詠む者達の意を汲む為、全ての門下生は俳句を習得するのである。これは三代目・山田浅右衛門吉継の時代に辞世の句を詠む者がいても文字が判らなかったり、意味が通じなかったりして面目を潰されることがあったからと伝えられている。
 それ故に三代目以降の山田浅右衛門は俳諧を学び俳号を所持しているし、門人達も同様に俳諧を学んでいる。勿論五三郎も例外ではなく、『芝生園和水』なる俳号を名乗っていた。この『芝生園』は後藤家共通で、藩邸が芝の海岸沿いにある為、『和水』は子供の頃から泳法や釣が得意で水に親しんでいる五三郎ならではである。

 そして来月の句会を前に五三郎、猶次郎、芳太郎、そして利喜多の四人は雁首揃えて『四月の句会の予習』をしていた。上の方をあまり待たせる訳にも行かないのである。

「え~、『誰が着ても能き縞柄の袷なり』・・・・・ってところだが。」

 散々時間をかけてひねり出した芳太郎の句に対し、思わず五三郎が吹き出した。

「おいおい、芳太郎、もとい涼斎。どうしてお前は仕事も剣術もできるのに俳句が苦手なんだ?それはあんまりだろう。ちなみに俺は『和らかき風の生まるる若葉哉』、てところだけどよ。」

 自信満々に次作の句を披露する五三郎に対し、今度は猶次郎が鼻で笑う。

「ありきたりやなぁ。『和水』はんにしては平凡すぎやしまへんか?」

 剣術同様、俳句に関しても父親や兄にしごかれているだけあって『それなり』の句をひねり出す五三郎であったが、それでも当たり障りのない、平凡な感じは否めない。

「良いんだよ、これは例で出しているだけだから。それよかおめぇはどうなんだ『竹』さんよ?」

 『平凡すぎ』と指摘された五三郎は、面白くなさそうに猶次郎の句を披露するように促した。

「『月夜にも雨にもならず時鳥』って感じやなぁ。」

 それを聞いた瞬間、五三郎は勿論、芳太郎や利喜多も苦笑を浮かべる。

「・・・・・人の事、言えねぇじゃねぇか。俺や芳太郎のと大して変わらねぇぞ。」

 風流を愛でるより、試し斬りの稽古や相撲を好む青年達だ。結局全員が全員、大した句など作れるはずもないのである。

「・・・・・あ~あ、また師匠や親父達に大目玉を喰いそうだよなぁ。」

 五三郎の一言に全員がうなだれた、その時である。

「ちょっと!お竹さん、雨、雨!早く洗濯物取り込んで!!誰か手伝って!!」

 裏の方でけたたましい幸の声がした。どうやら雨が降り始めたらしく、干していた洗濯物を慌てて取り込んでいるらしい。この声を聞いて五三郎が立ち上がり、縁側から空を見上げる。

「お、雨か。でも大した雨じゃねぇな。おいみんな、今日は試しの稽古も終わっていることだし今の内にお開きにして早めに帰ら・・・・・。」

 五三郎がそう言いかけた瞬間、まるで桶をひっくり返したように激しく雨が降り始め雷まで鳴り始めた。



UP DATE 2012.3.6

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紅柊9話目にしてようやく主人公絡みの恋の話に取りかかることが出来ましたv(*^U^*)v
心中に失敗した男の刑死に際して『ここまで惚れるような相手を見つけることができるのだろうか?』と微妙に悩んでいる五三郎ですが(どうせ酒を呑めば全部忘れるでしょうけど・笑)、春の気配と共にそんな相手が現れるのか現れないのか・・・・・幸せの青い鳥は意外と身近にいるのかも、とまぁこんな感じです。

そして今回初めて取り上げました山田浅右衛門と俳句の関係v確かに辞世の句を詠んだのに、誤字脱字、意味まで違うとあってはいくら罪人に対しても失礼ですよねぇ(^^;)そんな訳で俳句を習うことになった山田浅右衛門及び其の一門なんですが、七代目(つまり幸の旦那)になる山田浅右衛門吉利の句は21句も残っており、他4首の歌と試し斬りの心得を句にしたものも残っております。ちなみに今回五三郎、芳太郎、猶次郎の三人が詠んだ句は全て七代目が詠んだ句ですv
ただ、まだ七代目の代表作とも言える句『花になれ 花になれとや~』の下5文字は出てきておりません。果たしてこの句の残り五文字はどんな言葉が入るのか、そして誰がこの句を詠むのか・・・・・これで七代目が誰になるのかほぼ判ってしまうと思われますのでもう少しだけ引っ張らせて戴きますね(^o^)

次回更新は3/13、雨の中わたわたしている幸の助っ人に俳句を詠んでいた四人が向かいます♪
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