「葵と杏葉」
葵と杏葉・世嗣編

葵と杏葉世嗣編 第二十六話 子年の大風・其の貳

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 滅多に来ない大地震と違い、いつもより風雨が強いだけの台風はありきたりすぎて記録に残りにくいものである。また、台風の詳細な進路予報が出来なかった時代、または軍事機密だった時代においてひとつの台風で千人以上が亡くなるのはざらであったし、人々もそれが当たり前だと思っていた。
 それにも拘わらず『子年の大風』、またの名を『シーボルト台風』と後年呼ばれるこの台風は各所に記録が残されている。それもその筈、この台風が通り過ぎた半日で佐賀だけの死者数が一万人超、北九州一帯で一万七千人にも及ぶ人的被害をもたらしたのだ。後に起こる戊辰戦争の総死者数が約一年半で同じ一万人だった事と比べるとその被害がいかに大きかったかよく解るだろう。
 そしてこの凶悪な台風について斉正と盛姫が報告を受けたのは、台風被害から約二ヶ月後の十月の中旬、金策の為江戸にやって来た茂義の口からであった。



 約半年ぶりに江戸藩邸にやってきた茂義は、佐賀の被害状況を報告する為に盛姫のいる黒門の大広間へと通された。普段であれば佐賀で起きた事件は藩邸の表を通して黒門へと報告されるのだが、さすがに今回は直接茂義の話を聞きたいと盛姫が言い出したのである。
 事が事だけに生々しい被害報告も茂義の口からもたらされるだろうと風吹ら黒門の女官達は難色を示したのだが、それを聞き入れる盛姫ではない。結局黒門の大広間に表、奥、そして黒門の幹部が招集され、斉正、盛姫両人共々茂義の報告を聞くことになった。

「だいぶ・・・・・・痩せたな、茂義」

 茂義の顔を見るなり、斉正はこの半年ですっかり変声した低い声で茂義にそう呼びかけてしまう。思わず斉正がそう呼びかけてしまうほど、茂義はかなりやつれていた。頬はこけ、顔色は土気色と言ってもいいほど極めて悪い。その為だろうか、身体も一回り小さくなったような感じさえ受けた。壮健を具現化したような男だけに、その憔悴の仕方から、いかに佐賀が大変な状況に置かれているか容易に想像できる。だが、そんな憔悴しきった姿であっても斉正や盛姫に心配かけまいと、明らかにそれと判る作り笑顔で型どおりの挨拶を述べた。

「江戸は何一つ変わらぬご様子。いや、若君の声と背の高さだけは半年前とはだいぶ変わりましたか・・・・・・誠に有り難いことでございます」

 いつもなら盛姫が同席していても、斉正に対しぞんざいな言葉を使う茂義が妙に丁寧な言葉を使う。そんな茂義に対し大風の被害報告だけでない含みを感じつつ、斉正は口上を続けようとする茂義を止めた。

「らしくない挨拶はそれくらいにせよ。茂義、先の大風は甚大な被害をもたらしたと聞いたがそれは真なのか?」

 斉正も手紙での報告は受けているものの、実際の被害を目の当たりにした当事者の話を聞くのは初めてであった為、茂義を急かす。しかしその質問をした途端、茂義の顔から作り笑顔が消え、表情が消えたのである。豊かすぎるほどの感情故、時には年配者に窘められるほどの男から全ての感情が失われる――――――むしろ激しい感情が爆発しないようそれを押さえつける為に無表情になったというのが正しいのかも知れない。それほどまでに甚大な被害があったのかと斉正や盛姫、そして傍に付き従っていた従者達が固唾を呑んだ。

「美しい・・・・・・屏風ですな。この屏風がこれほどまでに美しいものだったという事に今まで気付きませんでした」

 暫くの重苦しい沈黙の後、茂義は斉正と盛姫の背後に視線を向けしみじみ呟いた。その視線の先には盛姫が婚礼の時に持ってきた狩野晴川院養信作の『四季耕作図屏風』がある。『源氏物語』を題材にした婚礼屏風を持ち込む姫君が多い中、いわゆる農村風景を描いた屏風を持ち込むのは極めて珍しくはあったが、他の大名夫人の屏風と比較して特別美しいとは言い難いものである。

「茂義?」

 茂義が何を言いたいのか理解できず、盛姫は訝しげに尋ねる。

「いや・・・・・・すみませぬ。つい二ヶ月ほど前まで、この屏風の景色を平凡で、つまらぬものとばかり思っておりました。どこにでもあるありきたりの風景のどこが面白いのかと・・・・・しかし、失ってみて初めてその美しさ、ありがたさが解るものです」

 嗚咽を押し殺しながらそれだけ吐き出すと、茂義は人目も憚らず男泣きに泣き出した。茂義ほどの剛の者が泣き出すとは思わなかった面々は、慰めることも出来ずただそれを見つめることしか出来ない。

「長崎や佐賀、福岡を襲った大風はそれほどまでにひどいものだったのか?」

 泣かれてばかりでは埒があかないと、ただひたすら嗚咽を続ける茂義に斉正が尋ねた。その瞬間、茂義の肩がびくり、と跳ね上がる。

「ひどいなんてものではない!貞丸、生き地獄とはまさにあの事を言うのだ。佐賀の民が代々培ったきたものが一夜で全て失われたんだぞ!」

 ひとしきり感情を吐き出し、ようやくひと心地ついたのだろうか、真っ赤に泣きはらした顔で茂義はいつもの口調で憮然と言い放った。その口調に斉正は少しだけほっとした笑みを浮かべる。

「こと九州は大風の多い土地だし、ちょっとやそっとの大風なぞどうとも思わぬが・・・・・・今回の大風は古老どころか過去帳にさえ載っていないほど大きなものだった。佐賀は二度と立ち直れぬかも知れない」

 そして茂義は、ともすると昂ぶり、激する己の感情と戦いながら自分が実際見聞きしたこと、代官達や自治領からの報告などを交え淡々と語り始めた。



 夕刻からすでに湿気を含んだ厭な強風が吹いていた佐賀であったが、その風は止むどころか夜が更けるにつれますます強さを増すばかりであった。しなやかさを失っている痩せた老木からなぎ倒され、藁葺きの屋根は勿論、頑丈であるはずの瓦葺きの屋根まで被害に遭い始めている。夜四つ(午後十時頃)には北東向きだった風が東向きに変わり、ますます強さを増した。

「風が東向きに変わってきたぞ!このままじゃ『押し鼻』になるのも時間の問題だ。女子供、年寄から避難をさせろ!」

 筑後川の西に広がる佐賀平野は米作りには最適な低平地だが、その分水害には極めて弱い。一度河川の氾濫が起これば被害は膨れあがるのだ。
 さらに筑後川独特の事情も水害被害をより大きくしてしまう。筑後川の水制として『水刎(みずはね)』『荒籠(あらかご)』などが各所に設置されたが、自領により多くの水を引く為に上流部では福岡藩と久留米藩が、下流部では佐賀藩と柳河藩などの各藩が自分勝手に水制を設置していた。実はこれが大きな問題であり、『荒籠』は水流に対して直角に設置して水流を弱めるので、対岸の護岸――――――つまりは他藩側の護岸を削る副作用がある。これが原因で却って洪水被害が増幅する皮肉な結果を招いていた。
 そんな中、上流部の三根郡、養父郡、基肄郡の三郡には『千栗(ちりく)堤防』と言われる二重堤防によって水害から守られていた。この『千栗堤防』は特別な人物が手がけた堤防である。江戸の町造りにも参加し、忠誠土木史にその名を残す成富茂安によって上流部の地域を水害から守るため寛永二十年に筑後川右岸に三里にわたって作られた。この堤防は築堤以来三百年近くにわたり堤防決壊などが起こらず、地域住民を水害から守ったのだが、佐賀全体を守るにはあまりにも短すぎた。他の地域に築かれていた堤防では領民を、そして田畑を守ることは出来ず、夜半から未明にかけてあちらこちらで堤防は決壊し、勢いを増した濁流が豊かに実った田畑に襲いかかった。


 だが、人々も決して何もしなかった訳ではない。大風が本格的に吹き荒れ、堤防が決壊する前に村々では避難を開始したが、一部ではそれが仇となってしまった。いつもの大風なら倒れる事のない鎮守の森の木々があっけなく吹き倒され、その下敷きになって死ぬ者が出たのである。さらに土壌に含みきれないほど大量の雨が一度に降ったことにより大小に拘わらず川岸を中心に土砂崩れが発生、それに足を取られ土砂に呑まれるものも少なくない。足を取られるならまだしも濁流に呑まれ住んでいた村からかなり遠く離れた場所に遺体として打ち上げられた者も少なくなかった。
 そして干拓地の広がる有明海の被害はさらに甚大だった。農地は高潮に襲われて削りとられ、土地は海水によって荒らされてしまう。台風被害の大部分はこの干拓地に集中しており、筑後川の三角州にある干拓地のひとつ、川副町大詫間地区の百姓達がこの台風の翌年、自らを『極難百姓』と称して、代官所に救済を求めている記録が残っている。



 襲い来るものは暴風雨だけではなかった。佐賀の磁器を代表する窯元・有田皿山では炎も人々に襲いかかってきたのである。大量の雨は火を消すのには全く役に立たず、ただその暴風だけが力を発揮し有田の町に被害をもたらした。新年に売り出す予定だった磁器を作る為に稼働していた窯場のひとつが風によって破壊、近くにあった燃料の薪に引火し一気に燃え上がってしまったのだ。

「火事だ!早く逃げろ!」

「誰か!子供が逃げ遅れた!助けてくれ!」

 まさしく阿鼻叫喚の叫び声が暴風を切り裂き響き渡った。暴風に煽られた火は一気に燃え広がり、有田皿山のほぼ全域に当たる約八百軒を焼失し、百人近くの焼死者を出した。この火災によって国内第一位の生産を誇っていた有田は壊滅的な打撃を受け、代わりに平戸焼きの需要が内外共に増加することになる。文化年間に瀬戸の加藤民吉に技術を盗まれ、東日本での市場を奪われている最中のこの被害はあまりにも大きすぎた。藩が優先的に救済米や運転資金の貸し付けに尽力したが、職人の一部は有田を見限り、他産地に流出する有様で立て直しにかなりの時間を要することになる。



 夜八つ(午前二時)には押し鼻と言われる南東の風から南風となり強烈な風が明け方まで吹き荒れた。最終的な佐賀藩の損害は以下のようになる。
 川沿い、海沿いに集中した溺死者、有田皿山の焼死者を含めた死者が約一万名余り、怪我人も一万人を越えた。当時の佐賀藩人口を約三十五万人と類推すると死傷者の総数は総人口の5%に当たる。人的被害同様家屋、田畑の被害も尋常ではなかった。倒、半壊家屋は約六万戸に迫り、田畑の被害は九万町歩(約892.6平方㎞)に及んだ。収穫は例年の六割に激減、農民や町人達に救済米として提供した藩保有の米も底をついてしまい、被害は甚大であった。



「・・・・・・大風の後すぐさま視察に行ったが稲穂は泥にまみれ、その横には牛や馬、そして人間の死体が転がっている有様だった。荼毘に付すにも仏の数が多すぎるんだ。薪どころか棺桶さえ無く、泥にまみれて使い物にならなくなった布団や着物に仏をくるむのが関の山、中には身ぐるみ剥がされて放り投げられている仏もあった」

 その風景を思い出したのか、茂義の顔に苦悶が広がる。

「初日、二日目はそれでもまだ耐えることが出来た。だが、三日目になると屍臭が漂いだし、虫もわき始めた。さすがに城下はそれほどでも無かったが、街中を外れるともういけない。生き残った者さえいつ疫病や飢えで死ぬか判らぬ状況だ。死者を弔う余裕を持てと言う方が無理な話だというのは解るだろう」

 茂義の言葉にその場にいた全員が大きく頷いた。否、ただ一人だけ頷かない、というより頷くことが出来ない人物がいた。その人物の顔色は青ざめ、今にも倒れそうである。

「国子殿・・・・・・大丈夫ですか?顔色が悪いようですが」

 その人物――――――盛姫に気がついたのは斉正であった。心配そうに盛姫の顔を覗き込む斉正に対し弱々しく微笑み、心配するなと小声で囁いたその時である。

「倒壊した家に押し潰された者、土砂に埋もれた者、波にさらわれて溺死した者など死者は届けが出ているだけで八千五百人以上、行方不明者を含めるとざっと一万はいる。特に土左衛門の数が半端じゃなく多くて・・・・・・」

 土左衛門――――――水死体と言う言葉を聞いた瞬間、とうとう耐えきれなくなったのか盛姫が気を失ってしまったのである。

「誰か医者を!」

 倒れかかる盛姫を隣にいた斉正が抱え、叫ぶ。

「御意!」

 一瞬凍り付いた場だが、斉正の一喝に松根と颯が慌てて部屋を飛び出した。黒門付きの他の女官達も床や医者を迎える為の準備を始めたりと黒門内は騒然となる。

「済まぬ、姫君様にはこの話は刺激が強すぎたか・・・・・・」

 茂義が慌てるが、その言葉を否定したのは気を失った盛姫の額に滲む油汗を拭いていた風吹であった。

「そんなはずはございませぬ。蛇や蛙を鷲掴みにする姫君様ですよ?怪談話にだって怯える素振りを見せたことは一切ございませぬ。請役殿の下手くそな話如きで・・・・・・」

「下手くそで悪かったな。確かに姫君が倒れる前に他の女官が倒れるだろう。とにかく医者だ!」

 女性陣の中で一番気丈と思われていた盛姫が倒れるとは全く思いもしなかっただけに、藩邸中は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。



UP DATE 2010.01.06

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家人の目を気にしながらの執筆、ようやく形になりました(^^;
こういうものってある程度勢いがあった方が書きやすいんですよね~(苦笑)。いつもより少し分量が少ないのはその所為だって事にしておいて下さいませ。
今回台風被害にまぎれて気がつかれないかも知れませんが一応二つの伏線を用意しております。何故茂義が最初斉正に対して丁寧な口調だったのか、そして何故盛姫が気を失って倒れたのか――――――これら二つは世嗣編最終話や藩主編につなげなるための伏線でもあるのでうまく話が運べるといいんですけど・・・・・がんばります(笑)。

そしてシーボルト台風の被害ですけど、筑後川の東側でもかなりの被害があります。今回うまく組み込めなかったんですが、筑後柳川藩3,000人、筑後久留米藩208人、筑前福岡藩2,353人、肥前大村藩3,107人の死者が出ているんですよ。これらの被害を見るといかにこの台風が大きいものだったかよく判ります。

次回更新は1月13日夜23:00です(ブログだと予約投稿ができるのでありがたいですv)


《参考文献》
Wikipedia 筑後川
Wikipedia 佐賀平野
改革ことはじめ(9) 新佐賀段階 
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