「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~外国人居留地・其の貳

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 パークスが寝間着から三つ揃いに着替えて再び作間の前に現れた時、すでに陸軍歩兵小隊の準備は整い、公使館の前に整列していた。英吉利陸軍の特徴である真紅の詰襟を身につけ、肩にはスナイドル銃を担いでいる。およそ五十人ほどの集団だろうか、一糸乱れぬ隊列を一目見るなり、作間は思わず感嘆の声を上げた。

「は、早い・・・・・・洋式の戦支度というのはこんなに早く整うものなのか?」

 作間が公使館の中に案内されてから四半刻弱、もしかしたら四半刻の更に半分の時間も経過していないかもしれない。だが、目の前に隊列を組んだ兵士達は既に臨戦態勢だ。
 以前練兵館の砲術の講義の中で『具足や鎧兜を身に付けねばならない日本式の軍装と違い、西洋式の軍装は素早く支度ができる』と習った事はある。だが、服を着る時間と殆ど変わらぬほど素早いとは思いもしなかった。

「彼らに招集をかける時間だってそこそこ必要だろうに・・・・・・信じられん」

 驚きを隠そうともしない作間だったが、隣にいたアーネストは特に驚いた風もなく、むしろつまらなそうに作間に落ち着くよう促す。

「英吉利ではこれが当たり前、むしろ遅いほうだ。夜勤の詰所は公使館のすぐ隣にあるし、軍備もスナイドル銃だけだ。訓練された兵士なら3分もあれば充分だろう」

 そう言ってアーネストは懐中時計を取り出し、作間に見せた。

「3分とはこの長い針が目盛三つ分動く時間だ。君達の国では短い時間を測る時に線香を使っているが、近い将来には間違いなくこれを使うことになる」

 まるで決定した将来のようにアーネストは言い切ると、再び懐中時計を上着のポケットにしまい込む。それと同時に作間の隣に立っていたパークスが、大声で兵士達に声を掛けた。

『優秀なるイギリス陸軍第九連隊の諸君!君達に出動してもらうのは他でもない、あの死の商人・マックウィルがこの居留地に潜伏しているいう情報がもたらされたからだ!』

 マックウィル――――――その名を聞いた瞬間、今まで微動だにしなかった兵士達が一斉にざわめく。その反応は先程作間がアーネストにマックウィルの名を告げた時とまったく同じだった。

『静粛に!』

 ざわめく兵士達に対し、士官らしきいかつい男が怒鳴りつける。その声に兵士達は口を噤み、周囲は水を打ったような静寂に包まれた。その静寂の中、パークスが兵士達を見回しながら再び口を開く。

『そこで今からマックウィル他三名の犯罪者の捕縛、さらに少なくとも五名の少女の救出をしてもらう。場所は娼館街周辺を中心、いいな!』

「Aye, aye, sir!」

 パークスの力強い声に兵士達は威勢よく鬨の声を上げ、隊列を組んだまま港崎遊郭方面へと移動を開始した。

「サクマ、君も付いて来い。奉行所側の人間として見届ける義務があるだろう」

 動き出す小隊を見つめたまま立ち尽くす作間にアーネストが声をかける。

「いいのか?俺が付いて行っても?」

 作間はちょっと驚いたようにアーネストに尋ねる。外国人居留地は日本であって日本でない場所だ。そんな場所で迂闊に事件に首を突っ込んでいいものだろうかという戸惑いが作間にはあった。だが、アーネストは作間がいたほうが良いと言い切る。

「付いて行くだけなら問題ないさ。それに人質の娘達にだって助け手が外国人の厳つい軍人ばかりでは怯えてしまうだろう」

 英国の紳士らしい気遣いを示すアーネストに、作間は苦笑いを浮かべた。

「いや、今時の娘達はそうとも言えない。でなければ奉行所が手を焼くほどもぐり羅紗緬が増えないと思う」

 兵士達の隊列に遅れないよう小走りに付いて行きながら、作間はアーネストに語りかける。

「俺の馴染みに聞いた話だが、無愛想で居丈高な日本人を相手にするより、蝶よ花よと扱ってくれる外国人の方が娼妓達の受けは良いらしい。それにしても早いな、英吉利の兵士の歩く速さは!」

 兵士達の歩く速度は作間が息を切らせるほど早かった。決してついて行けない速度ではないが、油断すれば置いていかれる。パークスや司令官らは馬に乗っているが、その理由が解るような気がした。

「そりゃ・・・・・・緊急の『捕物』だからさ。さすがに普段は・・・・・・ここまで早くはない」

 そういうアーネストの息も切れ始めている。そんな二人を尻目に隊列は、ずんずんと海とは反対側へと進んでいった。
 程なくすると隊列は港崎遊郭の灯りが見える距離まで近づいてきた。公使館や進駐軍の駐屯地がある山手とは違い、この周辺になるといかがわしい掘っ立て小屋が立ち並ぶ。
 この掘っ立て小屋は主にあまり金の無い、歩兵相手の羅紗緬達が客を取る場所である。勿論彼女達は岩亀楼から貰わねばならない鑑札を貰っていない、もぐり羅紗緬ばかりだ。
それだけに幕府や、幕府に依頼された進駐軍による取締にいつも怯えている。この日も歩兵たちの足音に驚いたのか、数人の羅紗緬が腰巻一つの姿で掘っ立て小屋から飛び出してきたり、こわごわ外を伺っている。
 だが、兵士達はそのような掘っ立て小屋には目もくれず、数軒の洋館が立ち並ぶ一角に進んだ。ここは軍高官や公使館幹部らが岩亀楼の娼婦を連れ出し、逢瀬を楽しみむ為の別宅である。幕府との取り決めによって一軒一軒の住人の身元がきちんと把握されている山手の幹部宅及び海沿いの兵士宅とは違い、別邸の住人は有耶無耶になっている。港崎遊郭からの距離から考えても犯人らがこの怪しげな別宅地域に隠れているのはほぼ間違いないだろう。

「駐屯するといってもたった数年なのに、家まで建てるとは――――――日本の妓楼は外国人にとってそんなに居心地が悪いものなのか?」

 アーネストに目の前の建物の『正体』を聞いた作間は怪訝そうに尋ねる。

「いや、そういう訳ではなくて・・・・・・公使曰く、ミヨザキに入ると奥方に怒られるそうだ」

 作間の疑問に対し、アーネストはこっそり耳打ちする。どうやらどこの国でもかかぁ天下というものはあるらしいと、変な所で作間は納得する。
 そんな二人の目の前で、歩兵達は突入の為の準備を始めていた。肩にかけていたスナイドル銃を下ろし、いつでも発射できるように構える。そして二人の歩兵が一番端の家の扉を思いっきり叩いた。

「おい、サトウさん。まさかあんな乱暴な方法で一軒一軒確かめていくのか?」

 あまりにも乱暴過ぎる兵士達の戸の叩き方に、作間は一抹の不安を覚える。もし犯人が他の家に潜伏していてこの騒ぎを聞きつけたら、間違いなく逃げ出すだろう。そんな心配をした作間に対し、アーネストは微かに笑みを浮かべつつ指差した。

「心配は無用だ。あれを見てくれ」

 アーネストが指し示したその場所には、月明かりの影に潜む歩兵達がいた。彼らは数軒並んでいる家の玄関、その全てに銃口を向けている。

「勿論裏口にも兵士達は配置されている。ここにある逢瀬用の別邸は6軒、1軒につき表と裏と2名ずつ、合計24人いれば事足りる。あと半分の兵士は臨機応変に援護するように待機しているんだ」

 だから五十名もの人数が出動したのだとアーネストに説明され作間は頷く。その時、一軒目の捜索が終わった歩兵達が二軒目に移っていた。 それに合わせて闇に潜んでいる兵士達も静かに移動してゆく。
 大勢の兵士達が目の前で蠢き、家屋の周囲を取り囲んでいるのに咳き一つ聞こえない。あるのは張り詰めた緊張感だけだ。耳が痛くなりそうな静寂の中、不意にアーネストが作間に耳打ちをする。

「サクマ、あの家を見てみろ。どうやら誘拐犯の尻尾に火が点いたようだ」

 アーネストが作間の肩を叩き、四軒目の家を指さす。その窓には慌てふためく人影が映しだされていた。



 微かに聞こえた戸を叩く音に気が付いた黒河は、窓に近寄りかかっている帷帳を開いた。どうやら近所の家に誰かが訪ねて来ているようで、かなり喧しい。

「っつたく誰だよ、こんな夜更けに近所迷惑・・・・・・な!」

 窓の外を見た瞬間、黒河は言葉を失った。黒河の目に飛び込んできたもの、それは隠れ家の前で蠢いている人影だった。月明かりに時折鈍く光るのはライフル銃か。どの影もそれを手にしてじりじりとこちらへ近づいてくる。

「おい、マックウィル!もうそこまで軍隊が来てるぞ!誰た、早くても明日の昼だって言った奴は!」

 黒河は帷帳を乱暴の閉めると怒りも露わにマックウィルににじり寄った。

「What?冗談ハ止メテクダサイ。イクラ何デモコンナ早ク来ルハズハ無イデショウ」

 黒河の言葉を信じられないとばかりに、マックウィルは自ら窓辺に近づき、帷帳の端をちらりとめくる。

「・・・・・・Oh my God!」

 窓の外を見た途端マックウィルは驚愕に目を見開き、忌々しげに呻いた。そしてすぐさま執事のバルバロッサに裏口を確認してくるように命じる。

「おい、マックウィル?」

「ミナサン!裏口カラ逃ゲマス!早ク準備ヲ!」

 声を掛けた高橋に対し、マックウィルは狼狽も露わに怒鳴り散らす。だが、マックウィルの命を受けて一旦部屋の外へ出たバルバロッサがすぐに戻ってきて首を横に振った。

『駄目です、ご主人様。すでに裏口にも兵士達が待ち構えています――――――』

 表玄関だけでなく裏口にも銃を構えている兵士が潜んでいると、バルバロッサは諦観の溜息と共にマックウィルに報告する。その報告にマックウィルは床に跪き、頭を抱えた。

「モウ、オシマイデス。世界一ヲ誇ル英国軍ニ包囲サレテ逃ゲルノハ不可能ダ」

 諦めるしか無いと黒河達の前で嘆くマックウィルだったが、黒河達三人はそう簡単に諦めるわけには行かなかった。
 黒河達は誘拐の実行犯であり、人も殺している。英国軍であっても捕まれば奉行所に引き渡され、打ち首獄門は確実だろう。黒河は部屋の片隅で固まっている娘達の内、一番小柄な娘の腕を掴み、引っ張った。

「おいお前ら!人質を盾に血路を開くぞ!それしか俺達が生き残る道はねぇ!」

 必死の形相で怒鳴る黒河の声に、二人の部下もそれぞれ人質にしやすそうな娘の腕を掴む。

「ちょっと、止めてよ!」

 高橋に腕を掴まれた娘――――――小萩は叫ぶと高橋の腕を振り払おうと暴れる。

「煩い!黙ってろ、小娘!」

 その言葉と同時に、小萩の頬に平手が飛んだ。みるみるうちに小萩の顔が腫れ上がり、赤黒く変色してゆく。

「殺されたくなけりゃ大人しくしてろ!」

 高橋は大刀を引き抜くと、小萩の首筋に刃を当てる。そのひんやりした感触に、小萩は恐怖のあまり顔を引きつらせ押し黙った、その時である。

『マックウィル!貴様がこの中にいるのは判っている!無駄な抵抗をせずに出てこい!でなければ銃撃隊が扉を突き破って突入する!』

 耳をつんざく怒鳴り声と共に、一発の銃声が夜の静寂に響き渡った。だが、黒河はその銃声に怯えるどころか敵愾心をむき出しにする。

「畜生・・・・・・大人しく捕まって堪るかよ!」

 黒河は床に唾を吐くと、人質の娘と共に窓際へ寄り、帷帳と硝子窓を勢いよく開けた。

「銃を捨てやがれ!この女がどうなってもいいのか!」

 黒河は脇差を引き抜きながら叫ぶ。月光にぎらりと反射する刃はそのまま娘の白い頬に当てられる。

「ひ、ひぃぃ!」

 初冬の空気よりなお冷たい刃の感触に娘は叫び、生暖かい血が一筋、刃が当たった部分から流れた。それを見た瞬間、作間は慌ててアーネストに助言する。

「おい、サトウさん。あの刀はまずい。切れ味が良すぎて、娘がちょっとでも動けば大怪我をしかねない」

「判った、今スミス少佐に伝える!」

 作間の緊迫した表情にアーネストも只事ではないと直感したのだろう。即座に作間の言葉を司令官のスミス少佐に通訳する。するとそのスミス少佐が厳しい表情のままアーネストに向かって二言、三言何かを尋ねた。

「サクマ、君の見立てではあのサムライはどれほどの腕を持っているか、とスミス少佐が尋ねている」

 どうやら窓辺で脇差を手にしたまま喚いている男がどれくらい危険な人物なのか、見当がつかないらしい。その質問に答えようと作間はじっと窓辺で喚いている男を見つめるが、はっきりとは判らないと首を横に振る。

「外におびき出してくれれば歩き方とか目配せの仕方で技量が判るんだが、ああ喚いているだけじゃ・・・・・・あと、窮鼠猫を噛む、って奴が心配だ。追い詰められた者が自棄を起こすと何をしでかすか予想がつかない」

 その言葉をアーネストの通訳で聞いたスミス少佐は、兵士達に銃を下ろし一旦家から下がるように命じた。だが、その命令に反発したのは他でもない公使のパークスである。

『スミス!一体何をしている!マックウィルを捕縛するまたとない機会なんだぞ!』

 パークスは怒りを露わにスミスの胸座を掴むが、スミス少佐は冷徹に言い放つ。

『公使、貴殿の出世よりも娘達の命のほうが大事です。ここは軍の判断に従ってもらう。それでも反対するのであれば本国にこの件を報告するが』

 その言葉に不満そうな表情を浮かべたパークスだが、渋々と引き下がった。パークスが大人しくなったのを確認すると、スミス少佐はアーネストに命じる。

『アーネスト、あの窓辺で喚いているサムライに伝えてくれ。娘達を開放し、マックウィルの身柄をこちらに寄越すように、と』

 スミス少佐の言葉が微かに震えているのは寒さのばかりではないだろう。その声音に、英語の内容が解らない作間でさえも彼の緊張感をひしひしと感じる。
 スミス少佐の言葉を窓辺の男が信じるか否か、そしてこちらの要望通り娘達を開放し、マックウィルの身柄をこちらに寄越すかどうか――――――これは一つの賭けであった。



UP DATE 2017.09.13

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パークスの着替え以上に早かったイギリス軍の早着替え\(^o^)/そしてその歩く速度の速さ―――イギリス軍の本気の行動を目の当たりにした作間にとって驚きの連続です。これが少女誘拐犯の捕縛でなければ根掘り葉掘り更にアーネストに質問しているでしょう(^_^;)
そしていかがわしい地域の中でも特にいかがわしい家屋、そこに誘拐犯達が隠れており、瞬く間にそこを嗅ぎつけてしまったイギリス軍―――というか、この時期普通に住宅に住んでいる人間は全て身元が判明しており、それ相応の資金を持つ犯罪者が身を隠せる場所は遊郭かこの妾宅密集地しかありませんでしたので、この行動も当然かな、と(^_^;)
(当時の外国人居留地の家々は全て誰が住んでいるか把握されておりました。少なくとも日本の武家屋敷並には・・・)
お陰様でその場所に到着するのは即座にできましたが、問題はここから(>_<)あともう一歩のところで犯人に抵抗されてしまいました。果たして作間&イギリス軍は無事少女たちを助け出すことができるのでしょうか・・・次回更新は9/20、それまでお待ちくださいませm(_ _)m
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