「雑  記」
烏のおぼえ書き

烏のおぼえ書き~其の二百二十六・昭和初期の東京市児童保護事業

 ←拍手お返事&旦那長期出張中にしたいこと(๑•̀ㅂ•́)و✧ →vague~外国人居留地・其の貳
一般市民の生活に、どれくらい国や自治体が関わるのか、どれほどのサービスを提供していくべきなのか・・・現代でも深刻な問題になっていたりします(-_-;)それは戦前も同様、否、現代以上に身分差があり上層階級と労働者階級の格差が激しかった昭和初期は更に大きな問題だったようですね(>_<)
今回紹介する東京市の労働者階級及び細民対策は正にそれで、今和次郎先生も『経常歳出の2,3%+臨時費or特別会計を加えてその4倍ほどの金と人を注いでも間に合わないだろう』というくらい切羽詰ったものだったようです。その中でも筆頭が『児童保護問題』だったようで・・・今も昔もワーキングマザーには世知辛い世の中です(´・ω・`)


当時、勤労階級で出産に困れば産院で出産することができ(当時はまだ自宅出産が主流)、生まれれば乳児院で暫くお世話になっていたそうです。てか出産後でも働けるのなら働け、ってことですよね(^_^;)まぁ地方の農村だと農作業中に『ちょっと産んでくる』と田んぼを離れ、出産したという話もありますから都会はそれよりは母体保護が手厚かったと言えるかもしれません/(^o^)\

場所は3箇所、築地、浅草、深川にあったとのこと。築地は本願寺がありますから『人々を助ける』という思想的なものもあるのでしょう。花街関係の女性の需要が多かったのでしょか。また浅草は観光関係&舞台関係者の女性も多くいそう。魚河岸はともかく、花街だとちょっとのお休みが人気を左右しますから、必死ですよね(>_<)動けるようになったらすぐにお座敷や舞台に・・・というのも判らなくはありません。更に産院及び乳児院は利用する女性の為に簡単な相談に応じました。

ただ産院も乳児院も東京市に三箇所しかありませんから絶対的に足りない・・・ということで乳児院の他に託児所でも乳児や幼児預かっていました。この託児所は正月三が日と毎月第一、第三日曜日は休むことになっていましたが、それ以外は午前5時から午後6時まで、あるいは午前6時から午後6時まで預かってくれたとのこと(*^_^*)乳児には乳を、もう少し大きくなった子供には遊戯、唱歌、お噺等をしてくれたそうです(*^_^*)そこいらへんは現代とそう変わらず、ってところでしょうか(●´ω`●)

なお託児所は産院&乳児院よりも多く、深川区には西平井町、千田町、富川町、古石場の四箇所、本所区は押上、江東橋の二箇所、京橋区の月島、小石川区の大塚、浅草区の玉姫町、下谷の竜泉寺町等10箇所以上、江東方面に集中していたようです。
なお取扱児童は昭和3年度でおよそ15万人/(^o^)\更に病気になると児童相談所が応じてくれ、場合によっては牛乳や薬も配給してくれたそうです。この手当に上級階級も羨ましがったとか・・・なお牛乳配布があったのは江東橋、富川町、月島、玉姫、四谷の5箇所が手元の資料で判明しております。

ただ、現代同様需要に供給は追いついていなかったと思われます。でなければ今和次郎先生が『もっと予算を増やせ!』とは云わないでしょう(-_-;)てか、これ本当に戦前の話なのでしょうか・・・尤もこれは東京市内だけ、ちょっと地方に行けば年長の子が自分の弟妹や近所の子を世話していましたから(^_^;)なので本日紹介した東京市の状況は当時としてはかなり最先端の児童保護政策だったと思われます(๑•̀ㅂ•́)و✧
(そして100年以上経とうとしている現代において、あまり飛躍的な発展をしているようには思えない・・・やっぱり歴史は学ぶべき(>_<)最低限でも子供が病気になっても安心して預けられる施設は戦前のほうがあったように思えます←衛生思想の問題もあるかもですが^^;)

次回更新は9/19、産児制限相談について取り上げたいと思います(*^_^*)
(当時の産児制限は今の物とはかなり違うものでした。何せ産めよ増やせよの時代ですのでねぇ(^_^;)詳細は次週に)



【創作関連】
やっぱり気になるのは当時の保育士さん&働く母親の日常ですかねぇ(●´ω`●)当時はちゃんとした労働基準法も無かった時代、過酷な労働を強いられる母親も少なくなかったでしょう。そんな母親をフォローしつつ子供たちの成長を見守る保育士さん(当時は保母さん)の、あまり深刻にならないゆる~い日常を書いてみたいなぁ、と。当時の深刻な話は結構ありそうなんで、それとは違う一面が書けるなら書いてみたいかも(*^_^*)
そして時代的に『先生』と呼ばれる方が尊敬されていた時代、そういった意味での保育士さんの労働状況も取り上げてみたいものです(#^.^#)
(少人数で大勢を見なければならない場合、それ相応の規律を守るというスキルは子供でも身に着けなければなりません。当時は、というか私達が子供だった時代は幼稚園や保育園の先生と子供たち、または子供たち同志の関係でその規律を覚えていったものですが・・・今では難しいかもです(^_^;)本当は教員一人あたりの子供担当人数を数人に減らすべきなんでしょうが、それも難しいですしねぇ(´・ω・`)軍隊チックな少数精鋭で多人数管理方式から卒業するにはもっともっとお金が必要です( ;∀;))


【参考・引用文献】
新板 大東京案内 下(今和次郎 編纂 ちくま学芸文庫)


にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ 
INランキング参加中v
ご協力の程、よろしくお願い致しますm(_ _)m
 お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv

関連記事
スポンサーサイト



 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【拍手お返事&旦那長期出張中にしたいこと(๑•̀ㅂ•́)و✧】へ  【vague~外国人居留地・其の貳】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【拍手お返事&旦那長期出張中にしたいこと(๑•̀ㅂ•́)و✧】へ
  • 【vague~外国人居留地・其の貳】へ