「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~外国人居留地・其の壹

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 下弦の月より僅かに太った月が横浜の空に昇り始める。頼りない月明かりの中、四人の男達は少女達を追い立てつつ早足で歩き続け、港崎遊郭にほど近い洋風の一軒家に到着した。

「意外と近場だが、大丈夫なんだろうな?」

 距離にしておよそ二町(約218m)位だろうか、楼閣の灯りさえ遠目に見ることができる近さに高橋が不安を口にする。そんな高橋に対し黒河はふん、と勝ち誇ったように鼻を鳴らした。

「それが外国人居留地、ってもんさ」

 一歩踏み込めば、目の前に罪を犯した者がいても奉行所は手出しできない。それが治外法権というものである。しかもこちら側からは敵の動きがつぶさに判るのだ。
 たとえ公使館に申請を出したとしても、それが通るまでに数日はかかると黒河は見込んでいる。その間に横浜から逃げ出せば、まず捕まる事は皆無だ。

「ふっ。奉行所の犬どもの悔しがる顔が目に浮かぶぜ」

 万が一郁三郎が捕まり全てを自白したとしても、ここにいれば自分達に類が及ぶことは無い。黒河は勝利を確信た笑みを噛み殺しつつ、マックウィルに続いて洋館の中へ入っていった。



 硝子の覆いが掛けられた洋燈が照らす玄関はやけに広く、壁には大きな鹿の首の剥製が掛けられていた。洋燈の灯りにゆらりと揺れる剥製の不気味な影に、黒河らと娘達は恐れ慄く。

(悪趣味な・・・・・・毛唐の考えることは理解できん!)

 一瞬でも恐怖を感じたことを隠すように、黒河は壁にかけられた剥製を睨みつけた、その時である。

『お帰りなさいませ、ご主人様。首尾は如何でしたか?』

 癖のない、キングス・イングリッシュで集団を出迎えたのは、執事らしき黒髪の痩せた男だった。

『バルバロッサ、大至急私と十人の娘達の分の船の席を手配をしてくれ。』

 マックウィルは男の顔を見るなり母国語で命じる。

『承知しました。となりますと、早くても明後日午前出航の船になりますが宜しいでしょうか?』

 事務的な返答をするバルバロッサに、マックウィルは困惑の入り混じった渋い表情を浮かべた。

『やはり明日の船は無理か?』

『明後日の船も微妙なところです。そもそも二日続けて商船が出航すること自体極めて稀なんですから・・・・・・ちなみにその次の出航は十日後です 』

『う~む、できるだけ早いほうが良いんだが』

 どこまでもつれないバルバロッサの返答に、マックウィルは眉間に皺を寄せた。

「おい、マックウィル。何か不都合でもあるのか?」

 厳しい表情を浮かべるマックウィルに、黒河が心配そうに尋ねる。その問いかけに対し、マックウィルは今までにない厳しい声音で事情を告げた。

『エエ、船ノ出航ガ早クテモ明後日ナノデス。ソレデハ遅イカモシレナイ』

 苛立ちさえ顕わにするマックウィルに、黒河は怪訝そうな表情を浮かべる。

「しかし奉行所の申請が受理されるのに数日は確実にかかる筈だが・・・・・・」

「英吉利公使館ヲ甘ク見テハイケマセン!」

 悠長な考えを示した黒河に対し、マックウィルは物凄い剣幕で反論した。

「幕府ノ情報ヲ収集スルタメ通訳ヲ多数雇ッテイマス。特ニあーねすと・さとうトイウ通訳ハ優秀デ、申請書クライ即座ニ翻訳スルデショウ。明日中ニハ軍ガ動キ出シマス!」

 マックウィルは娘達を奥に促しながら黒河に忠告する。

「アナタガタモ明朝ニハココヲ離レテクダサイ。デナケレバ明日ノ昼ニハココヲ軍ガ包囲スル可能性ガアリマス!」

 そのあまりの焦燥感に、黒河達は小さな違和感を感じた。誘拐の実行犯は黒河や郁三郎達だったし、その流れで女衒を殺めてしまったのも黒河達だ。マックウィルは指示役ではあるが直接手を下している訳ではない。
 それなのにマックウィルは異様に奉行所の申請を恐れていた。もしかしたらマックウィルは拐かし以外の、とんでもない犯罪に手を染めているのではないか――――――でなければ、そこまで奉行所の申請を恐れる必要は無いだろう。
 腑に落ちないものを感じつつも黒河らはマックウィルに付いて奥の部屋に入った。その部屋には以前拐かしてきた娘達が軟禁されていたが、足を踏み入れた瞬間、濃厚過ぎる花の香と微かな煙の臭気が黒河達の鼻を襲う。反射的に黒河が鼻と口を抑えたその時、部下の高橋が黒河に耳打ちした。

(黒河さん、あれは阿片じゃないですか?)

 嫌悪を顕わにした高橋の囁きに、黒河も小さく頷く 。部屋の中にいた五人の内、年かさの二人が長椅子に横たわり阿片を吸っていた。華やかなドレスを身に纏い、しどけなく阿片を吸い続ける娘らは、処女でありながら羅紗緬よりも淫猥だ。
 阿片戦争から既に二十年以上も経過しているが、その戦争が日本が開国したきっかけの一つでもある。一つの国を滅ぼしかねない、悪鬼のような嗜好品は黒河にとって嫌悪の対象でしかない。

(娘達には悪いが・・・・・・甲鉄艦を手に入れたら、即座にこの男とは手を切らねばならんな)

 漂う煙にむせそうになりながら、黒河は心の中で決意した。



 夜九ツの鐘が鳴り響く頃、英吉利公使館の扉を叩く者がいた。

「頼も~う!神奈川奉行所からの火急の使者である!」

 下弦の月より僅かに太った月に照らされながら声を張り上げる男、それは作間であった。初冬とはいえ真夜中の寒さはさすがに堪える。かじかむ手に息を吐きかけながら、作間はさらに重厚な扉を叩く。

「頼も~う!居留地に殺人も犯している拐かし犯が逃げ込んだ!捕縛願いたし!」

 そもそも日本語が解る通詞がこの時間にいるのだろうか、という疑問もある。公使が出張していればそれに同行しているだろうし、日本人通詞なら原則通いでの勤務なのでこの時間に公使館に居ることはない。
 だからといって作間に英語で呼びかけろというのは無理な注文である。作間としてもあまり期待はしておらず、取り敢えず喚いていれば誰かが出てきて嘆願書を受け取ってくれるだろうと楽天的な気持ちでいた。
 そしてそんな作間の喚き声に反応したのか、公使館の中から人の気配がし始めている。あともうひと頑張り――――――そう思い、作間がひんやりした冬の夜気を吸い込んだその時である。

「やかましい!一体何時だと思っているんだ!」

 叩こうとした公使館の扉が不意に開き、中から流暢過ぎる日本語の啖呵が飛び出した。その啖呵に引き続き、一人の男が扉の向こう側から現れる。
 年の頃は二十代半ばくらいだろうか。作間よりも明らかに若いその青年は、怒りに満ちた目で作間を睨みつけた。

「さっき夜九ツの鐘が鳴っただろうが!奉行所からの使いだとしても非常識だろう!」

 茶褐色の短い髪に整えられた口髭、白いシャツにズボン姿は西洋人なのだが、口から飛び出す言葉は日本人そのものだ。そのちぐはぐさに作間は混乱する。

「あんた・・・・・・日本人、なのか?」

 戸惑いの表情で尋ねる作間に、茶褐色の髪の青年は首を横に振った。

「いや、私はイギリス人だ。英国公使館通詞、アーネスト・サトウという。それより何なんだ、こんな時間に!」

 どうやら寝入り端を起こされたらしい。かなり不機嫌な様子のアーネストの剣幕に、作間はここへ来た要件を思い出し、慌てて懐から嘆願書を取り出した。

「そ、そうだ!こいつを受け取ってくれ!ちゃんとした書類は明日持ってくるが、それを待っていたら殺しまでやらかした誘拐犯が逃げちまう!」

 作間は半ば強引にアーネストに嘆願書を押し付ける。

「長州藩に籍を置く日本人が三人と、マックウィルという英吉利人一人が外国人居留地に逃げ込んだ。だから英吉利公使館の助けが・・・・・・この通り、頼む!」

 とにかく犯罪者を取り締まる責任者に話を通して貰わない事には奉行所側は何もすることが出来ない。作間は神頼みとばかりにアーネストに手を合わせつつ嘆願した、その時である。

「マックウィル、だと?」

 作間の口からマックウィルの名前が出た瞬間、アーネストの声が不意に低くなる。

「おいサムライ、その話は本当なのか?」

 真剣な表情で迫ってくるアーネストに、作間はたじろぎつつも深く頷いた。

「あ、ああ。日本人側の仲間の一人が名前や身体的特徴までしっかり供述した。蜂蜜色の髪の毛に美髯を蓄えた大男だと・・・・・・」

「サムライ、取り敢えず中に入ってくれ!」

 アーネストは作間の腕をむんず、と掴むと公使館に引きずり込む。その迫力に作間は抵抗する事もできず、ずるずると公使館の応接間まで連れて行かれた。

「今、大至急公使を起こしてくる。それまでそこの長椅子に腰掛けていてくれ。ところでサムライ、君の名前は?まだ聞いていない筈だが」

 アーネストは作間に長椅子を勧めながら名前を尋ねる。その一言に、作間は自分の名前さえ名乗り忘れた事にようやく気が付いた。

「あ、ああ。拙者は作間駿次郎と申す」

 相当頭に血が昇っていたのだろうと苦笑いを浮かべつつ、作間は自らの名を名乗る。

「そうか、サクマか。では暫く待っていてくれ!」

 アーネストはそう言い残すと足早に部屋を出て行った。アーネストの足音が部屋から離れていくのを確認した後、作間は勧められた長椅子に座り安堵の溜息を吐く。

「ふぅ・・・・・・何とか嘆願書を受理して貰えそうだな」

 公使を呼んでくれるならば、ほぼ間違いなく嘆願書は受理されるだろう。正直ここまで簡単に話が通るとは思わなかった。ほっとした作間は改めて部屋の中を見回す。
 岩亀楼のものよりも遥かに豪勢な吊り燈明が天井からぶら下がっているが、真夜中だからかそこに灯は入っていない。その代わり暖炉の上に置かれた蝋燭は柔らかく部屋を照らしていた。
 重厚さを漂わせる長椅子や円卓とは対照的に、壁紙には小花が描かれ客の心を和ませてくれる。そしてふと気がつくと軽やかな花の香が作間を包み込んでいた。同じ花の香でも岩亀楼のものとは全く違う、品の良いものだ。

「岩亀楼の香もこれくらいだったら良いのに」

 作間がポツリと呟いたその瞬間、部屋の扉が開き数人の男達が部屋の中へ入ってきた。その内の一人に至っては寝間着のままだ。
 だが、その寝間着の男を護るように他の男達が取り巻いているところを見るとかなりの高官に違いない。漂わせるその気配に、作間は反射的に長椅子から立ち上がった。

「サクマ、待たせてすまない。こちらがイギリス公使のハリー・パークスだ」

 アーネストは寝間着のままの男を作間に紹介する。どうやら着替えの間も惜しんで応接間に来てくれたようだ。

「Nice to meet you !Mr.SAKUMA!」

 パークスと紹介された男はにっこりと微笑み、作間に手を差し伸べる。だが作間にはその差し伸べられた手の意味が判らなかった。
 どう対応していいのか見当がつかず、作間は助けを求めるようにアーネストに視線を向ける。その困惑の視線に対してアーネストは微笑を浮かべつつ助け舟を出した。

「サクマ、君は握手という挨拶の方法を知っているか?」

「い、一応、西欧や支那で行なっている挨拶だとは聞いたことがある。だが、それ以上は・・・・・・」

 アーネストの問いかけに作間はしどろもどろになりながら答える。知識としては知っているが、実際やった事は無い――――――そんなところだろうと察知したアーネストは、その方法を教えた。

「互いの手を握る、他意はない事を示す欧風の挨拶だ」

 アーネストは作間の手を取り、パークスの手を握らせる。

「サクマ、公使の手をこのまま強く握ってくれ。かなり力を込めないとパークスに手を握り潰されるから気をつけろよ」

 笑いを含んだアーネストの言葉に、作間は恐る恐る手に力を込めパークスの手を握りしめる。その瞬間、パークスは力強く作間の手を握り返してきた。

「うっ!」

 その強さに作間は一瞬呻き声を上げてしまったが、決して嫌な強さではない。むしろその力強さ、掌の温かさはパークスという男が信頼に足る人物だという事を一瞬にして作間に知らしめた。
 そんなパークスの力強さに応えるように、作間も負けじと掌に力を込める。一方、パークスは一瞬人懐っこい笑みを浮かべた後、作間の目をじっと見つめ何かを真剣に語り始めた。
 一体何を語っているのだろうか――――――作間がもどかしさを感じたその時、アーネストがパークスの言葉を通訳する。

「『寝間着のままで失礼する。貴重な情報をありがとう』と公使は言っている」

 どうやら作間のもたらした誘拐館捕縛の嘆願書は、英吉利公使館にとっても重要な案件に関わってくるらしい。でなければ一国の全権を任される事もある公使が寝間着で客の前に出てくるなどあり得ない。
 そんなパークスの対応は、一刻を争う作間にとってもありがたかった。作間はパークスの青い目を見つめながら強く頷く。そして作間がパークスの言葉を理解したのを確認すると、アーネストは更に通訳を続けた。

「君は知らないだろうが、マックウィルという男は世界を股にかける『死の商人』だ」

「死の、商人 ?」

 通訳された物騒な言葉に作間は顔を強ばらせる。

「本国、そして世界中に散らばっている軍が血眼になって探していたが、まさか日本に来ていたとは」

 それはパークスの言葉なのか、それともアーネストの心の呟きなのか作間には解りかねた。だが、二人共同じ気持を抱いているに違いないと作間は確信する。

「今、我がイギリス陸軍第九連隊の一個小隊に出動準備をさせている。居留地はさほど広くないし殆どの住人の身元は確かだ。悪人を探すのにそれほど時間はかからないだろう」

 パークスの口から発せられる英語、それを翻訳したアーネストの日本語、そのどちらもが力強く、作間に安心感を与えた。

「ありがとうございます、公使、そしてサトウさん・・・・・・どうか拐かされた娘達を助けてやってください、お願いします!」

 今、一番頼りになるのは彼らである。作間はパークスの手を握りしめながら、頭を深々と下げた。



UP DATE 2017.09.06

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長州藩士と組んで悪事を働いていたマックウィルは、アヘンも扱うとんでもない悪党でした(>_<)どうやら長州の3人もそこまではこの瞬間まで気が付かなかったようで・・・用が済んだらとっとと手を切ろうと決意しているところが既に手遅れのような気がします(-_-;)

一方作間の方はアポなし飛び込みでイギリス公使館に訴えに行きましたが、そこで出くわしたのがあの有名なアーネスト・サトウ(゚∀゚)夜中に叩き起こされてかなり不機嫌そうですが、お尋ね者の名前を聞いてすぐに動き出してくれました(≧∇≦)
公使も作間の訴えに前向きですし、このまま出動となりそうな雰囲気満載ですが・・・次回更新は9/13になりますヽ(=´▽`=)ノ
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