「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~鬼垣の尋問手腕・其の壹

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 使いの者を奉行所にやってから四半刻が過ぎた頃、ようやく待ちわびていた人物が岩亀楼にやってきた。

「お待たせしましたぁ!只今戻りましたぁ!」

 竹蔵の声変り間近の、掠れた声が闇夜に響く。その声に弾かれるように佐吉と進五郎が見世の外に飛び出し、楼門を開けた。

「お、お待ちしておりました、垣崎様!どうかお上がりくださいませ」

 眼の前に広がる御用提灯と龕灯の数々、そしてそれらを従えて先頭に立つ神奈川奉行所支配定役・垣崎の迫力に、佐吉と進五郎は緊張の面持ちで頭を下げる。

「済まねぇな佐吉、待たしちまって。だが安心しろ、おめぇの処の禿は髪の毛一筋ほどの傷も付けずに助けてやるからよ」

 童顔に屈託のない笑みを浮かべ、垣崎が佐吉の肩をぽん、と叩いた。その力強さ、そして意外と若く人懐っこい垣崎の笑みに安心したのか、佐吉は涙ぐみ頭を下げる。

「どうか宜しくお願いします、垣崎様。小萩を・・・・・・助けてやってくださいませ」

 佐吉の懇願に垣崎も力強く頷く。

「じゃあ早速捜索を始めさせてもらう。まず見世のモンを一箇所に集めてくれ」

「やはり見世の中に裏切り者がいると、垣崎様も思われるのですか?」

 岩亀楼を開いて七年、共に見世を作り上げてきた使用人達である。できることなら彼らを信じたい。不安げな表情を浮かべる佐吉に対し、垣崎は悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「う~ん、そいつぁ見てみないと判らねぇな。俺はてめぇが見聞きしたモンしか信じねぇ主義なんだ。特に色惚けしている道場の先輩なんざ、この世で一番信用ならねぇ。おめぇさんもそう思わないかい?」

 ここへ来てようやく垣崎が暗に作間を冷やかしている事に気が付き、佐吉も思わず吹き出してしまう。そして垣崎が店の者を頭からは疑っていない事にも安心した。
 そんな話をしつつ、佐吉は垣崎とその部下を岩亀楼で一番大きな座敷へ通し、進五郎や竹蔵に命じて見世の使用人達を集める。さすがに手が放せない者もいる為、すぐに集まったのは半分より少し多いくらいだろうか。そしてその場にやってきたのは使用人だけでは無かった。

「駿次郎先輩、済みませんねぇ。お楽しみのところ邪魔が入りまして」

 白萩と共に大座敷へ降りてきた作間の顔を見るなり、垣崎は意味深な笑みを浮かべる。あからさまに先輩を小馬鹿にした垣崎のその態度に、作間は面白くなさそうに口を開いた。

「ほんの欠片でもそう思っているのなら、さっさと小萩を見つけ出してくれ。どうせお前の追いかけているヤマだろう?」

 そんなぶっきら棒な作間とは対照的に、作間の隣にいた白萩は垣崎に対して深々と頭を下げた。

「私からもお願い致します。妹分の小萩を・・・・・・どうか助けて下さいませ」

 態度は大分違うが、共に小萩の救出を頼む二人である。そんな二人の懇願を聞いた後、邪悪な笑みを浮かべた垣崎は作間の顔を覗き込む。

「なるほどねぇ・・・・・・駿次郎先輩、素直に言ったらどうですか?てめぇの情婦の禿が拐かされたんで助けてくれ、って」

 垣崎が囁いたその瞬間、作間は耳朶まで茹で蛸のように真っ赤になった。

「お、おい、垣崎!な、な、何てことを言うんだっ!お、お、花魁に失礼だろうがっ!」

 しどろもどろになりながらも、なけなしの威厳を保とうと作間は垣崎を怒鳴りつける。だが初心な少年の様に顔を真赤に染めてしまっているのでは、威厳など微塵も感じられる筈がない。垣崎は勿論、二人のやり取りを見ていた岩亀楼の使用人からも押し殺した笑いが漏れ始めるほどだ。その笑いに作間はますます顔を赤らめるが、さらに垣崎が追い打ちをかける。

「別にいいじゃないですか。花魁だってまんざらじゃないみたいですし・・・・・・ねぇ、白萩花魁?」

 垣崎に指摘され作間が隣を見ると、白萩も作間に負けず劣らず真っ赤になっていた。白粉を塗った首筋までほんのりと桜色に染まり、作間は思わず目を奪われる。

「さて、と先輩をからかうのはこの辺で終いにしておきましょうか」

 垣崎は不意に真顔になるとすたすたと歩き出した。そして使用人達の集団の一番端っこにいた男―――二階回しの郁三郎の前で立ち止まる。
 どうやら作間をからかっていた間にも使用人達の動向を観察していたらしい。垣崎と作間のやり取りに皆が笑う中、唯一人郁三郎は落ち着かない様子だったのを垣崎は見逃さなかった。

「おい、色男さんよ。さっきから見ていたが、どうも落ち着きがねぇよな。それとその左手、ちょいと見せてみな!」

 郁三郎が逃げ出す前に垣崎は郁三郎の左腕を掴み、捻る上げる。

「いっ、痛ぇ!な、何するんですか、与力の旦那っ・・・・・・うげっ!」

 垣崎から逃れようと暴れる郁三郎だが、垣崎はそれを物ともせず郁三郎の左手に巻かれた白布を引き剥がす。すると白布の下から誰かに噛まれた歯型が現れるた。かなり強く噛まれたのか、やや小さめの歯型はかなりくっきりと刻まれており、血も少し滲んでいる。

「乳繰り合いで噛まれたにしちゃあ無粋な噛み傷だな、ええ?色男さんよ?」

 間違いなく郁三郎は一連の誘拐に加担している――――――そう確信した垣崎は、さらに郁三郎の腕を強く捻り上げ、郁三郎の耳許で怒鳴った。

「一体誰に噛まれたのか、洗い浚い吐きやがれ!」

 その瞬間、痛みに耐えかねた郁三郎は女のような悲鳴を上げる。

「いてぇ!!こ、これは、茶を挽いていた緋荊ってぇ娼妓に・・・・・・働けと言ったら噛み付かれたんですよぉ!」

 垣崎を見上げるその目は、まるで男娼のような媚を含んでいた。

「勘弁して下さいよぉ、与力の旦那ぁ・・・お、俺は、何も知らねぇんです」

 その情けない声音と媚を含んだ視線に、垣崎の腕の力が僅かに緩んだ。その時である。

「与力の旦那!松吉がさっき『薔薇の間』に――――――緋荊花魁の部屋に客を引き入れた、って言ってます!」

 声変り間近の、掠れた少年の声が広い座敷中に響く。その瞬間、郁三郎は声の主を恨みに満ちた形相で睨みつけた。

「畜生!余計な事をぺらぺらと・・・・・・竹蔵、覚えてやがれ!」

 掠れた声の主は竹蔵だった。正義感の強い少年なのか、郁三郎の嘘を黙って見ていられなかったらしい。その背後に隠れるように幼い小僧――――――松吉が、垣崎達の方をこわごわと伺っている。

「なるほどな。つまり緋荊とかいう花魁が茶を挽いてたって話は嘘って事か?」

 怒気を含んだ垣崎の声に、郁三郎はちっ、と舌を鳴らしながら顔を背けた。その態度に垣崎の怒りはますます募る。

「ふん、どうやら詳しく話を聞かなきゃならねぇようだな・・・・・・坊主達、ありがとうよ!」

 垣崎は竹蔵と松吉の二人に礼を言うと、成り行きをじっと見守っていた佐吉に声をかけた。

「佐吉さんよ、ちょいと仕置部屋を貸してもらえねぇか。本当なら奉行所に引っ立てるところなんだが、時間がねぇ」

「――――――承知しました。進五郎、寛助、ご案内をしろ」

 佐吉は二人の若い者に命じた後、やるせない悲しみに満ちた声で郁三郎に声をかける。

「まさかお前に裏切られるとはな・・・・・・無宿者だったお前を二階回しにまでしてやったというのに」

 だが佐吉の悲しみとは裏腹に、郁三郎は垣崎に押さえつけられたまま不満気な表情を浮かべ、佐吉と視線を合わせようとはしなかった。



 全てにおいて光り輝く岩亀楼の中で、その部屋だけが異質な空気を漂わせている。地下に設えられた、岩亀楼の闇の全てが凝縮した暗い場所――――――それが仕置部屋であった。
 進五郎らに案内された垣崎達は、即座に郁三郎を太い柱に縛り付けぐるりと部屋の中を見回す。

「荒縄の他は針と水責め道具か。う~ん、妓楼の仕置部屋じゃ仕方ねぇか」

 折檻をするとはいえ娼妓はあくまでも『商売道具』である。後々まで残る傷、目立つ傷を付けないよう、部屋には針責めに使う太めの針が十数本と大きな盥、あとは細い鞭しか無かった。それらを見て垣崎は腕組みをして考え込む。

「おい、垣崎。大丈夫なのか?」

 小萩の状況をいち早く聞きたいが為に仕置き部屋に付いてきた作間が垣崎に尋ねる。素人目に見ても、この仕置部屋で責問をするのは難しいと思われた。あまりにも設備が脆弱で少ないのだ、尤も拷問道具が揃っている妓楼もどうかと思われるが・・・・・・。

「う~ん、方法はあることはあるんですが・・・・・・駿次郎先輩、ちょいと頼まれて欲しいんですが」

 作間に流し目をくれながら、垣崎は重々しく口を開く。

「何だ?俺に出来る事なら何でもやるが」

「そう大したことじゃありません。妓楼の誰かに頼んで、熱した灰を用意して貰いたいんです」

 垣崎の頼みを聞いた瞬間、作間は怪訝そうに首を傾げた。真っ赤に焼けた炭ならば脅しにも使えるだろうが、灰では全く役に立ちそうもない。だが、垣崎には何か考えがあるのだろう。

「・・・・・・判った。じゃあちょっと取ってくる」

 腑に落ちない気持ち悪さを抱えつつも、作間は垣崎に何も問わずに仕置部屋を後にした。




UP DATE 2017.08.023

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とうとう岩亀楼に乗り込んでまいりました、『鬼垣』こと垣崎伊織(≧∇≦)/御用提灯や龕灯を手にした部下を引き連れ堂々の登場です。
しかし初っ端にやることは先輩・作間をおちょくることwwwどうも作間の顔を見るとからかいたくなるんでしょうねぇ(^_^;)しかし先輩を散々おちょくりながらもきっちり容疑者を見つけるところはさすがにやり手、『神奈川奉行所の鬼垣』は伊達じゃないのです(๑•̀ㅂ•́)و✧
てな訳で容疑者を見つけ出し、尋問へ・・・と行きたいところですが、妓楼じゃ尋問をするにも道具が足りない(´・ω・`)そこをどうにかしちゃうのが垣崎なのですが・・・次回更新は8/30、ドS鬼畜役人・垣崎の本領が発揮されます(≧∇≦)/
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