「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~禿誘拐、再び・其の貳

 ←拍手お返事&地獄を見たUターンラッシュ(>_ →烏のまかない処~其の三百二十・新潟限定ぷっちょ 越後姫味
「小萩、悪ふざけはお止めなさい!」

 最初こそ妹分を叱り飛ばす威勢に満ちていた白萩の声が、徐々に不安に満ちてくる。

「ちょっと止めて・・・・・・ねぇ小萩、出てきてよ!」

 そんな白萩の声を聞きつけたのか、進五郎が『萩の間』へと駆けつけてきた。

「花魁、小萩がどうかしたんですか?」

 顔面蒼白の白萩に気付いた進五郎が心配気に尋ねる。だが、進五郎の問いかけに答えたのは白萩ではなく作間だった。

「進五郎さん、大至急楼主をここに呼んでくれ。それと今現在、岩亀楼にいる者を一人も表に出さねぇように手配を。小萩ちゃんが・・・・・・拐かされたらしい」

「何、ですって?また妓楼内で拐かしがあったと?」

 俄に信じられないといった表情を浮かべる進五郎に、作間は手短に事情を説明する。

「襖が開いているのに気づいて表を覗いたんだが、残っていたのはこの燗酒だけだった。しかもそれほど冷めちゃいねぇ。まぁ長くてもちょんの間の線香半分にも満たねぇ時間、ってところだろう」

 そう言いながら作間は進五郎にも燗酒を触らせた。上燗よりやや熱めのその温かさに、進五郎は眉を顰めながら深く頷く。

「だが、小萩ちゃんはいなかった。躾が厳しい岩亀楼の禿が、注文の酒をほっぽり出して消えるって事は?」

「絶対にあり得ませんね――――――承知しました、少々お待ちくださいませ」

 事の重大性、そして緊急性をようやく把握した進五郎が慌てて階下へ駆け下りてゆく。その後ろ姿を見つめつつ、作間は青ざめ、震えている白萩の肩を抱いた。

「大丈夫、きっと小萩ちゃんは無事に戻ってくるよ」

 正直誘拐犯の手に堕ちてしまった小萩が無事だという確証は無い。だが妹分を攫われ、愕然としている白萩を落ち着かせる為には、嘘でもそう言うしかなかった。

「そう・・・・・・ですよね。小萩はきっと無事に帰ってきますよね」

 作間の気遣いに白萩は気丈を装い答える。だが、作間が抱くその肩の震えはいつまでも収まる事はなかった。



 進五郎と入れ替わるように岩亀楼楼主・岩槻屋佐吉が作間の許へやってきたのは、それから間もなくの事だった。柔和な顔に厳しい表情を浮かべ、佐吉は深々と頭を下げる。

「作間様、この度はとんだ粗相を」

 作間に対しさらに謝罪を続けようとする佐吉を、作間は早々に止める。

「いや、それは別に構わない。それよりも心配なのは小萩ちゃんだ。廓の入り口は?勿論封鎖したんだろうな?」

 作間の探るような厳しい問いかけに、佐吉は一も二もなく頷いた。

「無論にございます。早速若い者達をの捜索をしようかと・・・・・・」

「おっと、てめぇの不祥事をもみ消そうっていうのはもう無しだぜ、佐吉さんよ!」

 内輪で解決を図ると暗に滲ませた佐吉の言葉を遮り、作間が語気を荒らげる。

「相手は手段の為には殺しさえしかねない誘拐犯だ。岩亀の若い者じゃまず手に負えねぇだろう。あんただって女衒の巳之吉の件は知っているだろ?」

 作間の言葉に、佐吉は露骨に不満気な表情を浮かべつつも渋々頷く。二日前、甲州街道で起こった事件では娘を連れていた女衒の巳之吉がが袋叩きにあって殺された。複数人の誘拐に殺人、捕まれば間違いなく獄門になるだろう。
 そんな誘拐犯達が捕縛から逃れる為、どんな反撃に出るか判らない。未だ渋い表情を崩さない佐吉に対し、作間は辛抱強く言葉を重ねる。

「神奈川奉行所の垣崎、っていう支配定役の男は俺の後輩だ。俺からも頼んで岩亀楼に不都合が無いようにするから安心してくれ」

 垣崎――――――その名が作間の口から飛び出した瞬間、佐吉が驚愕に目を丸くした。

「よ、よりによって『鬼垣』を・・・・・・あわわ、これは失礼いたしました、作間様!」

 佐吉はガクガクと震えだし、作間に土下座する。

「おいおい、頭を上げてくれよ、佐吉さん」

 佐吉のあまりの態度の豹変ぶりに、作間は苦笑いを浮かべた。

「何だ、垣崎の野郎。そんな偉そうな二つ名で呼ばれているとはな・・・・・・あいつは練兵館での俺の後輩だ。仕事にゃ厳しいかも知れねぇが、決して悪い奴じゃない」

 未だ垣崎の名前に怯えを見せる佐吉に対し、作間は先程とは対照的に穏やかに語りかける。

「確かに廓で不祥事があったとなれば見世の信用に関わるだろう。だけどあいつに任せれば大丈夫だ。だから」

 作間は佐吉の腕に手をかけ、最後のひと押しとばかりに熱っぽく訴える。

「この見世を守る為に、垣崎を呼ぶ事を承知して欲しい」

 作間も白萩が籍を置く岩亀楼に傷を付けたくない気持ちは佐吉と同じだ。その思いが滲み出る作間の誠実な口調、そして真剣な眼差しに佐吉は作間の誠を見た。

「・・・・・・承知しました。作間様を信じましょう」

 奉行所の立ち入りを渋っていた佐吉だったが、作間の誠実さにほだされたのだろう。ようやく首を縦に振り、奉行所に使いを出すよう部屋の外で控えていた小僧の竹蔵に告げた。



 その頃進五郎は、仲間と手分けして各所の門を閉めていた。すでに昼と夜の客の入れ替えも終わっており、宿泊を目的とする夜の遊客が外に出ることは無い為、表周りの作業は滞り無く終わる。
 そして小僧の竹蔵が奉行所へ垣崎を呼びに行った後に進五郎がある事に気が付き、同僚の寛助に声をかけた。

「あとは・・・・・・一応勝手口も閉めておいた方がいいかな」

 進五郎の問いかけに寛助も一も二もなく頷く。

「そうだな。表に出ているのは竹蔵くらいだし、あそこも閉めておくか」

 二人は喋りながら勝手口のある賄処へと脚を向けた。

「そもそも燗酒が冷めない合間に、あの小萩を連れ去ることなんて可能なのか?あいつは禿の中でも特に気が強いだろう、姉分の白萩に似て」

 現場を見ていない寛助が進五郎に疑問を投げかける。

「俺もそう思う。だけど実際俺も燗酒に触ってみたけど冷めてなかったしなぁ」

 寛助の疑問に対し、全く訳が解らないと進五郎は困惑の表情を浮かべた。

「しかも襖が開いていたのに気がつきながら攫われた気配には全く気が付かなかったってお客人は言っていたぜ。尤も・・・・・・」

 進五郎は急に声を潜め、下卑た口調で寛助に囁いた。

「白萩花魁はコトに夢中で襖が開いていた事にさえ気が付かなったらしいけどよ」

「へぇ、あの白萩花魁がねぇ・・・・・・どんだけ手管に長けているんだよ、その客は」

 寛助も連られてニヤニヤと笑う。

「だよな。俺もあやかりたいもんだよ。それよりも戸締り、戸締り!何はともあれ勝手口も閉めておけば楼主の雷は落ちないだろうさ」

 進五郎は気を引き締め直すと、賄処の引き戸に手をかけようとしたその時である。不意にがらがらと引き戸が開き、賄処の中から二階回しの郁三郎が現れた。

「おっと、危ねぇ・・・・・・どうした?二人揃って雁首並べて」

 進五郎とぶつかりそうになった郁三郎は、驚きの声を上げ身体を引く。

「あ、すみません、郁三郎さん!」

 郁三郎の顔を確認すると進五郎は慌てて頭を下げた。若い者にとって直接の上司である二階回しは、ある意味楼主より怖い存在だ。別に悪さをした訳でもないのに、進五郎は必要以上に恐縮する。そんな進五郎の態度に苦笑いを浮かべつつ、郁三郎は声を掛けた。

「もう頭を下げなくてもいいよ、進五郎。それより何だい、二人揃って雁首並べて」

 その瞬間、さらに進五郎らの顔が強張る。

「あの、ですね。実はまた禿が廓内で拐かされまして・・・・・・」

 恐る恐る答えた寛助の言葉に、郁三郎は眉を跳ねあげ声を荒らげた。

「何だって?一度ならず二度も――――――お前たちがいながらまたそんな失態を犯したのか!」

「も、申し訳ございません!」

 進五郎と寛助は思わず首を竦めて郁三郎に謝る。そんな二人を睨みつけながら、郁三郎はドスの聞いた低い声で尋ねた。

「で、その事は楼主には伝えてあるんだろうな?」

 その声に怯え、二人は反射的に聞かれてもいないことをペラペラと喋り始める。

「も、勿論!作間様、ってお客に言われて伝えてあります!」

「そ、それとまだ下手人が中にいるかもしれないと・・・・・・だから、竹蔵が奉行所の役人を呼んでくるまで下手人を逃がさないように戸締りをしてるんです!」

「ふぅん。ご苦労なこったな。まぁくれぐれも念入りにやってくれよ」

 必死に言い訳をする二人をじっと見つめ、呆れ果てた様子で溜息を吐いた。そんな郁三郎に対し進五郎は郁三郎の顔色を伺うように尋ねる。

「それより郁三郎さんは何故こちらに?もしかしてお客様のお膳で足りないものがありましたでしょうか」

 それに対して郁三郎は首を横に振り、白布に包まれた左手を見せる。

「ちょっと割れ物を拾っていたら怪我をしちまってな。賄いに焼酎を借りに来た」

 それを見て二人は納得したように頷いた。

「そうだったんですか。くれぐれもお大事になさってください。では我々は勝手口の戸締りをしてきます」

 二人は郁三郎に一礼すると、そそくさと賄処へ入っていった。

(ふぅ、間一髪、何とか間に合ったぜ)

 閂をかける音を背中に聞きながら、郁三郎はほっと胸を撫で下ろす。賄処に来たのは勿論割れ物で怪我をした為ではない。見つかると厄介な黒河達を勝手口から逃す為であった。
 小萩を手に入れたまではまだ良かった。だが小萩を抱え、皆が待っている『薔薇の間』へと向かおうとしたその時、『萩の間』の襖がすぐに開き作間とかいう男が周囲を調べ始めたところから郁三郎の計画は狂い始めたのである。
 辛うじて廊下に飾ってある薩摩焼の大壺の影に隠れて事なきを得たが、早急にここから黒河らを追い出さなければ自分にも類が及ぶと危機感を覚えた。
 郁三郎は部屋に戻るなり事情を説明し、『今宵は岩亀楼に泊まるつもりだった』と不平を漏らす黒河らとマックウィル、そして小萩を含めた五人の娘達を勝手口から追い出すように逃す。そして小萩に噛み付かれた跡を隠す為左手に白布を巻き終えたまさにその時、進五郎達が勝手口を閉めにきたのだ。この時点において、郁三郎は奉行所や佐吉に対し先手を打った事になる。
 勝ち誇った笑みを浮かべつつ郁三郎は楼主の部屋の襖を開けた。どうやら佐吉はまだ『萩の間』にいるらしく部屋には誰もいない。郁三郎はいつも佐吉が座っている長火鉢の前に座ると、顎に手をやりほくそ笑んだ。

(まさか佐吉の野郎が奉行所の立ち入りを許すとはな・・・・・・ま、クズどもは追い出したんだ。あとは奉行所の犬をやり過ごせば大丈夫だろう)

 贅沢に灯されている蝋燭の下、自らが港崎遊郭の主になる妄想を描く郁三郎の笑みは、どこまでも昏い欲望に満ち溢れていた。



UP DATE 2017.08.16

Back   Next



にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


こちらは画像表示型ランキングです。
押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






禿の小萩が誘拐されたかもしれない―――そう判断した作間のその後の行動は普段とはまるで違います(゚∀゚)というか、むしろこちらのほうが本当の顔というべきでしょうか。伊達に練兵館の師範代まで昇りつめ、自分の道場を構えたわけじゃありません(๑•̀ㅂ•́)و✧
若い衆にテキパキと指示を出し、楼主にも一喝して垣崎を呼び出させる(しかも奉行所で一番恐れられているらしいあだ名まで発覚^^;)きっと白萩も惚れなおしたでしょう(人´∀`).☆.。.:*・゚
しかしまだまだ油断はできません。作間によって予定を狂わされた誘拐犯側ですが、間一髪長州藩士やマックウィルらを逃しております。まだまだ一歩、というか半歩先を逃げている誘拐犯側、果たして作間達は追いついて捕まえることができるのか・・・次回連載をお待ちくださいませm(_ _)m
関連記事
スポンサーサイト

 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【拍手お返事&地獄を見たUターンラッシュ(>_】へ  【烏のまかない処~其の三百二十・新潟限定ぷっちょ 越後姫味】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【拍手お返事&地獄を見たUターンラッシュ(>_】へ
  • 【烏のまかない処~其の三百二十・新潟限定ぷっちょ 越後姫味】へ