「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~禿誘拐、再び・其の壹

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 窓から見える海の色が、日が沈むと共に徐々に深い藍色に色褪せてゆく。一瞬足りとも同じ色を見せない波の色を見つめながら、作間は白萩を待っていた。

「もう・・・・・・前回から三ヶ月も経ってしまったんだな」

 前に岩亀楼に来たのは夏の名残が色濃く残る初秋だった。諸々の事情があったとはいえ、三日に一度は手紙を寄越してくれた白萩に不義理をしたと申し訳なく思っている。
 だが、ようやくここに来たのだ。先程出会った垣崎の抱えていた娘や事件の事、その他気になることは多々あるが、この部屋にいる間は全てを忘れてしまおう―――そう決意した時である。

「作間様、お待たせしました。本日お相手を務めさせて頂きます白萩を連れて参りました」

 作間を担当する進五郎の美声と共に、白萩と小萩が部屋の中へ静々と入ってきた。

「ご無沙汰しております、作間様。白萩にございます」

 嬉しさと切なさを押し殺した声で、白萩が型通りの挨拶をする。さすがに若い者の進五郎や禿の小萩の前で羽目を外すことは許されないのだろう。そして白萩が深々と下げた頭を上げた瞬間、作間は前回とは違う意味で驚愕し、息を呑んだ。

(おなごとは・・・・・・たった三月でこれほどまでに美しくなるものなのか!)

 三ヶ月前に比べ頬のあたりが少しすっきりした為か、今日の白萩は大人びて見える。黒地に銀糸で縫いとられた蜘蛛の巣と枯萩の打掛も、その大人びた美しさを引き立てているようだ。
 作間をじっと見つめる潤んだ瞳は薄暮の中でも煌めき、艶を含んだ唇は何かを訴えたいのか微かに震える。元々整った容姿を持つ白萩だが、さらにそこに色香が加わり作間を惹きつけてやまない。

(抱きしめたい――――――)

 この場に二人だけであれば、間違いなく作間は白萩に駆け寄りその華奢な身体を力いっぱい抱きしめていただろう。そして白萩の震える唇を奪っているに違いない。だが、今この場所には進五郎や小萩もいる。分別ある大人としてあまりに羽目を外すわけにはいかない。作間は平静を装いつつ白萩に笑顔を向けた。

「やっと、裏を返しに来ることが出来ましたよ」

 そう白萩に語りかけた作間の声は、隠しきれぬ欲情で熱っぽく掠れている。それに気が付いたのか、白萩は恥ずかしげに瞼を伏せた。長い睫毛の影が頬に落ち、白萩をさらに美しく彩る。

「じゃあ進五郎さん。後はお任せでお願いします」

 白萩の顔をじっと見つめつつ、作間は静かに進五郎に告げた。若い者の進五郎には既に予算を伝えてある。いち早く二人きりになりたかったので芸者や太鼓持などを遠慮した。しかし彼らにも幾ばくかの祝儀は包むよう進五郎に頼んであるので、しわい客と言われる事は無いだろう。
 進五郎や小萩もそんな作間の思惑を感じ取ったのか、簡単な挨拶だけするとそそくさと『萩の間』から退出した。その足音が小さくなるのを確認した後、作間は再び口を開く。

「済まない、白萩。あんなにまめに手紙をくれたのに待たせてしまって」

 心の底から申し訳なさそうに作間は白萩に謝る。その瞬間、白萩は取り澄ました娼妓の顔から一転、あからさまに拗ねた表情を浮かべた。

「・・・・・・本当にそう思っていらっしゃいます?」

 白萩は作間ににじり寄ると、恨めしそうに上目遣いで睨む。

「作間様からのお返事にはいつも新しいお弟子さんのことばかり。妬けてしまいます」

 まるで浮気を詰るかのような白萩の口調に、作間は不謹慎にもこそばゆさを感じてしまった。生まれてからこの方、一度も女性にもてた事が無い作間である。惚れた女の拗ねる口調さえ愛おしく思えてしまう。

「ははは、まさかむさ苦しい新弟子達が妬かれるとはね」

 作間はこの三ヶ月でほっそりした白萩の頬に手を当てながら、不義理を詫びるように微笑みを浮かべた。その微笑みにつられ、白萩もようやく笑みを浮かべる。

「私も八王子の生まれです。街道の治安の悪さも、それによって作間様の腕が必要とされていることも重々承知しております。だけど・・・・・・寂しゅうございました」

 その瞬間、作間の唇が柔らかいものに塞がれる――――――白萩から唇を重ねてきたのである。そもそも娼妓は本気で惚れた相手にしか唇を許さない。つまりこの接吻は白萩からの恋の告白に他ならないのだ。
 前回逢った時の手応え、そして三日に一度は寄越してくれた手紙から、白萩の自分への想いを確信していた作間が、まさかここまで大胆な行動に出るとは予想外であった。
 だが白萩の想いを知った嬉しさよりも、そこまで白萩に寂しい思いをさせていたという罪悪感が作間の胸を締め付ける。ならば今宵はその寂しさを満たしてやろうと、作間は白萩の身体を強く抱きしめた。さらに白萩の柔らかな唇を己の舌で割り、柔らかな舌を捉える。絡まり合う舌は艶かしい濡音を立て、融け合う程に熱を帯びてゆく。
 始まったばかりの夜の空に二十一日の月は未だ昇らない。月明かりさえ差し込まぬ部屋の中、互いの想いを知った二人はただひたすら相手を求め続けた。



「ねぇねぇ小萩。白萩花魁の間夫、もう来てる?」

 部屋に持ってゆく酒の準備をしていた小萩に声をかけてきたのは、禿仲間の夢菊であった。互いの姉分同士が仲が良いということもあり、この二人も気が置けない仲である。

「うん、来てるよ。もうあたしとか進五郎なんて邪魔者扱いでさぁ、早々に追い出されちゃった」

 冷めることを考慮して飛び切り燗につけた酒を盆に乗せると、小萩は肩を竦めた。今まで仕事一筋、どんな色男の誘いさえ『娼妓の微笑』で蹴散らしてきた白萩とは思えぬのぼせ振りである。少なくとも小萩が白萩付きの禿になって以降、この様な事は一度も無かった。それだけに夢菊の興味も尽きないらしい。

「ところで白萩花魁の間夫ってどんな人?花魁が惚れるくらいだから相当いい男なんでしょう?勿体振らずに教えてよ」

 娼妓の中でも特に身持ちの堅い白萩が惚れるほどの相手である。絶対に歌舞伎役者並のいい男に違いないと、好奇心に目を輝かせながら夢菊は小萩にしつこく尋ねる。だが、小萩の答えは夢菊の期待を裏切るものであった。

「う~ん、一言で言えば・・・・・・背の高い野暮天、ってところかなぁ」

「はぁ?野暮天って何よ、それ!」

 あからさまにがっかりした声を上げる夢菊に、小萩は遊客に期待する方が間違っていると苦笑いを浮かべる。

「見目も金払いも決して悪くないんだけどね。でも喋っていた内容は剣術だとか多摩の田舎の話だとかで・・・・・・花魁も八王子の人だから、あれはあれでいいのかもしれないけど、少なくとも粋ではないよ」

 姉分の想い人に対し、小萩は言いたい放題こき下ろす。どうやら作間は小萩の好みとはかけ離れているらしい。だが『間夫』というものに憧れを抱いている夢菊は、小萩の言葉に異を唱える。

「ふぅん・・・・・・でも背が高くて見目が悪くないんだったら良いんじゃない?しかもまだ三十前なんでしょう?そんな若くて金払いが良い間夫なんてそう簡単に掴まえられないよ。喩え野暮天でもさ」

 夢菊が言うように、確かに高額な花代が支払える客となると大店の主や番頭、又は大身の武士とごく限られてしまう。しかも娼妓達と同年代か少し上くらいの若者となると更に少ない。
 客の平均年齢が四十代半ばという岩亀楼において、作間のような若い客は極めて珍しいと言えるだろう。それだけにその顔を一度でもいいから拝みたいと夢菊は小萩に食い下がる。

「ねぇ小萩、お願い!後で花魁の間夫、覗きに行ってもいい?」

 あまりにしつこく言い寄る夢菊に、小萩はとうとう折れてしまった。

「じゃああんたの仕事が終わったらね。でないと私が夕菊花魁に怒られちゃう」

 小萩は夢菊にそう言い残すと、酒肴を乗せた盆を手にそそくさと台所を後にする。

「もう、夢菊が絡むから・・・・・・花魁達、もう床の中だろうなぁ」

 折角飛び切り燗にしたのに、と小萩は唇を尖らせる。先程『萩の間』から追い出された時の様子からすると、二人は既に床に入っているだろう。そして惚れあった仲の二人が情事を終えた後では、折角の飛び切り燗も人肌まで冷めてしまうに違いない。

「仕方ないよね。普通だったら四半刻くらい余裕があるんだから。ちょんの間にも満たない間に飛び切り燗を部屋に運ぶなんて絶対無理!」

 姉分への文句を呟きつつ萩の間へと小萩は急ぐ。だが小萩はあまりにも焦りすぎていた。周囲を見回す余裕もまるで無く、その後姿をじっと見つめている視線に気付かない。この直後に起こる災難など知る由もなく、小萩は緋毛氈の廊下を早足で進み続けた。



 小萩が部屋に戻った時、襖の向こう側から荒い息遣いが聞こえてきた。いわゆる三つ重ねの布団が敷いてある次の間ではなく、会話や食事を愉しむ座敷からの音なのでまだ情事には及んでいないようだ。しかし、そちらの方がむしろ部屋に入りづらい。

「どうせやるんだったら、さっさと次の間に行っちゃえばいいのに」

 小萩は飛び切り燗が乗った盆を床に置くと、身体を襖に寄せて耳をそばだてた。

「あんっ、そこは・・・・・・堪忍、っ」

 いつになく艶っぽい白萩の声が襖越しに聞こえてくる。仕事柄、幾度も白萩の情事に立ち会ってきた小萩だが、ここまで甘く、切ない嬌声は初めて聞く。

(花魁、本気で感じてる)

 『仕事』としての情事は毎日うんざりするほど見ている小萩だが、情人同士の秘め事は今まで一度も見たことがない。そもそも白萩が今迄間夫を作らなかったのだ。当然といえば当然だろう。
 夢菊の作間に対する好奇心を散々馬鹿にしていた小萩だが、そんな小萩にもむくむくと好奇心が湧き上がる。あれほど色っぽい声で白萩を啼かせる男の手管とはどんなものなのか――――――小萩は僅かに襖を開けた。その時である。

「おい、随分と行儀の悪い事をするじゃねぇか、小萩」

 不意に耳許で囁かれた低い声に、小萩は声を上げそうになる。だがまさにその直前に小萩の口は塞がれ、極めて強い力で首筋に手刀が叩きこまれたのである。

「!!」

 殺される――――――反射的にそう思った小萩は男の手から逃げ出そうと、薄れ行く意識の中自分の口を塞いでいる手に噛み付く。だが男の手が離れる事は無く、二発目の手刀が小萩の首筋に叩きこまれた。

(花魁!たすけて・・・・・・)

 失いゆく意識の中で白萩に助けを求めるも声を上げることは叶わず、小萩はそのまま意識を失ってゆく。そして小萩の身体が飛び切り燗の上に倒れ込みそうになる間際、小萩の気を失わせた男――――――郁三郎が小萩の身体を抱え込んだ。

「・・・・・・ちょいと予定とは違ったが、まぁいいか」

 腕の中で気を失っている小萩を見下ろしつつ郁三郎はニヤリと笑う。そして小萩を肩に担ぐと、気配を消し、足音も立てずにその場を後にした。



 作間がその微かな気配に気が付いたのは、白萩の懐に手を忍ばせその滑らかな柔肌に触れた瞬間であった。作間の愛撫に恍惚の表情を浮かべる白萩の顔からふと視線を上げると、微かに襖が開いている。

「小萩ちゃんかな?・きっと酒を持ってきたは良いけど入りづらいのかもしれない」

 白萩の柔肌を弄びつつ作間が白萩の耳許で囁いた瞬間、白萩ははっと我に返った。

「あ、すみません。私ったら次の間へ案内もしないで」

 本来なら杯を一、二杯交わし膳を取った後、次の間へと移るのが習わしである。だが二人は昂った気持ちのまま座敷で抱き合ってしまったのだ。そうならないよう遊客を導くのが娼妓の務めである。
 白萩は己の失態に恥じ入るが、むしろ作間はそんな白萩に愛おしさを感じてしまう。

「次の間への案内さえもどかしかったと・・・・・・それだけ俺に夢中になっていたと解釈してもいいのかな?」

「・・・・・・もう、解っていらっしゃるくせに!」

 耳朶をくすぐる作間の声に身を捩らせながら、白萩は可愛らしく拗ねる。

「ははは。だけどこの前みたいに待たせても可哀想だね。ちょっと酒だけ受け取ってくる。いくら相手が禿でも、その艶姿は見せたくないんでね」

 作間のその言葉に、白萩は己の乱れた姿にようやく気が付いた。作間の愛撫で胸許ははだけ、帯もぐずぐずと崩れている。裾もかなり派手に乱れ、緋色の蹴出しから伸びた脚が腿まで露わになっていた。さすがにこの姿で酒は受け取れないし、乱れを直すにも時間もかかるだろう。
 作間は白萩に軽く接吻をすると、袴も着けない着流し姿で襖を開けた。だが、そこには小萩はおらず、床に置かれた燗酒が残されているだけだった。

「おや、小萩ちゃん?いないのか?」

 辺りを見回しても人の気配は皆無であった。床に置かれた燗酒に作間が触れると、熱燗から上燗の中間くらいの暖かさがある。飛び切り燗にしていたとしてもそれほど時間は経っていない。

「白萩、禿が気を利かせて酒だけ置いて消える、って事はあるのかい?」

 何気なく作間が聞いた瞬間、白萩は表情を強張らせた。そして慌てて襟元を正し、作間の傍に駆け寄る。

「小萩!いるんでしょ?出てらっしゃい!」

 白萩は三階中に響く大声で小萩を呼ぶ。だが、普段なら真っ先に応える小萩の声はどこからも聞こえて来なかった。




UP DATE 2017.08.09

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誘拐犯がまたまた動き出しました(>_<)しかもこんな時に限って禿の小萩も油断して覗き見をしようとしていたという・・・姉分、妹分揃ってかなり油断していたようです(-_-;)これじゃあ誘拐されちゃいますよ・・・ある意味緋荊の読みはものの見事に当たっていた、というわけです(>_<)それだけ白萩が客に転ぶというのは珍しいことだったんでしょうねぇ・・・(^_^;)
ただ犯人側にとって計算違いだったのは作間の鋭さです。小萩が襲われた直後に気が付いて部屋の外を確認したのですが、この行動が後々誘拐犯側の行動計画を狂わせることになります。詳細は次回以降に❤(ӦvӦ。)

次回更新は8/16、小萩が誘拐されたことに気がついた野暮天・作間がテキパキと行動してゆきます(ただし垣崎が来る前まで限定)
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