「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~誘拐犯・其の肆

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 黒河ら保守派長州藩士と岩亀楼二階回しである郁三郎の出会いは遡ること四ヶ月前、開港記念の祝賀に港崎遊郭中が湧く六月の事だった。黒河達の『規則違反』を郁三郎が見咎めたのが切掛である。
 『祭り』で羽目を外すものは少なくない。黒河達も同様で、どさくさに紛れ交渉相手である英人武器商・マックウィルを岩亀楼の日本人館に引っ張りこんだのだ。
 洋人館に日本人が入れないのと同様、日本人館に外国人を入れてはいけない決まりになっている。だが唯一羅紗緬の鑑札管理の権利を持っている岩亀楼にとって、外国人客を無碍に扱うことは許されない。どう上手く説明し、理解してもらおうかと黒河らの話に聞き耳を立てていたまさにその時、郁三郎は彼らの許されざる計画を知ったのである。
 黒河ら長州藩保守派はマックウィルを通じ、幕府でさえ手に入れていない甲鉄艦を手に入れたがっていた。それよって今や藩内で主流を占める改革派を出し抜き、保守派の巻き返しを図る為である。
 一方マックウィルは奴隷用の日本人少女を手に入れたがっていた。開国して数年、まだまだ日本人の希少価値は高い。絹糸の如き艶やかな黒髪と陶器の肌理を持つ滑らかな肌の処女は闇市場で高値で取引されている。
 背徳の匂いが色濃く漂うその話を聞いた瞬間、郁三郎は思わず襖を開け、男達の話に割って入っていた。

「その少女の見立て、私めにやらせて頂けませんでしょうか。決して損はさせません」

 突然の侵入者に驚愕する男達に対し、郁三郎はさらに自分を売り込む。

「申し訳ございませんが皆様方はおなごの見立てに関しては素人。ですが廓で数多くの女を扱っております私ならば、高値で売れる女を見立てる事が可能です」

 だが、熱っぽく自分を売り込めば売り込むほど、悪事を企んでいる相手は警戒感を抱くものである。勿論黒河らも例外ではなく、疑惑の目で郁三郎を睨みつけながら真意を問う。

「貴様、何を企んでいる?」

 すると郁三郎は邪悪な笑みを浮かべつつ、自らの野望を口にした。

「いえ、大した事ではございません。黒河様らが天下を取った際、私めに羅紗緬の鑑札管理の権利一切を頂ければそれで充分でございますから」

「羅紗緬の鑑札管理の・・・・・・権利だと?」

 郁三郎の思わぬ言葉に黒河は面食らうが、郁三郎は黒河の心をくすぐる甘い言葉で詳細な説明を始める。

「甲鉄艦を入手したいとの事ですが、それはすなわち幕府に取って代わり黒河様達が天下を取るという事でございましょう?少なくとも私めには黒河様が天下人の雰囲気を漂わせているようにお見受けいたしますが」

「そ、そうか?」

 お世辞だと解っていても褒められて悪い気はしない。郁三郎の言葉に気を良くした黒河に郁三郎はさらに言葉を重ねてゆく。

「今現在、羅紗緬の鑑札管理の権利は幕府によって授けられ、岩亀楼楼主・岩槻屋佐吉のみが持っております。つまり・・・・・・」

 そう言いかけた郁三郎の言葉を不意に黒河が遮った。

「佐吉とやらは幕府の犬、ということか?」

 不意に厳しくなった黒河の言葉に、郁三郎は我が意を得たりと満足気に頷く。

「左様でございます。幕府に取り入り、羅紗緬における権利一切合切を手にした挙句、甘い汁を啜っている極悪人を黒河様は許しておけますでしょうか?」

 男とは思えぬ艶然とした微笑を浮かべつつ、郁三郎は黒河に水を向けた。その誘い水に黒河は面白いように反応を示す。だが、その誘い水は田舎侍には少々刺激が強すぎた。

「許せる筈が無いではないか!今すぐにでも叩き斬って・・・・・・!」

「まぁまぁ、今のところはご容赦を」

 怒りに震え、今にも刀を抜き放って暴れだしそうな黒河を、郁三郎は苦笑いを浮かべつつ宥める。

「そこで幕府に代わり黒河様ら長州藩が天下を取ったあかつきには、佐吉が独占している権益を私めに譲っていただきたいと・・・・・・勿論上納金は黒河様に納めさせて頂きます」

 上納金――――――その言葉が郁三郎の口から飛び出した瞬間、黒河の顔に下卑た笑みが浮かぶ。

「なるほど上納金か・・・・・・悪党め、気に入ったぞ!」

 金はいくらあっても困らない。黒河は高笑いをし、その場で郁三郎を仲間に引き入れることを決定した。それだけではない。さらに郁三郎の情婦・緋荊の腹違いの弟で五十鈴楼の掛廻りをしている雅也をも巻き込んだのである。
 各地を回り借金を取り立てるという掛廻りの仕事柄、近隣の地理や小町娘の噂には極めて詳しい雅也である。拐かしの指揮を執るのにこれほど相応しい男もいないだろう。
 黒河を信用させる為、それぞれの勤め先から禿を一人づつ差し出した郁三郎と雅也は、黒河らの誘拐計画に加担した。妓楼で働く二人が加わった事で拐かす娘達の質が格段に上がった事は言うまでもない。
 だが黒河らの隠れ家が奉行所に見つかってしまった今、ここが見つかるのも時間の問題だ。せめてマックウィルに拐かしてきた娘達を押し付け、横浜から逃げ出さなくては自分達が奉行所に捕まってしまう。
 なかなかやって来ないマックウィルに苛立ちを覚えつつ、郁三郎は窓から見える景色を――――――明日には娘達が乗るであろう英吉利商船をじっと見つめていた。



 松吉に呼びにやらせたマックウィルが岩亀楼にやってきたのは横浜の街中が茜色に染まる頃、呼び出してから一刻半以上も経過した暮六つ間近であった。

「遅クナッテ済マナイ。『本業』デ手間取ッテイタ」

 蜂蜜色の髪に美髯を蓄えた大男は、英語訛りの日本語で詫びる。だが、マックウィルの来訪の遅さを責める事は黒河達には出来なかった。

「仕方がない。こっちの落ち度で急に呼び出したんだ。あんたの所為じゃ無いさ」

 そもそも鍵の掛け忘れにより拐かした娘を逃してしまったのは黒河達だ。それさえ無ければマックウィルに娘を引き渡すまであと数日の余裕があった。黒河は自分らの失態を責められぬよう言葉を慎重に選び、事情を説明する。

「実は鍵の掛け忘れで娘を一人取り逃がした。さらに具合の悪い事にその娘が奉行所の野郎に保護されてしまって・・・・・・今頃俺達の隠れ家は奉行所の手入れが入っている筈だ」

「ナルホド、ソウイウ事ダッタンデスネ」

 険しい表情を浮かべたものの、マックウィルは別段黒河らを責めようとはしなかった。そもそも甲鉄艦を入手したがっている黒河達に、少女誘拐を条件甲鉄艦の販売を持ちかけたのはマックウィル本人だからだ。
 マックウィルは世界を股にかけ武器や軍艦を売る傍ら、少女誘拐や人身売買などの犯罪行為を行なっている闇の商人である。それだけに相手側の失態や裏切りなども想定して、手はずを整えていく事が当たり前となっていた。
 勿論、誘拐に関して素人である黒河達が失敗するのも折り込み済みである。万が一に備え、マックウィルは外国人居留地に娘達を監禁できる一軒家を借りていた。治外法権の地である外国人居留地に奉行所は踏み込むことは出来ない。
 この様な状況を鑑みて、マックウィルが奉行所に捕まる事はまず無いと思われる。だが、奉行所の手が及ぶ、及ばない以上にマックウィルにとって極めて困った事態が目の前で起こっていた。

「ウ~ン、揃ッテイルノハ四人デスカ・・・・・・黒河サン。アト一人、ドウニカ工面デキナイモノデスカ?」

 実は黒河や郁三郎達が拐かしてきた娘達の評判が闇市場ですこぶる評判が良く、さらなる日本人少女の注文がマックウィルに入っていた。その中でどうしても断れない注文が五件入っており、あと一人どうしても必要なのだ。
 だが、横浜近辺どころか甲州街道沿いにまで足を伸ばし、拐かしを重ねてきた男達にとって『あと一人』がなかなか難しい。特に実行役だった長州藩士達は不満気な表情を顕わにした。

「それが出来たら苦労はしない!そもそも甲鉄艦は何時引き渡してくれるんだ!売ってやると言いながらもう四ヶ月も経っているんだぞ!」

「おうよ!俺達ばかり危ない橋を渡らせやがって、この毛唐が!」

 怒りを顕わにした黒河ら三人がマックウィルを取り囲む。

「お、落ち着いてください、お三方!こんな所で仲間割れをしている場合じゃありませんでしょう!どうか拳をお収めくださいませ!」

 三人の思わぬ行動に慌てた郁三郎は慌てて三人の前に立ちはだかった。ここで双方に仲違いをされたら拐かしに費やした今までの苦労も、自分の野望も全ておじゃんになってしまう。マックウィルの代わりに殴られるかもしれない恐怖に慄きながら、郁三郎が両腕を開き三人を止めに入ったその時である。

「ねぇ。一人で構わないんなら当てがあるわよ」

 まるで歌うような甘い声に、男達は一斉に声の方に振り向く。その視線の先にいたのは、男達のやり取りを愉快げに見つめていた緋荊であった。

「当てが、あるだと?それは真実か?」

 緋荊の思わぬ言葉に黒河は俄に信じられぬと疑わしげに緋荊を見つめる。そんな黒河に対し、緋荊は妖艶な唇をきゅっ、と吊り上げた。

「ええ、勿論。日本人館の娼妓、白萩の禿の小萩――――――ただし今日限定だけどね」

 今日限定とはどういう事なのか。疑問を抱く男達の中、緋荊は邪悪な笑みを浮かべつつ、その謎を説明し始めた。

「何故今日なのか、って言いたそうな顔だねぇ・・・・・・実は今日、白萩の間夫が江戸から来るのさ。クソ真面目な野郎なのか、律儀に予約まで入れているから間違いないだろうよ」

「ま・・・・・・ぶ、だと?」

 緋荊の言葉を聞いた瞬間、郁三郎は眉間に皺を寄せる。

「あの真面目な妓が男に転んだ、なんて気配はねぇぞ。お前の勘違いじゃねぇのか、緋荊?」

 娼妓が間夫――――――すなわち情夫を持てば仕事が疎かになる可能性がある。それを防ぐのが二階回しの仕事なのだが、白萩に特定の情夫ができた気配は皆無だ。少なくとも郁三郎はそう思っていた。
 だが緋荊には確信があるらしい。郁三郎を小馬鹿にした笑みを浮かべつつ、紅色の長煙管を手に取った。

「馬鹿だねぇ、あんたも。あの小賢しいアマが二階回しに尻尾を掴まれるような間抜けをする筈が無いじゃないか」

 緋荊は煙草を詰めた煙管を口に咥えると、ゆるりと紫煙をくゆらせる。

「・・・・・・だけど、あたいらの中じゃ周知の事実さ。お高い白萩らしくもなく、かなりしつこく天紅付けた恋文を送りつけているんだからさ」

 ふふん、と鼻で笑いつつ緋荊は煙管の灰を煙草盆に落とした。

「勿論、楼主やあんたにバレないようにね。それともう一つ、面白い話があるんだけど」

 しなを作りながら緋荊は男達の顔を覗き込む。その挑むような視線に黒河達やマックウィルは顔を赤らめるが、郁三郎は不機嫌な表情のまま緋荊に喰ってかかる。

「いちいち勿体振らずにさっさと喋りやがれ!」

「おお、怖い。これだからせっかちな男は嫌いなんだよ」

 緋荊は郁三郎の剣幕を茶化すと、再び煙管の吸口に唇を近づける。そしてゆっくりと香り立つ煙を吸い込んだ後、その妖艶な唇を開いた。

「白萩の奴、初見だった前回にヘマをやらかして、未だに間夫に抱かれていないのさ。馬鹿な女だと思わないかい?」

 勝ち誇った笑みを浮かべ、緋荊は男達の知らない事実を告げる。その瞬間、男達は怪訝そうな表情を浮かべた。

「間夫なのに、抱かれていないとはどういう事だ?間夫というからには、男女の関係になっていなければ可怪しいだろう?」

 今まで二人の会話を聞いていただけだった黒河が、ここへきてようやく口を挟む。そんな黒河に対し、緋荊は妙に嬉しげに答えた。

「そうなんですよぅ、お武家様。普通ならばお武家様の仰る通りなんですけどねぇ」

 緋荊はにやりと笑いつつ、紫煙と共に言葉を紡ぐ。

「あの女、娼妓の務めも放り投げて男と一晩中喋っていたんですって。信じられます?でもこの話、白萩と仲が良い夕菊から聞いたんでほぼ間違いはございませんよ」

「なるほど、そういう事か」

 ここへ来てようやく郁三郎は合点がいった。

「惚れた男と初めてコトに及ぶとなれば間違いなく注意力は落ちる――――――そう踏んだんだな、緋荊?」

「その通り」

 郁三郎の答えに満足気な笑みを浮かべつつ、緋荊は天井に向かって紫煙を吐く。

「拐かすのはあんたがやりなよ、郁さん。あんたなら小萩も疑わないだろうからさ」

「・・・・・・お前、やけに乗り気だな」

 いつになくはしゃぐ緋荊を、郁三郎は呆れたように見つめる。だがそんな視線にお構いなく、緋荊は鬼女の如き癇性な高笑いを響かせた。

「ふふっ、当たり前だろう!お客人のご要望も満たせる上に、お高くとまっている白萩の面子も潰せるんだからさぁ。今、あたいは楽しくて楽しくてしょうがないんだよ!」

 茜色に染まっていた部屋は、いつの間にか毒々しい紫色に暮れ泥んでいる。この女を仲間に入れたのは間違いだったかもしれない――――――禍々しい薄暮の中、笑い続ける緋荊を男達はただ黙って見つめる事しか出来なかった。




UP DATE 2017.08.02

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ようやく『悪党、全員集合!』と相成りました( ̄ー ̄)ニヤリ
黒河たちと組んでいたのはイギリスの闇商人でした。黒河達が後の新政府軍旗艦ともなる『甲鉄』を手に入れるのと引き換えに、闇取引用の日本人少女を要求していたという(-_-;)そして彼らの取引を知った郁三郎が自分の野望を叶えようと割り込んできた・・・そんなところです。
しかしお夏の救出をきっかけに神奈川奉行が動き出した今、流石に悠長に構えているわけにも行きません。あと1人分どうにかすれば・・・そんなところにとんでもない情報を提供してきたのはトラブルメーカー・緋荊です/(^o^)\よりによって白萩の禿・小萩をねらえとは・・・しかも今夜限定、作間と白萩が一夜を共にするというのを狙えという((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
普段は口の固い白萩もよっぽど嬉しかったのでしょう、本来ばらしては行けない客の情報を同僚に漏らしてしまうとは・・・その同僚からよりによって緋荊へと情報が流れていってしまったという(>_<)女の情報網は侮れません(-_-;)

次回更新は8/9、作間と白萩の逢瀬が中心となります(*´艸`*)
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