「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~誘拐犯・其の参

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「おら!ちんたら歩いているんじゃねぇ!さっさと歩け!」

 薄暗く、じめじめとした路地の奥に恫喝の声が響く。黒河とその部下二人は拐かしてきた娘達を小突きつつ、港崎遊郭方面に向かって歩いていた。

「高橋が鍵をかけ忘れるからこんなことになったんだぞ!畜生、また『亀』に借りを作ることになるじゃないか!」

 黒河は早足で移動しつつ、監禁部屋に鍵をかけ忘れた部下を叱り飛ばす。大久保らを送り出した直後、黒河らは監禁部屋に鍵をかけ忘れた事に気が付き、すぐに部屋に戻った。しかし時既に遅く、二日前に拐かしたお夏という娘が逃げ出していたのである。
 慌てて追いかけ、あともう少しで再び捕まえられると思ったその瞬間、娘は大通りに飛び出し、たまたま道を歩いていた神奈川奉行所の役人に保護されてしまった。
 それを目撃した黒河らは大通りに飛び出す前に辛うじて止まり、すぐに路地の奥へ引き返した。なので役人に自分達の顔を見られてはいない筈だ。だが、役人に保護されたあの娘が今まで遭遇した事、そして黒河らの隠れ家の場所など全て話してしまうだろう。間違いなく捜索の手が入る場所に居られる筈もなく、黒河らは娘達を連れて隠れ家から逃げ出してきたのである。
 裏路地を抜け、港崎遊郭で働く男衆達が出入りする裏門から敷地内に入ると、黒河らは女衒の振りをしてそのまま岩亀楼の裏手に向かった。そして井戸の前で樽洗いをしていた下働きの少年に声を掛ける。

「おい、小僧。二階回しの郁三郎を呼んでこい!」

 居丈高な黒河の口調に少年はむっ、とした表情を浮かべたが、黒河の横にいる高橋が鯉口を切るのを見るなり怯えた表情で慌てて妓楼の中へ駆け込んだ。

「っつたく、躾がなってねぇな。後で郁三郎に言っておくか」

 自分達の事は棚に上げ、逃げるように自分達の前から去っていった少年の態度に悪態を吐く。その直後、少年が駆け込んだ裏口から三十代半ば程の男が顔を出した。

「これはこれは黒河様。一体どういうご用件で・・・・・・」

 そう言いかけた瞬間、男は黒河らが連れている娘達に気が付き秀麗な眉を顰める。

「私めが手配した借家に何か不都合でも起こりましたでしょうか?」

 どうやら郁三郎という男も黒河らの仲間らしい。険しい表情を浮かべながら、この場所に娘達を連れてきた事情説明を黒河に促す。

「お前の落ち度じゃない。こいつが牢屋代わりの部屋に鍵を掛け忘れやがった」

 黒河は高橋を睨みつけ忌々しげに吐き捨てると、郁三郎の耳許に口を近づけた。

「奉行所に隠れ家がバレた。別の隠れ家を見つけるまで娘達を預っていて欲しい。妓楼なら折檻部屋くらいあるだろう?」

 黒河の決めつけたような物言いに、郁三郎は一瞬嫌悪を顕わにしたが、すぐに接客用の表情を浮かべる。

「確かに仕置部屋はございますが、左様な所に娘達を隠そうものならすぐに他の者に見つかってしまいます」

 浅黄裏はこれだから――――――と暗に見下すような郁三郎の物言いに、黒河は苛立ちも顕わに喰ってかかる。

「じゃあ他にこいつらを隠せるような場所は?いつまでも娘達を連れて道端をうろちょろする訳にはいかないんだぞ!」

 黒河が見せたその反応に満足したのか、郁三郎は勝ち誇った笑みを浮かべた。

「勿論ございますよ。我が岩亀楼の洋人館に」

「洋人館、だと?」

 郁三郎の思わぬ言葉に、今度は黒河が怪訝そうに眉を顰める。

「確かに日本人は入ることさえ叶わぬ場所だが、そんな場所が本当にあるのか?」

「ええ、ございますとも。ちょうど今、私の女がお茶を挽いていますので、その女の持ち部屋である『薔薇の間』に連れて行けば暫くは時間が稼げます」

「その女、口は固いんだろうな?」

 疑わしげに尋ねる黒河に対し、郁三郎はふん、と鼻で嗤いながら答えた。

「岩亀楼を何だと思っていらっしゃるんですか?要人の接待もする娼妓達ですよ。その口が軽かったら見世の信用に関わります」

 言葉の端々に侮蔑の気配を滲ませつつも、郁三郎は黒河らを妓楼の中へ促す。この場所でうだうだ話していて誰かに見られたら、町名主で岩亀楼楼主である岩槻屋佐吉に取って代わるという郁三郎の野望も潰えてしまう。

「とにかく急いで中へお入りください。すぐにマックウィル様を呼びに小僧をやらせます。予定より数日早いですが、娘達を引き取ってもらいましょう」

 黒河らに任せてはいられないと郁三郎自ら計画の変更を提案する。

「向こうだって人買いが本国にばれてしまったら本業だってできなくなるんです。多少の無理は聞いてくれるでしょう」

 理路整然とした郁三郎の提案に、黒河も納得した。

「そうだな・・・・・・では郁三郎、後は任せた」

 自信あり気な郁三郎にそう言い残すと、黒河ら三人は四人の娘達と共に岩亀楼洋人館へと入っていった。



 郁三郎に案内されて入った洋人館に、拐かされた四人の娘達はあまりのきらびやかさに目を見張った。天井から垂れ下がるぎやまんの吊り照明は眩く辺りを照らし、床には毛足の長い緋縮緬が敷き詰められている。
 襖絵には華やかな花鳥風月の錦絵が描かれており、さり気なく置かれた数々の調度品は明らかに南蛮渡来のものだろう。娘達は自分達の置かれた状況を忘れ感嘆の溜息を漏らしてしまう。
 だが、それらの調度よりも娘達の興味を引いたのは、見世の中を歩いている娼妓達の服であった。明らかに絹と思われる光沢を放つ、ひらひらとした装飾が付いた西欧風の服は娘達が生まれて初めて見るものだ。
 濃厚な花の香と相まって、娘達は夢見るような視線で娼妓達を見つめる。そんな娘達と黒河らは郁三郎の案内の下、二階西の端にある『薔薇の間』へと通された。

「おい、緋荊(ひいばら)。ちょっと部屋を借りるぞ」

 郁三郎は部屋の中に声をかけると、全員を部屋の中へ押し込む。

「今日も仕事がだるいと抜かしやがって身上がりを決め込んでいるんだから 、別に構わないだろう」

『身上がり』とは娼妓自ら花代を支払い仕事を休む事である。どうやら部屋の主は自ら花代を支払って仕事を怠けているらしい。拐かした娘達を隠すには好都合だが、妓楼の二階回しの立場としてはこの怠け癖は勘弁して欲しい。
 半ば諦めの口調で郁三郎が言い放ったその瞬間、郁三郎めがけて何かが飛んできた。それを郁三郎は片手で受け止める。

「癇癪持ちは相変わらずだな。まぁ、おめぇにしちゃあだいぶ手加減をした、ってところか」

 郁三郎が受け止めたもの、それは小さなクッションだった。レースに縁取られた大きな針山のようなその物体と、それを投げつけてきた妖艶な美女を娘達は興味深そうに交互に見つめる。

「何さ、人を馬鹿にしくさって!偉そうにほざいてるんじゃないよ!」

 そこにいたのは二十代半ば程の娼妓だった。豊満な胸の膨らみを半分近くまで顕わにした真紅のドレスと左目の涙黒子が妙に艶かしく、郁三郎以外の男達は勿論、娘達さえ見惚れてしまう。
 同性でさえ惹きつけてしまうその娼妓――――――緋荊は郁三郎達の方へ近づくと、ちらり、と色っぽい流し目を黒河らに向けつつ口を開いた。

「で、この連中は何なのさ?」

 横浜一の高級店・岩亀楼の娼妓とは思えぬ蓮っ葉な口調で緋荊は郁三郎に尋ねる。しかし郁三郎もその口調に慣れているのか、別段咎め立てもしない。

「拐かしに使っていた隠れ家が奉行所にバレて、ここに逃げ込んできた連中だ」

 郁三郎は部屋の奥に設えてある寝台に娘達を座らせつつ、緋荊に事情を説明する。

「今、松吉にマックウィルを呼びにやらせている。それまでこの部屋で預っていてくれ」

 そんな郁三郎の言葉に、緋荊はふん、と面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「要は尻拭い、って奴か。ねぇ、本当にこいつらと組んでいて鑑札管理の権利が手に入るのかい?あたいは到底信じられないけどねぇ」

 娼妓が発するには余りにも侮辱的な緋荊の言葉――――――その一言に黒河は顔をどす黒く染め、いきり立つ。

「おい、妓!貴様、我らを愚弄する気か!」

 興奮の余り、黒河は脇差を抜き放ち、その切っ先を緋荊の鼻先に突き付けた。それを見た娘達が悲鳴を上げ、黒河の部下二人も脇差を収めるように必死に黒河を説得する。
 だが唯一人、郁三郎だけは黒河を止めようとはせず、意味ありげにニヤニヤ笑うだけであった。

「ふぅん。ドスはまぁまぁ使えるんだ」

 緋荊は切っ先を突きつけられても眉一つ動かさず、その濡れたように紅い唇を嗤いの形に歪める。その笑みはさながら般若の様であり、黒河は思わず恐怖を覚える。

「・・・・・・てめぇの都合が悪くなるとすぐに刀に頼る。だから頭の悪い浅黄裏の話に乗るのは止めておけ、って言ったのにさ」

 緋荊は手の甲で脇差の腹を払うと、黒河の鼻先に己の顔を近づけた。あと少しで唇さえ触れそうな距離に緋茨の妖艶な顔が迫る。頭がくらくらするほど濃厚な香水の匂いと、男を喰らい尽くしそうな妖艶さを漂わせる緋茨に、むしろ黒河のほうがたじろぎ思わず一歩後退る。

「あんた、『徳川に代わって長州が天下を取る』なんて大風呂敷を広げているらしいけどさぁ」

 怯む黒河に対し、まるで鼠をいたぶる猫の様に緋荊はさらに間合いを詰める。

「武士なら武士らしく、あたいの男と取り交わした約束は守っておくれよ」

 まるで睦言を囁くような甘ったるい声だが、その内容は恐喝そのものだ。加虐の笑みを浮かべつつ緋荊が舌舐りをしたその時である。

「緋荊、もうその辺で止めておけ。お武家にお前の責めは刺激が過ぎる」

 黒河の怯えを見かねたのか、ここへ来てようやく郁三郎が二人の間に割って入った。

「黒河様、うちの緋荊がとんだ失礼を・・・・・・色々思うところはございますでしょうが後はマックウィル様がいらしてからに致しましょう」

「あ、ああ。そうしてくれ」

 額に脂汗を滲ませながらも黒河は必死に虚勢を張ろうとする。そんな田舎侍に対し、郁三郎は侮蔑の笑いを必死に押し殺した。




UP DATE 2017.07.26

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作間や垣崎がお夏を保護していた頃、長州保守派の誘拐犯らは新たな隠れ家を求めよりによって岩亀楼へとやってきてしまいました(>_<)そして案の定そこには誘拐犯らと手を組んでいる男・二階廻しの郁三郎が・・・こちらも一筋縄ではいかなさそうな男です(^_^;)
どうやらこちらは楼主に成り代わり、自分が岩亀楼の主に取って代わりたいという野望をもっているようですが(-_-;)
更に洋人館の奥には郁三郎の情婦・緋荊(ひいばら)が居座っておりました/(^o^)\白萩とは真逆のタイプの、ワガママボディの色気ムンムンタイプですね( ̄ー ̄)きっと貧乳、もといスレンダータイプよりは外国人の受けが良いと思われ、こちらへの配属になったんじゃないかと思われます。そして性格は体以上にトンデモなようでして・・・田舎侍くらいなら素手であしらってしまいますし、多分閨に引きずり込まれたら骨の髄までしゃぶり尽くされるかと・・・喩えるなら餓えた肉食獣ですかね。並の日本人じゃ緋荊を相手にできないでしょうねぇ(^_^;)色ごとを知り尽くした二階廻しくらいじゃないと情人にもなれませんwww

次回更新は8/2、長州保守派と郁三郎、そしてまだ名前しか登場していない貿易商・マックウィルの出会い及び誘拐犯全員集合をお送りする予定です(*^_^*)
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