「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~誘拐犯・其の壹

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 甲府にほど近い、とある寒村の娘・お夏はジメジメした暗闇で震えていた。すえた臭いが漂うこの場所は何なのか?そもそも自分がどこに連れてこられたのか皆目見当がつかない。
 食い扶持に困り、甲州街道の府中宿で飯盛女として働く為、女衒の巳之吉に連れられて八王子近くまで来たところまでお夏は覚えていた。しかしそこで出くわした『事件』の影響でそこから以後の記憶は全く無い。

「――――――最近になって、またここいら辺も物騒になってな。困ったもんだよ」

 白髪交じりの無精髭を撫でながら、巳之吉は後ろから付いてくるお夏に語りかけてくれたのを思い出す。黒船が浦賀に来た直後は攘夷を唱える者達が横浜周辺で乱暴狼藉を働いたが、最近近隣を騒がしている連続拐かしは下手をするとその時以上に荒っぽいかもしれないと巳之吉はぼやいていた。

「そんなに非道いんですか?」

 ぶるっ、と震えながら尋ねるお夏に、巳之吉は忌々しげに答える。

「少なくとも昔の浪士どもはおなごに手を出すこ事は無かったさ。それに引き換え人攫いどもときたら。仁義も何もあったもんじゃねぇ!」

 最初は横浜近辺だけだった拐かしも、最近では東海道周辺、そして鎌倉街道を北上しながら甲州街道沿いにまで被害が及んでいる。女衒仲間も被害に遭っていると、巳之吉は怒りを露わにしながら唸った。

「本当は大通りを通りてぇんだが、この道を通らないと日暮れまでに宿に着けねぇ。いいかお夏坊、万が一やくざ者に襲われたら・・・・・・」

 巳之吉は周囲を神経質に見回し、声を潜める。

「俺に構わず一目散に近場の家に逃げ込め。そして府中の『正起屋』ってぇ旅籠に連れて行って貰うんだ。遊客を取るのは同じでも、親に会えるか会えねぇか、ちゃ~んとおあしを貰えるか否かは全然違う」

 いつになく真剣な巳之吉の言葉にお夏は頷いた。そして緊張の面持ちのまま人気のない細い道に差し掛かったその時である。
 周囲を雑木林で囲まれた人目につきにくい場所で二人は無宿者らしき男達に襲われ、お夏は逃げることも叶わず彼らに拐われたのである。

「巳之吉さん、大丈夫かなぁ」

 お夏が気を失う前、最後に見たのは袋叩きに合う巳之吉の姿だった。顔を紫色に腫らしながらお夏に逃げろ、と叫んだ声が今でも耳にこびりついている。
 血も涙もないとよく言われる女衒だが、巳之吉はこの手の仕事をしている者としては珍しく誠実な男であった。なので村の人間が娘を売る時は彼を頼りにし、お夏の身売りの時にもお夏の父親は、まず巳之吉に相談を持ちかけた程だ。そんなお夏の父親に対し、巳之吉は家族にように親身になって相談に乗ってくれたのである。

『食い扶持程度なら府中だって構わないでしょう。その気になれば顔を合わせることだって出来ますし、年季も短い。そもそも不必要な金なんざ人を不幸にするだけだ』

 吉原か江戸四宿、最悪横浜への身売りを考えていたお夏の父親にそう提案し、五年の年季奉公で構わないという府中宿の旅籠『正起屋』を斡旋してくれたのは他でもない巳之吉だった。だからこそ余計に巳之吉の安否が気になる。
だが巳之吉の安否よりも、今は自分のこれからをお夏は心配するべきであった。お夏の周囲には十三歳から十七歳くらいの娘達五、六人がいる。ほぼ間違いなく自分同様誘拐されてここに監禁されているのだろう。
 拘束こそされていないが外には屈強な見張りがいて、厠に行くにもいちいち彼らが付くので逃げる隙など皆無である。
 一体自分達はどうなってしまうのだろうか――――――お夏は不安に押しつぶされそうになる。殺されないとしても、それ以上に辛い目に遭う可能性は高い。かといって逃げだそうものなら確実に殺されてしまうだろう。文字通り八方塞がりの状況に十五歳の少女は解決策を見いだせず、自らの膝に顔を埋め泣き始めた。その時である。

「お、お待ちください!ここはなりません!」

 急に外が騒がしくなり、見張りの男が誰かを制止する声が聞こえてきた。何事かと吃驚して、お夏は思わず伏せていた顔を上げる。
 すると不意に扉が開き、二人の男が入り口に立ち塞がった。逆光で顔はよく見えないが、今まで見たことが無い男達だ。特に一人は他の男達より頭一つ分背が高く、近寄りがたい威圧感を漂わせている。

(誰、なんだろう?仙台平の袴を履いているから、きっと身分の高いお武家様なんだろうけど)

 今までお夏達に居丈高に振る舞っていた男達が、明らかにその二人に怯えている。その様子に興味を持ったお夏を始め、少女達はじっと男達のやり取りに見入ってしまった。

「全く――――――何て事をしてくれたんだ。恥を知れ、恥を」

 お夏達を見つめながら背の高い男が呟く。その声は静かだが、隠し様の無い怒気が含まれていた。その声に今まで居た男達は震える声で弁解する。

「お、大久保さん。お、お怒りになるのはご尤もですが・・・・・・こ、こ、これには少々理由がありまして・・・・・・」

「おはんらの屁理屈など聞きたくなか!!」

 誘拐犯の男の言い訳を若い男が遮る。どうやら背の高い男の連れらしい。抜けきっていないお国訛りから推測すると薩摩の者だろうか。武芸者然としたその鋭い声に、お夏達も思わず首を竦めてしまう。

「おい俊斎、その辺にしておけ。娘達も怯えているだろうが」

 連れの男とは真逆の、無機質な武家言葉を操り、大久保と呼ばれた男は連れの男――――――有村俊斎を宥める。だが、大久保が慈悲を垣間見せたのはあくまでも哀れな娘達のみであり、誘拐犯らに対しては極めて手厳しかった。

「貴様、黒河とか言ったな?そもそもこの拐かし、桂や他の長州藩上層部は知っているんだろうな?」

 氷柱の様に冷たく鋭い言葉が、誘拐犯の男達に突き刺さる。

「同盟を締結した際、人道に背く真似はしないと桂は言っていたが、それは虚言だったと?」

 大久保の探るような視線に、名指しされた黒河は何も言い返す事ができす、額に嫌な脂汗を滲ませる。そしてその様子を、あたかも歌舞伎の舞台でも見るかの如く、娘達は固唾を飲んで見守ってしまう。
 僅かな刺激一つで修羅場に豹変しそうな緊迫の中、大久保はさらに低い声で黒河に迫った。

「武器なら薩摩が調達すると言っているし、実際送り込んでいる。しかも戦は九月の宮島会談で停戦合意に至っているではないか。これ以上の武器調達資金は必要ないだろうが?」

「た、確かに・・・・・・」

 黒河は既に顔面蒼白で、いまにも失神しそうである。だが大久保は攻める手を緩めない。

「だったらもう娘達を拐かして外国の武器商に貢ぐ必要は無いではないか。伊藤俊輔から聞いたぞ。マックウィルとか言う武器商に拐かしてきた娘達を提供し、便宜を図って貰っている輩がいて困っていると」

 その瞬間、娘達がざわつき出した。ただの身売りでも悍ましいのに、よりによって洋妾として外国人に引き渡されるとは――――――一番幼い少女は声を上げて泣き出し、お夏も恐怖と嫌悪に震えが止まらない。
 そんな娘達を憐憫の眼差しで見つめつつ、大久保は懐から一通の封書を取り出し誘拐犯の男達の前に突きつけた。それを見た瞬間、真っ青だった黒河の顔は途端にどす黒い赤に染まる。

「あの野郎・・・・・元百姓の分際で生意気な!」

 その書状は伊藤俊輔――――――後の伊藤博文からのもので『戦で手が離せない自分達に代わり、誘拐事件に関わっている我が藩の者を止めさせて欲しい』と丁寧な文字で書かれていた。苛立ち紛れに黒河は大久保から手紙を奪いとろうとしたが、大久保はさっ、と身体を引く。

「生まれつきの身分がどうであれ、藩の為に戦場で戦っている者と拐かしの下手人――――――どちらが人間として優れているか、五歳の子供でも理解できる。違うか?」

 封書を懐に仕舞いこみながら、大久保は黒河に尋問する。だが黒河らは黙りこくったまま口を開こうとしない。

「もしかしておはんら、まだ我々に内緒にしちょがこっがあっとか?」

 そんな黒河に業を煮やしたのか今まで黙っていた有村が、大久保に代わり黒河に尋ねた。その瞬間、黒河の肩がびくっ、と跳ね上がる。

「い、いえ!め、滅相も!!」

 口では否定する黒河だったが、その動揺ぶりは明らかに何かを隠しているものだった。

「・・・・・・坂本の口車に乗せられて長州と同盟を結んだのは早計じゃったな」

 有村にだけ聞こえる大久保の薩摩訛りの囁きに、有村俊斎も同意して頷く。だが、ここで事を荒立てても何の解決にもならない。

「俺達が帰藩する十日後まで猶予をくれてやる。その間に拐かしから足を洗わなかった場合、どうなるか覚悟は出来ているだろうな?」

 大久保の凍てつく声音に黒河らは再び青ざめた。この男は間違いなくこの事実を藩庁に報告するだろう。そうなればただでさえ落ち目の長州保守派の権力奪回はますます遠のいてしまう。改革派に属する伊藤の思うようにさせてはならないのだ。
 眼の前にいる大久保が長州藩内の事情にどこまで通じているか定かでない。しかしマックウィルとの交渉を済ませ、未だ幕府でさえ手に入れていない甲鉄艦を手に入れるまでは邪魔されるわけにはいかないのである。

「し、承知しました・・・・・・」

 取り敢えず今は大久保をやり過ごすしかない。黒河は覚悟を決め大久保に深々と頭を下げた。

「黒河さん!」

 頭を下げた黒河に対し部下が縋りつく。だが黒河は首を横に振り、大久保に聞こえない程度の小さな声で呟く。

「ここで仕事を初めて三ヶ月、横浜はそろそろ潮時だろう」

 確かに最近では甲州街道沿いの宿場まで足を伸ばしているが、めぼしい娘達は見つけられなくなっている。奉行所の捜索も厳しくなっている中、横浜で拐かしを続けるのも難しくなっているのも事実だ。ここは足を洗うふりをして改革派の代理である大久保をやり過ごし、別の場所で仕事をすればいい――――――言外に思惑をにじませた黒河の言葉に、部下達も静かに頷いた。そんな男達を尻目に大久保は踵を返す。

「俊斎、行くぞ。いつまでもこんな所で油を売っている暇は無い」

 大股で部屋を出て行く大久保の後を有村が慌てて付いてゆく。さらにその後を黒河らが追いかける。後に残されたのは拐かされた娘達だけだったが、誘拐犯達はこの瞬間、大きな失態を犯していた。

「あれ?扉、開いてる・・・・・・よね?」

 男達の声が遠くに去ってゆく中、お夏は細く開いている扉に気が付いた。今なら逃げることが出来るかもしれない――――――お夏はそう思い娘達の方を振り返る。

「ねぇ、みんな。今のうちに逃げようよ」

 お夏は他の娘達を誘うが、お夏以外の娘たちは怯えてそれどころではなかった。このままグズグズしていては男達が帰ってきてしまう。お夏は決意を固めた。

「私は・・・・・・逃げるからね!」

 お夏は娘達に宣言すると、うっすらと開いている扉に手を掛ける。男達が行ってしまった方とは逆にもう一つ、勝手口らしい出入り口がある事をお夏は知っていた。むしろそちらの出入り口を男達はよく使っている。そこさえ開いていれば、逃げる事が出来るかもしれない。

『――――――家族に会えるか会えないか、おあしが貰えるか否かは重要だ』

 巳之吉の声がお夏の胸に蘇る。自分の家族のために尽力してくれた巳之吉の気遣いも無駄にはしたくない。お夏は軋む戸をそっと開けると、勝手口に向かう。そして人がいないことを確認すると、お夏は慎重に勝手口の扉を開き、息を殺しながら表へと逃げ出した。




UP DATE 2017.07.12

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作間さんちの家庭の事情から一変、今回は誘拐犯のターンです( ー`дー´)キリッ因みに前回の話から一ヶ月ほど経過しているのですが、そのことについては次回詳しく書かせていただきますね(*^_^*)

禿を含む連続誘拐事件、てっきり単純な少女誘拐事件かと思いきやさに非ず、長州藩保守派による権力奪回作戦の資金調達を狙った事件でした(>_<)きっと長州や京都から離れた場所&敵地・江戸ならばと思ってのことでしょう(-_-;)
しかしそれを阻止しようと長州藩改革派&薩摩藩のタッグが水面下で動き始めたようです。流石に大人数とは行かず、薩摩藩も大久保利通と有村俊斎(海江田信義)の二人のみのようですが・・・。
果たして誘拐犯は大久保の言うことを聞くのか、それとも影に隠れて更に誘拐を続けるのか、それとも大久保らの殺害に走るのか――――――更に忘れてはならないのは神奈川奉行所です(๑•̀ㅂ•́)و✧垣崎らがこのままおとなしくしているはずもありません。長州保守化vs長州改革派+薩摩vs神奈川奉行所+おまけの作間、果たしてこの三つ巴の戦いや如何に((o(´∀`)o))ワクワク

次回更新は7/19、誘拐犯の根城を飛び出したお夏は無事逃げ切れるのか・・・その辺りから始めさせていただきます(๑•̀ㅂ•́)و✧
(やっと人物紹介が終わったので、ここからは割りとトントン拍子に話が進んでいく・・・はず(^_^;))
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