「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~岩亀楼の天女・其の肆

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 そもそも岩亀楼だけではなかったのか――――――いつの間にか垣崎の口車に乗せられ、他の妓楼の調査まで押し付けられた作間は渋々他の妓楼の調査を開始した。

「残念だが、黒船見物は次回だな」

 せっかく横浜まで脚を伸ばすのだ。碇泊しているか判らなかったが、西洋の軍艦を見てみたいと作間は道場の休みを五日間ほど取っていた。しかしこの一連の調査で五日間の余裕は全て潰れてしまうだろう。
 剣術を嗜んでいる者として西欧の軍艦や武器に心惹かれるものは大いにあったが致し方がない。作間は垣崎の指示のまま港崎遊郭中の見世に入り、娼妓達からの聴きこみを続けた。
 過剰な色香にけばけばしい化粧、客を金蔓としか思っていないような粗雑な接客に耐えながら作間は辛抱強く話を聞き出そうとする。しかしそんな涙ぐましい作間の努力にも拘わらず、新しい情報を得ることは出来なかった。

「今回も駄目ときましたか・・・・・・結局やらせ損じゃないですか、駿次郎先輩。花代だって馬鹿にならないんですよ」

 あまりの成果の無さに垣崎が嫌味を言う。だが作間にだって言い分はあるのだ。

「仕方ねぇだろう。特に中見世、小見世の娼妓共は『廻し』に躍起でろくに話もしねぇんだから。そんな状況で子種を搾り取られてみろ!やらせ損どころか絞られ損だ!」

 そんな悲痛な作間の叫びに、流石の垣崎も頷かざるを得なかった。五日前に比べ作間の頬は明らかに痩けており、眼の下には濃い隈ができている。間違いなく腎虚一歩手前と言ったところだろう。
 だが、そんな疲労困憊の先輩に対し、素直に労いの言葉など一切かけないのが垣崎の垣崎たる所以である。

「まぁ、確かに散々搾り取られたみたいですけど、別に命まで搾り取られた訳じゃないんですから良しとしましょうよ」

 垣崎は仏頂面で言い放つと、煙管を取り出し一服吸い始めた。

「結局・・・・・・岩亀楼で拾った、禿も拐かされているってぇ話だけでしたね」

 憎まれ口を叩く垣崎だが、その口調にも徒労感が滲む。

「だな・・・・・・あと、拐かしとは全く関係ないと思うが、ちょいと気になる事がある」

 作間も煙管を取り出しながら話を続ける。

「主に裏通りに面した小見世の中なんだが、やけに長州者がうろついていたぞ」

 長州者――――――その言葉を聞いた瞬間、垣崎の眉がぴくり、と跳ね上がった。

「まだ長州討伐は終わっちゃいないですよ。それなのに横浜くんだりで長州者なんて、おかしくないですかい?」

 慶応ニ年六月七日、幕府艦隊の周防大島への砲撃から始まった第二次長州討伐は、七月半ばになっても収束する様子を見せていない。少なくとも横浜くんだりで娼妓遊びなどしている余裕など、下っ端不逞浪士でも無い筈だ。そんな垣崎の疑問に頷きながら、作間は見たまま聞いたままを伝える。

「俺も最初は隣の芸州辺りの者だろうと踏んだんだが、塾頭だった桂さんと訛りが一緒だった。それと・・・・・・」

 佐久間の声が更に低く、小さくなる。

「奴ら、長州討伐が長引いてやっていられないだとか、銃器が足りないだとか話していたから間違いなく長州者だと思う。大方外国人商人と武器の交渉でもしているんじゃねぇかと思うが」

 それを聞いた瞬間、垣崎は大きな溜息を吐いた。

「その優れた情報収集力と洞察力が、何故連続拐かし事件に生かされないんですかねぇ、駿次郎先輩」

 あまりにも的確過ぎる垣崎の嫌味に、作間がぐうの音も出ない。

「ま、それは仕方ないとしても・・・・・・長州者が横浜を彷徨いているという話は放っておけませんね」

 間違いなく長州者は横浜奉行所の役人を見かけたら姿を隠しているに違いない。今回の事が無ければ間違いなく見落としていただろう。

「きっと岩亀楼や五十鈴楼のような高級店じゃ足がつくと避けていたのかもしれませんね。判りました。中見世、小見世を今一度洗い直してみましょう」

 真剣みを帯びた垣崎の言葉に、作間は黙ったまま頷いた。



 ひと通りの捜査を終え、作間が自宅へ帰ってきたのは五日後の夕暮れ時だった。

「母上、遅くなって済みません。駿次郎、ただいま帰りました」

 帰宅早々、作間は床で臥せっている母親に挨拶する。すると今まで寝込んでいた老母はムクリ、と起き上がり、病人とは思えぬ大声で作間に罵詈雑言を浴びせかけた。

「ふん、一体どこをほっつき歩いていたのか・・・・・・よく病がちの母を一人置いて五日も遊び呆けられるものですね!」

 武家の妻だった女性とは思えぬ嗄れた大声に、縁側に寝そべっていた猫が驚き、慌てて何処かへ逃げ去る。それだけ大きな声が出せれば問題無いと思うのだが、さすがに面と向い合って指摘することも出来ず、作間はただ苦笑いを浮かべるだけである。
 この性格の所為で兄夫婦、とくに兄嫁とは折り合いが悪く、床につきがちな母親の日々の面倒は作間と長年家に付いていてくれる下女のおクマが見ていた。なので作間が数日家を留守にしても生活に支障を来す事は無い。
 だが、家の中でしか動くことが出来ないからと、自分一人家に残されるのは腹立たしいらしい。そんな母親を宥めすかし、ご機嫌を取るのも息子である作間の仕事である。

「まぁまぁ、借金をした後輩からの頼みですからどうしても断れなくて――――――そうそう、垣崎から母上にとお土産をもらいました」

 作間は脇に置いてあった風呂敷包みを母親に手渡した。その瞬間、母親は作間の手から乱暴に風呂敷包みを引ったくると、それをすぐに広げる。すると風呂敷包みから懐紙に包まれたかすていらと色とりどりの金平糖が現れた。

「おやおや珍しい。南蛮菓子とは」

 風呂敷の中身が高価な南蛮菓子だと確認すると、作間の母は下卑た笑いを浮かべた。
歳で味覚も衰え味など殆ど判らない癖に、滅多に手に入らない高価なものだとやたら喜ぶこの性格も昔から変わらない。
 そんな作間の母親の僻みっぽく、何事も金額で価値を計る性格を熟知している垣崎だからこその『南蛮菓子』による懐柔作戦ともいえよう。

「駿次郎、垣崎さんとやらに伝えておくれ」

 作間の母は早速かすていらを頬張りながら続ける。

「今度は菓子じゃなく歌舞伎くらい呼ばれたいものだと」

 足腰が弱り厠に行くのさえ難儀するのに、息子の後輩に高価な歌舞伎見物を強請るどこまでも強欲な母だ。
 いつもの事であるが、そんな母親に作間は呆れ果ていた。作間が嫁を娶れない理由の一つにこの母親の存在がある。旗本の娘として作間家に嫁いできた母だが、元々僻みっぽい部分があったため、新婚当初から夫婦仲はあまり良くなかった。更に作間を産んでからは『男の子が二人も生まれれば充分に勤めは果たした』とばかりに夫――――――作間らの父親は閨を訪れなくなってしまったのだ。そのことが余計に母の性格を拗らせる原因になっていた。
 なお作間らの父親は芸妓遊びなどは一切せず、生真面目な性格を買われて大目付配下で仕事をしていたのだが、その仕事が多忙を極め江戸城に泊まり込む事もあったのも夫婦仲の悪化の原因ではないかと作間は思っている。そしてその拗らせた鬱憤は子供らにぶつけられた。
 兄嫁は嫁いびりに耐えきれずとっくの昔に姑である作間の母親の世話を放棄しているし、実の息子である作間の兄も同様である。普段は厄介事には首を突っ込まない大人しい兄だが、あまりに母親の嫁いびりがひどすぎ、借金をしてまで別宅を借り受けたほどだ。
 勿論作間自身も出来る事なら逃げ出したいと思う。だが、彼を取り巻く諸々の事情がそれを許さなかった。
 本当は二年前、作間は旗本である兄の代理として見廻組に参加し上洛する筈だった。これは所謂『冷や飯食い』の旗本の次男にとって立身出世のまたとない機会だったのだ。。

「幕府のお勤めを無事果たし、家名を上げてこい!」

 兄に励まされた作間もやる気満々で、任された勤めを果たすつもりだった。だが、作間が出立する直前に母親が大病を患ってしまったのである。
 元々母親と折り合いが悪かった兄夫婦、特に兄嫁は作間の母の看病を拒絶し、仕方なく作間が見廻組参加を諦めた。そして作間は母親の看病、そして介護の為、江戸に残ることになったのである。
 大病の後、足腰は弱くなり寝こむことも多くなったが、まだまだ長生きしそうな母親を眺めつつ、作間は横浜・岩亀楼での出逢いを思い出していた。

(白萩か・・・・・・そういえば萩は鹿鳴草とも言うんだっけ)

 鹿が恋鳴きをする頃に咲く萩の花を、粋な文人たちはそう呼ぶ。しかし恋する気持ちを鳴く事で表現できるだけ鹿の方がましかもしれない。あるのはしがらみだけの作間には、恋する想いを口にすることさえ憚られる。
 白萩との逢瀬は岩亀楼という此の世の幻が見せた夢なのだ――――――作間はそう思い込もうとするが、諦めようとすればするほど想いは募ってゆく。
 身請けをしたい、とか情人になりたいという大逸れた事は毛頭考えていない。だけどせめてもう一度だけ花のかんばせを拝みたいと願う。しかし高額な花代を考えると、そう通い続ける訳にもいかない。
 どれくらいの稼ぎがあれば白萩に逢うことが可能か。また、どれくらいの頻度で横浜に行くことが出来るか――――――作間は頭の中で自らの収入の計算をし始める。
 開いて半年の道場としては作間道場は極めて恵まれていた。なので、贅沢をしなければ母親の薬代を払いつつ、垣崎からの借金を月ニ、三両づつ返済できるだろう。しかし、岩亀楼に通うとなれば話は別だ。吉原の総籬ほどの格を持つ岩亀楼、一度に十両は軽く飛んでゆく。

「母上の薬代は削れないが、酒を控えて・・・・・・出稽古を増やせば二ヶ月か三ヶ月に一度くらい何とかなるかなぁ」

 しかしそれはあくまでも皮算用だった。出稽古の謝礼一回分を銀二分としても、それだけで十両貯めるにはニ十回の出稽古が必要だ。今現在月に一、二度の出稽古をしているが、その調子だと一年以上かかってしまう。
 どんなに切り詰めても十両には程遠い。出世の野心も高嶺の花への恋もそう簡単には上手くいかない――――――挫折ばかりの己の人生に、作間は苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。





UP DATE 2017.07.5

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夢から覚めた後には、ろくでもない現実が待ち受けているものです・・・ええ、拙宅の作間も例外ではありません(-_-;)
ドSの後輩からようやく逃れたと思ったら、自宅にはほぼ寝たきり状態の、しかも性格の悪い母親が/(^o^)\元々僻みっぽかった性格が、結婚生活の行き違いでますます拗らせてしまったようです・・・こうなると大変なのは子どもたち(-_-;)逃げることができれば良いのですが、作間はそれさえもできず(´・ω・`)本当だったら今頃見廻組に参加して、新選組と共に戦っていたはずなんですけどねぇ・・・(身分&剣術の腕からすると間違いなく幹部クラス)
せめてもう一度夢が見たいと、花代の計算をすればするほど10両には程遠く・・・果たして作間はもう一度白萩と会うことができるのでしょうか(´・ω・`)
次回更新は7/12、今までの雰囲気とはガラリと変わってサスペンスになります( ー`дー´)キリッ
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