「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~岩亀楼の天女・其の参

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 港町の朝は早い。それは外国人居留地のある横浜も例外ではなかった。日の出前から出港する船の汽笛や動力の蒸気音、船荷の上げ下ろしをする沖仲仕らの威勢のよい声に海鳥の鳴き声――――――それらがひと段落する頃にようやく日が昇り、街を照らしてゆく。
 そんな港町ではかなり朝遅い時間――――――朝五ツの鐘がなる頃、ようやく作間は岩亀楼の門から外へ出てきた。その後ろには見送りに来た白萩も付いてきている。

「本当に申し訳ありません、作間様!」

 門の外にまで出てきて白萩が平謝りに謝る。

「お勤めもせずにお客様の前ではしたなく泣きじゃくるなんて・・・・・・娼妓として恥ずかしい限りです」

 首筋まで真っ赤に染めて白萩は己の失態を恥じ入った。白日の下に晒されると粗が見えてしまう娼妓が多い中、白萩は朝日に照らされながらも美しい。その美しさに釘付けになりそうになる自分を叱咤し、作間は『まぁまぁ』と白萩に声をかける。

「そんなに気にしないでくださいよ。そんなに頭を下げられてしまってはむしろこっちが恐縮してしまうじゃないですか」

 作間は照れた笑みを浮かべつつ、萩の面を上げさせた。

「昨晩は剣術の話が沢山出来ましたから、充分過ぎるほど満足してます。それに岩亀楼並の大店だったら初回は顔見せ、なんて当たり前です。尤も・・・・・・」

 作間は白萩の耳許に口を寄せ、囁いた。

「こんな大店に入ったのは生まれて初めてなんですけどね」

 戯けた口調の囁きに、白萩は思わず噴出す。

「そうだったんですか?てっきり遊び慣れたお方だとばかり」

 得てして若い客は己の欲望を満たすことに夢中で、敵娼に心を砕く余裕など殆ど無い。そんな客が多い中、作間は泣きじゃくる白萩に無理強いしなかった。それ故白萩は作間が遊び慣れしていると思ったらしい。

「ただの甲斐性無しですよ。貴女を抱きたくても切掛が掴めなかっただけです」

 作間も笑顔を見せ、白萩の手を握った。

「すぐに、とは言えませんが必ず『裏を返し』に来ます。ただ・・・・・・」

 ひと呼吸おいて作間は続ける。

「甲斐性無しなので、花代を貯めるのに少々時間がかかるのは勘弁してください」

 冗談とも本気とも付かない作間の口調に、白萩は再び吹き出してしまった。

「本当にご冗談がお好きなんですから」

 白萩の笑顔につられて作間も笑う。まるで昔からの馴染みのように岩亀楼の門前でじゃれあう二人だったが、白萩との会話に夢中になる余り、作間は案内茶屋の二階から自分達を見つめている者がいる事に全く気が付かなかった。

「野暮天の癖してなかなか上手くやってくれた様ですね、駿次郎先輩」

 朝日の中、じゃれ合う二人をじっと見つめるその人物――――――垣崎伊織は満足気ににやり、と笑みを浮かべた。



 四半刻後、作間が案内茶屋の部屋に戻ると、待ちくたびれた様な表情を浮かべた垣崎が煙管を咥えて待っていた。

「おう、伊織。やけに早いお出ましだな。奉行所への出仕は大丈夫なのか?」

 作間は軽口を叩きながら垣崎の前に胡座をかいた。すると、面白くなさそうに垣崎は作間をちらりと見やり、返事をする。

「紅葉坂へは午後に顔出しすればいいように昨日のうちに掛け合ってますよ。俺もそこまで間抜けじゃありませんから。しかし朝っぱらから駿次郎先輩が娼妓と乳繰り合うところを見せつけられるとはねぇ」

 その瞬間、作間は茹で蛸のように真っ赤になってしまった。

「お、おまえ!ま、まさか!」

「ええ、しっかり見せて頂きましたよ。門の前でいちゃついているところを」

 垣崎は不敵な笑みを浮かべて立ち上がると、昨日は締め切っていた小窓を開け、外を指さす。その窓から外を見た瞬間、作間は声を失う。小窓の外、その先には先程まで作間が白萩と喋っていた岩亀楼の門があったのだ。
 作間駿次郎一生の不覚――――――己のあまりの間抜けさに、作間はこれ以上は無いというほど恥じ入った。

「ま、先輩の間抜けぶりはいつもの事なので良いとして・・・・・・あの娼妓、何を駿次郎先輩に謝っていたんですか?」

 岩亀楼の娼妓が門前で深々と頭を下げることなど滅多にない。一体作間が何をされたのか、垣崎は興味深そうに身を乗り出す。

「別に大したことじゃないさ。実は――――――」

 そう前置きしながら作間は白萩から聞いた遊郭内で禿が行方不明になった件を垣崎に語り始めた。最初こそ軽く聞き流していた垣崎だったが、だんだんと表情が険しくなってゆく。

「なるほどね。楼主の野郎どもはてめぇの監督不行き届きを奉行所に隠していた、って訳ですか。なかなかいい話を引っ張りだして来てくれたじゃないですか、駿次郎先輩。ですけどねぇ」

 垣崎は不意に眉間に皺を寄せ、苦々しげに吐き出した。

「あんた、馬鹿でしょう?何でてめぇの腕の中で泣きじゃくっている女を慰めるのに、明け方まで背中を撫でさすってやらなきゃならないんですか?」

 あからさまに小馬鹿にした表情を浮かべ、垣崎は更に毒を吐く。

「場所は楼閣、相手は触れなば落ちんといった風情の娼妓だっていうのに――――――七歳のガキだってもうちょっとマシな慰め方をするでしょうよ。馬鹿ですか、先輩は?」

「しかし、あの状況で白萩を抱くのは卑怯な感じが・・・・・・」

「だからクソ野暮天だのお稚児趣味だの陰口叩かれるんですよ!渡辺塾頭だって『あいつの所に嫁は来てくれるのか?』って練兵館を辞めるまで心配していましたよ」

 そこまで一気にまくし立てると、垣崎は煙草をふぅ、と吐き出し流し目で作間を睨んだ。

「駿次郎先輩。あんた、あの娼妓に転びましたね?」

 垣崎に指摘されたその瞬間、作間の肩がびくん、と跳ねた。

「な、何言ってやがる!冗談も大概にしやがれ!」

 作間は慌てて否定するが、耳から首筋まで真っ赤に染まっており説得力の欠片もない。

「やっぱり。真面目な男ほど妓遊びにはまると怖いんですよねぇ」

 垣崎は呆れ果てたように肩を竦めると、大仰に溜息を吐く。

「ま、先輩が誰に転ぼうと他の妓楼の調査に支障がなけりゃ別に構いませんけどね」

 煙草盆に煙管の灰を落としながら、垣崎は不意に真顔になった。

「妓楼内でも拐かしがあったとなると、ほぼ間違いなく妓楼内部の奴が一枚噛んでいるな。遣手か二階廻しか・・・・・・下っ端じゃあねぇな」

「決めつけていいのか、垣崎?連れ出すだけなら下っ端の油差だって」

 垣崎の断定的な物言いに作間が異を唱えるが、垣崎はふん、と鼻を鳴らす。

「そんなもの、すぐに足が付きますよ。で、簀巻きにされて海に捨てられるのがオチでしょうね。妓楼の私刑は奉行所の拷問より質が悪いときている」

 垣崎の悪態に作間も頷かざるを得なかった。特に岩亀楼のような大店になればなるほど従業員の相互監視は厳しくなり、おかしな行動をすれば間違いなく同僚に密告される。
 逆に密告すれば楼主や女将からの評判も良くなり、自分の給金に跳ね返ってくる。それだけに同僚を蹴落とし、自分は美味しい思いをしようと虎視眈々と同僚の粗を狙っていると言っていいだろう。
 そんな中、立場の弱い下っ端の従業員が禿誘拐の片棒を担ぐという行動に出るとは考えにくい。だったら禿と共にその従業員も妓楼から逃げるに違いない。だが、少なくとも岩亀楼にその様な者はいないと思われる。

「どちらにしろ他の見世も調べたほうが良い、て事には変わりないんで、駿次郎先輩」

 垣崎は咥え煙管でニヤリと笑う。そうやって漂わせる凄みは、国防の前線を担っている神奈川奉行の与力ならではだ。
 借金の件を抜きにしても一瞬たじろぐその雰囲気に、作間は嫌な予感を覚えた。

「な、何だ、垣崎?」

「今夜は五十鈴楼だけ、明日からは二、三軒ずつ中見世小見世をはしごしてもらいますから覚悟しておいてくださいね」

 さすがに岩亀楼と双璧をなす五十鈴楼では途中で抜け出すことは叶わないが、中見世以下ならちょんの間の娼妓買いができる。なので要領よく事を済ませれば、一晩に二、三軒、作間次第でもっと数をこなすことも可能だ。

「話を引き出すのはともかく、娼妓と一戦交えるくらい道場の稽古より遥かに楽でしょう?」

「言ってくれるじゃねぇか、垣崎よ・・・・・・俺を腎虚で殺す気か?」

 軽く言い放つ垣崎に、作間は冗談じゃないと不平を漏らす。だが、この憎たらしい後輩は先輩の脅しなど『へ』とも思わない。むしろその童顔に鬼の笑みを浮かべながら止めとばかりに言い放った。

「ああ、そうなると借金を返して貰えなくなるからちょっと困りますね」

「ちょっと、だぁ?」

「ええ、ちょっとですよ。一応四半分の二十五両は既に返して貰っていますけど、七十五両は諦めなきゃいけませんから」

 垣崎はからからと笑いながら再び煙管から灰を落とした。

「先輩の御母堂は強欲だから、香典を寄越せと言っても鐚一文寄越してくれそうもありませんし・・・・・・十日ほど寝こむ位にしておいてください。菓子折り位出しますよ」

「言わせておけば抜け抜けと!」

 先輩を先輩と思わぬその態度に腸が煮えくり返るが、借金をしている身としては何も言い返せない。

「畜生、覚えてろよ!!」

 作間は悔し紛れに垣崎を睨みつけたが、垣崎は眉一つ動かす事も無かった。





UP DATE 2017.06.28

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神奈川奉行所支配定役、というよりドS鬼畜役人相手にスキを見せてはいけません。それをネタに更にこき使われることがオチです・・・が、どうも作間はその事をころっと忘れていたようです。というか、まさか玄関先で娼妓とイチャイチャするなんて当の本人も思っていなかったでしょうから、仕方がないっちゃ仕方がないのですが・・・\(^o^)/
勿論この事は暫くの間ネタとして云われ続けます。そういう後輩を持ってしまったんですもの、仕方ないですよねぇ~( ̄ー ̄)ニヤリ
作間にとっての天国はどうやらここまで、これから先ようやくやりくりして休暇5日分目一杯使っての調査が始まります。死ななきゃ良いけど(^_^;)

次回更新は7/5、横浜での調査最終報告です(๑•̀ㅂ•́)و✧
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