「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~岩亀楼の天女・其の貳

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 作間様はどちらの流派の剣術を嗜まれるのですか――――――その一言に、作間は呆気にとられ、何とも言い難い微妙な空気が二人の間に流れる。まるで天女の如き白萩の口から剣術云々の言葉が飛び出してくる意外さに、作間は思わず尋ねてしまった。

「な、何故そのように思われたのですか?」

 すると白萩は作間の左手をそっと取り、たおやかに微笑みながらそれに答える。

「こちらのお手にできております剣だこです。仕事柄、お武家様のお手は幾人か拝見したことがございますけど、ここまで分厚いものは初めて見ましたので。もしかしたら優れた剣術家の先生ではございませぬか?」

 まるで小鳥のように小首を傾げて尋ねる白萩に、作間は思わず吹き出してしまった。

「ははは、そこまで見ぬかれてしまうとは!一張羅を着てきたんですが、馬子にも衣装とはいかなかったようですね」

 頭を掻きながら作間は内心舌を巻く。白萩は手の剣だこのみを例に挙げたが、間違いなく佐久間の背中をさすっていた時、肩や背中の筋肉の付き方を確認していたはずだ。瞬時に客の素性を見極めるその目は見事という他無い。
 娼妓という職業柄、あまり好ましくない客も相手にしなければならない時もあるだろう。そんな危険を極力避けるために鍛えられた観察眼に違いない。思わぬ白萩の一面に、作間は興味をそそられた。

「実は四谷大木戸近くで小さな道場を開いております。なので『優れた』というのはお恥ずかしい限りなのですが、一応去年まで練兵館で師範代を務めておりました」

 嘘を言ってもきっと白萩には見抜かれてしまうだろう。そんな確信を持ってしまった作間は正直に経歴を明かす。すると今度は白萩が驚きに大きく目を見開いた。

「練兵館の師範代!あの江戸三大道場の練兵館ですよね?その師範代でいらっしゃったなんて!となりますと流派は神道無念流でございますか?」

 キラキラと瞳を輝かせながら剣術の話をする白萩は、まるで玩具に夢中になる子供のようだ。それにしてもやけに剣術に詳しすぎる――――――作間は怪訝に思って白萩に尋ねる。

「やけに・・・・・・剣術にお詳しいんですね」

「あ、す、すみません」

 作間の指摘に白萩は自分の失態に気が付き、赤面して俯いてしまった。

「あの、私・・・・・・実は八王子の出なんです」

 消え入りそうなほど小さな声で白萩は自分の出身地を告げる。それを聞いて作間は合点がいった。

「ああ、八王子千人同心の!確かにあそこに生まれたなら、嫌でも剣術の耳年増になりますよね」

 八王子千人同心は郷士身分の幕臣集団で、甲州口の警備と治安維持を任務としている。
そのような土地柄故か、江戸近隣でも特に剣術が盛んな場所だ。作間が四谷大木戸近くに道場を開いたのも、甲州街道沿いの剣術熱の高さを見込んだ為である。そんな土地出身の白萩ならば子供の頃から剣術の話を聞かされているだろう。案の定白萩は作間の言葉に深く頷き、剣術に詳しい理由を語り出した。

「ええ、そうなんです。亡くなった父が剣術好きだったもので」

 白萩は昔を懐かしむように遠い目をする。

「うちは女の子ばかり四人姉妹だったのですが、お転婆だった私に父はあれやこれや剣術のを話して無聊を慰めていたんです」

「なるほど。お父上も剣術家だったのですか?」

 作間の問いかけに、白萩は恥ずかしげに頬を染めた。

「作間様を前にして剣術家、なんてあまりにもおこがましいのですが・・・・・・田舎流派の天然理心流を少々嗜んでおりました」

「ああ、勇さんのところですね。塾頭の渡辺さんとよく行ったものですよ」

 今度は作間が懐かしそうな表情を浮かべた。文久元年まで練兵館の塾頭だった渡辺昇は天然理心流を継承している試衛館の道場主・近藤勇と親交があった。試衛館に道場破りが現れると押取り刀で駆けつけたほどだ。
 そんな時、作間も渡辺と共に助太刀に駆けつけたものである。現在、渡辺は尊皇攘夷に傾倒してしまってどこに居るかも定かでないが、作間にとってはやんちゃ盛りの懐かしい思い出である。

「しかし、あなたのお父上が勇さんとご縁があったとは。世の中というものは広いようで意外と狭いものですね」

 剣術という共通の話題を見つけた作間は、今までと打って変わって饒舌に語り出した。それは白萩も同様らしい。今まで接客用の澄ました表情だったものが、いつの間にか剣術好きの八王子の田舎娘の顔になっている。さらに話をしていくと、天然理心流絡みで共通の知人が数人いることも判明した。
 若い二人はこの場所が遊郭だということも忘れ、ただひとすら喋り、笑い続ける。それ故、禿の小萩が口直しの日本酒を持ってきた事も、若い者が豪勢な台の物を持ってきた事にも全く気が付かなかった。
 客と娼妓が情事に臨み始めれば禿は部屋を抜け出し、自由な時間を持てるのだが、作間と白萩は全くその様な気配を見せない。これでは自分が遊ぶ時間が無くなってしまう―――焦った小萩は二人の会話の隙を突いて口を挟んだ。

「花魁ぅ・・・・・・もう部屋を出てもいいですかぁ」

 退屈極まりないと言った口調で小萩が口を尖らせる。その瞬間、白萩は柳眉を顰めた。

「別に構わないけど、もう遅いから妓楼の中だけにしておきなさい」

 禿の躾の為だけとは思えない、白萩の強い口調に作間は微かな違和感を感じる。

「欲しいものがあるのなら若い者の進五郎さんにきちんと頼むのよ。ここ最近の拐かしの事はあなたも知っているでしょう?」

「でも、それだったら妓楼の中だって・・・・・・」

「小萩!」

 今までにない鋭い白萩の声に小萩は勿論、作間も思わず背筋を伸ばしてしまう。だが、それと同時に作間はある事に気が付いた。

(ん?妓楼の中、だって?)

 まさか妓楼内部でも拐かしがあったのだろうか。借金を抱えている娼妓や禿が多いだけに、妓楼内部の人間が外に出向く際、特に神経質になる筈である。それにも拘わらず拐かしがあったというのだろうか。作間は小萩が部屋の外に出て行ったのを確認してから、さり気なく白萩に尋ねた。

「最近横浜では拐かしが多いんですか?江戸にはそんな噂は届いていないんですが」

 すると白萩は暫し躊躇した後で重々しく口を開く。

「ええ・・・・・・近隣の村々で十七歳より年若の子が拐かされて」

 その整った顔に憂いが漂う。それさえも美しいと内心感嘆しつつ、作間はさらに突っ込んだ質問を投げかける。

「そうなんですか。でも、港崎も他所者が流れ込んできますから油断はできませんよね」

 すると白萩は顔を強ばらせ、黙りこくってしまった。

(しまった、警戒心を抱かせたか)

 作間は自分の拙速さを悔やんだが、白萩は作間に対して警戒感を抱いたわけでは無かった。

「あの・・・・・・今から話すことはここだけの話にして頂けますか?」

 黒目がちの瞳で訴える白萩に、作間は反射的に深く頷いていた。



 潮騒の音に混じり、外から大引けの拍子木の音が聞こえてくる。部屋の隅の行灯が柔らかく部屋を灯す中、白萩は声を潜めて作間に告げた。

「作間様が一流の剣術家だと見込んで話させていただきますが――――――実はここひと月で禿が二人、行方不明になっているんです」

 一人だけではなく二人も禿が行方不明になっているとは・・・・・・しかもその話は神奈川奉行所に届いてはいない。知らせが入っていれば作間に妓楼の中を調べて欲しい、などというまだるっこしい真似はしないだろう。

「行方知れずになっているのは、二人共岩亀楼の禿ですか?」

 作間は詰問口調にならぬよう、できるだけ穏やかな声音で白萩に尋ねる。

「いいえ」

 白萩は瞼を伏せて首を横に振った。

「一人はうちの禿ですが、もう一人は五十鈴楼の禿です。うちの楼主と五十鈴楼の楼主が懇意にしているので、知ることが出来たのですが」

 白萩は解りやすく説明しようと、言葉を選びながら訥々と語る。

「他の見世の事は存じ上げません。だけど他の見世が黙っているだけで、実際はもっと行方知れずの子がいるんじゃないかと」

 そこまで語ると白萩はぶるっ、と華奢な肩を震わせた。

「親の許に帰った、という訳では無いのですね?」

 妓楼が最初に調べるのはまず親許だろうと作間は思ったが、念のため聞いてみる。

「ええ、勿論です。むしろ親許に逃げ込んだのであれば良かったのですが」

 作間の問いかけに白萩の表情が更に曇ってゆく。

「特にうちから拐かされたのが、外国語の手習いをさせていた秘蔵っ子の引込禿だったんです。なので女将は心労で寝込んでしまって」

「何か手がかりは?」

「全く掴めていません。時間があればうちと五十鈴楼さんの若い者が手分けして探しているんですが見かけたという人も現れないんです。ちょっと考えたくは無いんですけど」

 白萩は更に声を潜める。

「もしかして内部の者が手引きしたか、お客様の誰かが連れて行ってしまったのかと。でなければ店の者が気づく筈です。」

「確かにそうですよね。普通ならあり得ない」

 目敏い人間が集まっている廓内部から、誰にも見つからず人ひとり消えているのだ。まるで神隠しの様な拐かしに作間もどう解決していいのか解らず、腕を組んで唸ってしまう。

「うちのようなお店で育った子は仕草や言葉ですぐに身元が判明します。でもどこを探しても見つからない・・・・・・だから外国に連れて行かれてしまったのではないかと皆で心配しているんです」

 白萩は伏せていた瞼を上げ、じっと作間の瞳を見つめた。その瞬間、作間の胸はどきり、と高鳴る。

(こんな時に不謹慎だが、見れば見るほど美しい娘だ)

 そんな作間の心の機微を知ってか知らずか、白萩は大きな目からぽろり、と大粒の涙を零した。

「何故、年端も行かない幼い子ばかり・・・・・・」

 その涙を見た瞬間、作間は思わず白萩の身体を強く抱きしめていた。

「作間・・・・・・様?」

 いきなり抱きしめられ、白萩は驚きの声を上げる。

「大丈夫。きっと皆、無事に見つかりますよ」

 得体の知れぬ存在に怯え、拐かされた幼い禿達の身を案じる白萩を慰める言葉が見つからない。そんな作間にできるのは、ただ白萩を抱きしめる事だけだった。その力強さ、暖かい優しさにほっとしたのか、白萩はただひたすら声を押し殺して泣き続ける。

(ずっと――――――感情を押し殺して我慢していたんだろうな)

 白萩が欲しくないと云えば嘘になる。だが、自分を信頼して腕の中で泣いている白萩に己の欲望を吐き出す気にはなれない。
 ならば白萩の気が済むまでとことん泣かせてやろう――――――白々と夜が明けてゆく中、作間は自らの痩せ我慢を自覚しつつ、白萩の背中を撫で続けていた。




UP DATE 2017.06.21

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天女の化けの皮が剥がれれば、八王子の田舎娘―――世の中、そんなものです(^_^;)しかし作間にとっては高嶺の花の天女より、剣珠続きの八王子の田舎娘のほうが喋りやすかったようでして/(^o^)\『剣術』という共通話題がみつかった瞬間、作間も白萩もかなり饒舌になっております。が、その被害を被っているのは禿の小萩・・・ただでさえ『お仕事』はかったるいものなのに、面白くもない剣術の話題をきき続け無けりゃならないと・・・そりゃ逃げ出したくもなりますって(-_-;)
しかし小萩が逃げ出すそのタイミングで、偶然にも連続誘拐事件の話が飛び出してきました。初見の客に話すのは如何かと思うのですが、やはりそこは『剣術』という共通話題でひとしきり盛り上がった剣術ヲタク同志(おいっ)、『剣術を嗜む人間に悪い人は居ない!』と白萩は事情を暴露してしまったようです(^_^;)これが彼女にとって悪い方向に転ばなければ良いのですが・・・そして作間はこのまま一晩中白萩を慰めることになるんでしょうかねぇ・・・これ以上手を出すこともできず( ´ー`)フゥー...
次回更新は6/28、一晩過ごしたあと、ドS鬼畜後輩への報告をする作間の話が中心となる予定です(#^.^#)
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