「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~岩亀楼の天女・其の壹

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 浮世に現れた竜宮城、または桃源郷そのもの――――――岩亀楼をひと目見た人々がそう噂するのも尤もだと、作間は一歩入った瞬間に思い知らされた。
 重厚な造りの玄関から一歩入った瞬間、嗅いだことのない甘い香りが作間を包み込む。異国の香なのだろうか、河川敷の野薔薇に似ているがそれよりさらに濃厚な香りが作間の鼻孔をくすぐった。
 床には緋毛氈が敷き詰められ、天井にはきらびやかなギヤマンの吊り燈明が煌々と輝いている。日本の妓楼に灯されている八方ではありえないその眩さに目が眩み、作間は思わず薄暮広がる中庭に目を移す。
 渡り廊下で囲まれた中庭には大名庭園さながらの立派な石灯籠が置かれ、油さしの男によって丁度灯りが灯されたところであった。その柔らかで頼りなげな灯りに作間はほっとするものを覚える。どうも西洋のものは苦手だ――――――と内心作間が思ったその時である。

「あちらの灯籠は岩亀楼自慢のものでございます」

 作間の心を見透かしたかのように案内の若い者は誇らしげに説明した。

「あれだけのものを庭に置くとなるとお上の許しが必要となりますので」

 西洋風の吊り燈明や調度ではなく、如何にも日本らしい石灯籠を自慢するとは・・・・・・もしかしたらこの男も自分同様西洋風に違和感を覚えているのかもしれない。

「確かに大きな寺院か大名屋敷の様な石灯籠だな。やはりあれだけの物を維持するとなると、かなり大変なのだろう?」

 作間が尋ねると、案内の若い者は我が意を得たとばかりにぺらぺらと喋り出した。

「ええ。いざ国賓の接待となれば洋人館、和人館関係なく我々が出向いたり場を提供したり致します。失礼のないようにするには気を使いますけど、それだけにやり甲斐を感じますね」

 余計な事を喋らない妓楼の若い者にしてはよく喋る案内の男に作間は好感を抱いた。そしてもう一つ、作間をほっとさせる景色があった。

「洋風を取り入れているのに娼妓達は吉原とそう大差ないのだな」

 硝子造りの珍しい櫛笄だったり港風景をあしらった風変わりな打掛を身につけてはいるが、基本的には江戸吉原の総籬と何ら変わらず作間は安堵を覚える。

「外国人相手でもあの姿なのか?」

 娼妓嫌いとは言え作間もやはり男である。洋人館の娼妓達は一体どんな姿で外国人達の相手をしているのか――――――興味をそそられた作間は、思わず踏み込んだ質問をしてしまった。

「いいえ、あちらさんのお相手をする娘達は皆洋風の着物でございます。勿論こちら和人館でもお好みで敵娼に西洋風の服を着せることもできますけど・・・・・・作間様はどうなさいますか?」

 何気なく尋ねた男衆の言葉だったが、自らの邪な部分を見透かされたような気がして作間は狼狽する。

「い、いや。それには及ばん。」

「左様でございますか」

 あまりにも生真面目過ぎる作間の狼狽ぶりがおかしかったのか、若い者はクスクス笑いながら案内を続けた。

「そうそう、我が岩亀楼は一つ一つの部屋に名前がついております」

 どうやら若い者は作間があまり露骨な会話を好まないと判断したらしい。さり気なく岩亀楼の調度へと話を持ってゆく。

「花の・・・・・・名前?」

「ええ、娼妓は花に喩えられますからね。牡丹、桜、菊――――――どの部屋もその名前にちなんだ花の意匠や彫刻が施されております。そちらも堪能していただけると宜しいかと」

 若い者は黒塗りの階段に向かいながら更に説明を続けた。

「本日ご案内致しますのは三階の『萩の間』にございます。今は夜なので海や外国船は生憎見えませんが、昼間はとても見晴らしが良い部屋なんですよ」

 若い者の説明を聞きながら作間は黙って頷く。これからが正念場だ。幾らおなごとはいえ相手は百戦錬磨の娼妓である。うまく話が引き出せるか自信は無いが、垣崎の捜査に少しでも役立つ話を拾わなければならない。

(きっと今の俺の姿を見たら垣崎の野郎は笑い転げるだろうな)

 はっきりと自覚できるほど緊張に顔を強ばらせつつ、作間は若い者の後について階段をゆっくり上り始めた。



 『萩の間』は三階の南東側にある角部屋だった。中は全て萩の彫刻と模様に彩られており、楼主の趣味の良さを感じさせる。そして窓の外には月明かりに照らされた関内の日本人街が広がっていた。
 満月に少し欠けた月明かりは作間の緊張をほんの僅かだけ癒してくれる。そんな窓の外の景色を眺めていると、作間の敵娼を呼びに行った若い者の声が、襖の向こう側から聞こえてきた。

「作間様、お待たせしました。本日お相手を務めさせて頂きます白萩を連れて参りました」

 張りのある、低い美声と共に襖が開いたその瞬間、作間は我が目を疑う。ともすれば国の重鎮の相手も務める岩亀楼の娼妓である。その美しさ、たおやかさは吉原の御職よりも上かもしれない。普段の遊びでは安女郎しか買えない作間にとって、彼女は天女にしか見えなかった。
 鈴を張ったような黒目がちの大きな目は長い睫毛に縁取られ、ふっくらした唇には穏やかな微笑みが浮かんでいる。作間の片手で隠してしまえそうな程小さな顔は、さながら熟練職人の手による雛人形の様だ。
 艶やかな黒髪は銀細工で縁取られた硝子の櫛や笄で彩られ、本紫の打掛一面には白萩を主に秋草が咲き誇っている。そして付き添いの禿は白地に紫色の萩を描いた振袖を身に着けていた。
 主従対となる華やかな装いであるにも拘わらず、目の前の娼妓には娼婦にありがちなけばけばしい華やかさは感じられなかった。むしろ清楚ささえ感じるその佇まいに、作間はごくり、と唾を飲む。

「お初にお目にかかります。わたくしは白萩と申します。こちらの禿は小萩、以後お見知りおきを」

 吉原とは違い港崎の娼妓は『ありんす言葉』を使わず、武家の女言葉に近い話し方をするらしい。その事からも岩亀楼の娼妓は厳しく訓練され、簡単に噂話など聞き出せないことが垣間見える。だが、今の作間はその様な冷静な判断が出来る状況では無かった。

「せ、拙者は作間駿次郎と申す!」

 しゃちほこばった作間の挨拶に、白萩と禿の小萩がクスッ、と笑う。

「そんなに緊張なさらないでくださいな。ここは現世の桃源郷、お客様にくつろいで頂く場所なのですから」

 白萩は作間の前に座ると禿に目配せし、玻璃の杯に紅い酒を注がせた

「こちらは一体・・・・・・まさか血じゃありませんよね?」

 作間は毒々しい紅色の酒が入った盃を恐る恐る覗き込む。

「勿論血ではございませぬ。仏蘭西から取り寄せました葡萄酒ですの。少々酸味がございますが、固めの杯としては面白いでしょう?」

 白萩は無邪気な笑みを浮かべながら杯の一つを作間に差し出した。

「固めの杯ですか。なるほどね」

 遊客と娼妓は夫婦固めの杯を交わして馴染みとなる。その固めの杯を仏蘭西の葡萄酒で行おうと言うのだ。岩亀楼ならではの趣向に作間も微笑みを浮かべる。

「では、頂きましょう」

 作間は軽く玻璃の盃を掲げると、男らしく一気に飲み干した。その瞬間、口に広がった酸味と渋味に耐え切れず、むせてしまう。

「大丈夫ですか、作間様!」

 白萩は慌てて作間に近寄り、咳き込む作間の背中をさすった。その瞬間、伽羅の香りがふわり、と作間を包み込む。その馴染み深い優しい香りは異国の花の香と違い、作間に安らぎを感じさせた。

「す、すみません。どうやら無茶な飲み方をしてしまったようで・・・・・・ゴホッ」

 作間は自分の背中をさすってくれる白萩に粗相を詫びる。

「いいえ、お気になさらずに。今、お口直しの御酒をお持ちしますね」

 白萩は禿の小萩に目配せをし、代わりの日本酒を取りに行かせると、そのまま作間の背中をさすり続けた。その手の温もりに心地よさを覚えつつも、作間はあることに気が付く。

(あれ、禿が出て行ったということは・・・・・・?)

 見目麗しい若い娼妓と二人きりになってしまった――――――その事実に気がついた瞬間、作間は緊張と羞恥のあまり耳まで真っ赤になってしまう。

(こ、ここは遊郭なんだ!別に娼妓と二人っきりになるなんて当たり前の事じゃないか!)

 作間は自分に冷静になれと言い聞かせるが、顔の火照りは収まらない。むしろますます頭に血が昇ってゆく。白萩の小さく温かい手を背中に感じれば感じるほど胸は高鳴り、むせたのとはまた違う胸苦しさが作間を襲う。今まで娼妓相手にこんな気持になった事は無いのにと、作間は己の反応に動揺する。
 そして一番厄介なのは股間であった。作間の意に反してむくむくと頭をもたげ、力を漲らせ始めている。せめて傍にいるのが如何にも娼妓然とした艶かしい娼妓であれば罪悪感は感じないのに、と作間は思う。
 しかし、自分の背中をさすってくれている白萩はまるで素人娘のような清楚さを漂わせていた。そんな白萩を獣欲のまま穢してはいけないと作間の理性は叫ぶが、身体は白萩を欲し始めている。

(いかん!こんな事では伊織の役に立つ情報なんて引き出せないじゃないか!しっかりしろ、作間駿次郎!)

 作間は自分を叱咤するが、欲情を抑えこもうとすればするほど股間に力が漲ってしまう。

(いっそ、逃げ出したい・・・・・・)

 自分を制御することさえままならず、心の中で弱音を呟いたその時である。背中をさすっていた白萩がすっ、と作間の前に回り、作間の手を取ったのだ。

「あ、あの・・・・・・何か?」

 作間はしどろもどろになりながら白萩に声をかける。だが、次の言葉がなかなか出てこなかった。作間の手を取り、じっと作間の顔を見つめる白萩の小さな顔に、作間の心は完全に奪われてしまったのだ。娼妓の手練手管と頭で理解していても、その魅力に抗う方法を作間は知らない。

(ええい、ままよ!)

 垣崎の事など知ったことか、なるようになれ――――――作間が腹をくくったその時である。白萩の艶やかな唇が開いたと思った刹那、彼女の口から思いもしなかった言葉が飛び出したのである。

「作間様は・・・・・・どちらの流派の剣術を嗜まれるのですか?」

 男女の睦言とは真逆とも言えるその言葉を聞いた瞬間、佐間の思考は停止した。



UP DATE 2017.06.14

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ようやく岩亀楼に入り込んだ作間ですが、やはり道場での稽古のようにはイカないようです(^_^;)若い者に案内されるがまま部屋に入り、やってきた敵娼の白萩にテンパってしまい・・・果たして任務を果たすことが出来るのでしょうか(-_-;)このまま何も情報を得ぬまま垣崎の元に帰れば絶対にネチネチといびり倒されるのは目に見えております。先輩の威厳も何もあったもんじゃない/(^o^)\
更に作間の手を取って白萩が放った一言は作間の正体を暴きかねないもので・・・果たして作間は無事任務を果たすことができるのか?そして白萩が放った言葉が意味するところとは?次回をお待ちくださいませ( ー`дー´)キリッ
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