「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~鬼師範と鬼畜役人・其の貳

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 評判が良いとは言え、作間道場は開いてまだ半年しか経過していない。新進気鋭の、と言えば聞こえは良いが、これから信用・信頼を積み重ねて行かなければならない脆弱な立場にあるひよっ子道場なのだ。
 幾ら『お上の御用』――――――神奈川奉行所の手伝いの為とはいえ、弟子達に何も知らせず、いきなり道場を休みにしてしまう事など絶対に許されない。
 慌ただしく稽古日程の振替を全て済ませ、やっとのことで五日間の休みをやりくりした作間が横浜・港崎遊郭に出向くことが出来たのは、垣崎との会話から三日が経過した後の昼過ぎだった。

「駿次郎先輩、こっちこっち!」

 外国人居留地とその外を隔てる吉田橋も関門関所、その前で待っていた垣崎が、横浜道からやってきた作間に向かって駆け寄ってくる。

「お待ちしてました。じゃあ、早速港崎に行きましょう。詳細は向こうで話します」

 挨拶もそこそこに、垣崎は作間を促して港崎遊郭へと進み始めた。周囲を見回す視線は何時になく厳しく、改めてこの場所が垣崎にとっての『縄張り』なのだと作間は思い知らされる。
 程なくして――――――吉田橋から港崎遊郭は七、八町程の距離である――――――港崎遊郭に辿り着くと、垣崎は大門の番人に一言二言声をかけ、そのまま大門をくぐる。

「へぇ、大門に桜並木とは・・・・・・作りは吉原とそれほど変わりないんだな」

 生い茂る桜並木を見上げながら、作間が垣崎に語りかけた。

「いえいえ、吉原は桜の季節が終わったらさっさと入れ替えるじゃないですか。だけどここはそれが出来ないんですよ」

「出来ない、とは?」

「英吉利や仏蘭西の軍幹部がえらく桜の木を気に入っちまいましてね。業者が植え替えをしようとしたらひどい抗議が来たとか来ないとか・・・・・・どうやらお国の景色を彷彿とさせるらしいですよ、桜並木は。あ、並木には近づかないほうが良いですよ、でかい上に人を刺す毛虫が落ちてくるんで」

 垣崎の指摘に作間は慌てて桜並木から離れる。そんなやり取りをしている内に、垣崎が馴染みにしている案内茶屋『千波屋』に到着した。そして茶をひと啜りした後、作間は作間は早速妓楼へ上がる為の着替えを始めた。その姿は普段の藍染のむさ苦しい稽古着と違い、仕立ての良い黒羽二重の紋付に仙台平の袴という盛装である。
 何せ捜査先は港崎遊郭で一番格の高い岩亀楼なのだ。迂闊な格好で遊女買いの客として出向けば門前払いを食らうだろう。という理由で作間は旗本の兄に頼み込んで登城に使う一張羅を借りてきたのである。
 馬子にも衣装、とは言うが、ちゃんとした格好をすると、作間はそれなりに見栄えがする。男臭い精悍な顔立ちと人より頭ひとつ高い上背故に、遊び慣れた色男に見えてしまうのだ。少なくとも嫁の来手もない、無粋極まりない三十路前の道場主だとは誰も思わないだろう。

「いいですか、駿次郎先輩は『材木商の高島屋嘉右衛門の紹介』で岩亀楼に上がる事になっています。これが紹介状です。勿論本物ですからご安心を」

 着替えを終えた作間に対し、垣崎は懐から一通の封書を作間に渡した。

「この男、奉行所か幕府のお抱え商人なのか?」

 作間は渡された封書に書かれた几帳面な文字を見ながら作間に尋ねる。

「いいえ、元お尋ね者です。違法な相場をやらかしまして去年まで牢屋に入っていた男ですけど」

 あっさりと言い放った垣崎のとんでもない発言に、作間はぎょっ、と大きく目を見開く。

「だ、大丈夫なのか?そんな男の紹介状なんかで岩亀楼に上がって・・・・・・俺は知らねぇぞ?」

 元お尋ね者と聞いて作間は慄くが、垣崎は問題無いと満面の笑みを見せる。

「平気平気!何せ自責の念に駆られて真面目に自首してきた程の男ですから信頼はできます。しかも未だに過去の過ちを悔いているので、こういった裏の仕事に使うことができるんですよね」

 盛岡藩や佐賀藩に出入りし、手広く商売を行っていた高島屋嘉右衛門は、佐賀藩の計らいで伊万里焼の磁器や白蝋を一手に販売していた。その際、国内と国外の金銀交換比率の違いを利用し、その差額で儲けていたのだが、それが問題であった。
 外国への金の流出を問題視していた当時、この交換方法は幕府によって禁じられていたのである。その為高島屋嘉右衛門は奉行所に目を付けられてしまい、潜伏するも後に自首、牢に入れられ慶応元年に釈免されたのである。 

「生真面目な男が違法なやり方に手を染めちゃいけませんよねぇ」
 
 からからと高笑いする垣崎とは対照的に、作間は封書表面に書かれた高島屋嘉右衛門文字を同情の目で見つめた。

「高島屋嘉右衛門も気の毒に。お前に目を付けられると本当にろくなことがない」

 一度も顔を見たことがない高島屋嘉右衛門だが、似たような境遇に作間は妙な親近感を抱いてしまった。

「それはそうと、そろそろ呼び出しが来る頃なんですけどね」

 垣崎は窓から見える三階建ての建物を指し示す。その方向を見て作間は思わず息を呑んだ。

「想像していたよりだいぶ大きな妓楼なんだな。」

 夕日に映える岩亀楼のその姿は、作間を圧倒させるのに充分過ぎる威容を誇っていた。吉原にさえ無い三階建ての家造りは『蜃気楼のごとくにして、あたかも龍界にひとしく』と錦絵などで褒めそやされる程だ。その姿を初めて見る作間が驚くのも仕方ないだろう。建物そのものや中で行われる娘手踊りを見物する為に昼間も客が押しかけており、岩亀楼では昼間楼閣を開放して金百疋の見物料を取る盛況ぶりだった。それだけに作間は余計に違和感を感じる。

「おい伊織、やっぱり岩亀楼はこの件には噛んでいないんじゃないのか?あれだけの大店だ。洋人館はともかく、幾らでも娼妓のなり手はいるだろう。」

 作間は自らの煙管を取り出しながら垣崎に尋ねた。

「口の堅い高級店の娼妓の口を割らせるよりも、噂好きのもぐり羅紗緬(らしゃめん)を調べたほうが良いんじゃないか?その方が全然楽だろう」

 そもそも横浜に遊郭を作る際、 岩亀楼楼主・岩槻屋佐吉らが泥地埋め立てから建設まで請け負い、約一万五千坪もの土地を貸与されて開業しているのだ。そこまでの苦労をしながら犯罪に手を染めるとは考えにくい。
 しかも娼妓達を始め、下働きに至るまで口が固いと相場は決まっている。ならば元々違法な就労をしていて、犯罪者なども近づきやすいもぐり羅紗緬――――――私娼達から調べていったほうが早いのではないだろうか。作間はそう推理し垣崎に尋ねたが、垣崎はあっさりと首を横に振った。

「そんなもの、先輩に頼む前にとっくに調べあげてますよ。勿論その中でも行方不明になった、って女はいますけどね」

 垣崎は懐から自らの煙草入れを出し、作間に刻み煙草を勧めながら現状説明をする。

「その全てが上玉で十七歳以下の若い娘ばかりときている。それが気味が悪いほどに徹底されすぎているんですよ」

 さながら錺物の選別をするかの如く冷徹に、と垣崎は付け加えた。

「だからこそ外国人相手の高級羅紗緬でも育てるために一連の拐かしが行われているんじゃないかと踏んでいるわけです」

 垣崎の説明に作間はようやく合点がいった。

「羅紗緬となると、やはり岩亀楼や五十鈴楼も一応疑ってかからなけりゃ、ってなる訳か・・・・・・話は変わるが垣崎、その煙草入れは何だ?木彫りの髑髏なんて気味の悪い」

 作間は垣崎が手にしている、やけに真に迫っている木彫り髑髏の煙草入れを見て眉を顰める。

「え、今横浜じゃ流行っているんですよ。外国要人に土産として渡すと喜ばれますしね」

「どいつもこいつも趣味の悪い・・・そう言えば横浜絵も色彩が毒々しいよな。俺には付いていけん」

 作間は呆れたように肩を竦めると、垣崎が差し出した煙草を煙管に詰めて火を点けた。元々垣崎は蜈蚣や蝙蝠、蠍など悪趣味な意匠を好んでいたが、神奈川奉行所の与力に就任してからさらにそれに拍車がかかっている。それは横浜という異形の土地ならではの風俗なのかもしれない。
 そんな土地に花開いた娼妓たちも異形の一つに違いない。そんな異形に取り込まれはしない、どんな誘惑があろうとも依頼は果たして見せる―――作間がそう決意したまさにその時である。

「お待たせしました、作間様。見世の準備が整いましたのでご案内致します。」

 低く、心地良い美声が襖越しに作間に呼びかけた。ようやく岩亀楼の呼び出しが来たのである。

「じゃあ駿次郎先輩、後は頼みましたよ。」

 垣崎は外の男衆に聞こえないよう小声で作間に語りかけた。

「どんな小さな事でも構いません。これから先輩が見聞きするもの全てを帰ってきたら教えて下さい」

 訴えるような垣崎の言葉に、作間は深く頷いた。

「承知。明朝ここで落ち合おう」

 作間は短く言い残すと煙管盆に煙草を置き、立ち上がる。そして岩亀楼の男衆に連れられ、唯一人港崎遊郭の象徴へと向かっていった。




UP DATE 2017.06.07


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舞台は早速横浜―――誘拐事件が頻発している遊郭近辺へと突入です(๑•̀ㅂ•́)و✧
外国人居留地ともあってここは閉じられた世界です。言ってみれば日本の中の密室ともいえるかも・・・ただし、その気になれば外国船で脱出可能な、ガバガバの密室ですが(^_^;)
そして、むさ苦しい稽古着から黒羽二重の一張羅に着替えた作間が、港崎遊郭一と云われた岩亀楼へと潜入いたします。他の男なら浮かれまくるのでしょうが、何せ剣術一筋の堅物・・・塾頭の渡辺昇にさえ『嫁の来手はあるのか?』とマジで心配されたほどの男です(-_-;)果たしてうまく娼妓から情報を引き出せるのか甚だ不安で・・・次回更新は6/14、岩亀楼の中から中継?いたしま~す(≧∇≦)/
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