「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第十一章

夏虫~新選組異聞~ 第十一章第十九話 宮古湾沖海戦・其の参

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 どんよりと垂れ込めた雲の下、官軍の陸軍参謀・黒田清隆は『春日』の甲板から鈍色の海を見つめていた。

「何故に海軍の輩は――――――否、他の藩の輩はこうも楽観的でいられるのか!」

 黒田は今日何度目か判らぬボヤキを口にする。所属不明の艦船が、宮古湾沖に出現したとの情報が入ってきたのは嵐が収まった昨日のことである。しかし佐賀藩を中心に編成されていた官軍海軍は旧幕府軍を軽視しており、見張り数人を残してほぼ上陸してしまっていた。
 その中でただ一人、黒田はこの情報を重視して、斥候を出してこれを確認するように海軍に促したが、海軍副参謀・石井富之助はこれを受け付けなかったのである。

「そもそも佐賀藩は佐幕であったし、鳥羽・伏見以降の後参組だ。海軍なら我が薩摩だって充実しているのに」

 現藩主が佐幕派だった先代を説得し、官軍に付くことになった佐賀藩だが、他の寝返り組同様追い込まれてゆく幕軍にどことなく同情的な部分がある。今回も同様だ。敵の海軍力を軽視しているというのが建前だが、その根底には幕府に対する判官びいき的な感情が根底にあるのだろう。

「――――――佐賀の最先端の海軍力がなければ俺達だけでさっさと事を終わらせることが出来るのに。無駄な戦は双方を疲弊させるだけで一利もない」

 きっと今頃、陸に上がった輩は呑んだくれて酔いつぶれているだろう。腹立たしさを押し殺し、黒田は漣が立つ海を睨みつけた。



 山田湾を出港した回天と高雄だったが、二十四日深夜、再び高雄が機関故障を起こしてしまった。

「辛うじて航行は可能です!このまま行きましょう!」

 微かな龕灯の明かりだけが頼りの暗闇の中、高雄側から提案がなされる。その意見を回天側も受け入れた。この機会を逃したら勝機は無いのだ。

「では作戦を変更する!」

 回天艦長の甲賀源吾が、高雄から寺照らされている龕灯の明かりめがけて声を張り上げる。

「まず回天が甲鉄に接舷して先制攻撃をする!そして高雄が途中で参戦して残りの艦船を砲撃してくれ!」

「承知!」

「では、行くぞ!!」

 月さえまだ上がらぬ闇の中、二隻の軍艦は静かに海を進む。このまま何事もなければ、朝には官軍が碇泊している宮古湾へ到着するだろう。だが、機関故障を抱えた高雄の速度はあまり上がらず、徐々に回天との距離が離れていく。しかし敵に気づかれるまでに奇襲を仕掛けなければならない今、高雄を悠長に待っている時間は、今の回天には無いのだ。

「頼む、高雄――――――せめてあそ少しだけ。宮古湾まで持ちこたえてくれ!」

 舵を握りしめ、甲賀は祈るように呟いた。



 速力の遅い高雄をあとに残して進んだ回天が宮古湾へ突入したのは三月二十五日、夜明け前の事だった。薄ぼんやりと白み始めた空の下、官軍艦隊の姿が見える。流石にこの時間はどの艦船も機関の火を落としており港は静寂に包まれている。

「そろそろ日章旗の準備をしたほうが良いんじゃないか?」

 荒井郁之助が艦長の甲賀に声をかける。

「そうですね。では荒井さん、お願いできますか?」

 甲賀の依頼に荒井は頷き、平の兵士に命ずること無く自らアメリカ国旗が掲げられているマストのロープに手をかけた。

「おい、郁さん。そんな事下っ端にやらせりゃ良いだろうが」

 土方が呆れたように肩をすくめながら、荒井が旗を交換している場所に近づく。

「いや、他の兵士らは砲撃や接舷準備に忙しいからね。こういうものは暇人がやるものさ。それよりも」

 荒井は不意に真剣な表情を浮かべる。

「回天に乗っているのは彰義隊十名と神木隊三十六名――――――本来の人数の半数でのアボルダージュになるが」

「おっと、うちの相馬と野村を忘れちゃ困るぜ。こんな時のために奴らを連れてきたんだからよ」

 土方はにやりと笑いながら足元にある日章旗に視線を落とした。

「本当は俺が真っ先に敵軍艦に切り込みてぇところだが・・・・・・」

「陸軍の指揮者らしからぬ馬鹿は止めてくれよ、歳さん」

「・・・・・・同じ事を相馬と野村、二人に同時に言われたよ」

 頬を膨らました土方に、荒井は思わず笑い出す。だが手は休むこと無くロープを引っ張り、するするとアメリカ国旗を落とすと共に日章旗を上げていった。



 朝日を背に受けながら近づいてくる一隻の巨大船――――――それを遠くに見た瞬間、黒田はチリチリと耳の後ろが焦げ付くような、嫌な緊張が走るのを覚えた。マストにはためいているのはアメリカ国旗で、この手の船が行き交うのはたまにあることだ。船の規模からすると『開陽』『回天』くらいに見えるが、そのマストの本数は二本――――――三本マストである双方どちらにも当てはまらない。
 それなのに何故嫌な感じを受けるのか――――――その理由が向こうからやってくる船の速度にあることに気がつくのにそう時間はかからなかった。更にアメリカ国旗がスルスルと降ろされていくではないか。

「砲撃隊!空砲を撃て!敵の来襲だ!!」

 黒田の怒声が『春日』の甲板に響き渡る。その怒声とほぼ同時に、こちらに向かってくる大型船のマストに日章旗が上ったのだ。だが、砲撃を仕掛けてくるわけでは無く、信じられない速度でこちらに近づいてくる。

「もしかして、アボル・・・・・・ダージュ?」

 黒田が呟きかけた途端、激しい音が宮古湾に響く。 巨大船――――――回天の船首が黒田が乗船していた春日の隣にいた甲鉄の左舷に突っ込んで乗り上げたのである。



「陸軍!ようやく出番だ!!行けっ、『アボルダージュ』!!」

 覚えたてのこの単語がよっぽど言いたかったのか、大声での進軍命令を土方が放った。その号令と共に陸軍の切り込み隊が次々に船首から甲鉄の甲板へと飛び降りていく。
 だが、奇襲そのものには成功しているものの、船同士の位置関係は最悪の一言に尽きた。回天は舷側に水車が飛び出した外輪船である。それ故計画当初の横づけができず、回天の船首が甲鉄の左舷に突っ込んで乗り上げる形となってしまったのである。
 しかも甲鉄は小型で重い装甲をまとっているため乾舷が低い。大型の非装甲軍艦でシアーが付いて高くなっている回天の艦首とでは約3メートルもの高低差が生じてしまったのだ。仕方なしに細い船首から甲鉄の甲板に飛び降り、襲撃を仕掛けた先発隊だが、それが敵の格好の標的となってしまう。

「砲撃隊!敵船首から飛び降りる兵士及び甲板で待機している兵士を狙い撃て!ガトリング砲でも甲鉄に傷をつけずに打ち込めるぞ!!」

 黒田の命令に、春日からガトリング砲が一斉に撃ち放たれる。更に甲鉄からも飛び降りる兵士めがけて銃撃が放たれた。

「うわっ!!」

 飛び降りる準備をしていた相馬が不意に蹲る。どうやら流れ弾か砲撃の破片によって怪我をしたらしい。相馬だけではない、仏蘭西人のニコールやその他兵士も甲鉄に飛び降りる前に撃たれ、回天甲板は瞬く間に負傷者で溢れかえってしまった。

「おい!動ける奴は負傷者を船内に!おい野村!こっちを手伝え!飛び降りるんじゃねぇ!!」

 土方は負傷した相馬に肩を貸しながら、今まさに飛び降りようとしている野村を引き留めようと叫ぶ。しかし野村は振り返ること無く甲鉄の甲板に飛び降りた。

「野村利三郎、参る!近藤局長の仇、ここで討たせてもらう!!」

 名乗りと共に銃撃の中に突っ込み、次々に敵を切りつけてゆく。その様子を土方は船首に這いつくばりながら見つめることしかできなかった。その船首からは他の官軍艦隊の船が続々と集まってくる様子も見え、明らかにこの作戦が失敗したことを物語っていた。

「おい、郁さん!!甲賀さんに伝えてくれ!この作戦は――――――!!」

 土方が言いかけたその瞬間、更に激しい砲撃音が土方の耳を劈いた。敵の一斉攻撃が始まったのだ。土方は匍匐前進のまま船首から甲板へと移動し、船内に転がり込む。

「歳さん・・・・・・あんたは生きていたか」

 土方が転がり込んだその場所には、壁に寄りかかり、肩で息をしている荒井が座り込んでいた。その横には血まみれになった甲賀が横たわっている。その姿をひと目見て、土方は甲賀の死を理解した。

「甲賀の奴、頭をやられちまった――――――作戦は中止だ。歳さん、俺が船を操縦するから撤退命令を頼まれてくれないか?尤も・・・・・・甲鉄に飛び降りた兵士を救出することは出来ない」

 非情とも取れる荒井の判断に、土方は黙ったまま頷く。甲鉄に飛び降りた兵士を回収していたら敵艦隊に囲まれ、船ごと捕縛されてしまう。もう一刻の猶予もないのだ。

「承知――――――じゃあ郁さん、船を頼む!」

 土方は一言だけ言い残すと、まだ甲板から飛び降りようとする兵士らを引き止めるため弾丸飛び交う甲板へ飛び出していった。



 幕府軍による、起死回生を狙ったアボルダージュ作戦は失敗に終わった。海軍奉行・荒井郁之助自らが舵を握った回天は辛うじて敵の包囲網から離脱、宮古湾を後にした。この際野村利三郎を始めとする切り込み隊数名は撤退に間に合わず甲鉄甲板上で戦死。
 なお、この戦いはわずか四半刻――――――30分ほどで決着したと云われる。




UP DATE 2017.6.4

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一発逆転を狙った宮古湾沖海戦、残念ながらこのような結果になってしまいました(´・ω・`)
せめて嵐に出くわさなければ、または高雄の故障がなければ、幡龍とはぐれなければ・・・という『If』はいくらでもあるのですが、このひとつひとつが幕府軍の『実力』だったのでしょう。そもそも『開陽』が不必要な江差出陣をしなければ、甲鉄奪還などという無謀な計画を立てずに済んだのですから(-_-;)
次回、回天、幡龍は函館に帰還しますが、これが『終わりの始まり』――――――最終決戦である箱館戦争への第一歩でもあります。本編の残り9話、幕府軍贔屓にとってはツライ場面が続きますが頑張らせていただきます(๑•̀ㅂ•́)و✧
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