「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件の章

vague~鬼師範と鬼畜役人・其の壹

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 立秋とは名ばかりのうだるような暑さの中、四谷大木戸のほど近くにある作間道場ではいつもと変わらぬ稽古が続けられていた。

「ほらほら!暑いからってだれてるんじゃねぇぞ!怪我をしたくなけりゃ真剣にやれ!」

 ともすると暑さに負けそうになる少年達に、道場主の作間駿次郎がハッパをかける。年の頃は三十に届くか届かないくらいだろうか。細身だが六尺はあろうかという長身はやたら人目を引く。
 だが、その見た目は伊達ではなく、剣術者としての腕前もなかなかのものであった。何せ半年前まで江戸三大道場の一つ、練兵館で師範代を務めた程なのだ。そして生真面目で誠実な人柄とその腕前が師匠に認められ、自らの道場を開くことを許されたのが今年の春の事であった。
 さすがに道場を開くための資金繰りは困難を極め、多額の借金を背負っての船出となってしまった。しかし作間の『元・練兵館で師範代』という肩書と、二度目の長州討伐が開始されるなどの不穏な世情が追い風となり、入門者は予想より遥かに多く、作間にとってはありがたい限りだ。
 その入門希望者をできるだけ多く受け入れようと作間は午前中に小さな子供達、午後に手習いを終えた少年達、そして夕方からより腕に磨きをかけたいという大人達を指導した。このまま盛況であれば数年の内に借金を返済することができるだろう。

「よし!今日はここまで!」

 夕七ツの鐘の音が聞こえると同時に作間の声が道場内に響き渡る。その瞬間、暑さと激しい稽古に疲れきっていた少年達の顔に笑顔が蘇った。

「ありがとうございました!」

 新選組や見廻組に入りたいと言いながらも稽古が終わって喜ぶその姿はまだまだ子供だ。
我先に道場を飛び出そうと玄関口に走ってゆく少年達の背中を、作間が目を細めて見つめていたその時である。

「おっと、危ねぇ!」
 
 勢い良く飛び出してくる少年達にぶつかりそうになりつつも、その波を避けながら一人の男が道場に入ってきた。まだ幼さの残る顔立ちからすると二十歳を少し超えたくらいだろうか。大柄な弁慶格子の着流しに黒羽織をさらりと着こなしたその姿は、まるで定廻り同心のようである。しかしこの男を見た目で判断してはいけない。年齢も身分も見た目よりも『上』なのである。

「ご無沙汰してます、駿次郎先輩!相変わらずの盛況ぶりですね!」

 人懐っこい笑顔を浮かべて道場に入ってきたのは、作間より二歳年下の練兵館の後輩で神奈川奉行所支配定役・垣崎伊織だった。ぱっちりとした二重瞼と役者のような色白な肌の所為で作間と五、六歳、下手すると十歳くらい年が離れて見られてしまうのだが、本人はそれを気にするどころかむしろ悪用する傾向がある。
 練兵館に在籍していた頃は毎日のようにつるんでいた二人だが、ここ最近は互いの多忙と四谷~横浜という距離が邪魔をして、滅多に会うことは無かった。そんな後輩の突然の訪問に作間は驚きの表情を見せる。

「おう、久しぶりだな!この前は花見の時だから、四ヶ月ぶりくらいか・・・・・・いつ江戸に帰ってきたんだ、伊織?」

 作間は道場奥にある客間に垣崎を案内しながら近況を尋ねる。

「ついさっきですよ。横浜から実家へも寄らずにこちらに来ました。だって先輩に頼みたいことがあってわざわざ江戸にっ帰ってきたんですから」

 垣崎の腹に何かを含んだ意味深な笑みに、作間は悪寒を覚えた。このような笑みを浮かべる時の垣崎は十中八九ろくな事を考えていない。間違いなく作間を玩具代わりにからかいに来たか、神奈川奉行絡みの仕事の手伝いをさせようとしているのだろう。道場経営が軌道に乗っている最中、邪魔をされては堪らない――――――作間は可能な限りの強面を作って二歳年下の後輩を睨みつけた。

「おめぇの仕事の手伝い、っていうんならお断りだぜ?お陰様で道場が盛況なんでな。下らねぇ用事で神奈川奉行所くんだりまで行けるかってんだ!」

 道場を開いて約半年、今が正念場なのだ。ようやく手に入れた自分の城を厄介な後輩の手伝いで駄目にしたくない。それ故垣崎相手に大見得を切る作間だったが、残念ながら垣崎の方が一枚も二枚も上手だった。

「おやぁ、そんなことが言える立場なんですかぁ?駿次郎先輩」

 垣崎は満面の笑みを浮かべながら懐から一枚の紙切れを取り出す。それを見た瞬間、作間の顔から血の気が失せた。

「ち、畜生・・・・・何でそんな物を持ってきやがる!」

 垣崎が手にしていたもの、それは作間が垣崎からした借金の督促状だった。
 実はこの道場を開く際、作間は後輩である垣崎から百両ほどの借金をしていた。何せ垣崎家は代々江戸南町奉行所の与力を努め、事あるごとに町方からの付届けがある為、金回りはすこぶる良い。その上に道場の後輩という気安さから作間は垣崎に借金を申し込んだのだが、それがそもそもの間違いだった。
 借金をした直後から垣崎は何かとそれを持ち出し、本来垣崎が江戸に出張してやるべき仕事を作間に代理でやらせたり、ちょっとした江戸での買い物を作間にやらせたりと、事あるごとにこき使うようになったのである。
 後輩に顎でこき使われるのは腹立たしいこと極まりないが、借金をしている身としては抵抗することもままならない。案の定垣崎はニヤリと笑いながら作間に近付き、その耳許で囁いた。

「別にいいんですよ、頼みを聞いてくださらなくたって」

 垣崎の猫なで声に作間は怖気立ち、思わず後退る。

「お、おい、垣崎・・・」

「その代わりお貸しした百両、耳を揃えてきっちり返して頂きますから。その方が俺にとってもありがたいですしねぇ」

 それはまさしく『鬼の囁き』だった。なまじ童顔で愛嬌があるだけに、余計憎らしく感じる。

「くそったれ!煮るなる焼くなり好きにしやがれ!」

 八方塞がりの状況に作間は啖呵を切り、その場に胡座をかいて座り込んだ。

「まぁまぁ、そんな今にも殺されるような顔をしなくっても」

 垣崎はニヤニヤ笑いながら佐久間の肩にぽん、と手を乗せる。

「なぁに、やることは簡単ですよ。港崎遊郭の岩亀楼に行って、娼妓から噂話のひとつふたつ聞いてきてくれりゃあいいんですから」

 港崎遊郭――――――その一言を聞いた瞬間、作間の表情がさらに不機嫌そうに歪んだ。

「おい、垣崎。俺の女郎嫌いを知っていて何故そんな事を頼みに来る?」

 作間の娼妓嫌いにはそれ相応の理由がある。十六歳の元服祝いの際、生まれて初めて先輩に連れて行ってもらった遊郭で作間は毛虱をうつされたのだ。その次も五十歳近い娼妓を宛てがわれたりと遊郭での災難が続いてしまい、作間の娼妓、否、遊郭不信は続いていた。
 勿論作間も木石ではないし、付き合いで仕方なく遊ぶことはある。だが心の底から娼妓遊びを愉しむことなど到底できず、今に至るのだ。それを十二分に承知していながらあえて遊郭に行けという垣崎に、作間は殺意さえ覚える。

「そんな仕事だったらやりたがる奴が幾らでもいるだろう。他を当たれ、他を!」

 作間はしっ、しと垣崎を手で追い払う素振りを見せた。しかしそんな作間に対し垣崎は首を横に振る。

「娼妓に夢中になるような野郎じゃ仕事になりません。むしろ駿次郎先輩ぐらい女嫌いの方が仕事をする上ではありがたいんですよね」

 まるで作間が女性全般を毛嫌いしているかの様な物言いである。そんな垣崎の言葉に作間は引っかかるものを感じた。

「おい、伊織。俺は別に女嫌いな訳じゃないぞ?そもそもお前だろう、有ること無いこと言い立てて俺が衆道好みだと触れて回ったのは!」

「あれ、違うんですか?」

 垣崎は初めて知ったという風情で大仰に答える。

「見目は決して悪くないのに二十八にもなって妻帯しないから、てっきりお稚児趣味だとばかり思っていました」

 けろり、ととんでもないことを言ってのける垣崎を、作間はぎろりと睨みつける。

「言っておくが俺は調子ばかり良い女郎が嫌いなだけであって、女全般が嫌いな訳じゃない。そこを勘違いするな!」

「女郎だろうが素人だろうが大して代わりませんよ。同じ女なんですから。いちいち面倒臭い人ですね、駿次郎先輩は」

 紛うことなき事実を作間に突きつけると、垣崎はどんどん話を進め始める。

「ここ最近、横浜近隣の村の娘達が十人ほど行方知れずになっているんです。その共通点が皆評判の小町娘で・・・・・・」

「妓楼か女衒が拐かしたとでも睨んでいるのか?」

「ご明察」

 垣崎は我が意を得たりとばかりに、にこりと笑う。

「尤も横浜の妓楼や地元の女衒は『自分達では無い、流れの女衒あたりがやっているんだろう』と反論してます。だけど土地勘がなけりゃ入り込めない場所でも拐かしは起きているんです」

 垣崎は力説するが、作間はそんな垣崎の言葉に疑問を抱いた。

「しかしそれだけじゃ地元の妓楼や女衒が関わっているとは言えないんじゃないか?地元で拐かしをしても、見世に上げちまったらすぐにばれるだろうし」

「見世に上げるのならば確かにそうです。しかし外国人に売り払うとしたらどうですか?ここ最近奉行所にも軍、商社問わず『日本人の妾を許可してくれ』という要望が急増しているんです。魚心あれば水心、って奴ですよ」

 垣崎は挑むように作間を見つめる。

「まっとうに調べていたんじゃ埒が明かねぇ。そこで内部に潜り込んで娼妓達や男衆から噂話を聞き出そう、ってところまで奉行所で決まったんですが――――――」

 次の瞬間、垣崎は初めて困惑の表情を作間に見せた。

「江戸以上に横浜は狭い土地ですから、奉行以下、支配組頭から足軽までツラが割れているんですよねぇ。そうなると他所の信頼出来る人間に頼むしか無くって」

 だからこそ向こう側に顔が知られておらず、なおかつ娼妓嫌いで冷静に捜索をする事ができるであろう作間にこの仕事を頼みたいと、垣崎は両手を合わせた。ここまで言われては断るに断れない。

「どっちみち俺に断る権利は無いんだろう?だったら引き受けるしか道は無いじゃねぇか、こん畜生!」

 思うところは多々あるが、いかんせん作間の立場では垣崎に逆らうことは出来ない。そんな作間の心中を知ってか知らずか垣崎は無邪気な笑みを作間に向けた。その笑顔が余計に作間を苛立たせるが、次の瞬間、その苛立ちさえ吹っ飛ぶ一言が垣崎の口から飛び出した。

「ありがとうございます!ちなみに借金の方は駿次郎先輩が掴んできた話の大きさによって減額して差し上げますから、頑張って大きなネタを引っ張りだしてくださいね。頼みましたよ!」

 つまり裏を返せば、使えない話しか聞き出せなければ借金はびた一文減らないという事である。とどのつまりコツコツ真面目に働いて借金を全額返済しない限り、このような事は続くのだ。
 二十六歳という年齢に似合わぬ愛くるしい童顔に、これ以上はないほどの憎たらしい笑みを浮かべる垣崎を前にして、作間は諦観の溜息を吐くことしか出来なかった。




UP DATE 2017.05.31


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『鹿鳴草楼閣夢』改め『vague~道場主・作間駿次郎顛末記』のブログ再掲がようやく始まりました(≧∇≦)/
なおタイトルの『vague』の意味は敢えて2種類――――――フランス語の『波』(幕末の荒波に晒される主人公たちのイメージ)と英語の『曖昧な、不明瞭な』(ほんの僅か先さえ予測できない心許なさ)の両方の意味で使わせてい頂いてます。
角川Twitter小説大賞では賞を頂いたものの、文字数の関係で削除したり、締め切り時間までに間に合わせるために調べ物を省略してしてしまったりしていました。その辺は不本意なものがありますので足らなかった部分、調べが就かなかった部分を書き加えつつ、でも当時の勢いはできるだけ殺さぬよう、第一話目を書いていくつもりです(*^_^*)少なくとも一話目(港崎遊郭連続誘拐事件の章)は面白いんじゃないかと・・・(^_^;)

なおこの話が終わったら作間の嫁取り及び結婚後の日常を挟んでから、薩摩藩邸焼き討ち事件を書く予定・・・可能ならば大きな事件と日常のあれこれを交互に書いていけたらな~と思っております。このシリーズ、どこまで書けるか判りませんが、作間や伊織の断髪姿が見たいので明治5年位までは頑張りたいなぁ(●´ω`●)
取り敢えず全年齢、もしかしたら途中エロが入るかもしれませんがお付き合いのほどよろしくお願いいたしますm(_ _)m
あと、おまけの登場人物紹介をば。まだ二人しか出ていないのでこの二人だけ書かせていただきます(≧∇≦)

◆作間駿次郎
四谷大木戸の近くにある作間道場の道場主で身長は六尺くらい。精悍だけど落ち着いて見えるので二十八歳という年齢よりはやや年上に見られがち。
慶應3年立春に道場を開き、この話の現時点(立秋)でちょうど半年が経過している。
江戸三大道場の一つ、練兵館で師範代をしていただけあって剣術の腕は確か。いわゆる『形』も美しいが実践でその強さが発揮されるタイプ。
父親は既に亡くなり、3歳年上の兄(旗本)が家を継いでいる。作間本人は病気で半分寝込んでいる母親との二人暮らし。

◆垣崎伊織
神奈川奉行所支配定役で、作間の2歳下の後輩。童顔のためか若く見られるが、その見た目に騙されると痛い目を見る。なお横浜での二つ名は『鬼垣』。この名を出せば大抵の無頼ものも震え上がるという、鬼畜ドS役人だが、その嫁は更に怖いらしい(-_-;)
代々江戸南町奉行書の与力の家柄だったこともあり、流行には敏感で結構オシャレ好き。彼の着物や小物にはできるだけこだわりたいと書き手は目論んでおります(๑•̀ㅂ•́)و✧
(本文を読んでくださった方はお気づきだと思いますが、着物の柄の描写も垣崎だけしか書いてない(^_^;)なおこの時作間が着ていたのは洗いざらしの藍染稽古着・・・オッサンの汗臭い稽古着の描写はする気がちょっと←おいっ。でも作間も身長が高くて細身なので一張羅を着せればそれなりに見えます(^_^;))






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