「紅柊(R-15~大人向け)」
戊戌・春夏の章

免許皆伝・其の貳~天保九年四月の誉

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 吉昌の許に届いた豊岡からの知らせ――――――広田猶次郎からの便りは予想以上に喜ばしいものだった。

「二年後か四年後か――――――豊岡の参勤に伴って猶次郎も一度江戸に来るそうだ。どうやら大樹公直々の要請らしい。よっぽど『あの事』を気にしておられるのだろうな」

 吉昌は嬉しそうに目を細めながら、口許を綻ばせる。

「そりゃあそうですよ。将軍家御様御用を任される一門にとっていちばん大事な儀式に『いたずら』をなされたんですから」

 くすくすと幸は笑い、吉昌に告げる。才能がありながらも藩の事情で留学期間が限られてしまう藩士が多い中、事情はともあれ将軍に目を留められたのは幸運意外何者でもない。更に江戸に優秀な人材がいるということは幕府にとっても喜ばしいことである。抱えられる家臣が限られてしまう中、陪臣であっても優秀な人材は使いたい時に近くにいることが重要なのだ。

「この事を七代目に伝えても宜しいでしょうか?」

 幸の問いかけに、吉昌は勿論笑顔で答える。

「勿論だ。というか、五三郎宛にも猶次郎から手紙が来ているから、これを持っていってやってくれ」

「承知しました」

 幸は吉昌から奉書紙に包まれた一通の書状を受け取ると、静々と部屋から退出した。



「旦那様、猶次郎さんからお手紙が来ましたよ」

 幸が部屋の中に声をかけ、襖を開けると一心不乱に秘伝書を写している五三郎の背中があった。室内にはまだ乾ききっていない秘伝書の写しが広げられ足の踏み場も無いほどだ。ざっと見たところ、第六巻に当たる試者免前之巻の半分は書ききったようだ。となると残りはあと一巻と半分位であろうと幸は踏む。そんな広げられた秘伝書の写しを避けつつ、幸は五三郎に近付き手紙を手渡した。

「それと銀兵衛さんが明後日江戸に戻ってくるそうです。川越もだいぶ状況が落ち着いてきたので江戸詰に戻るらしいですよ」

 その一言を聞くなり五三郎の筆が止まり、ゆっくりと幸の方を振り返った。

「何だって?明後日ってそれ、本当か?」

「ええ、勿論本当です。きっと荷物をまとめて落ち着いたらこちらにもご挨拶に来てくださるんじゃないかと」

 幸からの情報に、五三郎は腕組みをしながら考え込みぶつくさ呟く。

「となると、その日は間違いなく酒盛りだろ?秘伝書が書き終わってなかったらろくすっぽ酒も飲めねぇじゃねぇか!」

「でしたらその日までに秘伝書、お願いいたしますね。私はこれから恵比寿屋の方に予約を・・・・・・」

「いや、その必要はねぇだろう。というか、あの川越藩だぜ?門限は変わらねぇだろうし―――――だからここで稽古終わりにそのまま酒盛りで良いんじゃねぇか?」

「旦那様が出歩きたくないだけでしょ。本当に面倒くさがりなんですから」

 五三郎の訴えに苦笑いを浮かべた幸だったが、幸も思うところがあるらしい。

「でも、ここだったら新太郎ちゃんや他の門弟達の子供達も連れてこれますしね。じゃあ六代目に掛け合ってきます」

「頼む。俺は銀兵衛さんがこっちに来るまでに秘伝書の写しを仕上げておくから」

「ところで、猶次郎さんからの手紙は読んでいただけました?」

「おっといけねぇ!銀兵衛さんの事ですっかり忘れてた」

 五三郎は渡されたまま文机の上に置きっぱなしにしていた猶次郎からの手紙を開く。そして文面に眼を走らせた後、再び笑みを浮かべた。

「あいつ、お倫さん相手に相当頑張ったぽいな。まだはっきりしたことは判らねぇが、ややが出来たかもってある」

「それはおめでたいですね!きっと今頃ははっきり判っているのでしょうけど」

「残るは芳太郎のところだけか――――――せめて芳太郎には先を越されねぇようにしないとな」

 そう言いながら五三郎は幸の手首を掴んで自分の方へ引っ張り込む。

「きゃあ!もう、何をするんですか旦那様」

 不意に抱きしめられ、慌てふためく幸の耳許で五三郎が小さな声で囁く。

「俺達もそろそろ子作りに励まねぇと。新太郎だって従兄弟の一人や二人・・・・・・・」

「その前に秘伝書!さっさと写し終えてくださいませ。でなければ酒盛りも子作りもダメです」

 ぴしゃり、と言い放つと幸はさっさと部屋を後にしてしまった。一人残された五三郎は小さく舌打ちをした後、改めて文机へ向かう。

「どのみちこいつを仕上げねぇ事には何も始まらねぇ、ってことか」

 面倒くさいが仕方がない。残りの秘伝書の写しを仕上げてしまおうと、五三郎は気合を入れ直した。



 翌日、前畑家からも銀兵衛の江戸詰、そして門弟として改めて稽古をしたいという話がもたらされた。

「例の件で隻腕になってしまいましたから。改めて剣術を習いたいと」

「習うというか、むしろこちらが銀兵衛に教えてもらうことが多くなりそうだが・・・・・・腕利きが一人、戻ってくるのは本当にありがたい」

 そんな会話を大人たちがしているころ、芳太郎もまた五三郎にこの件を伝えていた。

「やっぱり修行し直したいらしんだよな、銀兵衛さん。隻腕でも並の武士よりだいぶ腕は立つのに」

「だからじゃねぇか?隻腕でそこまでできるんなら、まだまだ極められると――――――むしろ変な力が入らねぇ分、正しい試し切りはできるぜ」

「なるほど、『経験者は語る』か」

「そうそう!まだはっきりとは判らねぇみたいなんだが、猶次郎のところが孕んだらしいぜ。ほら」

 そう言いながら五三郎は猶次郎からの手紙を芳太郎に見せた。

「なるほど、お倫さんがつわりのような症状を訴えていると・・・・・・」

「あいつは何をやらせてもソツがないからな。子作りもそうなんだろうし・・・・・・俺も免許皆伝の一通りが終わったら、ってところだな。せめてお前には先を越されないように・・・・・・」

「あ、悪い。実は・・・・・・」

 芳太郎は罰が悪そうに口を開いた。

「うちのやつなんだが・・・・・・もうすぐ岩田帯が結べそうな時期に来ているんだ」

 その一言に五三郎が目を丸くする。

「何で言わねぇんだよ!」

「いや、歳が歳だしさ、うちは――――――確実になるまで道場への報告は控えようって」

「ああ、そうだよな。お縫さんも頑張っているよなぁ。甘ったれの年下亭主相手にさ」

「甘ったれだけ余計だろ」

 不機嫌そうに頬をふくらませるが、それも長くは続かなかった。やはり半ば諦めていた自分の子供ができるのは嬉しいのだろう。

「あ~あ。結局子供は俺が最後かぁ・・・・・・ぐずぐずはしてられねぇな。とっととこいつを仕上げて、銀兵衛さんの江戸詰祝いと子作りに励むか」

「八代目の誕生を期待しているぞ、七代目」

 芳太郎の冷やかしに、今度は五三郎が顔をしかめる番だった。





UP DATE 2017.4.12

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五三郎の同期に近い存在である芳太郎と猶次郎にもそれぞれめでたい動きがありました(●´ω`●)
猶次郎ですが、こちらも例の『時期将軍が作った刀折っちゃった事件』のご縁で江戸に舞い戻ってくることになりそうです。しかし藩の事情もありますし、家庭レベルでの事情もあるでしょうからすぐにとは行かず・・・早くて2年、もしかしたら4年、6年となるかもしれませんが、江戸へ戻ってくる道筋は出来たようです。
これは幕府の方針でもありまして・・・ジャンルに拘らず優秀な人材をできるだけ江戸に集中させ、いざという時幕府もその人材を使用できるように、という、図々しい暗黙の了解があったようなのですよ(^_^;)藩としてはたまったもんじゃありませんよね。子会社(藩)が自分達で育成し、ようやく育てた優秀な人材を親会社(幕府)が横取りするような形で使ってしまう(-_-;)しかも扶持は藩が出すのが殆ど、幕府からはほんの気持ちだけの礼金だけ・・・現代のやりがい搾取も真っ青です(^_^;)
尤もそれによって猶次郎は江戸に戻ってくることになりそうなのですが、これ以後はご想像におまかせということで(●´ω`●)
あと芳太郎のところにもおめでたい話が出てまいりました(*^_^*)尤もこちらは三十路過ぎの高齢出産、一応一人前夫との間に子供がいる縫ですが、年齢が年齢なので前畑家は確実に産まれるまでは報告しないつもりだったのでしょうが・・・芳太郎は流石に嬉しかったのでしょうね。つい口を滑らせてしまいました(^_^;)
残るは五三郎ですが、その前に秘伝書を全部書ききらねば次に進めない/(^o^)\その辺は頑張って欲しいものです(๑•̀ㅂ•́)و✧

次回更新は4/19、連載としての『紅柊』の最終回となります。いつか単発で書くことはあるかもしれませんが暫くは無いかと・・・よろしかったら最後までお付き合いのほどよろしくお願いいたしますm(_ _)m
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