「短編小説」
江戸瞽女の唄

江戸瞽女の唄~桜吹雪の弁財天

 ←烏のおぼえ書き~其の百九十ニ・昭和初期の不良少年・少女 →烏のまかない処~其の三百・ご近所パン屋さん
 関東大震災から三年半、まだまだその傷は完全に癒えないものの上野界隈の復興はかなり進んでいた。駅舎は未だバラックのままだが近代的な大停車場ができる計画が持ち上がっていたし、上野の西郷さんがある高台から見下ろす街は震災以前より繁栄を極めているようだ。山ノ手電車に京浜電車、市電にバス、トラック、円タクなどが往来し、上野の広小路を多くの人々が奔流のごとく行き交う姿からは、震災直後の焼け野原を想像することさえ難しい。そもそも上野の西郷さんそのものも震災直後は尋ね人の貼り紙に埋もれていた状況だったのだ。それを考えると東京はだいぶ立ち直ってきたと言えるだろう。

 そんな復興真っ盛りの上野には多くの花見客が押し寄せてくる。花見の時期になると地元の江戸っ子は勿論、地方からも『お上りさん』が緋毛氈を抱えて花見にやってくる。かつては花の下で無礼講に興じる酔客も多かったらしいが、震災後は警備の監視の目が厳しくなり、酔っ払っていても行儀よく花見をしなければならない。そんな酔客を相手にするため、みわと隼人は上野まで来ていた。
 花見の酔客に求められるのはいつもの瞽女唄ではなく耳に馴染みやすい流行歌ばかりであったが、みわは嫌がること無くそれを歌いこなす。ただあくまでも『売る』のは歌だけ、それ以上を求めてこようとする酔客は隼人によって尽くあしらわれてしまっていた。半分は『瞽女の価値』を守るため、もう半分は秘められた恋心故なのだが――――――それを知ってか知らずか、みわはいつもと変わらず隼人に全てを任せていた。



 夕暮れになり、花見客もだいぶ減った頃になってようやく隼人はこの日の宿を探しにいくことになった。

「・・・・・・本当に大丈夫か、おみわ」

 不忍池の辺りにあるベンチにみわを腰掛けさせつつ、隼人は心配そうに尋ねるが、当のみわは至って平然としている。

「大丈夫。ここなら弁天様の結界の中だし。それに私が一緒より隼人一人のほうが動きやすいでしょ?この時期じゃただでさえ宿が混んでいるし・・・・・・泊まれるところだったら予算を超えちゃってもいいからね」

 本当ならば数駅離れた瞽女宿に戻るべきなのだろうが、上野での仕事が暫く続くだけにできれば上野で宿泊したい。みわの目を考えた場合、事故が起こりやすい電車の乗り降りは極力さけたいのだ。それ故の上野での宿探しなのだが、いち早く宿探しをするには隼人一人のほうが何かと都合が良い。

「ああ、判った――――――最悪茶屋になるけど辛抱してくれよ。じゃあすぐに帰ってくるから!俺以外の奴に声をかけられても絶対に返事をするんじゃねぇぞ!」

 素面の人間には効果的な結界だが、酔客の中にはたまにこの結界を破って中に入り込んでしまう者がいる。そんな輩に襲われては大変だと心配しつつも、今夜の宿を探しにその場を離れた。

「・・・・・・新しい歌を教えてもらえるから、お茶屋のほうが良いんだけどなぁ。でもこの時期じゃ高すぎるか」

 隼人の足音が離れた後、みわは思わずひとりごちる。そんな一人残されたみわの元へ一人の女が近づいてきた。モガスタイルの洋装にショートボブのその女は、かなり気の強そうな美女だ。そして濃い化粧が施された、色っぽいというよりはむしろ警察官のような鋭い目でちらりと隼人が去っていった方向を見やった後、みわに笑顔を向ける。その笑顔は盲目のみわにも『見えるもの』――――――つまり、人外の者の笑みであった。

「本当に心配症ね、あの男は。あたしの結界をまるで信用してないんだから失礼しちゃう――――――お久しぶりね、おみわちゃん」

 その言葉にみわは笑顔を浮かべ、深々と頭を下げた。

「お久しぶりでございます、弁天様。今年もこちらで歌わせていただきました」

「ええ、あたしのとろこにも聞こえてきたわ。ところで」

 弁天はハイヒールでつかつかとみわに近づくと、その顔を覗き込む。

「あんたたち、いつになったら所帯を持つの?あたし、これでも縁結びもやっているんだよねぇ。あんたたちみたいのがいると『弁天様がヤキモチ焼いて恋人を別れさせる』なんて噂が立つからとっととくっついて欲しいんだけど」

 神様とは思えぬ蓮っ葉な――――――下町のおかみさんのような口調で弁財天が文句を言う。それに対し、みわは困ったように眉を下げつつ小さな声で答えた。

「それは、無理です・・・・・・私は隼人が好きだけど、隼人は私のことを仕事の相棒としか思っていないだろうし」

 みわはしばしの沈黙の後、再び口を開く。

「もし両思いだったとしても、この目じゃ・・・・・・」

「くっついたって今と生活は変わらないと思うけどね」

 弁天は天を仰ぎ、大仰に溜息を吐く。

「本当に手強いわね、あんたたち。尤もその方がこっちもやってやろう、って気になるけどさ」

 舌なめずりをするその姿は縁結びや芸能の神というよりむしろ戦神と言ったほうが似つかわしい。尤も不忍池の弁財天は八本の腕に剣や弓などを握った完全武装のちょっと物騒な『八臂弁財天』だから、むしろこちらの姿が本性なのか。

「瞽女と手引――――――弁天様にとっては物足りない関係でしょうけど、私にとってはこれが一番心地よいのです。卑怯なのかもしれませんが、己の気持ちを吐露して、隼人を・・・・・・失いたくない」

 ぽろり、と見えない目から涙が一粒零れ落ちる。その涙を弁天の細い指が拭った。

「まったくもう、世話が焼けるわね。ま、あんたのペェスでおやりなさい。私はいつでもあんたの味方だから」

 その瞬間、一陣の風が吹き抜け、桜がみわを包んだと思った瞬間、弁天はみわの前からかき消えた。

「弁天、さま?」

 きょろきょろとあたりを見回すが、その姿どころか気配すら感じられない。と、その刹那遠くから隼人の声が聞こえてくる。

「お~い、おみわ!今夜の宿を取ってきたから、今から行くぞ!」

 どうやら隼人の気配を察して身を隠してしまったようだ。みわは不忍池の中央にある弁天堂の方へ顔を向ける。

「お気遣いありがとうございます、弁天様。もう暫くだけ――――――このままで居させてくださいませ」

 そして近づいてきた隼人に手を預け、ゆっくりとその場を立ち去っていった。




UP DATE 2017.3.29 

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ

INランキング参加中v
こちらはブログ村の小説ランキングにリンクしております。



こちらは画像表示型ランキングですv




やっとこさUPさせていただきました今月分の拍手文、舞台を『上野』にしてしまったがばかりにそちらの描写に気を取られてしまいました/(^o^)\『お花見と言えば上野だろう』と気楽に考えたのが浅はかでした・・・しかも大仏様の描写さえままならずorzもう一回くらい上野を舞台に話を書きたいと思うほど震災復興時の上野は盛り沢山でした( ;∀;)

そんな上野で出会ったのは不忍池の弁天様♪当時の流行を取り入れた、モガスタイルでご登場です(*´艸`*)しかし中身は下町のおせっかいなオバチャンという(^_^;)密かに隼人に恋心を抱いているみわに対し『はやくくっつけ』とおせっかいババァそのままに世話を焼いておりますが、みわにはまだまだその覚悟が無いようで・・・いわゆる『両片思い』ってやつなんですよ、みわと隼人は(^_^;)この思いがすれ違ったままなのか、それとも結ばれるのか、はたまたコンビ解消になってしまうのか・・・一応12月までには決着付けたいな~ともくろんでおります(^_^;)

次回更新は4月26日、5月の田植え絡みでみわの過去を書ければ・・・今回書けなかったので来月こそは書きたいです(>_<)
(意外とストーリーが進まないこのシリーズ、昭和初期という時代がいけないのかそれともキャラのせいなのか、本当に困ります(>_<))
関連記事
スポンサーサイト

 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のおぼえ書き~其の百九十ニ・昭和初期の不良少年・少女】へ  【烏のまかない処~其の三百・ご近所パン屋さん】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のおぼえ書き~其の百九十ニ・昭和初期の不良少年・少女】へ
  • 【烏のまかない処~其の三百・ご近所パン屋さん】へ