「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第十一章

夏虫~新選組異聞~ 第十一章第十一話 江差哀歌・其の参

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 べっとりと墨を塗りたくったような分厚い闇が、薄紙を一枚一枚剥がすように徐々に白んでゆく。願わくば冬の淡い陽光の一筋でも欲しいところだが、生憎雲は重く垂れ込めており、夜が明けても鈍色の空が広がるだけだ。
 しかし沖に停泊している開陽がどうなっているかを知るには充分な明るさである。外からのざわめきに、浅い眠りから寝覚めた土方と守衛新選組の者たちは飛び起き海を見たが、その瞬間反射的に大声を出してしまった。

「なんだ、あれは!開陽があんなことに・・・・・・!!」

 島田の叫びが周囲に響く。島田が驚愕の声を思わず上げてしまったのも無理はない。高台にある奉行所から見えた風景、それは岩礁に乗り上げている開陽丸の姿だったのである。

「確か海軍の奴らは全員船に引き上げているんだよな?」

 土方の問いかけに立川が頷く。流石に海軍・陸軍の両方が宿泊するには手狭だと、海軍兵士は陸での作業を終えたあと、軍艦に戻っているのだ。

「はい!しかしあそこから一体どうやって救助を―――――神速丸が近づこうとはしているようですが、あれでは神速丸も座礁しかねません!」

 立川の指摘通り、未だ強い風と荒波で神速丸も迂闊に開陽丸には近づけずにいた。それどころか見ている前で神速丸も座礁してしまい、開陽丸よりも早く沈没しかけたのだ。

「江差沖の海底は岩盤が固く、錨が引っ掛かりにくいって聞いちゃいたが、それがこんなことになるなんて―――――畜生!一体どうしたら!」

 何も出来ない状況に土方が苛立ちを露わにする。その時である、一隻の小舟が開陽から陸に向かってやってくるではないか。船員の避難が始まったのか――――――土方らは急いで海岸に向かって走ってゆく。すると海岸から陸に上がろうとしている海軍の兵士がいた。

「おい、開陽のみんなは無事か?」

 土方の声に驚き顔を上げた海軍兵士だったが、すぐに土方らが味方だと知りほっとした表情を浮かべた。

「はい、まだ何とか・・・・・・だけど救助の船が足りなくて、漁師たち船を出してもらおうと助けを求めに来たんです!」

 船の数だけではない。この荒れた天候の中、江差独特の海底地形に対応できるのは地元漁師だけだろう。つまり彼らの助けなしではこれから死者も出る可能性があるのだ。

「判った。俺達も手分けして頼んでみよう。皆!開陽と神速丸の救援を漁師たちに頼んでくれ!」

「おう!!!」

 事は一刻を争う。土方の素早い決断に、陸軍は雄叫びに近い声を上げた後、一気に動き始めた。



 幕府陸軍の要請を二つ返事で了承し、風が弱まったところを見計らい漁船を出し始めた。何だかんだ言っても地元の海を熟知している江差漁師の船さばきは見事である。荒れた海を物ともせず開陽に近付き、乗せられるだけの兵士を乗せ戻ってくる。そして次々と戻ってくる中、一番最後に漁船に乗ってやってきたのは榎本であった。

「榎本さん、あんたで最後か?」

 陸に上ってきた榎本に、土方尋ねる。すると榎本は首を横に振り開陽を指差した。

「いや、まだ機関長の中島を始め、数人が乗っている」

「何故?」

 咎めるような土方の声音に、榎本は『最後の一手』を口にした。

「艦内の大砲を一斉に陸に向けて撃ち、その反動で船を離礁させようと思っている。あわよくば最低限の破損で済んでくれると有り難いんだが」

 その時である、耳をつんざく砲撃音と共に大砲が一斉に撃たれたのだ。その砲撃音に地元漁師は勿論、陸に上がった海軍兵士や、彼らの世話に明け暮れている陸軍兵士も驚きの表情を見せる。しかしその砲撃音とは裏腹に、開陽は岩礁に挟まれたまま動かない。

「失敗、か」

 榎本の唇から落胆の溜息が漏れる。その後も開陽はありったけの大砲を撃ちまくるが開陽はピクリとも動かない。
 そしてとうとう大砲も撃ち尽くしたのか砲撃は鳴り止み、避難用の小舟に乗り込んだ砲撃兵と機関長の中島三郎助が陸に向かってやってきた。

「榎本艦長、申し訳・・・・・・」

 榎本の顔を見た瞬間、中島が言葉に詰まり悔し涙を流す。そんな中島に榎本は

「いや、この状況の中よくやってくれた。あれだけ手を尽くしてできなかったんだ。開陽は――――――開陽と神速丸は諦めるしか無いだろう」

 淡々と告げるその内容は、幕府軍にとってあまりにも重たいものだった。旗艦である開陽と、もう一隻の軍艦を失うことは、幕府海軍の海上戦力の優位が一挙に崩れることを意味する。

「これは・・・・・・部下を抑えきれなかった俺の責任だ」

 まるで己を叱責するかのような厳しい声音に、誰も榎本に声をかけられなかった。



 開陽丸は沈没してしまったが、『軍』としての仕事はまだ残っている。土方は一部の兵士を部下に任せ熊石へと出陣させた。その間土方や榎本は江差で待機することとなったのだが、それは待機というより開陽の最期を見届ける為のものだった。 奉行所に宿泊しつつ、榎本や土方、そして彼ら直属の部下達は風雨にさらされる開陽を見続ける。

「土方さん。あの船の元の名前――――――阿蘭陀から渡された時の名前を知っているか?」

 徐々に波に呑み込まれていく開陽を見つめつつ、榎本が尋ねる。

「いいや」

 土方も開陽から目を離さぬまま、榎本の問いかけに返事をした。

「Voorlichter―――――夜明け前、という意味だ。そこから俺が『開陽』の名前を提案したんだが名は体を表す、ってところだな。まさか夜明け前に座礁しちまうとは」

 自嘲気味に語り続ける榎本だが、その声から徐々に感情が失われていくことに土方は気がついた。

「榎本さん、あれは・・・・・・開陽は明日の朝日を見ることはできるかな」

 せめて日本名の『開陽』を―――――開けた陽光を拝ませてから沈没させたいと土方は願ったが、榎本から帰ってきた言葉な非情なものだった。

「無理だな。多分夕暮れあたり・・・・・・月さえ見れないだろうな、あいつは」

 完全に感情を失った榎本の声が、風にかき消されてゆく。そんな彼らの目の前で開陽はズルリ、ズルリと完全に海へと沈んでいった。

「沈んだな」

 開陽の最期を見届け、むしろホッとしたのだろう。榎本は近くの松に手をつき男泣きに泣き始めた。今まで耐えに耐えていたのだろう。艦長が自らの船を無くすということは半身をもがれたのと同じこと――――――それを近くでまざまざと見せつけられ、土方も思わずもらい泣きをする。そんな二人をそっと見つめながら、沖田は心の中で呟いた。

(どんなにあがいても最後には沈没してしまう・・・・・・何だか我々の未来を見ているようですね)

 破綻の予感とでも言うのだろうか。開陽丸の沈没、それは近い未来の幕府軍そのものの未来を象徴するように沖田には感じられた。




UP DATE 2017.3.25

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まずはスミマセン、やらかしました・・・本当は榎本艦長は座礁する前に江差に下りていたんです(>_<)それを先週の更新分ですっかり忘れておりまして/(^o^)\
なので榎本館長は座礁からの脱出方法を中島三郎助と相談→脱出組としては最後に陸へ上陸→中島の作戦を見届ける→成功しても失敗しても中島と砲撃兵は一旦開陽から降りるという流れにさせていただきました(>_<)
あくまでも『異聞』ということでご容赦を(^_^;)史実は船に乗り込んでいたのは居残り組だけだったとのことです。

次回更新は4/1失意の中、五稜郭へ帰還する陸軍&海軍を書かせていただきます(`・ω・´)ゞ
(詳細は来週書かせていただきますが4/7は旅行のため夏虫の更新はおやすみさせていただくことになりそうですm(_ _)m)
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