「紅柊(R-15~大人向け)」
戊戌・春夏の章

花見も叶わぬ事情にて・其の貳~天保九年三月の日常

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 幸がすみと談笑していた頃、吉昌以下山田一門は小石川戸崎台にある瑞鳳山祥雲寺、髻塚の前にいた。髻塚に今まさに収められようとしている髷は十本ほど、その供養のために読経をしているのは清充である。

「・・・・・・では、こちらを髻塚に収めさせていただきます」

 読経が終わると、清充は振り向き、吉昌に一礼する。

「いつもありがとうございます」

 吉昌も若い僧侶に深々と頭を下げた。体調を崩していた前任者・鶴充が亡くなった後も清充はこの仕事を投げ出すこと無く、毎月埋葬できない罪人達の為に読経をしてくれる。なかなかなり手がいない努めだけに山田一門としても本当にありがたかった。

「五三郎、あれを」

 吉昌の促しに五三郎が一歩進み出て、髻塚に髷を収め終えた清充に、永年供養代として一人一両分の礼金と天寿慶心丸、通称浅右衛門丸の出来損ないを清充に手渡した。

「斜向かいの爺さんの労咳は大丈夫かい?」

「そんな事までそちら様のお耳に・・・・・・まだ的場さんですね」

「ああ、結構おせっかい焼きだからな、あの人は。あんたが直接俺達に言わないだろうと言うことを見越してあの近辺の病人の状況や祝儀不祝儀全部こっちに流してくれる」

 五三郎は笑顔を見せると不意に真顔になった。

「俺達だってあんたに厄介な仕事を引き受けてもらっているんだ。遠慮なんざする必要ねぇぜ。尤も天寿慶心丸は安物の方だけど」

「安物?」

「ああ。この冬はあまり良質の肝が手に入らなかったらしい。だから鹿や猪の肝を使った安物ばかりなんだが・・・・・・四つ足は酒もやらなきゃ暴飲暴食もしねぇ。むしろ人間の肝よりも質は良いってうちの女房が言っていた。ま、薬食いの延長だと思ってくれ」

「なるほど。ではそうさせていただきます」

 清充は五三郎から貰った金子十両と安物の天寿慶心丸を押し頂き、深々と頭を下げた。



 清充が自分の寺である瑞光寺に戻ると、三歳ほどの幼子――――――清充の息子・清太郎が飛び出し、清充に抱きついた。

「ととさま~お帰りなさいませ~」

 その声に誘われるように内縁の妻である梅がふっくらと膨らみ始めた腹を抱えて玄関へと出てくる。

「お帰りなさいませ、旦那様。真充様がお見えになっておられます」

「また来たのか。あまり吉祥寺を留守にしては出世にだって差し障るだろうに」

 清充は苦笑いを浮かべながら本堂の横にある小さな客間へと向かった。

「待たせたな、真充」

「気にするな。今日が髻塚の法要だと言うことは知っている。それよりも――――――ここに私設の養生所を作る気はないか、清充?」

「養生所?まぁそりゃあ重病者をまとめて面倒看れる所があれば、家族に負担はかからないが」

「実は少々金の使いみちに困っているのだ。感応寺が派手な動きをしてくれているせいで、他の大寺院までとばっちりが来てな。手入れがし易いところから寺社奉行の調査が入っている。殆どが御布施だから問題はないのだが・・・・・・溜め込んでいるところで心証が悪くなる可能性はある」

「しかし学僧だっているだろう?彼らの学問に使う金はいくらあっても足りないだろう」

「昔だったらな――――――旃檀林の質も落ちたよ」

 苦々しげに呟くと、真充は真顔で清充の顔を覗き込む。

「瑞光寺の隣に空き家があるだろう。あそこを手直しすれば養生所として使えるんじゃないか?金は吉祥寺から出させてもらう」

 どうやら寺社奉行の調査の手はすぐそこまで迫っているらしい。真充の言葉に切羽詰ったものを感じた清充は深く頷いた。

「判った。ならばお願いしようか。特別な道具や設備はいらないから」

 あるのは重病人が家族の気兼ねなくゆっくり眠れる場所――――――それがあるだけで状況はだいぶ改善されるだろう。

「承知した」

 真充が話を切り替える。するとちょうど梅が幼子と共に新しい茶を淹れてやってきた。

「粗茶ですが」

「いつもすみませんね、お梅さん。清太郎もこっちへおいで」

 最初の訪問の時の剣幕はどこへやら、諦めたのか慣れたのかは定かではないが何度も通っている内に真充もすっかり梅の存在に慣れてきた。今では二人の子供である清太郎を甥っ子のように可愛がるまでになっている。

「私には到底出来ないが・・・・・・破れ寺の生活も良さそうだ」

 真充が小さな声で呟くと、それに呼応するようにひばりの声がどこからともなく聞こえてきた。



 髻塚からそのまま吉原に繰り出した山田一門は、そのまま恵比寿屋へと乗り込んだ。火事を出してしまったため、中見世から小見世へと格が下がってしまった恵比寿屋だったが、客の入りは昔と変わらず、否、それ以上を誇っていた。

「本当に申し訳ございません。『貸し切りで』と言われていたのですが、どうしてもお断りできないお客が・・・・・・」

 女将の真津衣が挨拶とともに詫びを入れる。

「気にすることはない。あちらさんを紹介したのはそもそも俺だ」

 吉昌の言葉に真津衣は更に恐縮する。もうひと組の客は外様・大藩の大名の息子だった。女性に奥手すぎて跡取りがなかなか出来ないと、父親である藩主から相談を受けた吉昌が『遊里で一度』と恵比寿屋を紹介したのである。
 かなり奥手の息子だけにそんな派手な遊びはしないとのことだったが、おなごとの会話の仕方を覚え、奥向きでもだいぶ役に立っているらし十日ほど前、父親の藩主から『ようやく息子の側室が懐妊した』と嬉しい知らせが吉昌にも届いていた。今日はその御礼の宴なのかもしれない。

「おい、五三郎。お前も頼んだらどうだ?まだ子供が出来ないみたいだし」

 芳太郎の勧めに、五三郎は軽く眉根を寄せる。

「・・・・・・作ろうと思えばいつでも作れるさ。だけど免許皆伝まではできるだけ作らねぇように、って幸と話し合っているんだ。でないとガキが出来ても遊んでやれねぇじゃねぇか」

「自分が遊びたいだけだろう」

 為右衛門の指摘にその場が一斉に沸いた。

「そう言われちゃあ元も子も無いじゃないですか、兄上!こんな時に清波だったら助けてくれるのに・・・・・・って、そういや清波は?」

「すみません、清波ちゃんはちょっとつわりが酷くて今日は横に・・・・・・」

「へぇ!清波にも子供が!ますます縁起がいいな、恵比寿屋は!」

「ますますあやからないとな、五三郎!」

 そんな大騒ぎの中、番頭に出世した辰治郎が部屋にやってきた。

「女将、あちらさんがそろそろお帰りになるとの事ですのでご挨拶を」

「わかりました。ではまた後ほど」

 笑顔を山田一門に残し真津衣が部屋から出ていくと、男達の眼は一斉に辰治郎――――――清波の情人に向いた。

「おう、清波が孕んだそうじゃねぇか。やっぱり父親はおめぇか、辰の字?」

「あの『ならずの御職』を落とすとはねぇ。あやかりたいもんだぜ」

「しかし清波も三十路過ぎてんのによくややが出来たな。お前さんたち、相当頑張ったんじゃねぇのか?」

 矢継ぎ早の質問に

「いえ、そうでもなく・・・・・・何せ見世の状況が状況でしたからね。忙しくて。もしかしたら『子宝の盃』のせいかもしれませんけど」

「子宝の杯?」

「ええ。辛うじて焼け残っていた物の一つなんですけど、先代の女将がお客人から頂いたものなんです。尤もこんな商売じゃ『子宝』に恵まれたら困っちまうんですけどね。何なら持ってきましょうか?」

 そう言うと辰治郎は一旦部屋を離れ、小さな杯を持ってきた。杯というよりはお猪口と言ったほうがしっくりくるかもしれない。角型で飲みくちが薄い、粋好みの杯だ。

「この杯で酒を飲んだ男が、何故か子宝に恵まれましてね。日本橋の鳴門屋さんの若旦那に本日来ていらっしゃる大名の若君様、そして猿若町の歌舞伎役者の某とか・・・・・・それと俺ですね」

 流石に少しはにかんだ笑みを見せながら、辰治郎は五三郎に白い杯を差し出す。

「いい機会だ、五三郎。来月には免許皆伝を迎えるんだから、そろそろ子供も良いんじゃないか?大先生もそろそろお前のところの孫が見たいと仰っているし」

 師匠であり、義理の父親でもある吉昌の勧めを断ることは流石にできない。五三郎は白い杯になみなみと注がれた酒に口をつけると、一気に飲み干した。



UP DATE 2017.3.8

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今回は罪人のための読経してくれている清充とその周辺、及びいつも遊びに行っている恵比寿屋の様子を取り上げさせてもらいました(*´ω`*)
清充に関しては本当にごく平凡で穏やかな日々、と言ったところでしょうか。二人目の子供も出来ているようですし、お寺の方もそれなりに運営できているようです。(吉昌から貰った礼金は殆ど近くの貧乏人への薬代と化していると思われる・・・)更に一旦は仲違いしてしまった真充とのよりも戻っているようで・・・きっと真充がしつこく通っている間に、清充の状況に慣れていったんでしょう。更にご近所さんからめちゃくちゃありがたられるでしょうから帰ってこいとも言えなくなり・・・と言ったところかもしれません(^_^;)

そして恵比寿屋はそれぞれの役割分担がうまくいっているようです(๑•̀ㅂ•́)و✧
愛嬌のある真津衣が女将、怜悧で采配が上手い清波が遣手、吉原での顔が広い達四郎が主人(代理?)となり、実務はできるがやや無愛想な辰治郎が取り敢えず番頭と・・・本当はもう少し辰治郎の愛想が良くなれば完璧なんでしょうが、こればかりはなかなかうまくいかないようです(^_^;)そんな中、清波が懐妊し、五三郎もそのおめでたにあやかって『子宝の杯』でお酒を飲むことになりましたが・・・(*´艸`*)
なお、史実では免許皆伝後、およそ十月十日後に長男が生まれております( ̄ー ̄)ニヤリ

次回更新は3/15、拙作きってのエロ4人組を久々に登場させる予定です(〃∇〃)
(次回はエロ回ということで。苦手な方はご容赦下さいませm(_ _)m)
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