「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第十一章

夏虫~新選組異聞~ 第十一章第八話 松前侵攻・其の肆

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「・・・・・・『女殺すにゃ刃物はいらぬ 笑みの一つも向けりゃいい』ってところかな、土方隊長におかれましては」

 目の前で繰り広げられる光景を見て、立川がボソリ、と呟いた。その一言の守衛新選組全員が深く頷く。彼らの眼の前には西洋の騎士さながら膝をつき、微笑みながら女官達にこれまでの状況を尋ねる土方が居た。そのあまりの鮮やかぶりに、部下である彼らでさえも呆れを通り越して感心せざるを得ない。

「俺もそう思う。確かに新選組一の色男だけど、ここまでとは」

 古参隊士の島田も首を横に振る。

「土方さんは昔からあんな感じですよ・・・・・・しかし、あれで聞き取れますか?傍で聞いていても全部は難しいんですけど」

 沖田の指摘に他の隊士らも同意した。土方が口を開いたのは最初の一言だけ、後は女官達が我先にと知っている情報を口走っているのである。一応鉄之助がそれらを書きつけるよう指示されていたが、明らかに追いついていない。

「そうなんですよ!殿は奥方様を置き去りに江差へと」

「あら、私めは青森にお逃げになったと伺っておりますわ」

「どのみちひどいと思いませんこと?幕府軍が押し寄せてくると知っていて奥方様を城に残していくなんて・・・・・・私は殿を見限りましたわ!」

 口角泡を飛ばす、とはまさにこのことだろう。自分達だけが置き去りにされた不満を口々に語り続ける。更にそれを土方が極上の笑みで頷きながら聞いてくれるので、ますます口がなめらかになってゆく。
 そんな中、ただ一人藩主の妻と思われる若い女性は黙ったまま目に涙を浮かべている。女官たちの、藩主に対する罵詈雑言に、城に残されてしまったという実感が湧いてきたのか、それともようやく死ぬことはないと判った安堵からなのかは判然としない。
 それにいち早く気がついた土方は、やんわりと女官たちのおしゃべりを止め、非礼を承知であえて藩主の妻に直接語りかける。

「ご安心めされよ、御簾中。貴女方及び城に残されている者たちは幕府軍が責任を持って青森に送り届けます。松前藩主に於かれましてはその内に青森に渡られるでしょう」

 すると今まで黙っていた藩主の妻は柳眉を逆立て、土方に食って掛かった。

「それは我が殿を愚弄しておるのか?敵と戦わず逃げると?」

「いいえ。戦略としてそれが妥当かと」

 興奮する藩主の妻を宥めるように土方は語りかける。

「我々に比べ、松前藩の兵はかなり少ない。その一方この地に関しては熟知しておられる――――――普通であれば少数の兵で大部隊を引きずり回し、疲弊させるのが常套かと」

 更に土方は続ける。

「我軍もそれを承知しております。故、追いかけるのは江差が限度。もし、その時までご存命であらせられれば、藩主も青森に渡られるでしょう」

 松前藩主は手持ちの兵で、最大限の戦いをしている――――――土方の説得に藩主の妻もようやく落ち着きを取り戻した。

「総司、函館に連絡を。どのみちこっちから青森に交渉に行かにゃならねぇ、って榎本さんも言っていたからその際に御簾中らも連れて行って欲しいと。その方が向こうさんも接触してくれるだろう」

「確かに。我々だけで出向いたら交渉の前に間違いなく砲撃されますしね」

 沖田が頷き、早速手配しようと踵を返したその時である。

「土方さん、その必要は無いですよ。海軍は既に松前に来ています」

 星の声と共に入ってきたのは、声の持ち主本人と函館にいるはずの榎本だった。

「え、榎本さん?何であんたが松前くんだりに」

 思わぬ人物の登場に土方は目を白黒させる。

「大鳥さんに雪中行軍を強いられたあんたらの手助けに――――――と言いたいところだが、血の気の多い野郎に押し切られたというのが本当のところだ」

 榎本の苦笑いに、土方も乾いた笑みを浮かべた。

「確かに海軍は蝦夷に来てからそれほど大きな戦闘をしていないしな。大方陸軍の馬鹿どもが海軍に自慢でもしやがったんだろう」

 女性たちに語りかけていたのとは打って変わり、榎本に対してはぞんざいな言葉遣いの土方は軽く舌打ちをすると、榎本に改めて藩主の妻及び女官たちを青森に連れて行ってくれと訴える。

「松前公は身重の妻を雪中に連れ出したくは無かったんだろうし、おなごなら殺さないと踏んだんだろう」

「だろうな――――――判った、そちらの御仁は幕府海軍が責任を持って青森総督府へお連れ申す」

 だが、藩主の妻はあからさまに不安の表情を露わにした。それもそうだろう。土方以外の男が自分達を丁重に扱ってくれるかどうか判らない。実際春日左衛門には大刀を突きつけられたのだ。不安に思うのも無理はない。その表情に素早く気がついた土方は即座に女達にこう伝える。

「沢と長島、拙者の直属の部下二人を護衛としてお付けします。不都合がございましたら何なりとお申し付け下さい」

 他の兵士に危害を加えられそうになってもこの二人が全力で護る――――――土方からの太鼓判に女達の頬が緩んだ。

「お気遣い・・・・・・ありがとうございます」

 ようやく本当の意味で助かるのだ――――――藩主の妻は緊張の糸が切れたのか、声を上げて泣き始めた。

「それにしても良く気がつくな、土方さん」

 榎本が感心したように呻く。

「そうでもねぇよ。物心ついたときから姉三人にやれ『もっと気を使え!』だの『おなごに対してそんな対応はするな!』だとかギャンギャン言われてみろ。大抵の男はこの程度出来るようになる」

 土方の暴露に、沖田が更に付け加える。

「確かに、土方さんのところは機嫌が悪いと竹刀も降ってきますからねぇ。しかも剣術を習っていないから土方さん以上に『形』が読めない」

 どうやら沖田は土方が姉に竹刀で叩かれるか追いかけられているかの現場を見たことがあるらしい。そんな沖田の暴露だったが、土方は更にとんでもない過去をひけらかす。

「ああ、ありゃおめぇや近藤さんがいたから手加減していたんだよ。本当に機嫌の悪い時は、のぶ姉は馬糞を投げつけてくるぞ、しかも顔面に」

 その瞬間沖田以外全員吹き出し、沖田だけはウンウンと頷いた。

「確かにおのぶさんならやりかねないかもしれませんね。何せ手に負えないやんちゃな弟の言うことを聞かせなきゃなりませんから」

「うるせぇ」

 そのやり取りに、幕府軍内で更に笑いが起きる。そんな雰囲気に女達もようやく落ち着きを取り戻していった。



 翌六日から九日まで幕府軍は松前城下の鎮火及び焼け出された町人への炊き出しに追われた。幸い城内には冬場を越すためのかなりの蓄えがあり、それが殆ど手付かずの状態で残されている。それらの内、進軍に必要なだけの食料を手元に残し、後は全て町人へと配布してしまった。

「これで何とか冬は越せるだろう。榎本さん、青森へはいつ?」

 文机に向かい、何かをしたためている榎本の背中に土方は尋ねる。

「今日中に奥方周りの諸々の荷物を積み込んでいるから、明日の朝出航ってところかな。それと今、官軍に対する嘆願書を書いているところだ」

「嘆願書?」

 土方は興味深そうに榎本の肩越しにその嘆願書を覗き込む。

「ああ、我々はこれ以上の抵抗はしないから蝦夷での立国を――――――蝦夷共和国の立国を認めてくれと」

 共和国――――――榎本の発した聞きなれない言葉に、土方は不思議そうに小首をかしげた。

「共和国、とは?」

「君主が存在しない国家、というところかな。仏蘭西がその仕組で国家を運営しているらしい」

 榎本は窓から見える景色に目をやりながら続ける。

「血統による領民支配は既に限界に達している。実際君のように身分に関係なく取り立てられている者も少なくない。それは国の上に立つ国家元首も同じことが言えるだろう」

「国家元首・・・・・・君主、ってことか?」

 更に聞きなれない用語に対し、知っている言葉を当てはめるが榎本は首を横に振った。

「似て非なるもんだ。あちらは間違いなく天皇を君主に戴く国家になる。そんな相手に『別個の君主を』となるとこちらの大義名分が危ういことになるじゃねぇか。それ故に国家元首という指導者はいれど君主は居ない国家――――――共和国である必要があるんだ」

「・・・・・・ちょっと聞いただけじゃ判らねぇな」

「だろうな。俺だって仕組みを理解するのに数年かかった。ま、国を作っていく内に解るようになるさ」

 取り敢えず官軍が作る政府とは違った国家になる、それだけ知っていればいいと榎本は笑い、筆を置いた。





UP DATE 2017.3.4

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ただでさえ女性はおしゃべりです。その上に愚痴りたい出来事があり、それを聞いてくれるのが聞き上手の笑顔の超絶イケメンだったらマシンガントークは止まらないでしょう/(^o^)\
普通の男だったらこれだけでぐったりしてしまいそうですが、そこはタラシ歴35年、姉たちにもみっちり鍛えられている土方です。愚痴の殆どを聞き流し、必要な情報のみ記憶するという技を取得しております。だからこそのこの手際の鮮やかさ・・・なお鉄之助に記述をさせておりますが、これはあくまでも鉄之助の練習がてらの筆記で、土方はそれほど必要としていないと思われます。
そして青森に奥方たちを送り届ける際、榎本はついでに嘆願書も青森総督府へ提出しようとしているようで・・・これがどう動くのか、気になるところですが場面は江差攻略へと移ります。
来週の予定は3/11、雪の中松前軍を追いかけ江差へと向かいます(๑•̀ㅂ•́)و✧
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