「短編小説」
江戸瞽女の唄

江戸瞽女の唄~白光の腐し雛

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 ようやく春めいてきた日差しを受けて、菜の花がきらめく。その近くには桃の代わりに植えられた寒桜が花を綻ばせていた。桃の蕾はまだまだ固く、旧暦の3月頃にならねば咲かないだろう。
 そんな花々をぼんやりと見つめながら、隼人は一人、小川のほとりに座り込んでいた。相方のみわは上得意の刀自に呼ばれ、上巳の節句の宴で歌を披露している。女ばかりの宴である、手引とは言え流石にその場にいるわけにも行かず、更に家の男衆は勤めに出払っていた。それ故話し相手もおらず、隼人はみわを座敷に上げると、早々に外へと逃げ出していた。

「・・・・・・あと、30分位だな」

 腰にぶら下げていた精工舎の懐中時計を手に取り、隼人は小さな溜息を吐く。こんな時はなかなか時間が過ぎてくれない――――――そうぼやいた瞬間、爽やかな春花とは異質の、甘く饐えた匂いが隼人の鼻を突いた。

(!!)

 隼人は懐中時計から慌てて目を上げる。すると小川の中から白い影がぶわり、と湧き上がり徐々に人の姿へと固まっていくところだった。白い影は公家が身につける直衣へと変化してゆく。更にその白い影の上部はは整いすぎるほどの白いかんばせへと変わった。まるで雪のように――――――否、風雨に晒された髑髏のような病的な白さの妖かしの公家は一歩、また一歩と隼人へと近づいてくる。

(ちっ、腐し雛か)

 近づいてくる『それ』を見ながら、隼人は舌打ちした。目の前に現れた真っ白な公家は、地元の人間から『腐し雛(くたしびな)』と呼ばれる物の怪である。人々の厄を受け流された流し雛の成れの果てで、己に擦り付けられた厄を人間に戻そうと近寄ってくるものらしい。そんな物の怪が隼人を見つけ出したのかにやり、と凄惨な笑みを浮かべつつ近寄ってくるが、ある一定の距離からは近づけず、ぐるぐると隼人の周囲を周りだした。

「・・・・・・婆さんに言われて結界を張っておいて良かったぜ」

 この土地に最初に来た時、みわを贔屓にしてくれている刀自が、外に出ようとした隼人に注意を促してくれた。この土地には木の芽時になると内裏雛の姿をした妖かしが出てくると。そして、それから身も護るには蓬の若草が効果があると――――――半分冗談のつもりで聞き流していたが、蓬には厄を払う効果がある。気休めくらいにはなるだろうと蓬を摘んで円形にばらまいていたのが功を奏したらしい。
 結局隼人に近づくことが出来ず、内裏雛はぎりぎり近づける隼人の正面に立ち止まった。

「若者よ。お前がここに来るのは五回目だな」

 近づけずにいるが内裏雛には隼人が見えるらしい。力のない、雑魚であれば結界が張られていれば中の人間は見えないはずである。となると、この腐し雛は相当力がある妖かしなのだろう。油断したら結界を破られ、取り殺される――――――隼人は警戒を顕にしながら無言で白い内裏雛を見つめる。 すると白い内裏雛は扇子で口許を隠しながら、癇症な甲高い笑い声を上げた。

「そう恐ろしい顔をするな。そなたを取り殺そうと思うのならばとっくの昔にしておるわ所詮麿は依代の成れの果て、人間を取り殺す力などあるものか」

「ならば何故ここに来た?」

 警戒心を解かず、隼人は低い声で唸る。本当であれば言葉を発するべきでは無いことは百も承知だ。だが自分に向けられる禍々しさに、無言のまま打ち勝つことは難しかった。そんな隼人を嬲るかのように、白い内裏雛は隼人に語りかけてくる。

「あの歌声の主を、そなたがどう思っているのか――――――儂だけではなく、他の者達も聞きたがっておるのでな。人の言葉を喋れる儂が代表で聞きに来たというわけだ」

 そう言いながら内裏雛は微かに聞こえてくる歌声に耳を傾ける。それは預けた屋敷で歌っているみわの歌声だった。

「あの声は年に一度、我々を浄化してくれる。だがどこかに嫁げば瞽女はできなくなるであろうな」

 探るような内裏雛の声音に、隼人は緊張の糸を張りつめたまま返事をする。

「安心しろ。まっとうな瞽女は一生結婚などしないし、芸以外は売らない。お上は瞽女も相手がいるならば嫁いで兵隊になる子供を産めと息巻いているが、みわにその気は無いだろう」

 富国強兵政策は、大震災以降ますます色濃くなっている。元々子供を産むことを憚られていた障碍者にさえ政府は結婚・出産を強要し、その影響から結婚をし、引退を余儀なくされる瞽女も少なくなかった。江戸瞽女の減少は大震災の影響が一番だが、政府の方針の影響も無視できない。
 それを指摘した隼人だったが、内裏雛は表情一つ変えること無く、更に隼人に迫ってきた。

「だがお前は?あれの最も近くにいる男であろう?あれほど美しい娘だ、我が物にしたいと思わぬのか?」

 その一言にざわざわと周囲の気配が、そして隼人の心が揺れ動く。だがその心の揺れを振り払うように、隼人は敢えて低く、落ち着いた声で言い返す。

「悪いがその気はないし――――――そもそもあいつを失明させたのは俺だ」

「ほう?」

 白い内裏雛の眼が興味深そうに細められる。

「ガキの頃、悪戯半分で突き飛ばしたら土手から転げて――――――運の悪いことに眼を打っちまって両目を失明した。俺があいつの手引をしているのはその為だ。贖罪の為に手引をしているのであって、あいつを我がものにするつもりなど毛頭ない!」

「の、割には何故本人にその事を告げていないように思えるが?」

 内裏雛の指摘に隼人は言葉をつまらせる。内裏雛の言葉はハッタリだと理解している。だが隼人の心の中の後ろめたさが、動揺を大きくし始めていた。

「子供の頃の事故であったならば、そなたも子供の声であったろうな?今の声は聞き覚えが無かろう?他人のふりをすればすんなりとあの娘に近づくことができるであろうな」

 内裏雛は更に隼人の心の中の闇を抉る。

「邪念があるからこそ、過去を言わずにあの娘に近づいているのではないのか?」

 的確に隼人の弱点を突いてくる内裏雛の一言一言に隼人の心は折れそうになる。もう耐えられない――――――この場から逃げ出そうと隼人がふらりと立ち上がったその時である。不意にみわの歌声が大きく聞こえだしたのだ。その刹那、目の前の内裏雛が悲鳴を上げてどろどろと崩れていく。その姿はまさに『腐し雛』――――――腐れて爛れてゆく邪悪そのものの姿だ。

「・・・・・・おみわ?」

 歌声の方を見やると、座敷の障子が開いていた。どうやら白酒と女同士の会話に淀んだ空気を入れ替えているらしい。そのおかげでみわの声が更に届き、白い内裏雛から隼人を祓ってくれたのである。

「助かった・・・・・・」

 足許には半分腐った流し雛の残骸が落ちている。これを憑坐に漂う悪霊が隼人の目の前に現れたのだろう。

「だが――――――俺の内に闇がなければこんなものは現れないだろうな」

 みわに対する己の気持ちは自覚している。でなければ村を捨て、正体を隠しながらみわの手引などする筈もない。しかし、その恋心は一生押さえ込んで生きていかねばならない。それがみわの眼を潰した自分への罰――――――贖罪なのだ。

「来年からおみわを待つ場所を変えたほうが良さそうだな」

 多少居心地は悪いが、来年からは屋敷の濡れ縁で待つことにしよう――――――腐し雛をそのままに、隼人は踵を返してみわの歌声の方へと向かっていった。





UP DATE 2017.2.22 

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隼人、危機一髪でした(^_^;)先月の人懐っこい、品のある鬼と違って今回はかなり厄介な相手です。木の芽時は人の気持ちを浮つかせたり、逆に陰鬱にさせたりするものですが、その原因となるものだと思っていただけると良いかも・・・もし隼人が取り憑かれたら、みわに対して何かをしでかしていたかもしれません(>_<)

そしてちらりと出てきた隼人とみわの過去――――――どうやら子供の頃、隼人はあやまってみわを土手から突き落としてしまったようです(>_<)本当に軽い子供の悪戯だったのでしょう。しかしそれが原因でみわは失明し(網膜剥離あたりを想像していただければ・・・)、瞽女となったみわを追いかけ、隼人も村を飛び出していったようです。本当はもう少しこの辺を書き込みたかったのですが、思ったより妖かしに足を取られてしまって(´;ω;`)

次回更新は3月最後の水曜日、お花見&みわsideの話(何故瞽女になったのか&隼人をどう思っているのか)などを書きたいな~と思っております(*´ω`*)
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