「紅柊(R-15~大人向け)」
戊戌・春夏の章

紅梅、哭く・其の壹~天保九年二月の惨劇

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「ああ、誠五郎さんと伸吾さん?あの二人なら先月末で稽古は終えたんですよ」

 小伝馬町での御勤後の宴の際、誠五郎と伸吾の姿が無いことに気がつき尋ねてきたおウメに、幸が微笑みを浮かべながら答えた。

「元々三ヶ月だけの短期入門でしたから。多いんですよ、うちの道場はそういうの。必要最低限の事を学べば、お勤めには困りませんから」

「そう、なんですか」

 あからさまにがっかりした表情を浮かべるおウメに、幸は不思議そうな表情を浮かべる。それに気づいたお春が付け足すように幸に説明をした。

「あの、実は先月の宴のあと、『ちょい』とお世話になったんですよ、わっちら」

 奥歯にものが挟まったような物言いで、幸はある程度察したらしい。小さく頷くと当たりをキョロキョロ見回して小声で二人に語りかけた。

「あなた達も最低限の稼ぎの目標があるものね・・・・・・だけど、他の家中ならともかく、あそこの藩邸、特に上屋敷には暫く近づかないほうが良いわよ」

 幸が宴の手当を包んだものを渡しながらお春とおウメに注意を促す。

「どういう事でございますか、お幸様?」

 幸の言葉に不穏なものを感じたお春が怪訝そうに尋ねる。他の藩ならともかく、という言い方も気になる。もしかしたら厄介な問題を抱えているのだろうか――――――そんなお春の疑問に幸が答えた。

「どうもね、御徒連中が色恋沙汰で厄介事を起こしているらしいの。ほとんどが内輪の話らしいんだけど、呼ばれて入った鳥追が巻き込まれて刃傷沙汰にならないとも限らないでしょ?家の恥と言うのは勿論、浅草弾左衛門の名前にも傷がつくもの。こういう言い方は余り好きじゃないけど『浅葱裏の厄介事』に江戸っ子が首を突っ込んじゃだめよ」

 江戸に住んでいるものならば見極められる引き際も、武士の意地だ何だと余計な矜持が入り込んでしまうとそれさえ見極められなくなる。特別な恋仲ならいざしらず、何なる商売上の関係ならばやり過ごすべきだという幸の指摘に、若い二人は頷いた。

「しかし何故こちらにそのようなお話が?」

 おウメの素朴な質問に、幸が生真面目に答える。

「誠五郎さんが色恋沙汰の悩みを相談しに来たのよ。あの人は親子三代在府だから『遊びは遊び』と割り切れるけど、そうじゃない人もいるって・・・・・・特に伸吾さんは何事にも溺れやすい質だからやっかいだとぼやいていたわ。しかも」」

 そう言いながら幸は更に声を潜める。

「参勤の前準備で伸吾さんの念者、って方が国許から江戸に来るんですって。だから厄介なことになる前に色々整理しておきたい、ってことなんでしょうけど」

 幸の苦笑いに二人もつられて笑う。

「うちの旦那様は男同士の色恋は苦手なのよ。だから私が対応したんだけど・・・・・・あなた達もお客を取るのは安全なところにしておきなさいね」

 太平の世の中、敢えて人を斬らねばならない試し切り道場にやってくる者たちはただでさえ血の気が多い。その上に死罪など生きている人間を斬った場合、その興奮によって手がつけられなくなる場合もあるのだ。殆どが兄弟子に拠る鉄拳制裁で事なきを得るのだが、それはあくまでも一時的なもの。酒宴や娼妓買いなどでその興奮を鎮める努力をしなければならないのである。

「承知しました。ではあそこの藩邸にはできるだけ近づかぬよういたします」

 不景気とは言え小さな仕事ならまだまだ見つけられる。大口の客を逃したことは残念だが、何事も命あっての物種だ。お春とおウメは幸の忠告を素直に受け入れ礼を述べた。



 それから半月後の梅の花が芳醇な香りを漂わせる頃、 お春とおウメは鈴ヶ森の刑場近くで唄を披露していた。
 この日は『御手前仕置』が鈴ヶ森で行われるとあって、人が集まっていた。その見物客を目当てに屋台やら大道芸人やらが多く出張っており、ちょっとした祭り状態である。不謹慎と思われるかもしれないが、庶民の娯楽が少なかった時代、斬罪も見世物の一つと同じように思われていた節がある。更にそれが自分達の生活と直接関わり合いのない、他国大名の家中の話――――――御手前仕置となれば尚更だ。
 ますます盛り上がりを見せる刑場周辺だったが、その一角から不意に歓声が沸き上がった。ようやく『御手前仕置』の行列が到着したようだ。罪人駕籠に入れられた若者がやはりひときわ目立つが、その前後で行列をなしている物々しい侍たちも目を引いてしまう。

「あ、あれ!お春ちゃん、あのひと」

 おウメが小さな声を上げ、行列の後方を指し示す。その方向を見るなり、お春も思わず声を上げた。

「あれって、誠五郎様じゃ?あっちは伸吾様!」

 押し殺した悲鳴におウメも頷く。どうやら二人は首切り役としてこの場にやってきたらしい。
 刑場の中央に置かれた罪人駕籠から引っ張り出されたのは二十代半ばくらいの若い中間だった。そして側用人らしき男によって読み上げられたその罪状は素行不良――――――賭博や淫行などを行ったというのだ。特に淫行に関しては家中の男性同士のものであり、そのへんの珍しさも物見高い江戸っ子の気を引いていた。

「賭博なんて・・・・・・そんなもの、多かれ少なかれ誰でもやっているじゃないか。尤も男同士の色恋のもつれは珍しいけどさ」

 高札に貼り出された罪状を目にしたお春はうんざりした表情を露わにする。実際お春たちが『仕事』した際も、買った女だけでは飽き足らず、仲間を呼び込んでの乱交となっていた。その乱れた風紀そのものがいけないのだろうが、興奮が変な方向に吹き出して、辻斬りに走られるよりはマシだろうとお春は思う。

(全くお偉いさんの考えることはいちいち野暮だよねぇ)

 だが、その野暮さが武士を成しているものなのだろう。庶民の好奇の視線が集まる中刑場の準備が整い、斬罪の執行が始まった。



 斬罪が終わり、見物客が三々五々と帰っていく中、お春とおウメはなかなかその場から離れられなかった。しかいいつまでもうだうだうとしているわけにも行かない。できるだけ日が暮れる前には浅草に帰らねばならないのだ。
 名残惜しそうに竹矢来の中を見つめるおウメを促し帰ろうとするお春だったが、そんな二人に伸吾が気がついた。二人に駆け寄ると笑顔を見せる。

「お久しぶり。なかなかこっちに来てくれないから心配したよ」

 息を切らせつつ、嬉しそうな笑みを浮かべる伸吾に、お春とおウメも微笑みを返す。

「ええ、申しわけありません。色々仕事の範囲が広がっちまって」

 幸からの忠告のことはおくびにも出さず、お春は適当にお茶を濁した。

「ところでさ、これから空いてる?」

 どうやら二人を買いたいらしい。そわそわと落ち着き無く尋ねる伸吾に、お春はやんわりと『無理』を匂わせる。

「ええ、まぁ・・・・・・しかし、ここからだと上屋敷まで遠いですよね?かと言ってわっちらの身分じゃお茶屋にも上がれませんし」

 だが、その遠回しな物言いは全く伸吾に通じなかった。

「だったらそこいらの繁みでやっちまおうよ・・・・・・実は今月に入ってから規律が厳しくなって、色事が全くできない状況になっているんだ」

 相当欲望が溜まっているのだろうか、切なげに眉を寄せて伸吾が二人に訴える。

「おなごを抱くこともできないし、先輩達に抱いてもらうこともできないし・・・・・・身体が疼いちまってしょうがないんだよ。首を斬ったくらいじゃこの疼きは全く収まりそうもねぇし」

 今にも泣き出しそうな声で訴えられ、お春の決心は揺らぐ。

(しかしお幸様からも関係は持つなと云われているし、ここで見つかったら絶対にお手打ちだよね)

 まだまだ各所にいる武士たちに視線を飛ばしながらお春は逡巡する。だが傍にいるお春の相棒はそうは思わなかった。何とおウメは伸吾の手を取り承諾してしまったのである。

「承知しました。わっちらでお助けできることがあれば何なりと」

「おウメちゃん?そんな勝手なことを・・・・・・お幸様からだって注意されただろ?」

 お春はおウメを窘めるが、おウメは首を横に振り伸吾に肩入れをし始めた。

「だけど気の毒すぎるでしょ?普通に娼妓買いをするだけじゃ後ろは満足できないだろうし」

 自分も好色な質なだけに、伸吾の辛さに共感してしまうのだろうか。おウメは渋るお春の説得に廻り始めた。こうなると流石にお春も無碍に断ることができない。

「じゃあ、ここの片付けが終わってはけた後に、手っ取り早く済ませちまいましょう。でないとバレたらわっちらまでお手打ちになりかねませんから」

 色欲に目がくらんだ伸吾と情にほだされているおウメに釘を刺すと、お春は早く仕事を済ませてこいと伸吾を追いやった。



 このやり取りは誰にも気づかれていないはず――――――お春はそう思い込んでいた。だが所詮お春は素人、ただの鳥追なのだ。そんな普通の女が背後から自分を睨みつけている視線に気づくことなどできるはずもなく、お春はおウメを促して鈴ヶ森の雑木の中へと入っていった。




UP DATE 2017.2.1

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今月のお話は前月の続編となります。たぶん先月分を読まなくても大丈夫かと思いますが、もし話が解らないようでしたらさくっと先月のお話を読んでいただけるとありがたいです(^_^;)
(要は肉体関係を持っている元・山田道場門弟と鳥追二人組ということがわかれば大丈夫かと・・・先月はエロなんでそんな複雑な内容じゃない・・・と思う^^;)

どうやら誠五郎&伸吾の藩は風紀粛正に動き出したようです。そりゃあ藩士同士が肉体関係持っていたり鳥追を引き込んだりしたら色々防犯上も問題ありますしねぇ(´・ω・`)今回の処刑もその見せしめ的な要素があるのかもしれません。中間というのは武士の中でも一番身分が低いですし、『次はお前たちだぞ』という脅しにはもってこいだったんじゃないかと・・・渡り中間とか犯罪に手を染めやすい者がいたというのもまた事実ですが(^_^;)
そんな中、性欲が溜まりに溜まってしまった伸吾と再開してしまったお春たち、このまま引きづられるように行為に及びますが、それを睨みつけている目があるようで・・・次回更新は2/8、たぶん全編エロだと思われます。R-18G(殺しのシーン)までは行かないと・・・思います(>_<)
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