「短編小説」
江戸瞽女の唄

江戸瞽女の唄~ミルクホールの鬼達

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 省線電車の上り最終電車が新宿駅に滑り込む。その電車から吐き出された僅かばかりの客の中に瞽女のみわと手引の隼人が混じっていた。この日は八王子で追儺関係の仕事があったのだが、とある理由で最終電車で新宿まで帰ってきたのである。

「ねぇ、隼人。早く早く!」

 盲目のはずのみわだが、この日は何故か隼人の手を引っ張りずんずん前を進んでいく。まるで目が見ているかのようだ。そんなみわに対し、隼人は注意を促す。

「おみわ。幾ら『鬼火』が道を照らしてくれているからってそう急ぐな。夜も更けているとは言え人間だってまだいるんだぞ。ほら、危ない!」

 隼人は前からやってきた酔っぱらいから庇うようにみわの肩を抱いた。
 盲目のみわだが、不思議な事に『この世でないもの』なら見ることができる。特にこの日――――――節分の日に現れる鬼火は道を照らし、みわに街の風景まで見せてくれるのだ。節分はみわが常人と同じように行動ができる数少ない日なのだが、残念ながら見えるのは『人でないもの』だけ、つまり人間の姿までは見せてくれない。
 なので、あまり急ぐと人とぶつかることとなる。その事を口を酸っぱくしながら隼人は叱るのだが、元々楽天的な上に『鬼火』の街灯に浮かれているみわはあまり堪えているようには見えない。それどころか隼人の手を振り切って更に先へと進もうとするのである。

「うん、わかってるよ隼人。でも一年ぶりにみんなに逢えるんだよ?早く行かないとお店閉まっちゃうよ!」

 どうやら彼らには『待ち人』がいるらしい。子供のようにはしゃぐみわに呆れつつ、それでも繋いだ手だけは離さずに隼人はみわと共に歩き続けた。



 駅前から続く繁華街を脇に逸れ、その細道を突き当たった場所に『ミルクホール・ノースイースト』はあった。帝都の北西に『北東(ノースイースト)』いうのも妙なものだが、店主に拠ると以前は上野にあった店が事情により新宿に移転してきたとのことである。

「こんばんは!」

 みわが勢い良く扉を開けると視線が集まる。だが、その眼は人間のものとは全く異質なものであった。黄金に青銀、真朱に薄鈍――――――しかしどの眼にも白目はなく、炯々と輝いている。

「あら、おみわちゃんお久しぶり。今年も来てくれたのね」

 笑顔を見せ二人を出迎えてくれた女給は瑠璃色の目を細める。その頭も同様に瑠璃色に艶めき、二本の銀色の角が生えていた。否、女給だけではない。他の客も色とりどりの髪の毛に金や銀の角を生やした鬼であった。
 そう、ここは追儺で追い出された鬼たちが集い、語り合う場所である。年に一度だけ、春前の節分の夜に現れ、立春の日の出と共に消えてゆく年に一度だけ開店するミルクホールなのだ。

「はい、おみわちゃんはミルクね。隼人さんは麦酒にしておく?どのみちあいつらに付き合うんでしょ?」

 ミルクホールと冠しつつ、酒を出すのは客層のせいなのだろうか。女給が隼人に酒を勧めつつ、ちらりと流し目をくれた先にはすらりとした青鬼と、がたいの良い大柄な赤鬼、そして高貴な顔立ちの金色の鬼がいた。三人共英国製と思われる高級そうな三つ揃えを隙無く着こなしている。その三人が女給の視線に気がついたのか、席を立ち隼人達の傍にやってきた。

「二人共お久しぶり。今年はだいぶ遅かったね」

 他の二人よりも小柄な、金髪の鬼が笑顔で隼人に語りかける。その高貴な物腰は華族の御曹司を思わせた。そんな黄金の鬼に対し、隼人は特に気張った風もなく気さくに言葉を返す。

「ああ。今年は八王子まで足を伸ばしていたんだが、こっちに戻ってくる電車に乗り遅れちまったんだ。追儺の日だから少し時間をずらせば帰宅ラッシュに出くわさないと思っていたんだが」

「生憎帰宅ラッシュに出くわして、人の波にさらわれた、っとところだね。おみわちゃんのあの目じゃ仕方ないか」

 黄金の鬼の従者らしい青鬼が談笑しているみわと女給にちらりと視線をやった。

「ああ。不景気だって言うのに残業は相変わらずなんだよな。追儺の日くらい仕事なんて早く切り上げればいいのに」

「お前さんたちだって人のことは言えないだろ。東京だけで十分食べていける腕を持っているのに八王子まで出張って」

 こちらも金色の鬼の従者らしい、大柄な赤鬼が隼人の愚痴に苦笑いを浮かべる。すると隼人は鼻の上にしわを寄せつつ舌打ちをした。

「関東大震災で空いちまった、江戸瞽女の穴がなかなか埋められないんだ。越後や三島、その他の瞽女組合にもだいぶ仕事を引き受けてもらっているんだけど、『江戸瞽女じゃないと』と言ってくれるありがたい客もいるし・・・・・・近場だったらもっとありがたいんだけどさ」

 そうぼやきつつ隼人は麦酒を煽った。

「確かに江戸瞽女は壊滅的な被害を受けたからね。その所為とは思いたくないけど、ここ最近僕らの仲間も増えているんだ」

 黄金の鬼が、金色の眼を伏せつつ悲しげな表情を浮かべる。けぶる睫毛も金色で、鬼であると承知していてもその美しさには溜息が溢れるほどだ。並の娘だったらこれだけでも恋に落ちてしまうだろうが、生憎黄金の鬼の前にいるのはしがない手引の青年である。

「鬼、が増えている?そもそも縄張りがあるんじゃないのか鬼って?てっきり東京はあんたの支配下にあると思っていたが」

 すると黄金の鬼は少し吃驚したように目を大きく見開いた。

「へぇ。人間にはそう思われているんだ。僕の『宿主』のせいでそう思われているのかもしれないけど・・・・・・どちらかと言うと僕らは『家』とか『個人』に憑いているものだよ。実際僕も『あの御方』個人についている鬼だし」

 黄金の鬼は更に語り続ける。

「鬼は個人や家の悪しき部分が凝り固まったもの。決して地域規模の大きなものじゃ無いはずなんだけど・・・・・・でも僕らの数が多くなって『地域鬼』とか『国家鬼』のような力を得てしまっているのも事実かもしれない」

 悲しげな表情を浮かべる黄金の鬼の言葉を引き継ぎ、青鬼が更に語った。

「今や鬼くらいじゃびくともしない、荒んだ人間が多くなってしまってね。昔は瞽女歌がまめに払ってくれていたものだが、最近じゃ姿を見るのさえ貴重だ」

 青鬼の言葉に、赤鬼も悲しそうに瞼を伏せる。

「僕たちは年に一度、おみわちゃんが『邪気』を払ってくれているからこの姿を辛うじて保っていられる。だけど、そうじゃない仲間も多くなっているのもまた事実。このままではあの悪意は・・・・・・」

「いずれ『戦争』と言うかたちで爆発するだろう。まだ先の未来のことと思いたいけど」

 黄金の鬼の言葉に笑顔も見せず隼人は頷く。復興景気が陰りを見せる中、庶民の不満を逸らすために政府が戦争に向かうことも否定できない。今はまだ天皇や総理大臣が軍部を押さえ、コントロールしているがいつその箍が外れるかは判らない。

(そう・・・・・・だよなぁ。そのそも今上陛下や宮内大臣、そして総理大臣の憑き鬼がおみわの唄を聞きに来ることさえ尋常じゃない。神官たちの力が失せつつあるのか。それとも・・・・・・)

 それ以上に今上や総理を取り巻く環境が悪化しているのか――――――一抹の不安を心の奥底に押し込み、隼人は二杯目の麦酒に口をつけた。



UP DATE 2017.1.25 

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昭和初期というのは華やかな一面、金融不安と隣り合わせの時代でした。文化的にはモボ・モガが現れ、映画のトーキーやラジオ放送などが始まりましたが、金融恐慌などもこの時代ですしねぇ(-_-;)
そして本編から二年後の昭和6年に満州事変も起こっております。当時の日本政府では内政の不満を解消する力がなかったのでしょう。外国への侵攻でしか国民の不満を押さえられなかった、未熟な政府でした(明治維新で強引に近代政治を取り入れはしましたけど、自分達が育ててきたシステムじゃありませんからねぇ、やはり脆弱になるのは仕方なかったと(´・ω・`))

そして『人間の欲が形になった』鬼たちもその事を憂えております(´・ω・`)年に一度、豆まきで払えるほどの欲望であれば何とかなりますが、それ以上のものが積もりに積もっていったら・・・彼らの眼には近い将来の不幸がうつっていたのかもしれません(´;ω;`)
本当はもっと時代の詳細を調べて書き込んだほうが面白そうなのですが・・・管理人の知識不足&短編なのでこのへんでご容赦を(^_^;)あとミルクホールの店名『ノースイースト』は北東=艮=鬼門ということで鬼の入り口というオチが付いております(^_^;)

3月分の拍手ではみわと隼人の過去を――――――何故みわが瞽女になったのか、そして同郷の隼人が手引になったのか語ってゆく予定です(*^_^*)
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