「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第十一章

夏虫~新選組異聞~ 第十一章第ニ話 蝦夷上陸・其の貳

 ←烏のがらくた箱~その三百五十六・官僚の天下り、勿論いけないこととは思うのですが・・・ →湘南歳時記~睦月の鶴岡八幡宮1
 折浜港を出向し、所々の港で荷物の補充や情報収集をしながら八日、幕府艦隊はようやく蝦夷地・鷲ノ木沖に到着した。その際、新選組が乗り込んでいた大江丸が岩に乗り上げてしまうという事故があったが、幸いにも怪我人はおらず船もそれほど傷付かずに済んだ。

「となると、船の修理も兼ねて早々に上陸かな」

 安富才蔵が期待を滲ませながら呟くが、沖田がそれを否定する。

「だったらすぐに何らかの動きがあるでしょう。上陸するにしてはやけに静かです」

「確かにそれは言えますよね、沖田さん。外から聞こえるのは風と波の音ばかりだ」

 島田の指摘に、微かな期待を抱いていた隊士達はがっくりと肩を落とす。そんな最中、開陽丸に乗船していた土方が小舟に乗って大江丸にやってきた。

「おう、しけた面しやがって。そんなに上司の顔を見るのが嫌か?」

 冗談半分の土方の言葉に、全員が首を横に振る。

「いいえ。むしろ土方さんが来てくださるのは歓迎なんですが・・・・・・座礁しているのになんぜ陸に上がれないんだろう、って皆で嘆いていたんです」

「なるほど、上陸を期待しているとなると好都合だ」

 土方の『上陸』の一言に、隊士達は色めき立つ。

「上陸できるんですか、土方隊長!それはいつですか?」

 目を輝かせながら尋ねる沢に、土方は少しだけ申し訳なさそうに答えた。

「明日か遅くても明後日だな。鷲ノ木の役人や村人との交渉の後とのことだ」

「え?すぐに降りることは出来ないんですか?」

 情けなさそうに眉尻を下げる沢に、土方は苦笑いを浮かべる。

「仕方ねぇだろ。何せ陸軍だけで三千人が上陸するんだ。向こうの都合だってあるだろうが」

 確かにそのとおりである――――――土方の言葉に皆がっかりした表情を露わにした。確かに宿場でもない漁村に幕府軍の兵士全員を泊めるような場所は無いだろう。

「こればかりは仕方ないですね。では準備をして・・・・・・」

 沖田が言い書けたその時である。土方は何かに気がついたように口を挟んだ。

「そうだ、多少動きにくくても着込めるだけ着込んでおいたほうが良いぞ。船内にいると判りにくいが、外はかなり寒い。多少慣れるまでは厚着じゃねぇと風を引きかねん」

 土方の妙な気遣いに隊士達は目を丸くする。

「どうしたんですか、いつもならいちいち暑い寒いくらいじゃ何も言わないのに」

「出てみりゃ判る」

 そう言って土方はその場を後にした。どうやら他の艦船に乗っている幹部らに直接連絡に回っているらしい。その背中には新選組だけではない重みがのしかかっているのだろう。

「・・・・・・これはだいぶ寒いと思っていおたほうが良さそうですね」

 土方が立ち去った後、沖田はポツリ、と呟く。

「ええ。むしろ何も言わずに普通の格好させて、隊士らを驚かせるほうがありえそうですし」

 確かに狭い船室に大勢がひしめき合っていれば寒さはそれほど感じないが、蝦夷の気候はそうはいかないのだろう。土方の気遣いそのままに、隊士らはありったけの服を着込み始めた。



 幕府軍の使者が鷲ノ木に降り立った時、既に箱館府から派遣されていた役人は逃げてしまった後だった。それを聞いた大鳥らは自ら下船し村長らと交渉、翌日には鷲ノ木上陸が始まった。

「うわっ、痛い!寒いなんてもんじゃないじゃないですか!」

 上陸するための小舟に乗り込んだ沖田は思わず身震いする。京都の底冷えがする寒さとも、江戸のからっ風がもたらす寒さともまた違う、叩きつけらるような、痛みさえ感じる寒さだ。

「京都も冬場は寒かったですけど、ほんまに寒うおすな」

 沖田の隣に乗り込んだ小夜も思わず身体を縮こませる。京都の冬に慣れている小夜でさえ異質の寒さには堪えているらしい。

「確かに、土方隊長がわざわざ寒い言うてはったのも理解できます」

 咳き込む玉置に手を貸しつつ、小舟に乗り込んだ鉄之助もぼやき半分に呟いた。

「鉄くんは特に寒いでしょう、その頭」

 沖田は小舟に乗り込んできた鉄之助の髪に同情の視線を投げかける。

「まさか仙台で松本先生に髷を切られるとは・・・・・・虱は仕方ないと思うんですけどねぇ」

 実は出港直前、最後の検診と称して松本が新選組隊士らを診てくれた。その際鉄之助の髪に虱が付いていることが判明したのである。できることなら髷はそのままに、と懇願したのだが、せっかちな松本が『時間がねぇ!髪なんざそのうち伸びる!』と鉄之助の髷を落とし、坊主に近い状態まで髪の毛を短くしてしまったのである。
 同行している仏蘭西人や被差別民たちよりも遥かに短い髪だが、沖田や他の隊士らが心配するほど鉄之助はあまり気にしていなかった。

「流石に先輩方に虱をうつすわけにも行かへんしこれは仕方ないと思うてます。それに笠をかぶる時邪魔にならへんところが意外と便利で」

 五分刈りほどの頭をかきながら鉄之助は笑う。そしてこの言葉は進軍の際、思わぬ事件を引き起こすことになる。



 全員が上陸した後、幕府軍陸軍はふた手に分かれて進軍することとなった。函館に向かう本道は伝習士官隊、伝習歩兵隊、遊撃隊、新選組で大鳥圭介が率い、間道は額兵隊、衝鋒隊、陸軍対で土方歳三が率いると決定する。

「何故新選組は本道を?」

 戦慣れという点から土方が間道進軍部隊を率いるのはともかく、土方が間道を行くのに新選組が本道を進むということに疑問を感じ土方は尋ねる。すると大鳥は半分は理論的な、もう半分はろくでもない理由を口にした。

「新選組は白兵戦、銃撃戦、更には砲撃戦にも対応できる経験豊富な部隊だ。しかも本隊を進む大名達の家臣も多く入隊している。となるとやはり本隊に組み込みたい。その一方、間道の部隊もそれなりに大きいし、しかもアクの強い連中ばかりだ。これをまとめられるのは土方くんしか居ないだろう。以上二点から君には間道を進んでもらい、新選組本隊は僕に付けさせてもらう」

 大鳥の説明は尤もなものである。もし土方が進軍の采配を任されたとしても同じような配分をすだろう。

「・・・・・・まったくあんたは厄介事ばかり押し付けてくるな。確かに新選組は元々寄せ集め連中だったが、拳の一つも食らわせりゃあ素直に命令に従うぜ。今回は折れの言うことなんざ聞きそうもない連中ばかりじゃねぇか」

「いや、僕の言うことも聞かないだろうね。陸軍の中でも特に我の強い連中が集まっている」

 サラリと言ってのける大鳥に、土方は鼻白む。

「おいおい、それは・・・・・・」

「だから『命令に背いたものは切り捨て御免』の許可を与えておく。ただでさえ押され気味な幕府軍、統率を乱すものは必要ない。そして理屈で説き伏せている暇もないから」

 にこやかに微笑みながら言い切る大鳥の凄みに、土方は言いかけた言葉を飲み込んだ。

(どんな手段を使っても、幕府軍を勝たせなけりゃならねぇ)

 文字通りの『背水の陣』を突きつけられた土方は覚悟を新たにした。



 新選組と土方が分かれて進軍する――――――大鳥の説明を直接聞いた土方は納得した。しかしこの事実を受け入れられず、納得できない者もいた。特に京都からの古参隊士は土方と別行動を取らねばならないことに納得できず、土方に詰め寄った。

「額兵隊に陸軍隊、衝鋒隊なんて・・・・・・厄介な輩ばかりじゃないですか」

「土方さんの采配を信じないわけじゃありませんが、せめて護衛数名だけでも」

 流石に土方一人だけを別行動させたくない――――――部下達のその熱心さに土方は折れざるを得なかった。

「じゃあ許可は大鳥さんから取っておく。で、面子だが・・・・・・島田魁!」

「はっ!」

 嬉しげに島田魁が返事をする。

「それと立川主税、沢忠助、長島五郎作、蟻通勘吾、市村鉄之助、そして最後に・・・・・・総司!」

「はい!」

「おめぇら七人は俺につけ。安富、おめぇには新選組本隊を任せる」

「承知!本隊は俺に任せて下さい!」

 自分達が望むものと、幕府軍から求められる者の差はますます大きくなっていく。その妥協点が土方親衛隊――――――守衛新選組だった。彼らは新選組本隊とは別個の行動をし、独自の働きをしていくこととなる。

 


UP DATE 2017.1.21

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)





ようやく鷲ノ木上陸&進軍が開始?というか決定いたしました∠(`・ω・´)
しかし本道と間道で土方と隊士が別れ別れになる羽目に(>_<)確かに事情を考えるとこうせざるを得ないのですが、古参隊士にとっては辛いものがありますよね(-_-;)その妥協点が『守衛新選組』の存在だったと思われます。本当に少数精鋭ですが、土方の手足となって働いてくれるものばかりなので、かなり心強かったでしょう(๑•̀ㅂ•́)و✧彼らは最後の最後まで土方に付き従うことになります。

次回更新は1/28、函館への進軍開始となります(*^_^*)
関連記事
スポンサーサイト

 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のがらくた箱~その三百五十六・官僚の天下り、勿論いけないこととは思うのですが・・・】へ  【湘南歳時記~睦月の鶴岡八幡宮1】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のがらくた箱~その三百五十六・官僚の天下り、勿論いけないこととは思うのですが・・・】へ
  • 【湘南歳時記~睦月の鶴岡八幡宮1】へ