「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第十章

夏虫~新選組異聞~ 第十章第二十八話 さらば、会津・其の肆

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 土間で両手をついて咳き込む玉置の細い顎は、新たな血で汚れていた。更に吐き出された血痰が土間に落ち、染みを点々と作っていく。

「お、小夜さん、松本・・・・・・先生、僕はだ、大丈夫です・・・・・・から」

「大丈夫やあらしまへん!それはこっちで決めるもんどす!松本センセ!」

 小夜は玉置をしゃがませたまま悲鳴に近い声で松本を呼ぶ。その声に弾かれたように松本は急いで土間を降り、玉置に近寄った。そして小夜に玉置の背を擦らせながら、直接胸に耳を当て、呼吸音を聞く。

「だいぶ悪化してるな・・・・・・おめぇの身体でこの長旅は無理だったか」

 松本は悲痛な声で玉置に囁くと、男衆に近くに来いと命じる。

「こいつを二階の俺の部屋に運んでくれ。あそこが一番宿に迷惑がかからねぇだろう。玉置、新選組の他の隊士に付いて行きたきゃとにかく今は養生しろ、いいな!」

 松本の言葉に、玉置は悔しげに唇を噛み締めた。



 玉置達が仙台に到着した翌日、新選組を含んだ幕府軍は白石城下へと到着していた。その幕府軍本隊を待機させたまま、翌日大鳥は榎本武揚と面談する為に仙台へ向かった。てっきり翌日あたりに仙台行きの命令が向こうから届くものだと思っていたのだが、あろうことか大鳥自らが慌ただしく馬を走らせ、白石城下へと戻ってきた。

「君達に聞きたい。新選組はあとどれくらい隊士を受け入れられるかな?現場の実感を教えてもらいたい」

 大鳥のその問いかけに、幹部達は思わず顔を見合わせる。

「最大時は今より百人ほど多かったですけど・・・・・・ただ、小隊をまとめられる幹部も少なくなっていますので、即座に、というのであれば五十人前後が限界かと」

 この時新選組は土方や小姓達全員を合わせて二十五名、実質兵士として戦える者は二十名に満たない状況だった。こんな状況であるので隊士が増えてくれるのはありがたいが、いきなり大勢を受け入れるとなると、命令系統の混乱が予想される。その心配を告げると大鳥は小さく頷いた。

「実は蝦夷に向かうにあたり、希望者のみを乗船させることになったんだが、桑名、備中松山、唐津は『藩に類が及んでは』と数人しか家臣を連れて行かないと言うんだ。だが・・・・・・」

「ここまで付いてきた兵士達は納得できませんよね」

 安西のその一言に大鳥は頷く。

「そういうことだ。だから他の部隊に入隊して、というところなんだが、我が伝習隊の兵士達は色々気難しくてね」

「なるほど。それで寄せ集め集団の我々のところに、ということですね」

 大人たちの会話に口を挟んできた鉄之助の一言に、大鳥はしょっぱい表情を浮かべた。

「・・・・・・土方くんと同じ物言いをするね、市村くんは。主君と小姓はよく似るというけれど。勿論土方くんにはこの旨は告げてある、というか土方くんが助け舟を出してくれたと言うべきかな。ただ土方くんは何人入隊させても問題ないと言ってくれたが、現場はそうは行かないだろ?」

 大鳥の気遣いに、思わず隊士達の間から笑いが溢れる。きっと土方は見栄を張って『幾らでも』と言ったに違いない。

「別に我々は構いませんよ。ただ、先陣を切ることが殆どだということは教えてあげてください。入隊してから『話が違う』と言われても困りますし」

 相馬の心配そうな言葉に大鳥は『それは問題ないだろう』と告げる。

「その点は理解しているだろうさ。尤も・・・・・・」

 大鳥はふいに真顔になる。

「無事敵から逃げおおせたら、という前提の上だが」

 その瞬間、新選組の間に漂っていた和やかな空気が凍りついた。

「そんなに近くにまで敵が迫っているのですか?まだ会津での戦いが続いているのに」

 緊迫した蟻通の問いかけに、大鳥は腕組みをしながら言葉を選んだ。

「う~ん、迫っている、というんじゃないんだよ。実は幕府軍の人数が軍艦乗船可能人員より遥かに多いんだ・・・・・・だから一番最初に乗船する者を選ばなくてはならなくてね」

 大鳥はどう言ったらいいものかとぼやきつつ、困ったように頭をポリポリとかく。

「全部で七隻の艦隊に乗船できるのはせいぜい二千名程度。可能ならもう一度仙台に迎えに来たいところだが、仙台藩が恭順の方向に向かっている状況じゃそれも不可能になるかもしれないと榎本君が言うんだよ」

「え?仙台藩が?恭順ですって?」

 厳しい声に大鳥は更に困ったように眉毛を下げた。

「ああ。仙台藩だけじゃなく奥州列藩同盟全てが敵の軍門に下ると考えたほうがいいだろうね。だからまずは大名を始めとする幹部達、そしてその家臣数名ずつを乗船させ、その次に新選組を始めとする精鋭部隊を乗船させる予定らしい」

「なるほど。だから『精鋭部隊』の新選組や伝習隊に入隊して、ということなんですね」

 つまり少しでも良い条件で軍艦に乗り込める部隊に入隊し、主君を追いかけようとする家臣が多いということである。ようやく納得した感のある新選組の隊士らに、大鳥はようやく安堵の笑みを見せた。

「その通り。詳細は明日、君らが土方くんと合流してからの話になるからそのつもりでいてくれ」

 そこで大鳥の話は終わり、大鳥は他の部隊へ同様の説明をするため新選組の前を立ち去った。



 大鳥が新選組に現状説明をしていたその頃、仙台では――――――。

「叔父上、乗船は諦めてください!幾ら何でもその手じゃ怪我人を治すのは無理でしょう!いい大人なんですからもう少し分を弁えて下さい!」

「おめぇもだ、良蔵!喀血までしている奴を戦に連れていけるとでも思っているのか!」

 幕府軍海軍総督、そして陸軍参謀が声を荒らげ説教まがいの説得をしている背後では、小夜を始め数人の軍医達が頷いている。そんな彼らの視線の先には不満も顕な二人の人物――――――松本良順と玉置良蔵が座り、頑なに首を横に振っていた。

「冗談じゃねぇ!確かに指の効きは悪くなっちゃあ居るが、江戸っ子がここで引き下がれると思っているのか!ふざけんじゃねぇ!」

「最年少ですけど、僕だって新選組の端くれです!蝦夷に連れて行って下さい、土方隊長!」

 こんな状態が四半刻ちかく続いている。何せ相手が頑固な『身内』である。荒くれ者揃いの海軍を率いる幕府海軍総督にとっても、泣く子も黙る新撰組副長にとっても『説得』という点においては最も厄介な相手である。

「・・・・・・・榎本さん、今日は諦めましょうか」

 このままでは埒が明かないと、まず音を上げたのは土方だった。怒鳴りすぎたせいだろうか、ガラガラ声で榎本に尋ねる。

「ああ。他も説得に当たらなきゃならねぇところもあるしな。その前に身内相手に喉を潰しちゃあ元も子もねぇ」

 榎本も喉を押さえながら呻いた。その声も土方ほどではないにしろ嗄れ気味だ。そして背後を振り向き、ずらりと並んでいる医師たちに告げる。

「済まないが、叔父上らの説得を頼む。難しいだろうが・・・・・・明日また来る」

 何せ松本は彼らの師匠である。義理の甥っ子である榎本にさえできなかった説得をしろというのは、ほぼ不可能に近いだろう。だが、既に聞き手が効かなくなっている松本を無理矢理にでも軍隊から引き離さねば、本当に右手が動かなくなる可能性だってあるのだ。

「はい、承知しました」

 弟子としても師匠が心配なのだろう。松本の弟子の一人が決意に満ちた緊張の面持ちで頭を下げる。

「お小夜、ちょいと顔貸してくんな」

 その一方、土方は玉置に背中を向けながら小夜に声をかけた。その眉間にはかなり深いしわが刻まれている。かなり思い詰めた表情だ。

「へぇ」

 玉置にそれを気取られぬよう、小夜は努めて明るい表情で返事をし、土方について廊下へと出る。

「・・・・・・おめぇの見立てでいい。あいつはどれくらい持つ?正直に言ってくれ」

 あまり思わしくない玉置の顔色から何かを悟ったのだろう。単刀直入に土方は『玉置の余命』を小夜に尋ねる。

「長くて半年――――――来年の桜は見れへんかもしれまへん」

 それは松本の診断でもあった。会津から仙台への逃避行は少年の身体に思った以上の負担をかけていたらしい。更に玉置は道中仲間を守るため、敵を一人斬り殺している。その戦いで命を削り落としてしまったのだ。仙台に到着してから、玉置の喀血はなかなか止まらない状態が続き、最悪年を越せるか越せないかとまで松本には云われていた。
 その事を土方に包み隠さず伝えると、土方は暫く考え込んだ後重々しく口を開いた。

「判った――――――あいつに伝えておいてくれ、新選組本隊と合流したら軍艦に乗るようにと」

「土方隊長?お気は確かですか?そんな命を縮めるような・・・・・・」

「病のとこで死を待つよりは、戦場に散るほうがあいつも本望だろう。たとえガキでも一人前の新選組隊士だ」

 部屋の中から軽い咳が聞こえてくる。医者としては絶対に引き止めるべきだろう。だが、不治の病を真正面から受け止めるのは、若干十四歳の少年には厳しすぎるのかもしれない。ならば新選組隊士として最期を迎えさせてやりたい――――――少なくなってしまった京都以来の仲間に対する、土方の『甘さ』だった。それを小夜も理解する。

「へぇ。承知、しました」

 小夜も目に涙を浮かべつつ、土方の依頼を承諾した。



 後日、幕府軍は七隻の軍艦に分乗し蝦夷地を目指すことになる。その際松本良順は仙台に残ることとなり、新選組と合流した玉置は共に軍艦に乗船した。乗船を目的に新たに新選組に入隊したものも数多くいたが、その半数近くは人数制限のため乗船できず、動ける者は途中までの陸路の移動を余儀なくされた。
 会津を中心とした奥州での戦争は収束を迎えつつあったが、まだ戦争は終わったわけではない。本格的な冬が来る前に蝦夷へ、と幕府軍は動きを早めていた。



UP DATE 2016.12.17

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ようやく幕府軍陸軍、海軍が仙台で合流いたしましたが、人数が増えてしまったことで新たな問題が発生しております(´・ω・`)
それは乗船人数の限界(>_<)この時点で七隻の軍艦を所有していた幕府海軍ですが、一度に運べるのが二千名程度だったらしいのですよ(´・ω・`)それこそピストン輸送しないと全員は無理っ!という状況だったようです。それ故大名は数人の家臣のみしか連れて行けず・・・。そんな中、一番最初の便で乗船できた新選組は恵まれていたのでしょう。一部後からやってきた隊士もいたようですが、それは江戸以降に入隊した隊士のようで、京都からの古参隊士は全員第一便に乗船できていたようです(*^_^*)ここはやはり経験値が多い、『使える』ものから順に、ということだったのでしょうか・・・浪士集団である新選組にとっては破格の待遇ですよね(●´ω`●)それだけ犠牲を払ってきたということでもありますが・・・(´・ω・`)

第十章本編は今回が最終回、第十一章は年明けからの開始となります。そして次週24日は大正時代を舞台にした『第十章・結』、31日は更新をおやすみさせていただき、1/7に『第十一章・序』をUPします。たぶん『夏虫』はこの第十一章で完結できるはず・・・うん、来年は特に頑張ります(๑•̀ㅂ•́)و✧
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