「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・秋冬の章

紅葉匂う・其の肆~天保八年十一月の覚悟(★)

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 盛りを過ぎたとは言え燃えるような紅に染まった紅葉の向こう側には抜けるような青い空が広がる。時折その空を仰ぎつつ、日寛は一歩、また一歩と慎重に歩を進めていた。そして一歩進むごとに謎の殴打音は更に大きくなっていく。

「木刀での稽古、の音に近いかな?」

 だが、それにしてはやや音が軽いような気がする。まるで年端もいかない少年か女性剣士の稽古のような、とでも言うべきか。成人した男同士の稽古ならばもう少し腹に響くような音が聞こえてくるはずだ。

(御庭番とは言え、女子供であれば何とか逃げおおせることができるかも)

 ふとそんな思いが脳裏をよぎったが油断は禁物だ。カサカサと踏みしめる落ち葉の音が気になるが、相手は木刀での稽古中だ。よっぽど派手な音を立てない限り気づかれないだろう。そうこうしている内に繁みの向こうに何かがチラチラと見えだした。どうやら居るのは二人らしい。どちらも女性で、藍染の稽古着を身に着けて木刀での打ち込み稽古をしていた。
 一人は三十代過ぎ、化粧っ気は無いもののなかなか妖艶な美女である。感応寺に来る奥女中でもなかなかこれ程の美女にはお目にかかれない。そしてもう一人は日寛に背を向けていて年齢はよく判らなかったが、その俊敏な動きからするとかなり若そうだ。もしかしたら十代なのかもしれない。

(おなごでもいざという時は剣を抜いて戦わねばならぬからな。城勤めも楽じゃない)

 できれば若い女性の顔も確認したかったが、長居をしすぎれば覗き見がバレてしまうだろう。そうなる前に退散とばかりに日寛は踵を返そうとした。だがその気の緩みがいけなかった。

パキリ

 足許に落ちていた枯枝に気づかず、それを踏みつけてしまったのである。そして意外なほど大きな割音が響き渡り、それを聞きとがめた二人の女剣士の動きが不意に止まった。

(まずい)

 急いで逃げなければ、と思うが身体は金縛りにあったように動かない。焦る日寛だが脚は震え、喉が異様に乾いてゆく。

「何者!」

 音に気づいた若い女剣士が振り向く。するとそこにはあまりにも懐かしい――――――日寛がずっと求めていた顔があった。

「あ、あさぎ・・・・・・どの?」

 日寛の唇が動いた瞬間、若い女剣士――――――ふみが繁みに踏み込み、木刀の柄で日寛の鳩尾を突く。その思わぬ攻撃に日寛は尻もちを突くが、ふみは更に馬乗りになり日寛の肩を木刀で押さえつけた。

「何故、こんなところに・・・・・・何故、こんなところに来たのですか!」

 血を吐くような叫びをふみは放つ。その瞬間ぽたり、と日寛の顔に何かが落ちた。それはふみの涙であった。ひとしずく、またひとしずくとふみの涙は日寛の頬に落ちてゆく。

「逢わなければ・・・・・・思い出だけを胸に生きていられたのに!」

 激情に駆られたままふみは泣き叫び、腰に挿してあった短めの脇差を引き抜いた。ギラリ、と妖しい光を放つ脇差はどこまでも美しく、曇り一つ無い。

「この姿を見られたからには、生きたまま御山から返すことは出来ませぬ。お覚悟!」

 ふみは脇差を振りかざし、日寛の首に突き立てようとする。だが、構えはするもののなかなか振り下せない。今まで人を殺めるどころか傷一つ負わせたことがないふみである。激情に駆られているとは言え、刀を振り下ろす勇気は出ないのだろう。

「浅木、そこまで!」

 そんなふみの心の迷いを感じ取ったのか、もうひとりの妖艶な美女――――――本條がふみの動きを止めた。

「諦めろ、浅木。お前にその男は殺せぬ」

 そう言いながら本條は近づき、脇差を握りしめている小さな手を包んだ。その手には力が入りすぎているのかガタガタと震えている。

「し、しかし・・・・・・我らの存在を知った者をこのまま返すわけには」

 本條の静止にホッとした表情を浮かべつつ、ふみは御庭番の鉄則を口にした。すると本條は意味深な笑みを浮かべつつ、ふみに告げる。

「誰もすんなりと返すとは言っておらぬ」

 そう言いながら本條はふみをの日寛の上からどかし、日寛に起き上がるよう促した。その促しに従い、日寛は上体を起こし、纏わりついた枯葉を払う。

「某は――――――罰せられるのでしょうね。しかし、武士の弟ではありますが、切腹の作法は扇子腹くらいしか・・・・・・貴女方のお手を患わせることになりますが宜しいでしょうか」

 中途半端な立場であるが、日寛も旗本の息子である。江戸城のしきたりや武士の作法の最低限は知っているが、細かいこととなると流石に難しい。それを本條に尋ねると、本条は穏やかな笑みを浮かべて日寛の問いかけに答えた。

「それは追々考える。ただ、暫くは御山から一歩も出ることは許されぬ――――――浅木」

「はっ」

「暫しこの男の監視をせよ。表の仕事はその間免除する」

「し、しかし・・・・・・」

 いざ何か会った時、自分は日寛を殺すことが出来ないと言いかけるが、その言葉は本条によって封じられた。

「この男はお前が本気で惚れた男であろう?それを色仕掛けで落とせぬようでは、御庭番の最低限の勤めは果たせぬぞ。刀が使えぬのであれば他に何が使えるか、その頭で考えよ」

 その瞬間、ふみは紅葉よりも顔を真赤に染める。それは日寛も同様であった。



 その手紙が書物奉行に届いたのは、益太郎が仕事を終える直前のことだった。

「武嶋!ちょっと来い!」

 切羽詰まった上司の声に、益太郎は緊張の面持ちでついて行く。

「お前の弟だが――――――紅葉に惑わされて『禁区』に足を踏み入れてしまったらしい」

 本来なら益太郎には見せるべきものでは無いのかもしれない、だが流石に事が事だけに唯一の肉親である益太郎には見せるべきだと判断したのだろう。書物奉行は益太郎にその書状を見せた。

「こ、これは・・・・・・・」

 文面を見た瞬間、益太郎はゴクリ、と息を呑む。それは武嶋寛之輔――――――日寛が紅葉山奥の禁止区域に入り込み、捕縛されたという旨の知らせだった。

「弟は、まだ無事なのでしょうか?」

 禁止区域に入ったものはまず生きては帰れない。江戸城に務める者としてそれは覚悟しているが、やはり頭で理解するのと心で願うことは違うものだ。益太郎は思わず弟の無事を尋ねてしまう。すると書物奉行は眉間にしわを寄せつつ、己の考えを口にした。

「それを判断したい、ということだろうな。普通であればこのような知らせさえ来ぬまま闇から闇へ葬られている筈だ」

 そして書物奉行は更に声を落とす。

「もしかしたらお前の弟は、御庭番としての素質があるのかもしれぬ。特に感応寺の内情にも詳しいし――――――二度と逢えないかも知れないが、陳情書次第では命くらいは・・・・・・」

「拙者に書かせてくださいませ!絶対に・・・・・・弟を殺させはしませぬ!」

 生かしてもらえる可能性があるのであれば、嘆願書くらい何でもない。そう奉行に言い放つと、益太郎は部屋を飛び出し、早速助命嘆願書の制作に取り掛かった。



 月の無い夜、ほの暗い行灯の灯りに絡み合う二つの影が壁に映る。ひんやりとした夜気に艶めかしい男女の息遣いが混じり、部屋が熱を帯びてゆく。

「浅木殿――――――あなたに、逢いたかった」

 己の上に跨るふみの華奢な身体を優しく抱きしめ、日寛はその耳許で囁いた。久しぶりに抱くふみの身体はどこまでも柔らかく、触れただけで日寛の飢えた欲望を満たしてゆく。

「私も、でございます・・・・・・日寛、さま」

 それはふみも同様で、蕩けるような甘い声で訴えながらふみは唇を重ねた。重なる唇と舌は互いに絡まりあい、情交そのもののような淫らな音を立て始める。だが、その音さえも今の二人にとっては媚薬の効果しかもたらさないらしい。ただひたすら、二人は飢えた獣の如く互いの唇を喰らい続けた。


 座敷牢の形式を取った部屋に日寛が通された時、既に部屋の中央には敷かれた二組の布団があった。妙にぴったりとくっつけられた二つ枕は、罪人と監視者のものとは到底思えず、日寛は本当にここで良いのかと案内してくれた本條に尋ねた程だ。

「まぁ、良いのではないか?多分気を利かせすぎた誰かが用意したものであろう。くれぐれも搾り尽くされぬように、とでも言うべきなのだろうな」

 この座敷牢に入る前、簡単な取り調べ――――――ふみとの関係なども尋ねられたのだが、どうやらそれを盗み聞きしていた仲間の御庭番が用意したものらしい。妙な気遣いに最初は覗き見られているのでは?とヒヤヒヤした日寛だが、どうやらその様子も無いらしい。二人きりになって暫くすると、日寛とふみは互いに近づき、求めあい始めた。

「もし、私が罪に問われて死罪になるのなら・・・・・・」

 やわやわと乳房を揉みしだきつつ、日寛はさり気なくふみの膝を己の膝で割る。そしてゆっくりと己の腿をふみの秘所にこすりつけた。既に濡れそぼっている花弁が日寛の腿に吸い付き、ふみは思わず甘ったるい嬌声をあげてしまう。

「あっ、はぁっ・・・・・そんなこと、こんな時に言わないで」

 快楽に溺れつつ、ふみは日寛の胸に爪を立てる。どうやらふみにしてはかなり怒っているらしい。今まで見せたことがなかった乱暴な一面でさえも、日寛にとっては子猫の戯れのようにしか感じられない。そんなふみに愛おしさを感じつつ。日寛はふみの腰を抱いている手に更に力を込めた。

「いいえ。もし死罪になるのなら・・・・・・あなたの手で殺してください、浅木殿。あなたに捧げられるものなんて、私の命くらいしかありませんから」

 手練手管ではない、真実の言葉にふみの目から涙があふれる。その涙を唇で吸い上げながら、日寛はふみの柔らかな頬に頬ずりをした。

「来世になるかもしれませんが・・・・・・あなたと夫婦になりたい」

 それは今迄言うことができなかった、心からの言葉だった。その睦言に含まれた真実を肌で感じ取ったのだろう。ふみは日寛の首に腕を回して強くしがみつく。そして耳許に唇を寄せると小さな声で囁いた。

「来世までなんて待てません・・・・・・私は、今生でなければ嫌でございます」

 そう言いながら、スルリ、と腕を外し、熱り立った日寛の逸物に優しく指を絡める。

「日寛さまのお命を・・・・・・ややをくださいませ。日寛様の妻は――――――私めにございます」

 今まで感じたことがない強さは、修羅場を乗り越えたからこその自信なのだろうか。ふみは日寛に宣言するとそのまま腰を落とし、逸物を胎内に納める。そしてまるで日寛を犯すように自ら腰を振り始めた。



 翌日に提出された益太郎の嘆願書の返事は案の定やってこなかった。日寛が生きているのか死んでいるのか、全ては御山の中の極秘だ。
 だがこれ以後、時折紅葉山から修繕書物――――――特に仏教関連書物――――――が運び出され、それが戻ってくるときれいに修繕されていることが起こるようになる。その修繕のため上書きされた文字は益太郎がよく知っているものだった。

「どうやら息災らしい」

 本当ならばこれさえも許されない筈だ。だが紅葉山文庫の人手不足も無視できないものと書物奉行も嘆願してくれたらしい。特別なお目こぼし、ということで紅葉山の奥深くで修繕の仕事をしているようだ。二度と顔を見合わせることは出来ないかもしれないが、こうやって生存を確認できるのはありがたい。

「生きていてくれ、寛之輔」

 弟の手で修繕されたと思われる書物を手にしながら、益太郎は静かに呟いた。


 感応寺に捜査の手が入り、廃寺になったのはこの四年後の天保十二年のことである。この際、御庭番の暗躍が捜査に多大な威力を発揮したが、その中に感応寺内に再び入り込み、内部機密の捜査を中心に行った日寛もいたことを付け加えておく。





UP DATE 2016.11.23

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か~な~り~時間がかかってしまいましたが、破戒僧&女御庭番CPもようやく片が付きました(≧∇≦)/
『奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋はかなしき』ではありませんが、不思議な打撲音に導かれて紅葉山へ入り込んでしまった日寛の心情はまさに百人一首のこの歌のごときではないかと・・・そして結果は一応?ハッピーエンドということにさせていただきました(#^^#)兄貴が嘆願書を書いていてくれている時にカノジョとよろしくやっていたというのは気にしない/(^o^)\

一応来年の4月で一区切りさせる予定の『紅柊』ですので、こちらの続編(感応寺廃寺編)は書かない予定なのですが、余裕が出てきたらもしかしたら再編成の上で書くのも悪くないかな~と。でもその前に書きたいもの、書かなきゃいけないものがたくさんありすぎます(^_^;)

来週は拍手文最終話、そして12月の紅柊は主人公CPで書きたいと思っております(そろそろ免許皆伝のフラグを立てねば!)
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