「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第十章

夏虫~新選組異聞~ 第十章第二十四話 母成峠の戦い・其の肆

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 濃霧が立ち込め、視界が白く遮られる母成峠が血飛沫で赤く染まった。硝煙と生臭い血の匂いが辺りに立ち込め、耳を聾する鬨の声と銃声、そして刀が交わる耳障りな金属音が全てを支配する。
 色づき始めた山肌も物悲しくさえずる小鳥の声もここには無い。濃霧の幕が降りた母成峠ではまさに『戦』と言う名の劇が繰り広げられていた。

「伝習隊!ばらけるな!同士討ちだけは絶対に避けろ!」

 大鳥が出来る限りの声を張り上げて部下に伝えようとするが、その声は戦の音にかき消されて全く伝わらない。それでも大鳥は必死に命令を下し、自らも刀を振るった。

「大鳥総督、ここは退却したほうが良さそうです。会津兵がまた逃げ出しています!」

 濃霧の向こう側から伝習隊の部下が現れ、大鳥の姿を見て駆け寄ってきた。その顔には心なしか安堵が浮かんでいるようだ。それもそうだろう、敵も味方も鼻先に近づかなければ判らぬ濃霧の中、信頼できる上官の姿が目の前に現れたのだ。
 だが、そんな兵士の安堵とは打って変わり、報告を聞いた大鳥は軽く舌打ちをした。

「何だって?またか!」

 会津兵の遁走は、これが二度目であった。地の利があるせいか、会津兵は戦況が不利になると幕府軍を置いて自分達だけ先に逃げる傾向がある。
 尤も互いに助けるとか逃げる際に一声かけるとかそういった約束は交わしていないので、会津兵が責められることではない。だがこれによって伝習隊は先日も撤退の機会を逃し大打撃を被っているのだ。たった一声かけてくれれば伝習隊も被害を最小限に食い止めることが出来たかもしれないのに、と大鳥は臍を噛む。
 明らかに不利な状況のこの戦、これ以上粘っていては全滅もあり得るだろう。大鳥はこの瞬間、母成峠からの撤退を決意した。

「全軍、退却!!猪苗代に一旦下り、陣形を立て直すぞ!!」

 だが悲しいかなその声はごく一部の部下にしか届かず、幕府軍の兵士のものと思われる血の匂いだけがますます濃くなっていった。



 小銃を撃ち続けていた沖田の襟首をぐいっ、と引っ張る者がいた。決して強い力ではなかったが、沖田は思わず体制を崩し、天に向かって発泡してしまった。

「・・・・・・どうしたんですか、島田さん?弾を一発無駄にしちゃいましたよ」

 沖田は振り向きざまに島田に文句をぶつける。すると島田は鼓膜が破れそうなほどの大声で沖田に告げた。

「山口隊長が行方不明なんです!戦いの最中にはぐれたようで!」

「なんですって?斎藤さんが?」

 沖田は慌てて周囲を見回すが、斎藤を始め新選組隊士数人の姿が見当たらなかった。戦いのさなかに濃霧に紛れたのか、それとも倒れているのか定かではない。

「・・・・・・わかりました。新選組、結集!」

 沖田は小銃を下げ、声を張り上げる。決して通る方ではない沖田の声だが、元々近くにいたのか、二十人近くの隊士が集まってきた。見失っていた数人のうち三人ほども濃霧の中から現れたが、それでも斎藤の他二人ほどの姿が見えない。
 ただでさえ少なくなっている新選組、これ以上隊士を減らすことは出来ないと判断した沖田は、目の前にいる隊士らに告げた。

「この状況では勝ち目はないでしょう――――――猪苗代に向かう街道を突っ切って土方さんが待っている麓の猪苗代へ向かいます」

「しかし街道では敵の待ち伏せが・・・・・・・」

 確かに太い街道筋を通っていくのが一番の近道だろう、だが、それを見越した敵の待ち伏せも確実にあるだろうと中島が異を唱える。その意見に対し、沖田はきっぱりといい切った。

「では中島さん。ここの間道がどこに通じているか判りますか?確かに敵と遭遇する可能性は高くなりますが、一番早く麓にたどり着けるのは街道が一番早いでしょう。それと集団で一気に下れば、この中の誰かが生き残って土方さんにこの惨状を伝えることもできます」

 沖田の言葉に古参隊士らが頷く。どのみち猪苗代には援軍を配備してもらわねば一気に会津若松まで官軍が攻め込んでくるのだ。それを防ぐためにはできるだけ早くここから撤退し、猪苗代の土方のところへ行かねばならないのだ。

「じゃあ行きます。誰でもいいから絶対に――――――一人でもいいから生き残って土方さんに報告を」

 沖田の決意に今度は新選組隊士全員が頷き、一気に街道を走り始めた。



 その頃斎藤は沢伝いに歩を進めていた。敵と戦っている間に街道から外れてしまったのである。切り結んでいた敵こそ倒したものの、街道へ戻れば間違いなく集中攻撃をされるに違いない。そんな時に見つけたのがこの沢だった。流れに沿って歩いていけば少なくとも下山はできるだろう――――――そう考えたのだ。

「尤も、猪苗代とは逆の方に出る可能性はあるがな」

 流石に心細さを感じたのか、斎藤は思わずひとりごちる。そして暫く歩いていると濃霧の向こうに人影が見えた。

(敵か、味方か・・・・・・)

 斎藤は反射的に刀の柄を握る。すると向こうも斎藤の存在に気がついたのか、声をかけてきた。

「あんたは会津の者かぁ!」

 必死に取り繕うとしているが、その陸奥訛りは隠しきれていなかった。あれでは官軍に出くわしたら確実に撃たれるだろう―――――――斎藤は苦笑いを浮かべつつ返事をする。

「いや、新選組の者だ!あんたは会津か?それとも・・・・・・」

「二本松だ!二本松藩士、黒田伝太と申す!貴殿は?」

「新選組部隊長、山口二郎だ」

「おお、山口殿ですか!」

 近づいてみると意外と若い男だった。斎藤より年下と思われる二本松兵は、目の前に現れた新選組隊長にはしゃぎまくるが、斎藤はそれをやんわり制する。

「しっ、どこに敵が隠れているか判らん。どうやら俺もあんたも本隊からはぐれてしまったようだ・・・・・・一緒に下山して会津に向かわないか?」

 すると青年は二度、三度頷き『だったら』と提案する。

「確か石延村から瀧沢村に向かう道がこの近くにあるはずです。そこを使って下山しましょう」

 間道であっても道を通るということは敵に出くわしやすくもあるが、地理に不案内の身としては目の前の青年の道案内に頼るしか無い。斎藤は『よろしく頼む』と頭を下げ、黒田と名乗った青年と共に下山を開始した。



「負け戦にはなると思っていたけど、まさかここまでとはね」

 膝の上、腿まで水に浸かりながら渓流を渡りきった大鳥は岸に上がるとぺたり、と地面に座り込んだ。数人の部下とともに行動している際、敵の銃撃に遭遇し、ここまで逃げてきたのである。

「全くもって厄介だよね」

 大鳥は部下に語りかける。統率の取れていない混合部隊は敵の奇襲にてんでんばらばら、大鳥子飼いの伝習隊はかなりの大打撃を受け、昨日今日で半分近くが使い物にならなくなっているだろう。

「大鳥総督、そろそろここを離れませんと。日が暮れてからでは下山もままなりません」

 流石にいつ敵に出くわしてもおかしくない山中で一晩過ごすのは避けたいと、部下が大鳥に進言する。すると大鳥は周囲を見回した後、ある一つの方向を指差した。

「あそこから続いている道があるよね。どうやら上り坂のようだけど・・・・・・一旦高台に上がって帰還する道を探したほうが無難だろう。このままでは敵に出くわすより山中を迷い歩いた挙句に餓死するようが確率が高い」

 冗談とも本気ともつかない言葉を吐き出すと、大鳥は立ち上がる。

「死ぬのなら武士らしく戦って潔く散ろうじゃないか。山中をのたうち回って狼や熊の餌になるのだけは勘弁だ」

 大鳥らしい激に、部下達の間から思わず笑いが起きる。そして大鳥らは山頂へ登ると思われる細い獣道を進み始めた。

「ま、僕らはともかく誰か一人くらいは猪苗代に逃げているよね。そうすれば土方くんが気を効かせて援軍の申請をしてくれるだろうけど」

 土方をあえて戦いに参加させなかったのはそういった意味もあった。機転が利く土方であれば母成峠の戦況を判断して会津に的確な援軍申請を出せるだろうし、それが不可能だったら見切りをつけて生き残りの兵士たちを仙台にまで連れて行ってくれるだろう。
 実際、土方は敗走兵からの報告により中地口に展開していた会津藩家老・内藤介右衛門と砲兵隊長の小原宇右衛門へ援軍申請を行った。しかし彼らは土方の報告を受けても『既に手遅れ』と判断し若松に戻ることを優先してしまったのである。
 その結果、母成峠を突破した官軍は猪苗代城へ向けて進撃し、猪苗代城代・高橋権大夫は城と土津神社に火を放って若松へ撤退することになる。



 最終的に母成峠の戦いは幕府軍及び欧州列藩同盟の大敗に終わった。会津藩にとって、藩境がわずか一日で突破されたことは予想外のことであり、松平容保自ら滝沢本陣まで出陣して救援軍を差し向けたが全てが後手後手に回ってしまった。
 結局勢いのまま官軍に一気に若松城下に突入され、白虎隊や娘子軍、国家老西郷頼母一家に代表されるような悲劇を引き起こす。結果、会津軍は籠城を余儀なくされこの一ヶ月後に降伏することとなる。

 会津藩の劣勢が確定した事で仙台藩を始めとする奥羽越列藩同盟の主力諸藩が自領内での戦いを前に相次いで降伏を表明し、奥羽での戦争自体が早期終息に向かった。
 会津の裏口とも言える小さな峠での戦いではあったが、蟻の一穴天下の破れと言うように、母成峠の戦いが会津戦争ひいては戊辰戦争全体の趨勢を決したと言えるだろう。勿論この大敗の後、幕府軍も会津から撤退、仙台から函館に向かうこととなる。



UP DATE 2016.11.20

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母成峠の戦い、これにてようやく完結と相成りましたε-(´∀`*)ホッ
地理的なものも去ることながら時間軸のわかりづらさは本当に厄介でしたね(-_-;)今回も大鳥、斎藤に関しては本隊からはぐれておりますし、新選組もどういった動きをしたのかいまいち定かじゃない・・・(-_-;)
ということで『史実では存在しない(ココ重要)』総司に率いてもらって街道を一気に突っ切ってもらいました(๑•̀ㅂ•́)و✧少なくともこの戦いのことを誰かが土方に伝えなければなりませんからねぇ。その役割を新選組に担ってもらうことにいたしました(*^_^*)

次回更新は11/26、母成戦争直後の具体的な様子~会津領脱出にかけて書かせていただきたいと思ってます(*^_^*)
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S様、こちらにもコメントありがとうございますm(_ _)m 

母成峠は残念ながら幕府軍、会津軍の敗戦となってしまいました(>_<)
次話で書かせていただきましたが、会津は会津の、そして幕府軍は幕府軍の戦いが待っているので土方や沖田に会津の今後を心配する余裕はこの時点では無かったのではないかと・・・戦争はどこまでもシビアです(´・ω・`)
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