「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第十章

夏虫~新選組異聞~ 第十章第二十三話 母成峠の戦い・其の参

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 八月二十一日、その日の早朝は前日にも増して母成峠周辺は濃い霧に包まれていた。新選組が伝習第一大隊と共に守備しているの勝岩も同様で、手を伸ばせばその指先でさえ薄ぼんやりと烟るほどだ。

「そこにいるの、斎藤さんですよね?」

 ようやく朝日が差し込み始め、周囲が少しだけ見えるようになったのを機に沖田が声をかける。すると沖田が声をかけたその背中振り向き、斎藤が沖田の方を見た。しかしその表情は機嫌が良いのか悪いのか、霧で霞んでよく解らない。その表情を確かめる為、沖田は自ら斎藤に近づいた。

「ああ、やっぱり斎藤さんだ。これから大きな戦いがあるというのに緊張感の欠片も無さそうですね」

 すると今まで無表情だった斎藤が、途端に機嫌悪そうに口をへの字に歪めた。

「いつもヘラヘラしているあんたに云われる筋合いはない。早く持ち場に就いたらどうだ?」

「その事について相談なんですけど――――――新選組だけ少し変えませんか?こんな濃い霧の上に足場も心許なくて。それにしても本当にこっちから攻めてくるんですかね。できれば大鳥総督や土方さんの読みが外れて欲しいんですけど」

 沖田は濃く霧が立ち込める眼下を見つめる。敵の数が多いだけなら怖いとは思わないが、視界を遮る濃霧に足場が悪く慣れない土地ということが、沖田に不安を抱かせていた。それは斎藤も同じだろう。だが斎藤はそんな事をおくびにも出さない。

「さぁな」

 取り付く島もない無愛想な返事を返す斎藤だったが、それは想定内だったのか沖田は特に落ち込むこともな一つの提案を示した。

「で、部隊長殿。新選組をバラけさせないで固めておいたほうが良いと思いません?」

 沖田の一言に、斎藤が頷きながら目を細める。

「やっぱり・・・・・・沖田さんもそう思うか」

「ええ。陣形を広げるには、我々はあまりにも土地勘が無さ過ぎます。むしろ京都のように『死番』を置いたほうが良いんじゃないかって思うほどに」

「『死番』か。今となっては懐かしいな」

 斎藤の視線が一瞬だけ和らぐ。だがすぐに厳しい表情に戻ると沖田に告げた。

「いつ敵が攻めてくるか判らないが、できるだけ皆で固まるよう伝言を。伝習隊側には事後報告でも・・・・・・」

 と、斎藤が言いかけたその時である。山を揺るがすような激しい爆音によって斎藤の言葉尻がかき消された。



 それは朝六ツの事だった。まだ濃霧が立ち込める中、官軍の攻撃が始まったのである。薩摩、土佐藩兵を中心とした二千二百名の官軍は、二十もある大砲によって攻撃を仕掛けてきた。
 一方大鳥率いる幕府軍は峠という地理状況を活かし、兵力を縦深陣地に配備に配置していた。これによって少しでも敵の戦力を削ごうという考えであったが、何せ兵力の差がありすぎる。緒戦を任された第一台場は瞬く間に陥落、官軍によって陣取られてしまった。

「大鳥総督!萩岡の第一台場が陥落しました!」

 戦いが始まってすぐに、第一台場で守りについていた二本松藩兵が大鳥に報告する。

「あそこは確か木砲のみだったか。昨日の内に四斤山砲をあっちに運び込んでおくべきだったな――――――判った。第一台場からやってきた者は伝習隊の背後に!」

 いざ戦闘が始まってしまえば休ませてやることなど出来ない。せめて自軍の背後で体勢を整わせてやることが関の山だ。だが大鳥のそんな気遣いも虚しく敵の砲弾は容赦なく霧の向こう側から飛んでくる。
 案の定、大砲が二門しか無かった中軍山の第二台場も官軍が山砲で攻撃した上に、長州藩兵を中心とした遊撃隊によって炎上してしまった。

「第二台場も落ちました・・・・・・申し訳ございません」

 続けての台場陥落の攻撃に大鳥は唇を噛みしめる。この濃霧の中では敵がどれ位いるのか把握しきれない。このまま母成峠を死守するか、それとも一旦退却をして陣を立て直すか――――――だがそんな余裕さえ大鳥には与えられていなかった。

「第二台場から官軍の砲撃開始!勝岩の新選組と伝習隊が攻撃を受けております!向こうの大砲が第三台場に届くのも時間の問題かと!」

 だがそれ以上の情報は入ってこない。続々と第三台場に逃げてくる兵士たちと、その背後を攻めるように占領された第二台場から打ち込まれてくる砲弾に、耳が聾される。元々幕府軍より遥かに多い大砲が敵軍にはあるのだ。その上更に第二台場にあった幕府軍の大砲を奪われたとなると、ますます厄介だ。
 一方、第三台場の大砲はたった五門しかない。これで官軍の砲撃を迎え撃ち、母成峠を守るのは極めて難しいが、若松城の守りが手薄な今、自分達はここを死守するしか無いのだ。

「砲撃隊!兵士全員が第三台場に集結するまで撃ち続けろ!母成峠だけは死守する!」

 二倍以上の敵に勝つにはただ一つ、この街道を塞ぎ敵の先陣から少しずつ戦力を削ぐことだけである。一か八かの賭けに出た大鳥の激に、砲弾が一斉に発射された。



 敵味方の砲弾が飛び交う中、新選組も母成峠第三台場へと向かっていた。既に大下巌や漢一郎が流れ弾にあたって死んでいる。その他重傷者もおり、新選組の中には既に敗戦色が濃く漂っている。

「取り敢えず生きている者は全員いるな?」

 斎藤の声がけに、沖田が応える。

「いいえ。はぐれている人も・・・・・・加藤さんと小堀さんの姿がありません」

 まるで副長のように応える沖田に、斎藤は苦笑いをする。

「俺はあんたを部下にした覚えはないんだが。そういうまめまめしさが妙に土方さんぽいぞ。別に俺はそこまでの細やかさは求めちゃ・・・・・・」

「山口さん、危ない!」

 沖田との会話に気を取られ、注意力が散漫になっていた斎藤を、平隊士の鈴木錬三郎が突き飛ばす。それと同時に脇道から飛び出してきた敵兵が鈴木の喉を切り裂いた。その肩についている合印からすると、どうやら土佐藩の兵士らしい。

「伏兵か!!」

 斎藤は反射的に刀を抜くと、鈴木の喉を切り裂いた敵兵を袈裟懸けに切り倒す。それと同時に他の隊士らも脇道から出てきた敵兵と白刃戦及び銃撃戦を繰り広げ始めた。

「ちっ、刃が曲がったか!」

 乱暴な袈裟懸けによって敵の防具も斬ってしまったがため大刀が使い物にならなくなる。

「だったらこれを使ってください!」

 沖田は自分の腰に挿してあった大刀を鞘ごと斎藤に投げると、自らは手にしていた小銃で敵を撃ち始める。その姿は新選組第一の人斬りと云われた男とは到底思えない。

「おい!いくら何でも自分の大刀を渡すやつがあるか!」

 鞘から刀を抜きつつ、斎藤が沖田に怒鳴りつける。すると沖田は新たな薬莢を詰め込みながら斎藤に答えた。

「いえ、それ私のじゃ無いんですよ!以前も言ったと思いますけど、江戸から逃げる際、殺した薩摩兵から盗んできたやつです!」

 新たに薬莢と詰め直した沖田は、更にもう一発銃を撃ち、敵を仕留める。その腕前は小姓組には及ばないものの意外なほど良く、かなりの確率で敵を仕留めていた。

「私は近藤先生の死に立ち会った時に自分の魂を――――――大刀を、小夜と娘の命の代わりに捨てましたんでね。今更でしょ」

「・・・・・・武士の風上にも置けない奴だ」

 斎藤はちっ、と舌打ちをしながら襲い掛かってくる敵の喉笛を刺し貫く。沖田ほどではないが上背のある斎藤には、少々短すぎる大刀だが使えなくもない。

「あんた、自分が使いにくい道具を俺に押し付けたな?」

「そんな余裕は無いですよ。斎藤さん、左!!」

 沖田の声と同時に、斎藤は振り向きざま敵を貫く。防具の隙間を狙い、急所を刺し貫く手腕は流石である。

「とにかく、第三台場に行くまではこれで凌ぐしか無さそうだな」

 斎藤は手にした使いにくい刀を見つめながら隊士らに声をかけ、第三台場へと先を急いだ。



 新選組と伝習第一大隊が第三台場に到着した時、第三台場は砲撃の真っ最中だった。

「勝岩布陣の新選組、退却しました」

 伝習隊分隊長と共に行った斎藤の報告に、大鳥が眉を顰める。てっきり後退したことを咎められると思った斎藤だったが、大鳥が発したのは全く異なる言葉だった。

「山口くん。浅いとは言え何故君は刀傷を負っている?身内から裏切りでもあったのか?」

 まるで新選組内に敵の間者がいるような物言いに、斎藤は激高する。

「そんなことがありますか!間道から敵兵が出てきたんです」

「何だって?」

 それと同時に大鳥は伝習隊分隊長の方を見るが、分隊長は首を横に降った。

「ええ、伝習隊が先に行ったあと、後方に居た我々が襲われましたので伝習隊は気が付かなかったかと。そもそも三十人ほどの小隊でしたので、伝習隊はやり過ごし、我々を狙ったのでしょう」

「いや、遊撃隊とは言え、そこまで少ない人数とは考えにくい。もしかしたら他にも隠れて・・・・・・」

 その時である、斎藤らの背後から騒ぎが起こり、刀が交わる金属音と銃声が周囲に響いたのだ。その音に驚き、三人は銃声の方を見る。

「官軍!」

 その光景を見るなり斎藤が思わず叫ぶ。そう、そこには居るはずのない官軍兵がおり、幕府軍の兵士に襲いかかっていたのだ。
 幕府軍及び会津軍にとっての歴史的な敗北を喫する母成峠の戦い――――――本当の地獄はこの襲撃から始まることとなる。



UP DATE 2016.11.12

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大遅刻ではありますが、何とか午前中にUPすることが出来ました(^_^;)
母成峠の戦い、敵にとっても土地勘が無かったでしょうが、幕府軍にとってもそれは同様でありまして・・・しかもこの時はかなりの濃霧だったとのこと。盆地の濃霧はかなりきついですよね(>_<)この濃霧がなければもう少しまともな戦いができていたかもしれませんが、どこから攻撃してくるか判らぬ敵相手に、人数で劣る幕軍は劣勢に立たされてしまいました(´;ω;`)
しかし母成峠の地獄はこの直後から――――――白刃戦からですよね(´・ω・`)歴史的大敗を書くのは辛いものがありますがとにかく頑張ります。
しかし来週は父の入院直前?の通院&小旅行の予定が・・・来週のがらくた箱で決定事項を書かせていただきますが、次回の『夏虫』更新は土曜日夜~日曜日の午前中となりますので、ご了承くださいませm(_ _)m
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S様、お気遣いありがとうございますm(_ _)m 

こんにちは(*^_^*)体調は本調子とは行かないまでも、だいぶ回復いたしました。ご心配おかけしまして申し訳ありませんm(_ _)m
母成峠はここからが本番となります。あと一回、母成峠について書かせていただきますのでお付き合いのほどよろしくお願いします。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

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