「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・秋冬の章

吉原の昔馴染・其の参~天保八年十月の焼けぼっくい

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 清波と辰治郎が出ていった部屋に残された真津衣は、達四郎の顔を覗き込んだ。悪い夢でも見ているのかうなされていて、額には脂汗が滲みはじめている

「本当に、達さんはなんでも一人で抱え込んでしまうから。昔からそうだったわよね」

 真津衣は枕元に重ねてあった懐紙を手に取ると、そっと汗を拭った。その懐紙越しに伝わってくる熱が心なしか先程より高くなっている。

「何だか熱が上がってきているみたい・・・・・・清波ちゃんに桶と手ぬぐいを借りたほうが良さそう」

 そう呟き立ち上がろうとしたその時、達四郎の目が開き真津衣と目があった。まさかいるはずのない人物が目の前にいただけに、達四郎は驚きの表情を浮かべる。

「達さん?ごめんなさい、起こしちゃった?」

 達四郎の驚きを極力和らげようと、真津衣は穏やかに語りかける。すると達四郎も落ち着きを取り戻し笑顔を見せた。

「真津衣、か?来てくれたんだ」

「ええ、清波ちゃんに半ば強引に連れてこられた、という方が正しいかしら」

 真津衣は微笑みながら達四郎の手を握る。

「本当にお久しぶり・・・・・・もう、五年近くになるかしら」

「そうだな。すっかり俺も年をとったよ。でもお前は相変わらずきれいだな」

「もう、そんなことを言って。その口車にすっかり騙されちゃったんじゃない」

「騙しちゃいねぇさ。お前に関しては本気だぜ」

 達四郎は起き上がり、真津衣の顔をじっと見つめる。

「俺が惚れたのは後にも先にもお前だけだ」

 真剣さが迸るその言葉に、真津衣はまるで少女のように頬を桜色に染めた。



「あら、清波姉さん。どうしたんですか?達四郎さんたちにお茶を届けに行ったんじゃ?」

 盆を手に皆が談笑している部屋に戻ってきた清波に、朝波が声をかける。すると清波は困惑の表情そのままに事情を説明した。

「うん、行ったんだけどね・・・・・・お二人さん、何だかいい雰囲気を醸し出しちゃっていて、入れなかったのよ」

 その瞬間、若い娼妓や新造達が黄色い悲鳴を上げる。

「いい雰囲気になっていたってどんな感じだったんですか?」

「もしかして事に及んじゃっているとか?」

「それもあるかも。だって馴染みだったんでしょ?ちょっとわっちも行ってくる!」

 高揚のまま立ち上がり、達四郎が休んでいる部屋に娘達が押しかけようとしたその時である。

「おい、おめぇたち!ちったぁ落ち着きやがれ!」

 流石に業を煮やした辰治郎が一喝すると、娘達は一瞬だけしゅん、とうなだれた。だがやはり達四郎と真津衣のことが気になるのか、そわそわと落ち着きが無い。

「全く人の色濃いにきゃあきゃあと・・・・・・おめぇらもいい男を捕まえて身請けしてもらう気構えを見せろって言うんだ」

 そう言い捨てると辰治郎は立ち上がり、清波に近づくと何やら耳打ちをする。すると清波は意味深な笑みを浮かべ頷いた。

「何だかんだ言ってもあんたも優しいよね」

「別に優しくなんかねぇよ。その方がこの見世にとって都合がいいだけだ」

 仏頂面で言い残すと、辰治郎は外に出ていってしまった。

「辰治郎さん、どこに行ったんですか?」

「それはまだ内緒。あの人が帰ってきたら全部判るわよ。その前に・・・・・・」

 清波は周囲を見回す。二年前の火事で半分が焼け死んだ恵比寿屋に残っているのは、娼妓五人と新造二人だ。そして新造達も新装開店と同時に娼妓として水揚げされることが決まっている。七人という少ない人数、しかも年長の白波以外全員二十歳前後の若い娼妓たちにとって、達四郎と真津衣の関係は憧れなのは解るだけに落ち着かせるのもなかなか難しい。だがそこは人の機微を読み取るのが上手い清波である。意味深な笑みと共に蠱惑的な一言を口にした。

「引っ越しの準備をあの人が帰ってくる前に終わらせるわよ。そうしたら夕餉を食べている間に話が聞けるでしょう。明日は荷解き、三日後、霜月に入ったら早速仕事なんだから、ゆっくり話を聞けるのは今日だけよ」

 清波の一言にその場に居た娘達の目の色が変わる。そしてそそくさと茶を飲み干すと一斉にその場を立ち、自分達の荷物をまとめ始めた。尤も荷物と言っても柳行李に全てが収まってしまうほどの少なさである。四半刻もしない内に布団以外の荷物はまとめてしまうだろう。

「・・・・・・いっそ今夜の内にわっちらだけでも引っ越して、達四郎さんと真津衣ちゃんをこの家に二人っきりにしちまうほうが良いのかもしれないけど」

 いそいそと動き回る見世の娘達の姿を眺めつつ、清波は口の端に薄っすらと笑みを浮かべた。



 辰治郎が帰ってきたのは夕餉間の時間だった。既に引っ越しの荷造りは終わっており、あとは明日の朝やってくる大八車に全員分の柳行李と布団を積み込むだけである。

「首尾はどうだった?」

 清波が辰治郎に尋ねると、辰治郎はにやりと笑い、懐から何かを取り出した。

「ああ、意外とあっさり片付いたよ。元々の借金もそれほどなかったらしいし、本人も局見世にいるよりはそっちのほうが良いだろうって」

 それは真津衣の身請証文だった。

「これで心置きなく達さんの看病を・・・・・・」

 と、辰治郎が言いかけたその時である。

「きゃあ!ってことは真津衣さん、達さんのおかみさんに?」

「え、どうなの?お妾じゃないの?でもおかみさんでも別に問題ないか」

「おかみさんだったら祝言もやるんですよね?わぁ、憧れるなぁ。わっち、見たこと無いんだよねぇ、祝言って」

「あ、わっちも!身請のお練りはあっても吉原で祝言って殆どやらないし」

 と言いつつ、娘達の視線は清波と辰治郎へと向かう。

「清波姐さん達も挙げていませんしね、祝言。一度でいいから見たいなぁ」

 白波の一言に皆が頷く。どの娘達も子供の頃に貧しい農村から身売りされてきている。それだけに家族や親戚の祝言を見る前に江戸にやってきたり、そもそも実家に祝言をあげる余裕がない者ばかりだ。更に吉原という特殊な環境も彼女たちを祝言から縁遠いものにさせていた。その事情を知っているだけに清波や辰治郎も娘達の希望を無碍にすることはできない。

「まぁ・・・・・・ねぇ。こればかりは達四郎さんと真津衣ちゃんの気持ち次第だし」

「そうだな。どのみち神無月に祝言は縁起が悪いから」

 断言できないだけに、二人は含みをもたせつつその場を収めた。



「達四郎さん、失礼するよ」

 二人の夕餉を運んできた辰治郎と清波が部屋に入る。すると上体を起こしている達四郎とその背中を支えている真津衣がいた。

「ああ、もうそんな時間か。済まないねぇ」

「わっちの分まで・・・・・・ありがとうございます」

 清波の気遣いに真津衣が深々と頭を下げる。

「いいってこと。だってね」

 清波が目配せをすると、辰治郎が懐から真津衣の身請証文を取り出した。それを見て達四郎と真津衣は目を丸くする。

「おい、辰治郎、これは・・・・・・」

「勝手をさせてもらったが、これで真津衣さんにゃ心置きなく達四郎さんの看病をしてもらえるから。その方が達四郎さんだっていいだろう?」

 辰治郎の指摘に達四郎は耳まで真っ赤にする。
 
「そ、そりゃあ、まぁ・・・・・・どうせなら惚れた女にそばに居てもらいてぇ、っていうのはあるが」

「でも、他の皆は大丈夫なの?」

 自分達だけならともかく、見世の娘達の感情にも気を配らねばならない。その事を心配した真津衣だったが、清波は『大丈夫!』と太鼓判を押した。

「むしろ皆、真津衣ちゃんを歓迎してくれているわよ。さっきなんか『二人はいつ祝言を挙げるのか?』なんて話にもなっちまって」

 清波のその一言に達四郎は右の掌で顔を覆い隠し、真津衣も真っ赤になってしまう。

「し、祝言なんてなんて話をしてやがる!」

「仕方ないでしょう。苦界に生きているんだから余計に憧れがあるんですよ」

 清波の一言に辰治郎も頷く。

「あまり焦らすと俺達にも飛び火しそうなんで。来月の内に身内だけで挙げちゃいましょうよ。そうすれば年末年始、新しい『女将』を紹介できますんで」

「え、ええ?ちょっと待ってくださいな!女将って・・・・・・清波ちゃん?」

「女将、っていうと大仰だけど、達四郎さんの身の回りとご贔屓さんへの挨拶だけやってくれればいいから。それだけでも助かるのよね」

「まぁ、清波には女将と遣手の両方の仕事をやってもらっていたからなぁ」

 頭を掻きつつそう呟くと、達四郎は改めて真津衣に向き直る」

「再び出会って早々にこんなことになっちまっているが・・・・・・これからもずっと俺の傍にいてくれねぇか?」

 その言葉に真津衣ははにかみながら頷いた。



 翌日、恵比寿屋の面々は早々に引っ越しを開始、昼には吉原の新たしい恵比寿屋に到着した。以前の見世に比べたらだいぶ小さくなってしまったが、それだけに隠れ家的な落ち着きがある。

「山田様の御一門が来るときは少々大変だけど、それはお幸様を通じて予約を入れてもらえばいいかしら」

「だな。見世は徐々に大きくしていけばいい。今は信じて支えてくださったご贔屓に恩返しをする番だ」

 潰れてもおかしくなかった見世、そして二度と逢えなかったかもしれない女性――――――切れてもおかしくない縁を恵比寿屋は繋いだのだ。きっと一旦は切れてしまった縁もまた繋がるかもしれないし、新たな縁を結ぶことになるかもしれない。
 清波、辰治郎以下見世の者たちは真新しい木の香のする廊下を踏みしめながら、決意を新たにした。



UP DATE 2016.10.19

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・・・てなわけで焼けぼっくいは何とかうまくまとまりそうです/(^o^)\
と言うか、本人たちはもう少しゆったりした関係を望んでいそうですが、周囲が『はよくっつけ!キャーq(≧∇≦*)(*≧∇≦)pキャー』な感じになっておりますので、この流れで祝言を挙げさせられるんじゃ・・・ほぼ見世物ですよねwww
それでも吉原という苦界に生きる娘達にとって『祝言』は『身請』以上にはてなき夢、おっさん&年増の祝言でもあやかりたいと願うのです(๑•̀ㅂ•́)و✧(なお江戸時代は二十歳すぎれば年増、二十代半ばで中年増、三十超えたら大年増です/(^o^)\感覚的には年増=セクシーさと捉えて頂けると現代の感覚に近いかも)
なお達四郎&松津衣の祝言は身内だけの非公開とさせていただきますm(_ _)m

来週は拍手文(辰吉の4人のネーチャンが登場予定)、11月の紅柊は生臭坊主&女御庭番シリーズをやらせていただきます。流石にエロを入れたいんですが、話の展開上どこにぶっこもうか思案中(-_-;)
(下手すると日寛の妄想内エロということもあり)
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