「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・秋冬の章

吉原の昔馴染・其の貳~天保八年十月の焼けぼっくい

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 涼しいを通り越し、少し寒いくらいの川風が火照った駕籠かきの肌を冷やしてゆく。向島へ向かう四つ手駕籠の威勢のよい掛け声に、妙な安堵を感じつつ達四郎は昔のことを思い出していた。

(まさか真津衣と再び会うことになるとは・・・・・・昔と変わらずいい女だったな)

 角町・伊勢屋の花魁だった真津衣の許へ達四郎が客を装って出向いたのは五年前の事だった。『伊勢屋の御職は吉原で一、二を争う』との噂に偵察に出向いたのである。
 だが達四郎の『偵察第一の色欲の無さ』が真津衣を本気にさせ、達四郎もその情熱に圧されるような形で二人は恋仲になってしまった。それを隠し通せれば良かったのだが、己の恋を完全に隠し通すにはあまりにも真津衣は情に溺れやすすぎた。
 真津衣の変化に気がついた伊勢屋の遣手が達四郎の正体を暴き、達四郎は即刻出入り禁止になってしまったのである。
 それ以来達四郎は真津衣と会うことは無かったが、風の噂に真津衣が不祥事を起こし、局見世に流れたと聞いた。心配ではあったが、その頃恵比寿屋も女将と遣手の関係が極めて悪くなっており、留守中に刃傷沙汰を起こされてはかなわないと、達四郎を始め、男衆が見世を空けることができなくなっていた。それ故達四郎が仕事の合間に局見世に真津衣を探しに行くことは不可能だったのである。

(確か三年前の夏だったか・・・・・・その半年後には恵比寿屋も燃えちまったし)

 とにかく恵比寿屋の生き残り同士で見世を立て直すほうが先決で、自分の恋など後回しだった。そしてようやく見世も出来上がり、後は入るだけとなった矢先に真津衣と再会するとは――――――。

(下手な人情本でももう少しマシな話を書くよな。でも・・・・・・)

 激しく揺れる駕籠に酔いを感じた達四郎は、瞼を閉じて大きく息を吐く。

(運命、ってぇやつを信じてみるのも悪くねぇかな)

 駕籠の揺れのせいか、それとも風邪が悪化しているのか吐き気と熱っぽさを覚えた達四郎は、気持ち悪さから逃れるようにそのまま意識を手放した。



 達四郎が大川の畔を駕籠で移動している正にその時――――――。

「へぇ、あの堅物の達四郎さんにそんな浮いた話があったなんて」

 驚きの表情を浮かべながら、清波は冷めてしまった真津衣の茶を取り替えた。

「でも、浮ついた人だったら適当にあしらっちゃえばいいじゃない?達さんはそれがなかったから、わっちもついつい深入りしちまって。まだ若かったしねぇ、達さんみたいな、ガツガツしていない人がいい男に見えちまったんだよね」

 自嘲気味に笑いながら、真津衣は清波から茶を受け取った。そんな真津衣の呟きに、清波は深く頷く。

「確かにそうかもね。下心丸出しの相手だったらそれにつけこんでお金を出させちゃえ、って思うけど、如何にも『下心ありません』みたいな人にはなかなかそうは思わないかも」

 いろいろな経験を積んできた娼妓上がり同士、話は尽きないがその話に水を指したのは同席していた辰治郎だった。

「何か吉原の怪談みたいになりそうだな、お二人さん。男が聞いたら震え上がる、ぞ今の話。まるで妖怪が人を喰らおう、って話みてぇだ」

「ちょっと、妖怪って何よ、妖怪って!」

 あまりの酷い例えの辰治郎の一言に、清波が頬をふくらませる。だが、子供の頃から吉原で仕事をしている辰治郎がこの程度で怯むわけもない。

「まんまだよ。三十路の大年増二人が雁首並べて男のあしらい方なんざ話している姿は正に妖怪だろう。男にとっちゃこれ以上恐ろしいものはないぞ」

「でもわっち達なんてまだ可愛いもんだよねぇ。それこそ中見世の女将や遣手の会話なんてどこまで客から搾り取れるか、って」

「そうそう!まるで地獄の奪衣婆みたいに」

 そう言いながら二人でケラケラと笑う姿はまるで少女のようなのだが、会話はやはり現役を引退した娼妓の生々しい話である。
 唯一の救いは清波と真津衣の考え方がそれほど違わないということだろうか。尽く対立していた前の女将と遣手の不毛な言い争いを目の当たりにしていた辰治郎にとって、この柔らかな雰囲気は新鮮だった。そんな雰囲気に飲まれたのか、辰治郎はつい先程まで欠片ほども考えなかったある提案を真津衣に投げかける。

「なぁ、真津衣さん。局見世に対しての義理もあるかもしれねぇが、できたらうちの見世に・・・・・・というか達四郎さんのところに来てくれねぇか?」

 懇願にも近い辰治郎の申し出に、真津衣は茶を飲む手を止めた。

「え?って辰治郎さん・・・・・・一体何を寝ぼけたことを言うんだい?幾ら何でも他所者をいきなりはまずいでしょう。ね、清波ちゃんからも言ってやってよ」

 真津衣は辰治郎の申し出を冗談と思い、清波にもこの申し出を撤回させてほしいと頼む。だが、清波の反応は真津衣の願いとは真逆のものだった。

「真津衣ちゃんに居てもらう・・・・・・それ良いわね。これからますます忙しくなるし、わっちらも達四郎さんの看病につきっきりってわけに行かないし。どのみち人を雇わなきゃならないんだったら真津衣ちゃんに頼んだほうが安心よね」

「だろう?達四郎さんだって気心のしれている相手の方が良いと思うし」

 困惑する真津衣を他所に、辰治郎と清波がどんどん話をすすめる。

「ねぇ、真津衣ちゃん。出来たら暫くの間達四郎さんの面倒を見てくれないかい?勿論相応のお給金は出すからさ」

 建前上『看護人』という風にしておけば、見世の娼妓や芸妓達も煩いことは云わないだろうと、清波は真津衣に手を合わせて懇願する。その懇願に情に溺れやすい真津衣の気持ちはぐらり、と傾きかけていた。それでも最後の理性が真津衣を踏みとどまらせる。

「わっちはありがたいけど・・・・・・達さんの気持ちは?」

「そりゃあ大丈夫だろう。あの様子を見れば、まだあんたに未練があるようだし。達四郎さんの体調が戻るまでの間、看病をしてもらってその後のことはまた考えるってことで」

「と言うか、いい加減達四郎さんも身を固めて貰わないとこっちが困るのよね。女将の座を狙って変にちょっかいを出してくる子もいるし。それに真津衣ちゃんが女将になってくれればわっちも遣手に集中できるからありがたいんだけど・・・・・・」

「流石にそれは難しいでしょう。お店の娘たちだっているんだし・・・・・・じゃあ取り敢えず看病だけということで」

 流石に女将云々は行き過ぎだが、看病だけならと真津衣だったが、その思惑は向島に行った瞬間にものの見事にひっくり返されることとなる。



 辰治郎と清波、そして半ば強引に連れられてきた真津衣が向島の仮宅に戻ってくると、見世の娼妓達がわらわらと玄関に押し寄せてきた。

「清波姐さん!達四郎さんが昔の女と出くわした、って寝込んじゃっているんですけど本当なんですか?」

「っていうか、その方どなたです?もしかして噂の人ですか?」

 達四郎が向島に帰ってくるなり寝込んでしまったこと、そしてその原因の一つが昔の馴染みとの出会いだったことを聞き出した見世の娘達が矢継ぎ早に質問責めにする。

「ちょっとお待ち、あんたたち!ごめんね真津衣ちゃん、躾がなっていなくって」

「ほらほら!皆中に戻った戻った!話なら後でゆっくり聞かせてやる!」

 辰治郎や清波の叱責に娘達は渋々奥へと戻るが、それでも真津衣を見つめる好奇の目は相変わらずだ。その不躾な視線に、清波は真津衣に謝る。

「普段はもう少しきちんとした子たちなんだけど」

「・・・・・・というか、娘達が食いつくくらい達四郎さんって浮いた噂無かったの?もてそうな気がするんだけど」

 確かに番頭だった男と他所の見世の御職との恋は夢見る娘達にとっては堪らない『ごちそう』に思えるのだろう。更に達四郎が男としてもてるのであれば尚更だ。だが、返って来た辰治郎の返事はあまりにも気が抜けるものだった。

「う~ん、女将狙いの一部を除いてはどちらかと言うともてないかな」

 辰治郎の言葉に清波と真津衣は吹き出した。

「そこまで言っちゃっていいの?」

「ああ。というかあえてもてないように気を使っていたというか・・・・・・自分の見世の『商品』に手を付けたらこの仕事はやっていけねぇからな。更に達四郎さんは他所の見世にも気を使っていた。あんたのことを除いて」

 辰治郎の言葉に真津衣は頬を染める。

「夕餉までまだ少し時間がある。それまで暫くこの部屋で待っていてくれねぇか、達四郎さんと一緒に」

 そう言って襖を開けると、そこには眠っている達四郎が居た。

「やっぱり相当体調が悪かった見てぇだな。襖を開けても起きねぇなんて」

「ちょっと、顔色も悪いですね」

 真津衣が心配そうに近づき、達四郎の額に手を当てる。すると微熱があるのか少し熱っぽさが伝わってきた。

「じゃあ真津衣ちゃん、暫くよろしくね。今、お茶を持ってくるから」

 そう言って二人は真津衣を部屋に残しその場を後にした。




UP DATE 2016.10.12

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どうやら達四郎と真津衣はかなり深い恋仲だったようです。だけどお店側としちゃあ商売の邪魔にしかならない『情人』、しかもライバル店の男なんて近づけたくはありませんよね(>_<)そんなわけで別れることになったらしい二人ですが・・・よりによってこのタイミングで引き合わせるのは、やはり運命なんでしょうかねぇ(人´∀`).☆.。.:*・゚

次回は目覚めた達四郎&真津衣の会話(または軽い絡み)、そして二人をピーピングする小娘たちを書かせていただくことになりそうです(^_^;)(★が付くかつかないかはびみょ~(-.-))
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