「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・秋冬の章

吉原の昔馴染・其の壹~天保八年十月の焼けぼっくい

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 小春日和の柔らかな日差しが江戸の町に降り注ぐ。暦の上では既に初冬だが、その暖かな陽射には秋の名残が色濃く残っていた。
 そんな十月の初旬、火事で全焼した吉原の立て直しがようやく完成を見た。新年早々の大火事からはや二年、これだけの時間がかかってしまうのにはそれ相応の理由がある。それは見世及び調度の作りの並々ならぬ丁寧さだ。
 局見世や小見世にも満たない小さな茶屋や置屋ならいざ知らず、流石にある程度の格式を持った小見世以上の大店はみすぼらしい造りにする訳にもいかない。見世そのものは勿論、一つ一つの調度品を作るにも時間がかかのだ。それに故二年もの間、近隣での仮宅営業を余儀なくされたが、それも致し方がない。

 そんな長々と待たされた新装吉原だが、すぐにおはぐろ溝の内側で営業ができるわけではなかった。
 流石に『神無月』に事を始めるのは縁起が悪いと言うのもあるし、実際新たな見世の作りや使い勝手、更には様変わりしてしまった近所への挨拶がてらの確認などを行わねばならない。何故ならば火事を契機に廃業してしまう見世もあるし、そこまでではなくとも中見世から小見世に格下げしたり逆に格が上がる店があったりするからだ。そんな細々とした確認を終えた後、霜月に本格的に客を呼び込むこととなる。

 恵比寿屋もそんな見世のひとつである。元々中見世だったのだが、火事を出してしまったこと、そして火事の際、裏方を含め見世の従業員が死傷し、以前に比べ半減してしまったからだ。
 それでも見世が潰れず残ったのは今までの贔屓客の支えによるものだった。山田浅右衛門を始め、恵比寿屋には裕福な武家客や羽振りの良い商家の客が多い。そんな彼らが『会談場所』としての恵比寿屋廃業を許すわけもない。
 それ故番頭だった達四郎を筆頭に局見世から出戻ってきた清波、そして二階回しから番頭になった辰治郎が身を粉にして働き、何とか小見世として再出発することができるようになったのである。
 勿論今までの京町二丁目という一等地には見世は立てられなかったが、その一本裏の、それ相応の身分の持ち主であっても恥ずかしくない程度に入りやすい場所に見世を構えることが出来た。

「・・・・・・というか、むしろお忍びでいらっしゃるお客様はこの見世のほうが入りやすそうだね」

 見世の窓から外を改めて見回した清波が嬉しげにはしゃぐ。部屋の数が少ないということは、客を待たせて置くことが出来ないと言うことでもあるが、その分見世の雰囲気は落ち着いたものになるだろう。借金の多い娘にとっては喜ばしくないだろうが、無茶な廻しを娼妓達にさせずに済むということは、遣手の仕事を一手に任されている清波にのってもありがたかった。
 そんな清波のはしゃぎっぷりを目を細めつつ見ていた達四郎が、清波に声をかける。

「ああ、頭領の寅五郎さんにもその点を特に力を入れてもらったからな。昔に比べたら小さいが、決して見劣りはしねぇだろう。全くもって良い見世・・・・・・」

 清波の言葉に返事をした達四郎だったが、不意に立ちくらみを起こしその場にしゃがみこんでしまったのである。少し離れた場所で襖絵の確認をしていた辰治郎がそれに気が付き、慌てて達四郎に駆け寄った。

「おい、達四郎さん。ちょっと疲れているんじゃねぇか?ここ最近忙しかったし、それでなくてもろくに休んでいないようだし・・・・・・一旦向島に帰って休んだらどうだい?」

「そうだよ。顔色も悪いしさ。辰五郎さん、ひとっ走り行って駕籠を・・・・・・」

 辰治郎と清波は代わる代わる向島の仮宅へ戻るよう達四郎を説得するが、当の本人はただただ首を横に振るばかりである。

「い、いや問題ねぇ。ちょっくらここで休めば大丈夫だ」

 そう強がりを言うものの、これ以上歩き回るのは無理そうだ。自らの体調を鑑みて諦めた達四郎、はすぐ近くの壁に寄りかかり大きく息を吐いた。その様子を見つめながら、清波は達四郎を説得する。

「後のことはわっちと達四郎さんでやっておくよ。とにかく十一月から年末にかけては忙しくなるんだからさ、あまり無理しないで・・・・・・」

「二人共・・・・・・申し訳ねぇが、十一月からも頼まれてくれねぇか?これ以上、楼主の勤めは無理そうだ」

 清波の言葉を遮ったとんでもないその一言に、清波と辰治郎は目を丸くした。



 暫くの沈黙の後、真っ先に口を開いたのは辰治郎だった。

「おい、何寝ぼけたことを言っているんだよ、達四郎さん!隠居している暇なんざねぇぞ?」

 確かに今は体調が悪いだろうが、達四郎にはまだまだ頑張ってもらわねば再出発したばかりの恵比寿屋が本当に潰れかねない。慌てる辰治郎だったが、達四郎は力のない苦笑いを浮かべつつ首を横に振った。

「そうは思うがな・・・・・・身体がついていかねぇようだ。俺も年だな」

「年って、まだ四十の半ばだろ?うちのお客には六十七十の、殺しても死なねぇような爺さんがわんさかと通ってくるじゃねぇか。達四郎さんだって体調が戻りゃ問題・・・・・・」

「言い過ぎだぞ、辰治郎」

 辰治郎の口の悪さを窘めながらも、まだ達四郎が立ち上がる様子はない。心配になった辰治郎が達四郎の額に手を当てると微妙に熱っぽかった。

「風邪か疲れか・・・・・・そんなところだろ。身体が弱っているから気持ちも弱気になっているんだ。少し休みゃ何とでもなる。清波、達四郎さんを頼む。俺は駕籠を呼んでくるから」

「はいよ。できるだけ穏やかな駕籠かきを頼むよ!」

 清波の返事を聞く前に真新しい見世を飛び出していった辰治郎の背中に、清波は声をかけた。



 暫くすると辰治郎が四つ手駕籠を連れて戻ってきた。かなり奮発しているが、手頃な駕籠が見つからなかったのだろう。

「達四郎さん、立てるかい?」

「ああ、ちょいと肩を貸してくんな」

 少しばかり体調が戻った達四郎は、辰治郎の肩を借りて立ち上がる。そして見世を出たその時である。

「あ!」

 小さな、しかしはっきりとした女の驚きの声が三人の耳に聞こえた。その声の方を見ると、清波とほぼ同年代の女がこちらを見て口を押さえている。その顔を見た瞬間、清波も声を上げた。

「真津衣ちゃん?局見世にいた真津衣ちゃんよね?お久しぶり!」

 清波の言葉に真津衣と呼ばれた女はびくっ、と身体を震わせる。

「あ・・・・・・え、ええ!お久しぶり、清波ちゃん」

 一瞬だけ清波に視線をやり、笑顔で返したものの、真津衣の視線はすぐに達四郎へと向けられてしまった。

(そりゃあ驚くよな。通りすがりにこんな光景を見たら・・・・・・?)

 真津衣の驚きは達四郎の状況に驚いてのもの――――――そう思いつつ達四郎の横顔を見た辰治郎は目を見開く。何と達四郎も目の前にいる真津衣と同じような、驚愕の表情を浮かべていたのだ。

「おい、達四郎さん?」

「あ、ああ。すまねぇ」

 我に返った達四郎は、まるで逃げ込むように駕籠の中へ入ってゆく。そしてその瞬間駕籠は持ち上がり、辰治郎らの目の前から消え去っていった。

「ところで真津衣ちゃんも今日準備に?」

 立ち去っていった駕籠を見送った後、清波は改めて真津衣に声をかける。

「え、ええ。ようやく局見世も出来たって言うから・・・・・・」

「もし良かったら少しお茶でも飲んでいかない?小さな見世だけど」

「・・・・・・じゃあ少しだけ」

 躊躇いを見せつつも真津衣は誘われるまま見世へと入っていった。



 新調した長火鉢の使い勝手を見るためにかけてあった鉄瓶には、すでに湯が湧いていた。その湯を使って辰治郎が茶を淹れている間、二人の女たちは互いの近況やたわいもない話を交わしていた。そんな二人に淹れたての茶を差し出しつつ、単刀直入に辰治郎が切り出す。

「失礼ですが真津衣さんとやら。あんた、もしかしてうちの達四郎さんのこと、前から知っていたりしますか?」

 あまりにも不躾過ぎる、失礼極まりない辰治郎の質問に慌てたのは清波であった。

「ちょっと、不躾すぎでしょう!ごめんね、真津衣ちゃん。この人、気遣いができなくて」

 清波は真津衣に謝るが、真津衣は特に気分を害した様子もなく、逆に辰治郎に尋ねた。

「・・・・・・やっぱり、判るものですか?」

「あんたの表情だけだったら判らなかったと思う。誰だって通りすがりに病人が出てきたら驚くだろうし。だが達四郎さんがかなり驚いた表情を見せていた。普段は穏やかを装って滅多に自分の感情を表に出さない人が、あそこまで驚くのを見たのは初めてだ」

 辰次郎の言葉に清波も驚く。

「え、そうなの?達四郎さんの方は全く気が付かなかったけど」

「真横だったからな」

 そんな二人のやり取りを見ていた真津衣はほろり、と涙を零す。

「いいね、清波ちゃんは。想い人と一緒になれて・・・・・・」

 ぽつり、と呟くと真津衣は細い指で自らの涙を拭う。

「実はね、達四郎さんは・・・・・・私が揚屋町で仕事をしていた頃の馴染みだったの」

 『馴染み』、という言い方をしたが、どうやら二人の間にはそれ以上の濃密な関係があったようだ。もしかしたら達四郎が未だ妻を娶らないのもその辺に理由があるのかもしれない――――――清波と辰治郎は真津衣の昔語りに耳をそばだてた。




UP DATE 2016.10.5

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・・・本当は清波&辰治郎のその後(というか祝言)を書こうと思っていたのに。何故こうなった(・・?
今回はいわゆる『キャラ暴走話』というやつです(^_^;)最近では比較的キャラをコントロールできるようになったので滅多に起こらなくなってきたんですけどねぇ(^_^;)久々のキャラ暴走、面白いので(おいっ)そのまま暴走させてしまいました(^_^;)落ち着くところに落ち着くとは思いますが、どんな結末になるのか私にも想像つきません/(^o^)\

次回は10/12、局見世にいながらどことなく『花魁崩れの過去』を感じさせる真津衣と未だ独身のままの達四郎の過去の恋を書かせて頂く予定です(*^_^*)
(R-18描写は書く予定ですが多分あまりエロくはならないと・・・いわゆる初心者向けエロって奴ですね(^_^;)宜しかったら真津衣が初めて登場する『業火の恋情』もご一読していただくとありがたいかもです^^)
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