「短編小説」
横浜芸妓とヒモ男

横浜芸妓とヒモ男~其の拾・白菊の誓

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 どんなに暑い夏であってもいつかは過ぎる。残暑が厳しかった横浜の海風も秋の気配を孕ませ、過ごしやすくなっている。お鉄と仙吉が住む長屋の庭にも白菊が咲き誇り、すっかり秋景色だ。そんな秋の日のある日、仙吉に一通の手紙が届いた。

「おや、珍しいね。あんたに手紙が届くなんて。藤次郎さんからかい?」

 過去との縁を殆ど切っている仙吉にとって、唯一の過去との繋がりは七夕の時再会した藤次郎だけである。手紙が来るとしたら彼しかいない。
 しかし、決して筆まめとは言えない藤次郎がわざわざ手紙を寄越すとはどういうことなのだろうか――――――胸騒ぎを覚えるお鉄に対し、手紙に目を落としていた仙吉がぽつり、と呟いた。

「俺の親父が・・・・・・死んだと。元々体調が思わしくなかったらしいけど、残暑が更に追い打ちをかけたらしい」

 慟哭どころか涙一つ見せず、淡々と語る仙吉の言葉に、むしろお鉄の方が驚きを見せた。

「お父上が、かい?葬式は?それが間に合わなくてもせめて仏壇に線香くらいあげに行くとか」

 過去の因縁云々と言っている場合ではない。親の死に目に間に合わなくてもせめて線香くらいは手向けに行くべきだろうとお鉄が訴えるが、仙吉は瞼を伏せたまま首を横に振った。

「いや、やめておくよ。いきなり『幽霊』が帰っても、おふくろも姉も困るだけだろう。だけど」

 仙吉は一瞬言い淀んだ後、小さな声で呟いた。だが、その声音には明らかに後悔と未練が滲んでいる。暫く逡巡した後、仙吉は更に小さな声で呻く。

「四十九日過ぎなら・・・・・・もう墓に入った後だったら誰にも迷惑をかけねぇよな」

 そこには優しすぎる仙吉の気遣いがあった。自分が現れることで平穏であろう母親や姉の生活を乱したくない――――――そんな仙吉の優しさに、お鉄は切なさを覚えた。

「そうだね。その方が先様にご迷惑には・・・・・・だったらわっちもご一緒させてもらおうかね」

 向こうの家族と顔を合わせないなら、とお鉄も墓参りに行きたいと申し出る。その申し出に仙吉は驚きを露わにした

「おい、いいのか?仕事だってそう簡単に休めねぇだろ?」

 だが、お鉄は『大丈夫だよ』と穏やかな笑みを見せる。

「十月はそれほどでもないさ。紅葉狩りや歌舞伎のお披露目は来月だし、休むんなら今月中、ってところだよ。それに・・・・・・芸妓なんてまともに向こうのご両親に顔向けできないじゃないか。せめてお墓ぐらいお参りさせておくれよ」

「ああ、判った」

 しんみりとしたお鉄の声に、仙吉なりに覚悟を決めたのか深く頷いた。



 仙吉の父親の四十九日が終わったと思われる十月末、仙吉とお鉄は品川の菩提寺に出向いていた。その手には自宅の庭に咲き誇っていた白菊の花が握られている。もっと彩りを考えたほうが良いんじゃないか、というお鉄に対し、仙吉は頑なにそれを固辞した。

「親父は・・・・・・父上は華道を嗜んでいて、特にこの時期は白菊を好んでいたんだ」

 もしかしたら庭に白菊を植えていたのは、仙吉なりの郷愁なのかもしれない。そうこうしている内に仙吉は一つの墓の前に立ち止まった。代々使い続けている墓石なのかかなり古そうだが、大きさはかなりのものがあり、きれいに磨かれている。お鉄は墓石の大きさ、手入れの良さに驚きに目を見張るが、仙吉は慣れた風に墓石に水をかけ、花を手向ける。

「親父・・・・・・親不孝な息子で済まない」

 線香を手向け手を合わせた後、仙吉は墓石に向かって呟いた。

「生きている間に紹介できなかったけど、こいつは俺の女房だから」

 その一言を耳にして、お鉄の身体がピクン、と震える。

「ち、ちょっと仙吉!幾ら仏様に対して、でもそれはまずいんじゃ・・・・・・」

「仏だから言えるんだよ。本当は親父の目の黒いうちにおめぇを紹介したかったけど」

 仙吉は代々の墓を見つめながら小さな、しかしはっきりと言い切った。誰にでも優しく、ともすれば弱腰と見られがちな仙吉だが、そんな彼なりに何か覚悟をしたのだろう。

「なぁ、お鉄・・・・・・年が明けたら籍を入れねぇか?流石にもう政府だって彰義隊の残党なんて覚えちゃいねぇだろ」

 墓石の方を見ながら――――――つまりはお鉄に背を向けながら、仙吉は一世一代の覚悟を口にする。その耳から首筋まで真っ赤に染まっており、それに気付いたお鉄はふふっ、と軽く微笑む。

「・・・・・・五月になるとヤドカリみたいに布団に潜り込んで出てこないくせに」

 それでもお鉄にとっては一生に一度の相手である――――――お鉄は仙吉の背中にそっと手を当てた。

「やっと甲斐性見せてくれたのは嬉しいよ」

「ま、籍を入れても今までとそう変わらねぇけどな」

「仕事が続けられるんなら、わっちはそのほうがありがたいよ」

 柔らかな秋の日差しの中、白菊と線香の匂いが仄かに香る。秋を感じるその香りの中、二人はもう一度改めて手を合わせた。




UP DATE 2015.9.28 

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横浜芸妓とヒモ男、今回はしんみりした話になってしまいました(´・ω・`)親との死別はいつかは来るものなんですけどね・・・それでも最近出会った旧友にその事を知らせてもらえた仙吉はまだ幸せかもしれません。
そして墓前でのプロポーズ(〃∇〃)仙吉にとってはかなりの覚悟だったでしょう。なにせヒモ状態ですからねぇ(^_^;)それでもお鉄に対してこの場でプロポーズをしたのは仙吉なりの仁義だったのかもしれません。何せ怖~い父親の墓前ですからねぇ、軽々しい気持ちではいられませんって(^_^;)

次回の更新は10/26、仙吉の4人の姉達が登場いたします( ̄ー ̄)ニヤリ
(今回の話を含めて3話続きっぽくなるかも・・・今年の拍手文も今回を含めあと3回になります(●´ω`●))
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