「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・秋冬の章

七代目御披露目と猶次郎の再挑戦・其の貳~天保八年九月の御様御用

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 平河町から出立してから半刻後、山田浅右衛門吉昌及びその門弟達は小伝馬町の牢屋敷に辿り着いた。普段であれば吉昌と門弟達は同じ控えの間に入るのだが、何故か吉昌だけは牢屋敷同心の田端に声をかけられ別室へと連れていかれる。

「珍しいな。やっぱり次代浅右衛門の正式な御披露目だけに、いつもと違う手順があるのかな」

 吉昌の後ろ姿を見送りながら、芳太郎が呟く。

「多分そうだろう。その打ち合わせだと思うが・・・・・・六代目のお披露目は事情が事情だっただけに簡素だったからな」

 当時を知っている為右衛門が遠い目をする。何せ本来六代目を継ぐはずだった娘婿が毒殺され、その妻である幸の母親が惨殺された事件のほとぼりも冷めやらぬうちの引き継ぎだったのだ。あくまでも『つなぎ』である六代目のお披露目は極めて簡素なものだったと為右衛門は記憶していた。だが今回は将軍代替りに伴う七代目襲名及びお披露目だ。前回のように簡素というわけにも行かないのだろう。
 吉昌が別室に連れて行かれたのは気になるところだが、自分たちは自分たちで準備をしなければならない。門弟達は控えの間として割り当てられているいつもの部屋に上がり、身だしなみを改めて整え始める。

「しっかし馬鹿馬鹿しいよな。こっちで着替えるんなら向こうから出てくるときは羽織で良いと思うんだけよぉ」

 改めて新しい熨斗目麻裃に着替えた五三郎は不満を漏らす。どのみち着替えなければならないのであれば、裃より羽織のほうが駕籠の中では楽だからだ。

「仕方ないだろ、五三郎。それが『七代目』なんだから」

 武士の意地と張りは絶対に崩せない――――――そう言って五三郎を宥める芳太郎とは対照的に、猶次郎は五三郎の意見に同意した。

「わては五三郎はんの言いたいこと、理解できますわ。ほんま江戸家老様の見栄で駕籠を借りられたんはええけど、裃は先端が潰れるし袴は皺になるし」

 五三郎ほどではないが、猶次郎もそこそこ体格が良い。そんな男が小さな駕籠にぎゅうぎゅうに詰め込まれれば、どうしても着物に変な皺が付いてしまうものである。晴れの舞台で皺がついた袴のままというのも気持ちの良いものではないが、着替えの袴を用意していない。

「安心しろ。そんなことだろうと思ってもう一本袴は用意してある。というかお幸がお倫さんに用意しておくよう言っていたようだがな」

 そう言って為右衛門が風呂敷包みを猶次郎に差し出した。

「一昨日の内に御様御用に必要なものを道場の方に預けさせたらしい。当日は何かと慌ただしいから、持たせるものを忘れがちになるだろうと」

 だが、それは方便である。豊岡藩江戸家老の見栄により駕籠は借りることが出来たが、猶次郎はあくまでも下級武士である。そのような身分の者に、着替えを入れた挟箱を持つ中間までは藩として貸すことは出来ないのだ。
 その辺を慮った幸が予め倫に着替え一式を山田道場に預けておくよう告げたらしい。そうすれば五三郎の着替えと共に小伝馬町へ運び込むことができるからである。

「おおきに。お気遣い感謝します」

 一門の気遣いに感謝しつつ猶次郎が風呂敷包みを広げると、そこには火熨斗の掛かった新しい袴と裃、その他細々したものがあった。これならば行きがけに何かあっても問題なく御様御用に臨めるだろう。

(これを言われずに出来るようになるには、わても倫もまだまだなんやろうな)

 自分も倫もまだまだ未熟者なのだ――――――猶次郎は袴を手に取りながら、改めて気を引き締めた。



 準備を整え、牢屋敷の庭先に出ると既に御様御用の準備が整えられていた。例年と同じ配置に同じ土壇、そして二体の選びぬかれた胴が置かれているが、心なしかいつもより整えられている気がする。
 更にいつもと違うのは奥にいる見物客だった。去年のように大名たちが目白押し状態になっているわけではなく、たったニ人だけの見学である。
 一人は山田一門とも親交がある紀州公だが、もう一人が判らない。普通であれば身に着けているものに付けられている紋で誰か判るものなのだが、その人物はお忍びでやってきているのか羽織にしろ頭巾にしろ紋が付いているものを一切身に着けていないのだ。
 だが身につけている錦の羽織や仙台平の袴は極上品であるし、紀州公の態度を見るとやんごとない身分の者らしい。更に吉昌がその人物の傍に付き、なにがしかの説明をしているのだ。いつにない吉昌の緊張の面持ちから、五三郎はある結論に行き着く。

「兄上、もしかしてあのお方は・・・・・・」

 五三郎が緊張の面持ちで為右衛門に耳打ちする。すると為右衛門は五三郎に全てを言わせる前に返事をし始めた。

「たぶんお前が想像している御方であろうな。そもそも御様御用はあの御方の為に行われるもの。御自らの武具をこれから試す者の腕前を見に来るのは当然だろう。だが」

 為右衛門は更に声を潜める。

「この事は絶対に猶次郎には言うなよ。あいつはすぐに緊張するし、去年のこともある。とにかくこの場はつつがなく終わらせること、いいな?」

「承知」

 とにかく何事も無く――――――奥の人物を盗み見ながら兄弟は小さく頷いた。その時である。

「山田五三郎、前へ」

 石出帯刀の声が牢屋敷に響く。とうとう五三郎の御披露目が始まるのだ。その声と共に五三郎と付人役の為右衛門、そして口上役の芳太郎の三人が土壇の前に出る。

「これなるは、七代目山田浅右衛門を継ぎます、山田五三郎吉利にございます。まだ修行中の身ではござりまするが、以後よろしくお頼み申し上げまする」

 芳太郎の声が朗々と牢屋敷に響く。その口上が言い終わると共に五三郎は頭を下げた。例年とは違う仰々しい御様御用だが、こればかりは致し方がない。

「面をあげよ、山田五三郎」

 それは石出帯刀ではなく、奥にいた紀州公の声だった。その声に五三郎は緊張の面持ちのまま顔を上げる。

「――――――大樹公からの言伝だ。これから先、将軍家の刀を試してもらうことになるが、その勤めをつつがなく全うせよ、と」

「御意」

 『将軍名代』としての紀州公の言葉に、五三郎は改めて頭を下げた。すると紀州公の横にいる謎の人物が、紀州公に対して耳打ちをしたのだ。そして耳打ちの内容を聞いたその瞬間、紀州公は少し困ったように眉を下げ苦笑いを浮かべる。

「・・・・・・兄上様、それは七代目の腕前披露の後に行わせます。なので今暫くお待ちいただけますでしょうか」

 紀州公の声はかなり小さなものだった。だが虫の声ひとつしない静寂の中、紀州公の声は庭に控えていた門弟たちの耳にも筒抜けである。

(紀州公の兄、となると・・・・・・間違いなくあの御方だな)

 謎の人物の正体を確信したことにより、むしろ五三郎は腹が座った。だがそうなると心配なのが猶次郎である。五三郎はちらりと猶次郎の方をちらりと見たが、どうやら精神を集中しているらしく目を伏せたままだ。紀州公と謎の人物との会話には全く気づいていないらしい。

(このまま気づかずに御様御用を終わらせてくれりゃあいいか)

 去年の二の舞いだけは絶対にさせてはならない。五三郎は自らのお披露目以上に猶次郎の再挑戦に気をつられつつあった。



 口上が終わり、ようやく御様御用本番が始まった。五三郎は予め用意されていた備前国長船住長光の太刀を試した。これは代々の山田浅右衛門が跡取りになると決まった直後に必ず試す刀である。既に評価は決まっているものだが、今回の御様御用はあくまでの『御披露目』の意味合いが濃いので何ら問題はない。
 そして次こそがある意味本番――――――猶次郎の番である。多少緊張の面持ちではあるが、特に変わったところはない。このまま何事も無く勤めを果たしてくれれば――――――五三郎を始め、門弟たち誰もがそう思ったまさにその時である。

「広田猶次郎」

 紀州公が直接声をかけてきたのである。その声がけに猶次郎の表情が更に強張る。

「は、はっ!」

「そう固くならずともよい。去年は我が兄の戯れでそちに迷惑をかけた。その事を我が兄も申し訳なく思うておる。今回は気を楽に御様御用に望めと言付かっておる」

 将軍をあえて『兄』というところに紀州公の思いやりがにじみ出る。それに気づいているのかいないのか、猶次郎は顔を強張らせたまま深々と頭を下げた。

「こ、今回は絶対に・・・・・・成功してみせます!」

「うむ」

 紀州公はまるで息子を見るような、優しげな眼差しで微笑む。そのほほ笑みにようやく緊張の糸が解けたのか、猶次郎も表情の強張りをとき、胴が横たえられた土壇の前に立つ。

(今回が・・・・・・今回が最後の機会や。これで失敗したら二度と御様御用を任される機会は無うなる)

 そう、この御様御用が終わったら猶次郎は国許へ帰らねばならないのだ。ある意味去年以上に追い詰められた状況の中、猶次郎は手にした刀を大きく振りかぶった。




UP DATE 2016.9.14

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山田一門、ようやく牢屋敷に入り御様御用が始まりましたヽ(=´▽`=)ノ
どうやら今年の見物客は去年に比べてかなり少ないようですが・・・これはむしろ人払いをさせて『謎の人物』と紀州公だけになったと言ったほうがいいですね( ̄ー ̄)ニヤリ
更に言ってしまえば吉昌は本来御様御用の場に立ち、五三郎の紹介をするはずなのですが、『謎の人物』の接待のため奥の間へ上がり解説をすることに(^_^;)ここまでさせる人物となるともう答えはお解りだと思いますが、やはり正体を明かすのは次回の9月話最終話で、ということにいたします。やはり『葵の印籠』は最後の最後に出すものですしねぇ(*´艸`*)
(なお、この場でこの人物の正体に気がついていないのは猶次郎だけだと思われますwww)

次回更新は9/21、猶次郎の御様御用&謎の人物の正体について書かせていただきます(#^^#)
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