「短編小説」
横浜芸妓とヒモ男

横浜芸妓とヒモ男・其の玖・相影楼の芸妓寫眞

 ←烏のおぼえ書き~其の百六十ニ・戦前の山手線 →烏のまかない処~其の二百七十・KIRIN氷結 土佐文旦味
 吹き抜ける海風が秋の気配を滲ませ始めているが、まだまだ日差しは夏の強さのままである。そんな横浜の馬車道通りの一角にある店の前に、一足早い秋の粧のお鉄と、こちらは尻っぱしょりの帷子という、真夏そのものの姿の仙吉がいた。

「おい、お鉄。本当に大丈夫なのか?魂を抜かれるって俺は聞いているぞ」

 店の看板を見つめつつ、まるで化け物屋敷にでも入るような、怯えた表情を見せているのは仙吉である。そんな仙吉に対し、お鉄はケラケラと笑い出した。

「な~に言っているんだい!魂を抜かれていたら今頃お松ちゃんやお波ちゃんは死んでいるよ。それどころかここのポトガラのお陰で年末のお座敷まで埋まっているっていうのに」

 そう言いながらお鉄は好奇心丸出しの表情を浮かべたままするりと店の中に入っていく。

「お~い、お鉄ぅ」

 そそくさと店の中に入ってしまったお鉄の後を追いかけるように、仙吉も渋々店の中へ入っていく。その引戸上の看板には瀟洒な飾り文字で『寫眞館・相影楼』と書かれていた。


 『相影楼』は下岡蓮杖の写真館である。2階建てのその写真館は外国人と日本人、双方を相手にしておりなかなか繁盛しているらしい。そんな店をお鉄が知ったのは仕事関係からだった。

「他所の置屋でね娼妓だけじゃなく、芸妓も写真で売り込む妓が出始めているんだよ。まず手始めにとうちの女将が若い二人で試してみたのさ」

 そんな話をお鉄が仙吉にしたのは数日前の事だった。そして試しに撮った写真を懇意にしているお茶屋に置かせてもらったところ、顔が判るということで売上を伸ばしたのである。これを利用しない手はないと、早速女将から写真を撮る様命じられた芸妓達は、仕事の合間を見つけて『相影楼』へ写真を撮りに行くことになった。
 だが、写真が日本に入ってきてだいぶ経過するもののまだまだ偏見を持つものは多い。仙吉もその一人で、写真を撮りに行くと鼻息を荒くしているお鉄を心配し、金魚の某よろしくくっついてきたのである。

「すみませ~ん、下岡先生。予約しておりました鉄ですけど」

 仙吉より先に店に入っていたお鉄が店の奥へ向かって声をかける。すると弟子らしき若い男が奥から出てきた。

「ああ、お鉄さん、お待ちしておりました。下岡先生は奥で撮影の準備をしておられます。あと今日はお客が少なめですので、お召し物やお化粧に凝ることが出来ますよ・・・・・・ところでそちら様は、ご亭主様で?」

 若者にそう言われた瞬間、仙吉は顔を真赤にして首を横に振った。

「い、いえ。そんな大層なもんじゃ・・・・・・芸妓のヒモ、ってやつです」

「それは失礼を。立ち居振る舞いにお武家らしさを感じたものでつい」

「あら、判るもんなんですか?」

 お鉄がびっくりして若者に尋ねる。

「ええ。先生の横で何百人とお客様を見ておりますとね、隠しても隠しきれぬものが出てくるものです。それを誰にでも見えるように写しだしてしまうのが写真かもしれませんが」

「おお、怖い!魂を抜かれるよりもよっぽども怖い話じゃありませんか」

 お鉄はわざと大仰に身震いする。

「何をご謙遜を。ハマのお鉄の名は私の耳にも届いているくらいですからね。先生がきっと美しく撮ってくださいますよ」

 そう言いながら、若者は二人を二階のスタヂオへ案内した。



 普段よりはるかに濃い目の白粉と西洋のどぎつい紅で化粧をしたお鉄はゆったりを椅子に座る。身に着けている秋の粧にそぐわない厚化粧に、心配になった仙吉は写真の撮影機の最終調整をしている下岡に尋ねた。

「下岡先生、あんな濃い化粧で大丈夫なんですか?」

「ええ。あれくらい白く塗らないと、ひとの肌は黒ずんで写り込んでしまうんです。お鉄姐さんの白い肌を表現するにはあれくらいじゃないと難しいんですよね」

 準備途中にも拘らず、下岡は丁寧に厚化粧の意味を仙吉に説明する。きっと何度も同じことを客に聞かれ続けているのだろう。その説明は簡潔でわかりやすく、また慣れたものであった。

「もし良かったら仙吉さんも一枚如何ですか?」

「え?しかし俺なんか・・・・・・」

「花街の姐さんやお大尽、ここ最近では素人の女性でも撮らせてくれるお客が多いんですけど、平民男性のお客様がまだまだ少なくて。できれば普通の方の見本が欲しいんですよ。勿論こちらからのお願いで住んでお題はいただきません」

「そう、ですか。では、お鉄に聞いてから・・・・・・」

 そう言っておけばお鉄が庇ってくれて逃げ出せるだろう――――――そう目論んでいた仙吉だったが、それは甘すぎる考えだった。
『仙吉も白塗りにする』という下岡の一言にお鉄が乗り気になり、真っ白に白粉を塗りたくられた仙吉は役者よろしく何枚も写真を撮られることとなる。




UP DATE 2015.8.31 

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ

INランキング参加中v
こちらはブログ村の小説ランキングにリンクしております。



こちらは画像表示型ランキングですv




『横浜芸妓とヒモ男』、今回は寫眞館に足を伸ばさせましたwww
高価だったせいもあり、なかなか一般人には馴染みが薄かった寫眞ですが、娼妓・芸妓のプロマイド?寫眞から徐々に普及していったようで・・・今で言うところのアイドル・ピンナップといったところでしょうか。
史実のお鉄もかなりの有名人ですので、もしかしたら寫眞による売り出しもやっていたと思われます(*^_^*)
その一方、新しい物に尻込みするのがオッサンという人種で/(^o^)\仙吉も若いとはいえほぼ隠居老人のよ~な生活をしておりますので、オッサンとして扱っても良いでしょう(๑•̀ㅂ•́)و✧
ビビっているのを寫眞館側に悟られないよう、『ヒモ』の立場を最大限利用したようですが、哀れ白塗りにされてお鉄と一緒に寫眞を撮ることになりました/(^o^)\
たぶん男性は白塗りにしなくても問題ないと思われますが、きっと仙吉のビビリを察した下岡にからかわれたのでしょう。そしてお鉄も悪乗りして・・・といったところです(^_^;)

次回更新は9/28、秋らしい物悲しさのただよう話になるかと思いますm(_ _)m
関連記事
スポンサーサイト

 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のおぼえ書き~其の百六十ニ・戦前の山手線】へ  【烏のまかない処~其の二百七十・KIRIN氷結 土佐文旦味】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のおぼえ書き~其の百六十ニ・戦前の山手線】へ
  • 【烏のまかない処~其の二百七十・KIRIN氷結 土佐文旦味】へ