「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・秋冬の章

病葉の恋・其の壹~天保八年八月の嫉妬

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 それは八月十六日、中秋の名月の後片付けをしている時にふみの許へ届けられた。桔梗の透かしが入った手紙の差出人はふみがよく知る感応寺の僧侶である。

「また来たの、感応寺からの文?あなたも大変ね、浅木」

 襷を外した真希は、日寛のしつこさに呆れつつふみの手元を覗き込む。

「八月に入ってからこれで五通目よね?てっきり感応寺の僧都は『ご接待』で忙しいのかと思っていたけど、意外と暇なのかしら」

 真希の毒舌にふみはただ苦笑いを浮かべるだけである。

「まぁ、一応日寛様との『約束』は八月に、ということでしたので」

 本当であれば八朔の催事が終わった後、中秋の名月の前に感応寺に出向く予定だったのだが、将軍付きの女官の引き継ぎ――――――行事や催事、その他諸々の細かな伝達があり、いつの間にか月半ばを過ぎてしまっていたのである。それ故ふみが来なくなってしまうのでは?と焦りを覚えたのか、日寛からの手紙が三日と明けずに来るようになった。そのまめさに呆れつつも、ふみに執着を持っているうちに『仕事』を進めておくに越したことはない。

「・・・・・・そうね。焦らすのもこれくらいにしておきましょうか。本條様との相談の後になるけど、向こうに行く旨を手紙で出しておいて。日時は、明後日の昼過ぎで」

 すっかり『諜報』の顔つきとなった真希の言葉に、ふみは深く頷き手にしていた手紙を握りしめた。



 日寛の許にふみからの来訪予定の手紙が届いたのは十八日の事であった。将軍代替わりの年だけに、普段は無い努めや引き継ぎが多くなっているとの旨がそこには書かれている。

「かなり手間はかかったが、何とか引きずり出すことができそうだ」

 日寛は満足気に微笑み、ふみからの手紙を大事そうに懐へ忍ばせた。

「来なくてもいいババァどもは事あるごとにやってくるのに。これだからガキは面倒くさい」

 ふみへの文句を言いつつも、つい頬に浮かんでしまうにやつきは止まらない。日寛が抱くことができる女達の中で、十六歳のふみが一番若い。更に殆ど男性経験がない、というより日寛しか男を知らないふみを如何ようにも染めることができる事も、日寛にとってまたとない楽しみなのである。

「さて、次はどのようにあの小娘を弄おうか」

 既に心は明後日のふみの来訪に傾いている。だが感応寺の僧侶としての勤めは果たさなければならない。日寛は軽く溜息を吐いた後、年増の奥女中の相手をすべく大伽藍へと向かっていった。



 真希とふみが感応寺に出向いたその日は、やけに参拝の奥女中達が多かった。否、奥女中だけではない。加賀藩の溶姫付きの女中達も参加しているようで、その数は二十名を超えている。

「やっぱり他のお女中たちも、諸々の引き継ぎで忙しかったのでしょうか?」

「そんなことあるわけ無いでしょ。暇にあかせて遊びに来ているだけだってば」

 おっとりとしたふみに真希はぴしゃりと言い放つ。女官同志の噂話によれば、ひどいものだと月に二、三回も通っているものもいるらしい。

「女としての焦りもあるのかしらね。年増になればなるほど執拗みたいで、私の相手をしてくれた僧都もぼやいていたわ。だからこそ日寛があなたに食指を動かしたんでしょうけど・・・・・・」

 真希は声を潜めながら、ある一点を見つめる。

「今日は違う相手になるかもね。ほら、あっち」

 真希の言葉に訝しさを覚えたふみは、その視線を追いかける。するとその先では日寛が三人ほどの年増の女官にまとわりつかれていた。自分より十歳以上も年上の女官達と談笑する日寛の姿を見た瞬間、何故かふみはちくり、と胸が痛むのを感じてしまう。
 そんなふみの心の機微に気がついたのは、ふみ本人ではなく隣りにいた真希だった。

「あら浅木、あなたでもやきもち焼くの?」

 からかうような口調で真希はふみに尋ねる。するとふみは耳まで朱に染めながら首を激しく横に振った。

「ち、違います、吉野様!そんなんじゃありません!ただ・・・・・・他の僧都が相手で、うまく勤めが果たせるかどうか」

 照れ隠しもあろのだろう。あえてふみは『仕事』であることを強調する。そんなふみを愛おしそうに見つめつつ、真希はふみの背中をぽん、と軽く叩いた。

「心配することはないわよ。そっちのほうは相手に任せておけばいいんだから。ここへの潜入はまだ三回目、焦っちゃ駄目よ」

 『厄介な話』を聞き出すためにはある程度の時間が必要だ。若いふみにとってはまだるっこしいかも知れないが、そこは真希が手綱を引かねばならぬだろう。

「今回はあなたも大伽藍に入ったほうが良さそうね。ちょっと、というかかなりびっくりするかもしれないけどそこは覚悟しておいてね」

 耳打ちする真希の言葉に、ふみは顔を強張らせつつ小さく頷いた。



 退屈すぎる説法が終わった瞬間、真希とふみ以外の女官達、約二十名ほどは先を争って隣の大広間へと雪崩れ込んだ。そんな女官達の後から、真希とふみはゆっくりと大広間へと入ってゆく。

「吉野様、ご無沙汰しております」

 二人が部屋の中に入るや否や、中年の僧都がにやにやと下卑た笑みを浮かべつつ近づいてきた。どうやら真希が目当てらしい。年齢にしては体つきは引き締まり、顔立ちも整っていたが、その品性の無さが全身から見え隠れしているのは頂けなかった。
 そんな女二人の評価を知らぬまま、中年の僧都は真希の手を取り、握りしめる。

「なかなかこちらに来てくださらないので、てっきり吉野様に愛想をつかされたものだと」

「あら、御免遊ばせ。本当はこちらに伺いたかったんですけど、大御所様がなかなか離してくださらなくて。今日もこちらに伺うと申しましたら嫌な顔をされたんですよ」

 どうやら真希は『大御所のお手つき』ということで売り込んでいるらしい。前回まで生娘だったふみには出来ない真似だが、以後の潜入捜査の時はこの手が使えるだろう。ふみは御庭番の目で真希のやり方をこっそり観察する。

「なるほど、そうでしたか。ところで大御所様のご機嫌は如何ようで?」

 やはり『大御所のお手つきの女官』というのは感応寺の僧侶にとって魅力的なのだろう。それこそ涎を垂らさんばかりの表情で真希に尋ねてくる。すると真希は愛想笑いを浮かべつつ、大御所の偽りの『近況』を語り始めた。

「本当にご隠居あそばされたのかと思うほどお元気ですよ。まつりごとの実権は未だ大御所様の手の内ですし、先日も新たな『お手つき』を作りまして、御台様を呆れさせておりましたわ」

 中年の僧都にそう言いつつ、真希は意味ありげにふみに流し目をくれる。

(あ、そういうことか)

 つまりこの瞬間、ふみも偽りの『大御所のお手つき』に仕立てあげられたのである。この事が偽りであることは、今のところ将軍付きの女諜報達と日寛くらいしか知らないだろう。万が一、日寛がふみに興味をなくした場合、真希が吐いたこの嘘が生きてくる。そして実際その嘘に騙されている者が目の前に居た。

「なるほど。こんなにお若いお女中を・・・・・・大御所様もなかなかやりおりますな」

 ふみを好色そうな目で見つつ、中年の僧都は真希の腰をかき抱いた。

「尤も拙僧は吉野様の如く適度に熟れた、甘い果実を好みますがな」

「まぁ、お上手」

 そう言いながら二人はふみを置き去りに部屋の奥へと移動してゆく。だが、部屋の中はそんな必要が無いほど乱れていた。

(真希さんに聞かされていたけど、まさかここまでとは)

 乱雑に脱ぎ捨てられた打掛の上に蠢くのは肌も露わな女官たちで、その上に僧都達が覆いかぶさっている。やけに甲高い嬌声に獣のような雄叫び、そして何よりも淫らにとろけたその表情に、ふみは恐れおののく。

(ど、どうしよう)

 恐怖を覚えたふみは一歩後退る。その時である。

「お女中殿。もしかして『ご接待』のお相手をお探しですかな?」

 背後から声をかけられ、肩を掴まれる。その強さにびくり、と体を震わせ、恐る恐るふみは振り向いた。するとそこには比較的若い――――――日寛より二、三歳ほど年上かと思わせる僧侶がニヤニヤと笑っているではないか。
 本来であれば目の前の男を籠絡し、より幅広く情報を得なければならない。だが、その下心まる出しの下卑た笑みに『諜報のしての責務』よりも『乙女の恐怖心』が勝ってしまった。

「あ、あの・・・・・・日寛様を・・・・・・約束が・・・・・・」

 もつれる舌で必死に説明をし、この場から離れようとするふみだったが、相手の手はますます強くふみの肩を掴んでくる。

「ああ、日寛でしたら他のお女中のご接待をしております。何でしたら拙僧がお相手を・・・・・・」

 そう言いながら若い僧都はふみの腰にもう一方の手を回そうとした。まさにその時である。

「日笙先輩!!浅木殿からその手を離していただけますでしょうか!」

 その場の空気を切り裂く鋭い声に、ふみは驚き、振り向く。するとそこには鬼の形相の日寛が仁王立ちに立ちはだかっていた。




UP DATE 2016.8.3

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今月は日寛&ふみの生臭坊主&女諜報コンビの話です(#^^#)今回はタイトルにかなり苦戦いたしまして(-_-;)
僧侶も奥女中も本来は不犯であるべきなのにそれを犯して関係を持っている二人を、異端=緑の葉に紛れつつも異彩を放つ病葉に例え、このタイトルにいたしました。本当にタイトルには悩まされます(^_^;)

三度目の神呪寺来訪となったふみですが、今回は日寛が他の女中にまとわりつかれ、自らも他の僧侶に声をかけられ・・・と思うようには行かない展開でした。しかし最後の最後で日寛が出てきて・・・相手にしていたはずの女官達はどうしたんだ?とかそういう細かいことは次回にがっつり回させていただきます\(^o^)/そしてガッツリはエロも・・・ふみのは『やきもち』程度ですが、日寛は明らかに嫉妬ですのでねぇ。次回ふみがどんな目に遭ってしまうのか、それも同時にお楽しみ下さいませ( ̄ー ̄)ニヤリ
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