「短編小説」
横浜芸妓とヒモ男
横浜芸妓とヒモ男・其の捌・居待ち月の女月見
明治も四年目になり、世の空気も大分落ち着きを取り戻しつつあった。そうなると人間というものは羽根を伸ばしたくなるものらしい。
上方からやってきて江戸を占領してしまった官軍、そして明治政府の目を憚り、紋日であっても花街に繰り出せなかった者たちが少しずつ戻り始めたのは去年のこと。今年は更に人が多くなりそうだ。
「だからね。家でのお月見を少し早くするか、遅くするかして十五夜を避けて欲しいんだよ。もう既にいつもの二倍もの予約が入っちまっていてさ」
一昨年までは客の少なさからきちんと『十五夜』にやっていた月見だが、去年は少し客が増えてしまって真夜中からの月見になってしまっていた。今年はそれ以上――――――下手したら夜が明けるまで家に帰ってくることができないかも、とお鉄が両手を合わせて仙吉に頼み込む。そんなお鉄に対し、仙吉は『構わないよ』と笑顔を見せた。
「気にすることはないよ、お鉄。そもそも紋日にお客が戻ってきてくれるなんて何よりもありがたいじゃないか。お上も黙認、というより実質推奨しているくらいだし」
ここ最近、政府の財政赤字が巷で噂になっている。政府としては行事で庶民に金を落としてもらい、それを税金や上納金という形でで吸い取りたいというのが本音なのだろう。だがそんな思惑とは別に、やはり行事は行事らしく賑やかに越したことはない。
「だったら置屋の姐さん達にも声をどうかな?十六夜か十七夜に慰労を兼ねて名残月、っていうのも悪く無いと思うけど」
仙吉の提案に、お鉄も手を打って賛成する。
「そりゃいいね。だったら置屋のお母さんに話をつけておこうか」
今年の十五夜は特に忙しくなるのだ。その打ち上げをするのも悪くはない。そんなお鉄の言葉に仙吉は穏やかな笑みで頷いた。
十五夜の翌日か翌々日か―――――そんな月見の予定を立てていたお鉄達だったが、世の中そううまく事が運ばないものである。十五夜だけでは捌ききれなかった客の宴会予約は十六夜、十七夜、更には前倒しの十四夜や十三夜にまでずれこんでしまい、芸妓置屋の月見は十八夜の夜になってしまった。言ってみれば居待ち月の月見である。座敷には小料理屋からの仕出しだけではなく、仙吉が作った月見団子や衣かつぎ、更に料理好きの芸妓達が持ち寄った色々な惣菜が所狭しと並んでいる。
「しかし今年は本当に混んだよねぇ」
酒を飲み干しながら置屋の女将が上機嫌にお鉄に語りかける。
「ええ、本当に。喉が潰れるんじゃないかと思いましたよ」
お鉄は顔をしかめつつ、少し枯れ気味の喉を指し示した。十五夜を挟んで五日間、いつもの二倍近くの座敷を勤め、流石に喉への疲労が溜まっている。それは他の芸妓達も同様で、若手から練者までまともな状態の者は誰一人居なかった。
「でも、喉が潰れるくらい仕事があるなんて幸せじゃん」
同僚のお磯がガラガラ声で笑いながら衣かつぎを口に放り込む。一昨年までの閑古鳥を思えば、去年、今年の盛況は本当にありがたい。更に十五夜に来た者は『片見月』を忌み嫌うので、来月の十三夜も同様の盛況が見込めるだろう。
「確かにそうだよねぇ。これで年末までは何とか持ちこたえられそうだし」
女将の一言に芸妓達は大笑いする。そんな彼女らに酌をするのは仙吉や置屋の亭主である。それこそ男女逆になったような光景だが、置屋の中ではそれが当然となっているらしい。というか、女達に酔い潰されるよりは酌に回ったほうが安全だと思っているフシがある。
「みなさ~ん!!月ですよ、月!やっと居待ち月があがってきました!」
唯一女子衆の中で酒を免除され『月番』をしていた半玉のお松が窓の外を見つめながらはしゃぐ。その声と同時に部屋の中の全員が窓に押し寄せた。
「十五夜もいいけど、欠けた月っていうのも乙だねぇ」
遠く見える水平線をかすかに照らしながら、居待ち月が雲間から顔をのぞかせている。そんな月を愛でつつも女達が杯から手を離すことは無く、華やかな宴は更に盛り上がっていった。
UP DATE 2015.7.27
イベントそのものを楽しむ人があれば、それを支える人もいるわけでして・・・今回はその支える側・芸妓たちの打ち上げ風景を書かせていただきました(*^_^*)
この話の舞台になっている明治四年くらいになれば大分世情は落ち着いていると思うんですよね~(^_^;)流石に明治元年、二年は官軍の目が厳しそうですし・・・。
でも経済が活性化しないと税金が入ってこないじゃないですかwww政府としても落ち着きが出てきたこの時期ならば、よっぽどは目をはずさない限り宴会推奨となっていたに違いないと、お鉄たちにはガンガン働いてもらいましたwwwその後の宴会ですから、置屋の主人や仙吉にお酌をしてもらってもバチは当たりませんよね~( ̄ー ̄)ニヤリ
次回の拍手文は菊の節句か、明治初期の横浜らしい西洋っぽいものを取り上げたいところです(*^_^*)
上方からやってきて江戸を占領してしまった官軍、そして明治政府の目を憚り、紋日であっても花街に繰り出せなかった者たちが少しずつ戻り始めたのは去年のこと。今年は更に人が多くなりそうだ。
「だからね。家でのお月見を少し早くするか、遅くするかして十五夜を避けて欲しいんだよ。もう既にいつもの二倍もの予約が入っちまっていてさ」
一昨年までは客の少なさからきちんと『十五夜』にやっていた月見だが、去年は少し客が増えてしまって真夜中からの月見になってしまっていた。今年はそれ以上――――――下手したら夜が明けるまで家に帰ってくることができないかも、とお鉄が両手を合わせて仙吉に頼み込む。そんなお鉄に対し、仙吉は『構わないよ』と笑顔を見せた。
「気にすることはないよ、お鉄。そもそも紋日にお客が戻ってきてくれるなんて何よりもありがたいじゃないか。お上も黙認、というより実質推奨しているくらいだし」
ここ最近、政府の財政赤字が巷で噂になっている。政府としては行事で庶民に金を落としてもらい、それを税金や上納金という形でで吸い取りたいというのが本音なのだろう。だがそんな思惑とは別に、やはり行事は行事らしく賑やかに越したことはない。
「だったら置屋の姐さん達にも声をどうかな?十六夜か十七夜に慰労を兼ねて名残月、っていうのも悪く無いと思うけど」
仙吉の提案に、お鉄も手を打って賛成する。
「そりゃいいね。だったら置屋のお母さんに話をつけておこうか」
今年の十五夜は特に忙しくなるのだ。その打ち上げをするのも悪くはない。そんなお鉄の言葉に仙吉は穏やかな笑みで頷いた。
十五夜の翌日か翌々日か―――――そんな月見の予定を立てていたお鉄達だったが、世の中そううまく事が運ばないものである。十五夜だけでは捌ききれなかった客の宴会予約は十六夜、十七夜、更には前倒しの十四夜や十三夜にまでずれこんでしまい、芸妓置屋の月見は十八夜の夜になってしまった。言ってみれば居待ち月の月見である。座敷には小料理屋からの仕出しだけではなく、仙吉が作った月見団子や衣かつぎ、更に料理好きの芸妓達が持ち寄った色々な惣菜が所狭しと並んでいる。
「しかし今年は本当に混んだよねぇ」
酒を飲み干しながら置屋の女将が上機嫌にお鉄に語りかける。
「ええ、本当に。喉が潰れるんじゃないかと思いましたよ」
お鉄は顔をしかめつつ、少し枯れ気味の喉を指し示した。十五夜を挟んで五日間、いつもの二倍近くの座敷を勤め、流石に喉への疲労が溜まっている。それは他の芸妓達も同様で、若手から練者までまともな状態の者は誰一人居なかった。
「でも、喉が潰れるくらい仕事があるなんて幸せじゃん」
同僚のお磯がガラガラ声で笑いながら衣かつぎを口に放り込む。一昨年までの閑古鳥を思えば、去年、今年の盛況は本当にありがたい。更に十五夜に来た者は『片見月』を忌み嫌うので、来月の十三夜も同様の盛況が見込めるだろう。
「確かにそうだよねぇ。これで年末までは何とか持ちこたえられそうだし」
女将の一言に芸妓達は大笑いする。そんな彼女らに酌をするのは仙吉や置屋の亭主である。それこそ男女逆になったような光景だが、置屋の中ではそれが当然となっているらしい。というか、女達に酔い潰されるよりは酌に回ったほうが安全だと思っているフシがある。
「みなさ~ん!!月ですよ、月!やっと居待ち月があがってきました!」
唯一女子衆の中で酒を免除され『月番』をしていた半玉のお松が窓の外を見つめながらはしゃぐ。その声と同時に部屋の中の全員が窓に押し寄せた。
「十五夜もいいけど、欠けた月っていうのも乙だねぇ」
遠く見える水平線をかすかに照らしながら、居待ち月が雲間から顔をのぞかせている。そんな月を愛でつつも女達が杯から手を離すことは無く、華やかな宴は更に盛り上がっていった。
UP DATE 2015.7.27
イベントそのものを楽しむ人があれば、それを支える人もいるわけでして・・・今回はその支える側・芸妓たちの打ち上げ風景を書かせていただきました(*^_^*)
この話の舞台になっている明治四年くらいになれば大分世情は落ち着いていると思うんですよね~(^_^;)流石に明治元年、二年は官軍の目が厳しそうですし・・・。
でも経済が活性化しないと税金が入ってこないじゃないですかwww政府としても落ち着きが出てきたこの時期ならば、よっぽどは目をはずさない限り宴会推奨となっていたに違いないと、お鉄たちにはガンガン働いてもらいましたwwwその後の宴会ですから、置屋の主人や仙吉にお酌をしてもらってもバチは当たりませんよね~( ̄ー ̄)ニヤリ
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