「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第十章

夏虫~新選組異聞~ 第十章第七話 上野戦争・其の参

 ←烏のがらくた箱~その三百三十・昭和天皇の晩年をリアタイで見ている人間としては・・・ →鉄ヲタ夫と歴女妻の鉄道オタク旅~阿蘇のあか牛別府の地獄編2
 上野戦争が集結したその日の夕方から始まった官軍の彰義隊狩りは、瞬く間に江戸市中に広がった。千駄ヶ谷も例外ではなく、上野戦争の翌日には植甚にも官軍兵が訪ねてきほどだから、その動きはかなり迅速だ。
 勿論彼らは沖田らがいる離れにもやってきたが、着流し姿の上に脇差さえ刀掛に置きっぱなしという沖田と、生まれたばかりの乳飲み子を抱いている小夜見るなり『こいつらには関係ない』とばかりに早々に引き上げてしまった。

「ありがたいですけど、何だか拍子抜けですね」

 彰義隊の調査のあと、甚五郎のいる母屋へやってきた沖田は苦笑いを浮かべる。

「確かに生まれたばかりの赤子を抱えている彰義隊隊士はいないでしょうしねぇ。ところで沖田さん達は明日にでも?」

 沖田と小夜に茶を勧めながら甚五郎は尋ねる。実は沖田達が甚五郎の許へやってきたのは明朝の出立の挨拶を予めしておくためであった。そんな律儀な若い夫婦に甚五郎は目を細め、確認する。

「ええ。江戸は彰義隊狩りでさらに物騒になっていますしね。日の出前にはここを出立するつもりですので、明日の朝は挨拶も出来ませんが」

 沖田は明朝の非礼を詫びるが、 甚五郎は気にすることはないと大声で笑った。

「お気遣いなく。京都までは遠いですからね。暑いでしょうけど道中お気をつけて」

 そんな挨拶を交わした後、沖田らは母屋を後にし離れへと戻っていった。



がさり。

 沖田が離れの居間に入った瞬間、微かではあるが明らかに何者かが茂みで動いている音がした。その方向を厳しい目で見つめながら沖田は小夜に声をかけた。

「小夜。佳世と一緒に土間の方に引っ込んでいてください。残念ながらクロではなさそうですね――――――相手は殺気を漂わせています」

 沖田は離れに住み着いている黒猫の名を出しつつ、小夜と佳世を半ば強引に土間の方に押しやる。

「いいですか?私が良いと言うまで出てこないでくださいね。あと、万が一私以外の者がこの襖を開けたら即座に母屋へ逃げてください」

 沖田は小夜に告げると、ぴしゃりと襖を閉めた。そしてすかさず刀掛けにかけてあった脇差を手にすると障子の横の壁にぴたりと身を寄せる。

(敵は、どうやら一人のようですね)

 敵から死角になる場所に身を潜めている分、敵を見ることはかなわない。だが気配だけは充分に感じることができた。微かに聞こえる息遣い、時折聞こえる拵同志が擦れる音、そして落ち葉を踏みしめる足音――――――それらから沖田は敵は一人と瞬時に判断した。

(すっかりなまっていたと思っていたんですけど。意外と人の気配って読めるものなんですね)

 沖田は壁の向こう側に感じる気配を探りながら苦笑する。どんなに武士を諦めても、その習性は骨の髄まで染みこんでしまっているようだ。
 だったらその染み付いてしまった習性に任せてしまえと沖田は気配を更に消した。

「おい、そこにいるのは判っているんだ!出てこい!」

 苛立った男の声が周囲に響く。どうやら相手はこのような戦いに不慣れなようである。沖田が穴蔵に篭もるように障子を締め切り気配を消した途端、折角隠れていた茂みから出てきてしまうとは――――――そう理解した瞬間、沖田は自分の有利を察し更に低く身構えた。
 敵がどのような武器を持っているか定かではない。だがここに上がり込んでくる瞬間、片手は障子にかかるはずだ。いな、脚で蹴り倒すにしても片足が障子にかかった不安定な体勢になる。確実に相手を殺すにはその一瞬を逃してはならない。沖田は脇差の柄に手をかけ、いつでも飛びかかれるよう少しだけつま先に力を込めた。その瞬間である。

「だったらこっちから行くぞ!」

 薩摩訛りの怒鳴り声と同時にバン!と勢い良く障子が開かれた。だがその瞬間、男の目の前に人を喰ったような笑顔が現れ、それと同時に喉に鋭い痛みが走る。

「だめですねぇ。こういう時は声を潜めて襲いかからないと敵に感づかれて取り逃がしますよ。次回から気をつけてくださいね・・・・・・って言っても遅いですか」

 驚愕に見開いた男の目に無邪気な笑みを向けながら、沖田は穏やかに注意を促した。その語りかけは幼子に稽古を付ける町道場の師範のようだったが、僅かに返り血を浴びたその姿は血に飢えた夜叉といったほうがふさわしいかもしれない。
 男の首には沖田の脇差が深々と刺さっていた。敵がどのような武器を持っているか判らない中、声の聞こえてくる高さ、そして障子にかかった手の高さから相手の身長を想定し、その喉元に対して刀への負担が一番小さい『突き』を突きこむ――――――それは京都で生きるか死ぬかの戦いを強いられてきた男の本能がなせる技だった。目の前の男は即死だったようで、目を見開いたままがくりとその場に崩れ落ちる。

「おっと!変なふうに倒れないでくださいよ。この脇差が折れたら道中困るんですから」

 沖田は慌てて男の体に脚をかけると、その力を利用して首から脇差を抜いた。その瞬間、勢い良く男の首から血が吹き出し、障子を派手に汚す。

「あ~あ。折角きれいに使ってたのに。この障子、もう使えないなぁ・・・・・・しかし、どうたもんでしょうね、これ」

 改めて見ると男は薩摩藩兵の格好をしている。理由はともあれ官軍の兵士を殺したとあっては無事ではいられないだろう。

「どのみちこの仏を片付けないことには・・・・・・ああ、小夜。もう出てきても大丈夫ですよ」

 静かになった気配を察し恐る恐る覗き込んできた小夜に沖田は声をかける。

「一体何が・・・・・・!!」

 庭先に転がった亡骸を見て、小夜は息を呑む。

「もしかしたら私達を彰義隊の残党と勘違いしたんでしょうかね。でもさっき来た方とは顔立ちが違うような気が・・・・・・あっ」

 沖田は男が腰に束さんである大刀を見るなり声を上げた。

「これ、私の大刀ですよ!板橋に置いてきたのに何故?」

 その瞬間、沖田は原田の言葉を思い出した。

「そう言えば、大刀を手に駕籠かきに尋問している官軍兵がいるって話をしていましたよね、原田さん。もしかしてこの男だったのかも知れません」

 沖田の呟きに、小夜は小さく頷いた。

「しかしこの亡骸はどうしましょう。流石にこの辺に勝手に埋めるわけにもいきませんし」

 すると小夜は佳世を抱いたままじっと障子にかかった血飛沫をじっと見つめ、その後思いがけないことを口にした。

「総司はん、こんお方に総司はんの身代わりになってもらいまひょ。見方によってはこの血飛沫、労咳の喀血にも見えんことはありまへん」

「さ、小夜。流石にそんな無謀な・・・・・・・それに喉に刀傷が」

「それはうちが縫い合わせます。そして労咳やった『沖田総司』に刀傷のひとつやふたつあったかておかしゅうありまへん。その辺は置き手紙で甚五郎はんに言い含めて」

 小夜の説得に、沖田はしばらく腕を組んで考えこむ。世話になった甚五郎に迷惑をかけるのは申し訳ないと思うが、しかし他に良い方法も思い浮かばない。

「なるほど・・・・・・だったら小夜がその亡骸に『工作』をしている間、私は部屋の方のお膳立てをしておきましょうか。いかにも『労咳』の病人が寝ていたように」

 どのみちこの状況が官軍に見つかってしまっては沖田達も無事ではいられない。自分達家族が生き残るため――――――沖田の人生の中で、最も私欲にまみれた裏工作が今始まろうとしていた。



 死んだ男が着ていた軍服を全て脱がせ下帯一枚にしたところで小夜の縫合が始まった。普通の縫い針と生成りの糸しか無かったがこればかりは致し方がない。できるだけ丁寧に小さな針目で小夜は亡骸の傷口を縫い合わせてゆく。
 その一方、沖田は床下に穴を掘り男の軍服を埋める。気づかれてしまうかもしれないが、それでも発見が遅いに越したことはない。規律に厳しい薩摩藩兵だけに金目の物はあまり持ちあわせてはいなかった。と言うか一番金目の物は男のものと思われる薩摩拵の大刀だろう。

「うわっ、何で大刀の柄に名前なんか刻みますかね。これじゃあ売り払うに売り払えないじゃないですか」

 あわよくばもぐりの古道具屋に刀を売り払い、路銀の足しにと思っていた沖田は顔をしかめた。

「刀に、名前?頑是ない子供やったらいざ知らず、ええ大人が?」

「きっと与えられた武器を売っぱらって賭博に使ったりする輩がいるのかもしれませんね。または私達がやろうとしているみたいに殺された後、武器を売り払われてもすぐに身元が判るようにとか・・・・・・そう、か」

 沖田は何か思いついたように、低く唸る。

「この人に私の『身代わり』してもらうように、私もこの人の『身代わり』に・・・・・・というか入れ替わってしまうというのも悪くありませんね。流石に道中『沖田総司』の名前は使えませんし」

 沖田の言葉に、男の首の傷を縫い終えた小夜も深く頷いた。



UP DATE 2016.7.16

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)





大分お待たせしてしまいました(>_<)『夏虫』にとって一番重要な場面でありながら、自分の体調不良でなかなか書けなかったこの場面・・・ようやく半分書くことが出来ましたヽ(=´▽`=)ノ
手柄を立てようと甚五郎の家に忍び込み沖田に襲いかかろうとした薩摩藩兵の男ですが、逆に沖田に返り討ちに遭ってしまいました(>_<)主役とモブでは格が違いすぎるというかなんというか(^_^;)
しかし流石にこのままでは甚五郎に迷惑がかかるし、自分達も追われる身となってしまうということで可能な限りの『工作』が始まります。普段だったら絶対にバレるようなものですが、上野戦争直後のドサクサの中、もしかしたら・・・と一縷の望みを持ちつつ(´・ω・`)

果たして沖田らはどのように『入れ替わり』をするのか、そして甚五郎宅を抜けだした後、沖田はどこへ向かうのか。次回をお楽しみ下さいませm(_ _)m
関連記事
スポンサーサイト

 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のがらくた箱~その三百三十・昭和天皇の晩年をリアタイで見ている人間としては・・・】へ  【鉄ヲタ夫と歴女妻の鉄道オタク旅~阿蘇のあか牛別府の地獄編2】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のがらくた箱~その三百三十・昭和天皇の晩年をリアタイで見ている人間としては・・・】へ
  • 【鉄ヲタ夫と歴女妻の鉄道オタク旅~阿蘇のあか牛別府の地獄編2】へ