「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・秋冬の章

猶次郎の許嫁・其の貳~天保八年七月の再会

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 鈴ヶ森の刑場からほど近く、品川の『釜屋』に山田一門の門弟達は宴の席を設けていた。この日は大垣藩から頼まれた勝手仕置の代行だったので師匠である吉昌は同席していない。それだけに多少羽目をはずしても問題ない宴なのだが、この日ばかりは勝手が違った。

「・・・・・・なぁ、お倫。ええ加減下がったらどうや?芸妓やあるまいし」

 渋い表情と怒りを含んだ凄みを帯びた声で猶次郎は隣りに座っている許嫁・倫を窘める。何と鈴ヶ森の刑場で偶然出くわした猶次郎の許嫁・倫が同席すると言い出し、半ば強引に男ばかりの宴の席に入り込んだのだ。
 流石に体裁が悪いと猶次郎は倫を宥めすかして別室に追いやろうとするが、倫は頑なに首を横に振る。

「いやや。そんなこと言うてうちがいなくなったら綺麗どころと遊ぶんやろ?」

 どうやら猶次郎は完全に疑われているらしい。そんな二人のやり取りを面白そうに見つめているのは山田道場の仲間達である。

「こりゃ所帯を持ったら確実に尻に敷かれるな、猶次郎」

 五三郎の茶化しに、猶次郎と倫以外の全員が笑う。それほどまでに猶次郎の狼狽ぶりと、倫の度胸の座り方は対照的だった。

「流石、たった四年で御様御用を任された男の許嫁だな。肝の座り方が半端ない」

「噂だと京極様直々のお声がかりらしいじゃねぇか。昨今は武家の娘と言っても手弱女が多いからな。この気の強さはありがたいぜ」

「いや~、まさか猶次郎が『かかあ天下』組に入るとは思わなんだ」」

 先輩や同輩どころか後輩にまでからかわれ、猶次郎はますますおもしろくなさそうな表情を露わにする。

「ところでお倫さんは何故わざわざ江戸へ?あと三ヶ月もすれば猶次郎は国許に帰るのに」

 何気なく為右衛門が尋ねる。すると倫は盃を傾ける手を止め、じっと為右衛門の方を向いた。

「猶次郎はんの、ほんまの仕事や技を見たいんなら江戸や無いと無理やって・・・・・・江戸に出向いた藩士に言われたんどす。しかも一人やなく数人から」

 そう前置きした倫はぽつりぽつりと、語り始めた。



「豊岡は、ほんまに平和な国なんどす。盗みなんかも殆どありまへんし・・・・・・せやから死罪なんて以ての外、試し切りどころか首を斬ることさえありまへん」

 その言葉にその場にいた全員が頷いた。江戸の隣で、宿場もある川越でさえ死罪になるような人間は十年、二十年に一人出るかどうかである。大阪や京都などの大都市ならいざ知らず、ちょっと都会から離れた藩では犯罪そのものが激減する。死罪になるような盗みや殺しに至っては殆ど皆無だろう。そんな環境下で『本当の試し切り』をするのはまず無理である。

「せやから、猶次郎はんのほんまのお勤めを・・・・・・妻となるからには、ほんまの試し切りを一度でも見たいと」

「そんなくだらない理由で江戸くんだりまで出てきたんか。どうせ真岡や袋田あたりが吹き込んだんやろ?そんなもん真に受けて」

 猶次郎は頭を抱える。そんな猶次郎を為右衛門が慰めた。

「確かに豊岡からその為だけに来たのはどうかと思うが、武士の妻として勉強熱心だと思えばいいじゃないか。それにこのついでだ。お幸に頼んで試し者芸者の妻としての作法を学ぶっていうのは?」

 何の気なしに口にした為右衛門の提案だったが、それに真っ先に賛同したのは弟の五三郎だった。

「そいつは良いかもしれませんね、兄上。芝じゃ適当でしたけど、実際はかなり細々した作法があるんですよ。試し切りの前日や終わった後にも」

 それを毎度毎度幸の言いなりになってこなしていると自嘲気味に告げる五三郎の言葉に、倫が敏感に反応する。

「そんなに、覚えなければならへんことがあるんどすか?」

「豊岡に引っ込んじまったら使うことはない作法かも知れねぇが、覚えておいて困ることはねぇ。それに大阪や京都に猶次郎が出張ることがあったら、そういった作法は必要になる」

 五三郎の言葉に倫は少し不安の色を滲ませた。

「江戸にいる間に覚えられますやろか・・・・・・長くても江戸には十日くらいしか」

「大丈夫だろう。もし不安があるようなら、師匠を通じて豊岡の藩庁にその旨を伝えればいい。藩庁だって恥はかきたくないだろう」

 それは暗に『妻が作法一切を覚えなければ夫、そして藩の恥になる』と言っているようなものである。流石に表情が固くなった倫に気がついた猶次郎は、さり気なく『この辺で』と口を挟む。

「ほんまにこいつは子供の頃から向こう見ずで・・・・・・今日はこいつを藩邸に連れて帰ります。道場への挨拶は明日か明後日にでも」

 作法云々は落ち着いてから、と付け加えた猶次郎に全員が頷いた。

「その方が良いだろうな。今日は江戸についたばかりで色々と疲れているだろうし」

「ほな、失礼します。行くぞ、お倫」

 猶次郎は頭を下げると、倫の腕を掴み早々に部屋を後にした。



 暗い夜道を猶次郎と倫、そしてお付の者の四人は豊岡藩藩邸へと向かっていた。本来なら年頃の男女が並んで歩くというのは許されないことだが、夜道であるということ、そして倫が旅姿で明らかに江戸に不慣れだと判る姿なだけに、行き交う人々は何も言ってくることはなかった。

「お倫、お前ほんまに何も考えずに江戸に来たんやな」

 厳しさを滲ませた猶次郎の声に、倫はふくれっ面を作りながらも小さく頷く。

「だって、猶ちゃんは江戸に四年も留学してんのに、うちは豊岡でのうのうとしていて・・・・・・そんなん、あかんやろ?猶ちゃんのお嫁さんになるんやったら、せめてどんなお勤めをしているのか知りたくて」

 その声は明らかに湿っていた。

「阿呆か。そんな事気にせんでええのに。しかも作法云々言われて柄にもなくびびりやがって」

 猶次郎は微かに震えている倫の肩を抱いた。子供の頃、泣き虫だった倫をそうやって何度も慰めたものだったが、久しぶりに抱く肩は予想以上に華奢で、柔らかかった。一瞬どきり、とするが、そんな心の動揺を押し隠し、猶次郎は倫に語りかける。

「五三郎が言うた『細々した作法』云々は将軍家御様御用を任されてはる家ならではのもんや。そりゃあ覚えておいて損はないやろうけど十日やそこらで覚えられるもんやない。お幸はんから話を聞いて覚えられるもんだけ覚えればええ」

「・・・・・・うん」

 昔と変わらず優しい言葉をかけてくれる猶次郎に、泣きじゃくりながらも倫は素直に頷いた。



 翌日、猶次郎と倫は吉昌への挨拶を兼ねて山田道場を訪れた。

「五三郎から話は聞いているが、豊岡からわざわざいらしたとか」

 吉昌の、穏やかな声に安心したのか、倫はようやく緊張に強張っていた表情を緩めた。

「広田猶次郎の許嫁、倫と申します。不束者ではありますが、以後お見知り置きを」

 倫は猶次郎の少し後方から、深々と頭を下げる。

「聞いたところによると猶次郎の仕事ぶりを確かめたいとか。だったら・・・・・・」

 吉昌が言いかけたその時である。丁度茶を持って入ってきた幸が吉昌の言葉を継いだ。

「五日後の千住のお勤めが丁度いいかもしれませんね。竹矢来の外からになりますけど、小伝馬町の牢屋敷よりは遥かに見やすいかと。でもその前に稽古を見てから、見学するかどうかの判断はしたほうが宜しいんじゃないでしょうか?」

「稽古の?」

 怪訝そうな表情を浮かべる倫に、幸は茶を差し出しながら説明する。

「ええ、お勤めよりは落ちますけど、一応人間の胴を使いますから雰囲気だけは感じられるかと。もしご気分が悪くなりましたら退席もすぐに出来ますし」

「だ、大丈夫です!」

 どうやら歳がそう変わらぬように見える幸に対し負けん気が出てきたらしい。倫は思わず叫んでしまった。

「おい、お倫!えろうすんまへん。躾がなって無くて」

 猶次郎は倫の非礼を詫びるが、幸は気にした風もなく笑みを見せる。

「いいえ。それ位気の強いお方のほうが頼もしいですよ」

 幸は意味深な笑みを見せたが、その笑みの本当の意味を倫が知るのは四半刻後のことになる。




UP DATE 2016.7.13

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どうやらお倫ちゃんは江戸で暮らしている猶次郎が心配、というか気になって気になって江戸に飛び出してきてしまったようです(^_^;)
たぶん彼女は猶次郎のことが大好きなのでしょう。ただ、相手は江戸での留学を四年も許された『デキる男』、自分がそんな相手と釣り合いが取れるかどうかも心配でしょうし、他に悪い虫がついていないかどうかも不安だったのでしょう。心配すぎて花街に一緒に乗り込んでしまうところなんかは可愛らしいといえば可愛らしいかも(男からしてみたら面倒かもですがwww)

そんなお倫ちゃんが猶次郎の稽古に立ち会うことになりますが・・・次回が7月話最終話になりますが、9月に続く大きなサプライズも用意しておりますので、宜しかったら次週もお付き合いお願いしますm(_ _)m
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