「紅柊(R-15~大人向け)」
丁酉・秋冬の章

猶次郎の許嫁・其の壹~天保八年七月の再会

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 初秋とはいえ強い日差しは今だ健在で、蝉しぐれが更にその暑さを増してゆく。猶次郎が師匠である山田吉昌に、国許への帰国と結婚する旨を伝えてきたのはそんな日のことだった。

「ほんますみません。かなり急に決まってしもうて」

 猶次郎にとっても意外なことだったらしい。動揺を隠し切れない表情のまま、吉昌に事の顛末を告げた。
 元々猶次郎は豊岡藩から江戸に留学する形で山田道場に通っていた。本来は二年程で国許へ帰る予定だったのが、新實の事件など諸々の事情により四年以上の江戸滞在を余儀なくされてしまったのである。
 そのおかげで御様御用を任されるほどの技術を習得することが出来たが、流石に長過ぎた。将軍の代替わりの慌ただしさも落ち着いたので、そろそろ国許へ帰るようにとのお達しがあり、その流れで結婚も告げられたというのである。

「確かに今が潮時かも知れないな――――――ところで、お相手のお嬢さんはどんな方か知っているのか?」

 上級節であれば結婚当日まで顔を見合わせない事も多いが、猶次郎は御徒身分である。もしかしたら相手のことを知っているかもしれないと吉昌は尋ねたが、案の定猶次郎は『知っている』と苦笑いを浮かべた。

「ええ、お嬢もへったくれもあらしまへん。物心ついた頃からの幼なじみ、やんちゃで手ぇ焼かされてた娘おす。せやけど試し者芸者の妻ならあれくらいの度胸は必要かと・・・・・・並のおなごやったら務まりまへんから」

 罪人の首を斬るどころか試し切りと称して体のあちらこちらを切り刻まねばならない職業が『試し者芸者』である。気の弱い女であれば話を聞いただけで卒倒してしまうだろう。だが、猶次郎の婚約相手はそんな心配は一切無いという。それだけでも結婚の条件としてはありがたい。

「確かにそうかもしれないな。祝言は向こうで挙げるんだろ?」

「そうやと思います。やんちゃで気ぃ強いおなごやと言うても豊岡から江戸に出向くことは親が許さへんかと。どのみち御様御用が終わり次第国許に帰りますんで、十一月には祝言を挙げられます」

「ならばその時期に合わせて祝いの品を送らせてもらおうか。何せ御様御用を任せることが出来る高弟だ。その程度しかできないけどさせてもらうよ」

「おおきに」

 猶次郎はようやく表情を緩め、吉昌に対して深々と頭を下げた。



 吉昌に報告された猶次郎の帰国と結婚の話は、瞬く間に仲間内に広がった。と言うか、隣の部屋で聞くともなしに話を聞いていた五三郎や芳太郎などの悪友共が一気に話を撒き散らしたのである。

「お前もとうとう年貢の納め時だな、猶次郎!」

 鈴ヶ森刑場での仕事を終えたあと、五三郎がやけに嬉しそうに猶次郎の背中をバンバン叩く。その痛みに猶次郎は大仰に顔をしかめ、五三郎の攻撃から逃げ出した。

「な、なんや!そんなにわてが花街の姐さんにもてるのが面白く無いんか?」

「当たり前だろ。独身だ、ってだけでチヤホヤされやがって。これで同じ土俵で戦える、ってわけだ」

「せやけどわてがこちらにいる間は勝てへんで?なんせ祝言は国許で挙げるんやから江戸にいる間は『独身』や」

 勝ち誇った笑みを浮かべる猶次郎に五三郎はちっ、と軽く舌打ちをする。

「ずるいよなぁ。上方の方言、ってだけでも受けが良いのに更にモテようとするかな?」

 娼妓や芸妓も『家庭』のある男からはあまりむしり取れないと思うのだろうか。結婚した途端、五三郎や芳太郎は娼妓たちからそうちやほやはされなくなってしまった。その一方、独身で品の良い上方訛りを扱う猶次郎はよくもてた。呉服屋でもそうだが、上方言葉を扱えると、それだけで色男ぶりが増してしまうらしい。

「ま、国許に帰るまではせいぜい羽を伸ばさせてもらいます」

 冗談とも本気とも付かない口調で五三郎に告げると、猶次郎はそそくさと自らの片付けを終える。その頃合いを見計らったかのように為右衛門が声をかけてきた。

「今日は猶次郎の婚約祝いを兼ねてこのまま品川に繰り出すぞ」

 為右衛門のその提案に若い門弟達は雄叫びを上げる。

「五三郎、お前も今日は付き合えよ。というかお幸から言付かっている。高弟の祝いの席を仕切るのも次期山田浅右衛門の仕事だ、と」

「チクショウ、ばれてやがる・・・・・・」

 ここはうまく兄に祝いの宴を押し付け、自分は早々に幸の許へ帰るつもりだったのだが、それはお見通しだったようだ。
 そうこうしているうちに鈴ヶ森の刑場の片付けはあらかた終わり、竹矢来から外に出たその時である。

「何しはるんですか!やめてください!」

 上方訛りの女の悲鳴が五三郎らの耳に突き刺さった。

「な、何だ?喧嘩か?」

 慌ててそちらの方を見ると、旅姿の女性の二人連れが無頼者に絡まれているようだった。無頼者達の影になって人数しか判らなかったが、声の感じからすると一人は若い娘らしい。金目当てなのか、それとも体目当てなのかは判然としなかったが、ろくでもない思惑を腹の中に抱え込んでいるのは間違いないだろう。

「っつたく岡場所の近くで無粋な奴らだな。遊びたけりゃあ安くていいところがゴマンとあるだろうが!」

 そう言いながら門弟達五、六人は刀の柄に手をかけ、騒ぎの主らへ声をかける。

「おい、兄さんよ。嫌がっているのにしつこくまとわりつくなんざ、江戸っ子の風上にもおけねぇな」

 明らかに喧嘩を売っている五三郎の声に男たちは気色ばみ、無頼者らは振り向く。だが、五三郎達の姿を見るなり――――――先程まで竹矢来の中で罪人の首を斬り、試し切りと称して胴を細かく切り刻んでいた集団だと知ると否や顔色を変えた。

「あ、はは・・・・・・試し切りの旦那、これは纏わりついているわけじゃ。ちょっとお近づきになりたいな~なんて」

 だが、そんな言い訳に騙される山田道場門弟達ではない。更に厳しい表情を浮かべつつ、数人が鯉口を着る素振りを見せた。

「そちらの娘さん方は嫌がっているだろう。何なら手合わせしてもらいましょうか?負けたらあの中で我々の稽古の相手をしてもらう、ってことで」

 そう言いつつ芳太郎が指差したのは、即座に首をはねることができるほど美しく整えられた鈴ヶ森の刑場だ。その瞬間、無頼者達はガタガタと震えだした。

「い、いいえ!ご遠慮させてもらいます・・・・・・てめぇら、行くぞ!!」

 頭らしき男が仲間に声をかけると無頼者達は我先にと逃げ出す。その後姿を山田道場の門弟達は笑いないがらはやし立てた。そんな中、猶次郎はまだ怯えの様子を滲ませている二人連れに声をかける。

「大丈夫ですか、お嬢はん方?江戸に来た途端これではびっくりしたでしょう。品川やったら平宿もありますし、湯に浸かってゆっくりされるとええですよ」

 埃よけのため手ぬぐいを目深にかぶっている若い娘に猶次郎が声をかける。すると娘は一旦深々と頭を下げたあとゆっくりと顔を持ち上げた。

「おおきに。ほんまに助かり・・・・・・ああっ!!」

 娘は猶次郎の顔を見た途端大声を上げる。そしてそれは猶次郎も同様だった。

「お、お倫やないか!なっ、なんで江戸くんだりまで来たんや、お倫!!十月中には俺が豊岡に帰るって聞いてないんか!」

 どうやら二人は知り合いらしい。互いに人差し指を相手に向け、叫び声を上げる。

「おい、この娘さんは・・・・・・」

 為右衛門が恐る恐る猶次郎に尋ねた。すると猶次郎は力のない笑みを浮かべつつ、為右衛門に娘の紹介をする。

「豊岡藩御徒、三守勇七郎の三女・倫・・・・・・今度結婚する、俺の許嫁です」

 猶次郎は気が抜けてしまったのか、その場にへたり込んでしまった。





UP DATE 2016.7.6

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新實事件の解決、そしてそれに続く将軍の代替わりに自身の御様御用初挑戦と何かと忙しかった猶次郎ですが、ここへきてようやく帰国命令が出ました。本当な2年ほどで帰国予定だったんですけどねぇ・・・タイミング等々もあったのでしょう。また、折角試し切りを習うんだったら最低限でも御様御用を任されるまでは、との藩の思惑もあったかもです。(免許皆伝とまでは行かないですけど^^;)

それと同時に結婚の話も出た猶次郎ですが・・・何とびっくり許嫁が江戸に出てきてしまいました/(^o^)\猶次郎自身も『やんちゃだった』と彼女を評しておりますが、なかなかの行動派のようで(^_^;)間違いなく猶次郎が振り回されそうな予感がしますが、果たしてどうなるのか・・・まずは次回をお楽しみ下さいませ(๑•̀ㅂ•́)و✧
(花街に行けるのか、それとも彼女を連れて藩邸へ戻るのか^^;)
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