「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第十章

夏虫~新選組異聞~ 第十章第六話 上野戦争・其の貳

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 梅雨特有のそぼ降る雨の明け六ツ、最後の説得交渉をするために静寛院宮並びに天璋院の使者が上野寛永寺にやってきた。

「心底徳川家の御為を思われるならば、速やかに降伏なされよ」

 静寛院宮着御附・服部筑後守が悲壮さを滲ませ彰義隊幹部らに訴える。

「御一同の身柄については両院の名の下に良きように取り計らいましょう。総督府とて両院からの嘆願ともなれば無碍には出来ませぬ」

 そう告げたのは田安徳川家家臣・一色純一郎だった。この交渉が決裂すれば官軍の総攻撃が待っている。くだらない意地を張って自らの命を落とすだけでなく、周辺の町家への被害は勿論、主家である徳川にも類は及ぶだろう。二人は口々に説得を試みるが、彰義隊幹部らはただ首を横に振るだけだった。

「お心遣いかたじけのうございます。ですが・・・・・・」

 中央に居た彰義隊頭・池田長裕が自嘲気味に笑いながら二人に告げる。

「両院の恭順御命令に背く我らを主家は臣下と思し召しか?我らの事は切り捨てられますよう御方様には仰ってくださいませ」

 その一言によって交渉決裂は確定した。説得の使者は彰義隊幹部の前から退出すると、そのまま寛永寺の黒門を後にする。そして全力疾走のまま両使が三枚橋を渡りきったその瞬間、各所に装備されていた大砲が一斉に火を吹いた。



ズドォォォン・・・・・・



 風にのって聞こえてきた大砲の音に、一番最初に気がついたのは沖田だった。雨の湿気は音を吸収し、音は聞こえにくくなるはずだ。それなのに千駄ヶ谷まで聞こえてくる大砲の音とは――――――沖田は耳をそばだてるが、次の大砲の音は聞こえてこなかった。

「あれは、戦端が開かれる号砲だったんでしょうか」

 脇差を無意識に掴みながら沖田は呟く。その傍で小夜は襟に豆銀を縫い付けていた。部屋の隅には旅支度が既に整えられている。本当ならば佳世の首が座る梅雨上げ後、水無月に京都に向け出立しようと予定していた二人だが、原田の進言により出立を早めた方が良さそうだと準備をしたものだ。

「とうとう・・・・・・始まってしまったんでひょか?」

 既に帯には豆銀が充分に縫い付けられている。それでも縫いつけようとするのは何となく手持ち無沙汰で落ち着かないからだろう。そんな両親の不安を気にすることもなく、佳世はすやすやと眠っている。

「ええ、そのようですね。ああ、小夜。豆銀はそんなに縫い付けなくても大丈夫ですよ。却って重くなって道中大変でしょう」

 沖田は小夜に微笑みかけながら、佳世の頬をそっと撫でた。生まれてから二ヶ月、よく乳を飲みよく寝る娘は生まれた当初に比べだいぶふっくらとしている。長旅には少々早いかもしれないが、自分達が気をつければ何とか耐えられるだろう。

「本当は戦闘中に出発したかったんですけどねぇ」

 沖田は空を見上げながら恨めしそうに唸った。戦力が上野に集結している今なら関所は手薄になっているに違いない。そこを狙って中山道を上方に向かおうと画策していたのだが、時間が経つほどに激しくなってくる雨に足止めを食らってしまっているのだ。

「ま、これも焦るなという天の思し召しでしょう。今日中に甚五郎さんたちに挨拶して明日の朝にでも出立しましょう」

 沖田の提案に小夜は笑顔で頷く。だが、若い夫婦のささやかな旅の計画は、歴史の大波にあっさりと飲み込まれてしまうことになる。



 上野を包囲した官軍は、寛永寺一帯に立てこもる彰義隊に対し雨中総攻撃を始めた。
 正門の黒門口、広小路周辺や即門の団子坂、背面の谷中門で両軍は衝突した。午前中、官軍は新式のスナイドル銃の操作の不手際に加え、上野山王台に陣した関宿藩卍隊の正確極まる激しい砲撃、更にやけっぱちになった彰義隊の抵抗もあり押され気味であった。
 だが精神論だけで、武器の裏付けのない軍は一度崩れると極めて脆い。正午になり、ようやく肥前佐賀藩が保持する射程距離が長いアームストロング砲や四斤山砲が威力を発揮し始めた。風向きが変わり、砲撃が加賀藩上屋敷から不忍池を越え山王山に着弾し始めたのである。関宿藩卍隊の兵士たちは次々と倒れてゆき、彰義隊の反撃の手が徐々に弱くなってゆく。

「これで決まったかな」

 雨の中、軍を率いていた西郷隆盛が部下に語りかける。その問いかけに部下は嬉しげに頷いた。

「・・・・・・ですね。彰義隊の退路を限定する為に神田川や隅田川、中山道や日光街道などの交通を分断しています。逃げるとしたら根岸方面のみでしょう」

「まったく大村さんの計画通りになってしまったな」

 西郷は苦笑いを浮かべる。薩摩藩は極めて危険な黒門口での戦いを強いられていたが、これならば被害は最小限で食い止められるだろう。

「進め!一気に敵を殲滅させるぞ!!」

 西郷の声が雨の黒門口に響き渡る。その轟に似た大声に力を漲らせた薩摩藩兵を中心とする官軍兵は一気に黒門口を突破、彰義隊を後退させた。
 それと時を前後して団子坂方面の官軍も防備を破って彰義隊本営背後に回りこむ。挟み撃ちにあった彰義隊は必死に応戦するも、数に勝る官軍の有利は変わらない。結局夕7ツには戦闘は終結、彰義隊はほぼ全滅し残党たちは予定逃走経路としてわざと開けられていた根岸方面へと敗走を余儀なくされた。

 この戦いにおける記録上の戦死者は彰義隊百五名、官軍五十六名と言われているが、これはあくまでも記録の上での数字であり、実際は二百名近くの亡骸が残っていたらしい。
 更に逃走中に命を落とした者も少なくなかった。その一人、原田左之助は上野戦争の二日後、本所の神保山城守邸にて死亡したと伝わっている。
 だが、これとは逆に上野戦争で死亡したことにし、戸籍もなく明治の御代を生き抜いた彰義隊隊士もいた。どちらにしろ生者、死者共に梅雨の雨に烟る町並みのように曖昧模糊としてとらえどころが無かった、というのが一番的を射ているのだろう。

 閑話休題。上野寛永寺の彰義隊の亡骸に関しては徳川家の菩提寺であった芝増上寺、縁故者等が引き取りを申し出たが、官はこれを容れなかったという。南千住の円通寺の二十三世仏麿和尚と、寛永寺の御用商人であった三河屋幸三郎がこれを見兼ね、戦死者を上野で荼毘に付したうえ、官許を得て遺骨を円通寺に埋葬したことを付け加えておく。 


 上野戦争の結果、官軍は江戸以西をほぼ完全に掌握した。この戦いに敗戦した彰義隊の一部は有志により輪王寺宮と共に潜伏、榎本武揚の艦隊に乗船した後平潟港に着船する。また春日左衛門率いる陸軍隊等他の一部の隊士はいわき方面へ向かい、残る隊士は会津へと落ち延びた。
 雨の中の戦闘で辛うじて生き残った彰義隊隊士。だが生き残ったは良いものの、江戸から逃げそこねた彰義隊隊士達に待ち受けていたのは、更に過酷な運命だった。



『三日間斬り捨て御免』

 彰義隊の残党を見つけ出し、殲滅させろという触書が江戸中に貼りだされた。更に匿ったものも処罰の対象、逆に密告すれば一人につき一両の褒章が出される事となった。この触書により今まで彰義隊によって迷惑を被っていた町人達の密告が相次ぎ、戦闘終了のその日の夜から次々と彰義隊の残党達が官軍に引き立てられていった。

「本当に彰義隊は雑魚ばかりだな・・・・・・『残党』なら別に他の部隊でも同じだと思うが」

 まだ十六、七と思われる少年を強引に引き立てながら、松沢は不満そうに鼻を鳴らす。楽に褒章を得ることはありがたいが、不良少年に毛が生えたような、軟弱な彰義隊隊士を相手にしてもちっとも面白く無い。

「おい、松沢。まだ『千駄ヶ谷』にこだわっているのか?」

 松沢の不満に気がついた飯田が露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

「それよりも普通に彰義隊の残党を探したほうがよっぽど楽だぜ?いつまでもくだらない事に拘ってないで勤めを果たせよ」

 慣れない土地でジリジリとした精神戦を強いられている身としては、派手に暴れまくりたいのだろう。それが薩摩の男の本性だ。だが、軍の規律に違反すれば自分だけでなく家族に累が及ぶ―――――そんな風に窘める飯田だったが、松沢はそんな同僚の言葉に耳を貸さず、飯田に背を向けた。

「俺は俺の信じるようにやる。この機会を逃したらあの男を捕縛するなり殺すなりはできないからな、お前はちまちま残党狩りでもしてろ」

 吐き捨てるように言い捨てると、松沢は二本の大刀を束さんだまま、その場を立ち去っていった。



UP DATE 2016.7.2

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江戸における最大、というか唯一の大規模対戦・上野戦争は雨の中官軍の勝利で終わりました。それにしても戦死者の数さえ曖昧とは・・・しかも死者は埋葬を禁じられておりましたので寛永寺はいろいろな面で大変だったでしょう(>_<)
(火はかけられていますし死体は腐敗するまま放置ですし・・・これも罰なんだろうなぁ(´・ω・`))
 なお左之助の死については今回さらっ、と流してしまいましたが、後々更に描写があるかも・・・ネタバレになるのでこれ以上は言えませんが。これで終わりにはしない予定です(*^_^*)

上野戦争の騒乱が続くそんな中、沖田家族は京都に向けて出発準備をしておりますが、そんな家族に魔の手が・・・果たして沖田家族はうまく逃げ出せるのでしょうか?それとも手柄を得ようとする薩摩藩兵に見つかってしまうのか。来週をお待ちくださいませm(_ _)m
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