「短編小説」
横浜芸妓とヒモ男

横浜芸妓とヒモ男・其の漆~七夕の再会

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 梅雨も開け、強い日差しが照りつける中、お鉄と仙吉は七夕の買い出しのために馬車道に出向いていた。旧暦の七月は初秋に当たるが、日差しは真夏そのものだ。

「素麺はこれでいいよね?飾りの色紙は?」

 額に汗を滲ませながら、仙吉がお鉄に尋ねる。濃藍色の鰹縞の長着にシャッポ姿は涼しげに見えるが、実際はかなり暑いらしい。

「それなんだよね。文具売の加吉じいさんが店をたたんじゃったからねぇ。新しいお店を覗いてみようか」

 浅葱色の絽の着物を小粋に着こなしたお鉄が呟く。こちらは扇で襟元に風を送っているためか汗一つかいていない。流石売れっ子芸妓だけに、化粧が落ちるような汗のかきかたをしないよう気をつけているらしい。そんな目立つ二人が素麺を購入し、店を出たその時である。

「おい、もしかして・・・・・・お前、仙太郎じゃないか?」

 通りがかりの男が二人に――――――否、仙吉に声をかけてきたのである。大柄で、如何にも武術者然とした男のその声に、仙吉はあからさまに動揺の色を浮かべる。

「そうだ、やっぱり仙太郎だ!生きていたんだな!俺だよ、藤次郎だよ!!」

 藤次郎と名乗った男はつかつかと二人に近寄ってきて、仙吉の肩を強く掴む。その力がかなり強かったのだろう。仙吉はいたた、と悲鳴を上げた。

「あの~失礼ですがあんたは?」

 情人に何をするんだとばかりに、険を含んだ声音でお鉄が尋ねる。すると大柄な青年は少しびっくりしたようにお鉄の方を向き、頭の天辺からつま先までまじまじと見つめた。。

「もしかしてあんた・・・・・・仙太郎の女房かい?」

 その瞬間、今まで面と向かって言われたことにない『女房』の一言に、柄にもなくお鉄は真っ赤になる。

「な、何を言い出すんだよ、一体!」

 いつにないお鉄の動揺だったが、それが却って仙吉を落ち着かせたらしい。自分の肩を掴んでいる藤次郎の手をやんわりを外しつつ仙吉はお鉄との関係を説明する。

「お鉄は俺の情人だよ・・・・・・というか俺がお鉄のヒモというべきか。『あの日』から匿ってもらっているんだ、ずっと」

 すると、鬼瓦にようにがっしりとした顔が途端に歪み、藤次郎の目からみるみる涙が溢れだす。

「そうか。あの上野の戦争からここまで生き伸びてきたんだな。良かった・・・・・・ずっと明治政府の輩に殺されたと思っていたんだぞ!!」

 藤次郎は大声で叫ぶと周囲も憚らずわんわんと泣き出した。

 

 流石に立ち話も何なので――――――というか年甲斐もなく泣きじゃくる藤次郎を好奇の目で見つめる衆人の視線に耐え切れず、三人はお鉄と仙吉が住んでいる長屋へと戻った。そし出されたて茶を飲みながら、藤次郎はお鉄に事情を語り始めた。

「仙太郎は――――――」

 どうやら仙吉の本名は仙太郎というらしい。確かに出会った当時の状況を考えたらまず本名は名乗らないだろうし、未だに明治政府に怯えている仙吉の状況を考えれば、未だに本名を名乗らなかったのも当然だろう。

「旗本――――――とは言っても御家人に毛の生えた用なものですけど――――――の長男なんですよ。それ故かなり厳しく育てられていたんですが」

 ちらり、と仙吉の方を見ながら藤次郎は苦笑いをする。

「長男とはいえ姉四人を持つ末っ子なんで、争いごとが苦手なんですよ。道場でも一、二を争う技量を持ちながら試合になるといまいち勝ちに結びつかなくて」

「なるほどね。物腰は柔らかいし、わっちより包丁もお針も得意だしねぇ」

 きっと雛人形の蒐集癖もそんな育ち故なのだろう。武士の長男としての義務を背負いながらも、姉たちが好むきらびやかな美しいものへの憧れも育まれていたに違いない。

「その物腰の柔らかさというか、人を傷つけないようにする優柔不断さが災いしましてね。道場仲間に彰義隊に引きずり込まれたんです、それも上野の決戦の三日前に」

「三日前!」

 その一言にお鉄は驚きの声を上げる。そこまで拒んでいながら何故最後の最後で彰義隊なんかに入ったのだろうか――――――たった三日我慢していれば、元・旗本としてそれ相応の地位や生活が保証されていただろうに、今や港町の芸妓のヒモである。仙吉のあまりの半生にお鉄はめまいを覚える。

「俺もすぐに連れ戻せれば良かったんですけど、既に関係者以外上野には近づけなくて。で、雨の中、一方的な戦いですよ。あの時は顔が判らない仏も多かったですし、てっきり死んでしまったものとばかり」

「・・・・・・もういいだろ」

 仙吉は困惑の表情のまま肩をすくめる。

「七夕の再会、っていうのに、もう少し嬉しそうな顔をしたらどうだ、仙太郎?」

「もう俺は『仙太郎』じゃないよ。横浜芸妓のヒモの仙吉さ。流石に親父やおふくろにこの姿は見せられないから・・・・・・黙っていてくれないか?」

「・・・・・・確かに『幽霊』が帰ってきたら驚くだろうしな」

 藤次郎は茶を飲み干したあとに深く頷く。

「おふくろさんは諦めきれないようだけど、親父殿は『名誉の戦死を遂げた』と腹を括っている。そこに現れてもいろいろ厄介そうだしな」

 お鉄が淹れなおしてくれた茶を飲みつつ藤次郎は笑う。その屈託のない笑みは、夏の日差しにあまりにもよく似合っていた。




UP DATE 2015.6.29 

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拍手文も7月の折り返しということで、今回は仙吉の旧友に登場願いました(๑•̀ㅂ•́)و✧
一応裏設定としては藤次郎も仙吉同様旗本の息子で、武士の子息相手の道場で互いに切磋琢磨していた間柄です。ただ、如何にも武術者然としている藤次郎と比べ、仙吉はおとなしいというか女子力高めというか・・・(^_^;)だからこそ彰義隊に引きずり込まれちゃったんでしょうねぇ(-_-;)
因みにこの二人、身長はほぼ同じですが、胸板の厚さや腕の太さなどは断然藤次郎のほうが上です。パワー系で圧してゆく藤次郎に対してスピード勝負の仙吉、というところでしょうか。互いに本気を出せば五分五分ですが、大事な試合となると仙吉はメンタル面で負けてしまうので、なかなか評価されなかったという設定です。
(たぶん仙吉の本当の実力を知っているのは二人の師匠と藤次郎だけだと思われる)

次回の拍手文は7/27、中秋の名月あたりを取り上げたいな~と思っております(*^_^*)
(仙吉特製月見団子に里芋の衣かつぎ、その他諸々の料理や飾りを取り揃えておきます❤)
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