「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第十章

夏虫~新選組異聞~ 第十章第五話 上野戦争・其の壹

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 着流しに脇差だけを腰に刺した、まるで無宿者かやんちゃな遊び人のような出で立ちで沖田は少し離れた橋の近くにある高札場へと向かった。そこには二、三人ほど立て札を読んでいる者がいたが、特に人々が集まっている様子はない。甚五郎が言っていた上野総攻撃の知らせにしては人々はあまりにも無関心だ。というか、既に彰義隊そのものが幕府軍の残滓と、特に気にも留められていないのかもしれない。江戸っ子の移り気に一抹の寂しさを覚えつつ、沖田は高札に近づく。

「・・・・・・これは」

 それは甚五郎が言っていた通り、彰義隊の討伐及び周囲の町人への避難勧告、更には町人は上野に近づくなとの知らせであった。かなり物々しい文面に、沖田は眉をひそめる。

「こんな広い範囲の町人に避難するようにって・・・・・・まさか大砲でも使う気じゃないでしょうね?」

 鳥羽・伏見の際も大砲を使った戦闘は開けた場所で行っている。甲州勝沼も同様だ。だが上野は違う。寺町とはいえかなり建物が密集しているし門前町で商売をしている町人も数多い。彰義隊が上野に立てこもっているからといって、そんな密集地で戦闘を行うなんて狂気の沙汰だ。

「上野に、足を伸ばしましょうか」

 既に上野の山には入れないだろうがやはり原田が心配だ。沖田は意を決すると、上野に向かい始めた。



 脇差だけの身軽さ故か、それとも沖田の体力がだいぶ戻ってきているためか、それほど疲労を感じる前に沖田は上野近辺に到着した。しかし既に官軍の兵士たちが近くの小料理屋や茶屋に入り込んで戦闘の準備を始めているし、参道に設置された大砲も寛永寺へと向けられている。
 高札では戦闘開始は明日の朝と書いてあったのに、既に臨戦態勢だ。この状況で寛永寺門前に近づこうものなら間違いなく銃で蜂の巣にされるだろう。

(原田さんのことだから、きっと生き残ってくれますよね)

 寛永寺に入り込めないこの状況ではそう願うしか他はない。沖田は心の中で呟くと、踵を返した。その時である。

「おい、お前!ちょっと待て!」

 背後から沖田を呼び止める鋭い声がした。その声にどきり、とするが、そのまま逃げることも出来ない。否、しようと思えば出来たのかもしれないが、体の芯まで染み付いた教え――――――後傷を受けることはままならぬという、その教えに逆らうことが出来なかったという方がいいだろう。

(取り敢えず言い訳は『道場の後輩が行方知れず』だということにしておきましょうか)

 流石に完全武装の官軍兵相手に脇差のみで戦うのは不利だが、敵前逃亡だけは絶対にしたくない。沖田の中で眠っていた『武士』が目覚めたのか、はたまた体に染み付いた習性なのか――――――戦いとなったらその時はその時と覚悟を決め振り向いた。その瞬間、思わず『あっ!』と声を上げてしまう。

「の、昇さん!?渡辺昇さんじゃありませんか!どうしたんですか、こんなところで!」

 大村藩――――――官軍の軍服を身に着けているその男は、沖田の昔なじみの男、渡辺昇だった。近藤と仲が良く、練兵館の塾頭でありながら試衛館にもちょくちょく顔を覗かせており、沖田もだいぶ世話になったものである。そんな男が沖田に気が付き声をかけてきたのである。

「おお!やっぱり宗次郎だったか!その猫背、相変わらずだな!!長ドスに着流したぁ、俺が試衛館に助っ人に行っていた頃と全く変わってねぇ!」

 昇さん、と呼ばれた男は沖田に近づくと肩をバンバンと強く叩いた。どうやら十代の頃の格好そのものの着流し姿だったので気づいてもらえたらしい。沖田は内心ホッとしつつも肩を叩く渡辺の力の強さに顔をしかめた。

「いたっ!もう相変わらず乱暴なんですから昇さんは」

 沖田は苦笑を浮かべつつ唇を尖らせる。だが、その笑みを見た瞬間、渡辺の表情は曇った。

「だいぶ痩せたな、宗次郎。風の便りで病だって聞いたが、本当だったんだな」

「ええ。情けないことに心労で・・・・・・でもだいぶ良くなったんですよ、これでも」

 沖田は渡辺に心配をかけぬよう笑顔を見せるが、渡辺は真剣な表情のまま更に声を落とす。

「その口調だったらおめぇは大丈夫そうだな。だけどお前がここに来た、ってことは試衛館の奴が『お山』にいるんだろ?誰だ?」

 渡辺はちらりと寛永寺に視線をやりながら沖田に尋ねた。

「ええ、たぶん。左之助さんが・・・・・・」

 沖田は万が一誰かに聞かれてもすぐに判らぬよう、原田を下の名で呼ぶ。旧知の仲とはいえ渡辺は官軍に属しているのだ。更に軍服から鑑みると相当地位の高い士官だろう。迂闊な会話で渡辺に迷惑をかけてもいけないと沖田の声は自然と小さくなるが、渡辺はまるで気にした風もない。

「あのイノシシ野郎か。新八あたりだったら要領よく逃げ出巣だろうが、ちょっと助けるにゃ厄介だな」

 渡辺の声の大きさに慌てふためきながら、沖田は首を横に振る。

「いいえ、お気持ちだけで充分です。あの人のことです。きっと生きておまささん――――――奥さんと子供のところに戻りますよ」

「ほぉ、あいつも所帯を持ったのか。俺も歳を取るわけだ」

 少し驚きの表情を見せつつ、渡辺は感嘆の声を上げた。だが沖田はその言葉に微かな引っ掛かりを感じる。

「あいつも?と言いますと他にもどなたかご結婚された方でも?」

「覚えているか?俺の後輩で作間って奴がいただろう」

 渡辺の問いかけに、沖田は『ああ!』と破顔した。

「覚えているも何も、駿次郎さんは試衛館に何度も来てくれたじゃないですか。道場破りを昇さんと一緒に追い出してくれた件に関しては、感謝してもしきれません」

「なら話は早い。あいつもこの春にようやく嫁を迎えることが出来てな。四谷大木戸の近くに自分の道場を開いている」

「四谷!そんなに近くにいたなんて・・・・・・私は今、千駄ヶ谷にいるんですよ」

 四谷大木戸は千駄ヶ谷から目と鼻の先である。そんな近くに旧知の人物が道場を構え、所帯まで持っていたとは全く知らなかった。殺伐とした、臨戦態勢の周囲とはかけ離れた沖田の笑顔に、渡辺もようやく笑顔を見せる。

「そうか。なら機会があったら訪ねるといい・・・・・・と言うか万が一、お前のところに官軍の手が伸びたら作間に匿ってもらえ。練兵館の繋がりで、あいつを贔屓にしている官軍幹部は少なくない。だから官軍兵もあいつの道場には迂闊に家探しすることは出来ない」

 まるで甥っ子に対するような渡辺の気遣いに、沖田は頭を下げる。

「ありがとうございます。そんなことがないことを祈るばかりですが、少し落ち着いたら妻と一緒に挨拶をしに伺います」

「何だ、お前も所帯持ちか。結局試衛館で嫁を貰っていないのは歳三くらいか。いや、確かお琴、って許嫁がいたっけ」

 渡辺が昔を思い出すように呟くと、沖田は余計な情報を口にした。

「歳三さんはお琴さんには振られました。あれだけもてるんだから他を当たればいいと思うんですけど、未練タラタラで。私の休息所に来ては振られた愚痴を零していましたよ」

 沖田の言葉に、渡辺はがはは!と大笑いをした。

「見切りが早いやつだと思っていたが、『本命』に関してはそうでもないんだな、あいつも!もっとも簡単に手に入らねぇもんのほうが魅力的なんだろうけどよ・・・・・・日もだいぶ暮れてきたことだし、提灯をやるからお前もそろそろ千駄ヶ谷に帰りな」

 渡辺は周囲を動き回っている官兵の一人に声をかけ、提灯を持ってこさせる。それは長州藩の紋の入った提灯だった。正直敵の紋の入った提灯を手にするのは気分の良いものではないが、変な襲撃に遭いにくくなることは確かだろう。

「お気遣いありがとうございます。昇さんにもご武運を」

 提灯を譲られた沖田は渡辺に一礼をして、その場を後にした。



 沖田が千駄ヶ谷に戻ってきたのは暮六つ半過ぎだった。小夜は既に夕餉は食べ終わっており、腕に抱えていた佳世を沖田に手渡すと小夜は早速沖田の夕餉の支度をする。

「やはり高札の件は本当でした。心配で上野まで行ってきたんですが、既に周囲は包囲されていて・・・・・・間違いなく原田さんはお山にいますね」

「そう、どすか」

 なまじ最近あったばかりの原田の事だけに、小夜の声が悲しみに満ちる。

「あと、上野で思わぬ昔なじみに会いました。練兵館の塾頭で世話好きの方でね。試衛館に道場破りが現れるとおっとり刀でよく駆けつけてくれたんですよ」

「そんなお方が上野に?せやけど上野でお会いしたゆうことはもしかして官軍、なんどすか」

 不安げな表情を浮かべる小夜に、沖田は心配しなくても大丈夫だと太鼓判を押した。

「あの軍服からすると相当の高官だと思うんですけど、そんな様子は微塵も感じさせなかったですね。昔の昇さんと全く変わらなくて、万が一の逃げ場まで・・・・・・そうそう、逃げ場といえば」

 沖田は差し出された膳から味噌汁を手に取り、それで口を潤してから喋り始めた。

「四谷大木戸の近くに昇さんの後輩が道場を構えているんだそうです。万が一の時はそこを頼れと言われたんですけどね・・・・・・すぐ近くなので、今度晴れた日にでもご挨拶に行きましょう」

「せやけど、うちの様なものが行ってはあかんのでは?」

「大丈夫大丈夫、身分とかそういうことにはあまりこだわらない人ですから。旗本の次男坊のはずなんですが、駿次郎さんが身分で態度を変えるというのは見たことも聞いたこともありません。なかなかの人徳者なんですけど、ただ・・・・・・」

「ただ?」

「生真面目すぎて後輩にからかわれやすいところが玉に瑕、とでも言いましょうか・・・・・・そう言えば伊織さんはどうしているんだろう?昇さんに聞いておけばよかったな」

 そんな話をしつつ、沖田は夕餉を食べ終えた。いつの間にか降り始めた雨はその雨脚を強くしてゆく。

(雨、か・・・・・・火器の威力が弱まりそうですよね)

 しかし官軍はそれを見越して銃兵を屋根のある小料理屋に配置していた。一方彰義隊の配置ははっきり判らないが、雨の中銃を打つことになるだろう。火縄銃よりは影響を受けないとはいえ、差は着いてしまうだろう。

(せめて、雨が止んでくれますように)

 布団の中で雨の音を聞きつつ、沖田は原田の幸運を願わずにはいられなかった。




UP DATE 2016.6.25

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上野にまで出向いた沖田ですが、攻撃前日にも拘らず既に上野の山は包囲されておりました(´;ω;`)ウッ…この辺の描写は杉浦日向子先生の『合葬』を参考にしておりますので、もしよろしかったら原作でも映画でも見ていただけると❤
そして諦めて帰ろうとした沖田に声をかけてきたのは渡辺昇!過激な攘夷論者で新選組とは敵対する立場にあった彼ですが、近藤とはかなり仲が良かったらしく、練兵館塾頭時代はよく試衛館に助っ人に行っていたそうです(道場破りの撃退のため)
後に谷万太郎に就職を斡旋するなど元・新選組隊士たちの世話も焼いてくれた彼のこと、戦場でほぼ丸腰状態の沖田にあったならば心配して世話を焼いてくれるんじゃないかと勝手に妄想してしまいました(^_^;)
なお、沖田の『避難場所』として教えられた道場の主・作間駿次郎ですが、これは以前Twitter小説大賞で書かせた頂いた作品の登場人物です。こちらの作品は『夏虫』が終わったら掲載する予定なのですが・・・まだまだ先で/(^o^)\更に言ってしまえば作間が娶った嫁も実は沖田と深い関わりがあったりします。それはおいおい連載にて(*^_^*)

次回更新は7/2、上野戦争開始です(๑•̀ㅁ•́๑)✧
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