「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第十章

夏虫~新選組異聞~ 第十章第三話 小さな鼓動・其の参

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 初夏の日差しが燦々と降り注ぐ縁側で、沖田と原田は茶を飲みつつ互いの近況を話し始めた。込み入った話もあるだろうと小夜は甚五郎宅の母屋に向かったが、佳世は沖田の膝の中だ。小夜が母屋に出向く前にたっぷり乳を呑ませたので、腹が空いて泣くことはまず無いだろう。

「へぇ、市川・大林院で土方さんと会ったんですか」

 沖田は胡座の中にすっぽりと入った佳世をあやしながら原田に尋ねる。

「ああ。そこで近藤さんが捕縛されたことを聞いてよ。慌てて江戸に戻ってきたんだが、ようやく居場所を知ったのは処刑日当日だ。本当に新選組の運は尽きちまったよなぁ」

 甚五郎の妻が漬けたたくあんをぽりぽりと齧りつつ、原田が悔しそうに呟いた。

「もうちょっと早く見つけ出せれば、とどんなに悔やんだか・・・・・・それにしてもうめぇな、このたくあん」

 更にもう一枚、たくあんを口の中に放り込みながら原田は感心する。

「甚五郎さんの奥さん、漬物名人ですからねぇ。きっと土方さんだったら樽一つ分抱え込みそうですけど」

「そうそう、土方さんといえば!」

 原田は沖田ににじり寄り、勿体ぶりながら沖田に告げた。

「聞いて驚くな?大鳥隊長の推薦で幕府軍の第一大隊参謀になったぞ!新選組の働きを認められたと思うべきなのか、それとも幕府軍もにっちもさっちも行かなくなっているのか・・・・・・とにかく末端組織の副長が、幕府軍の中枢幹部だぜ?大出世じゃねぇか!」

 興奮気味の原田の報告に、沖田も思わず頷く。

「私と会った時、大鳥さんに紹介状を渡さなければ、なんてぼやいてましたけど思わぬところに出世の道があったんですね。でも近藤先生が生きていたならきっと土方さんはその役目を引受なかったかと」

 寂しげに呟く沖田に、原田も同意した。

「確かにな。あの人はどこまでも近藤さんを立ててたから・・・・・・ところで話は変わるけどよ」
 
 不意に原田が小声になる。

「お小夜さんさ、何かお佳世ちゃんによそよそしくねぇか?うちのと比べちまうのも何だけど、母親と赤子ってぇのはもっとべったりくっついているもんだと思ってたが。幾ら平助との子だとはいえ、てめぇの子だろ?」

 自分の妻との比較とはいえ、やはり小夜のよそよそしさは他人から見ると違和感を覚えるのだろう。沖田はいつの間にか寝入ってしまった佳世の寝顔を見下ろしながら、少し声を落とした。

「やはり原田さんもそう感じますか・・・・・・どうも小夜は私に罪悪感を抱いているようなんですよね。でも仕方ないじゃないですか。当時の状況が状況だったんですし」

「とはいえ、惚れた男の子じゃない――――――しかもオメェが猫可愛がりにお佳世ちゃんをかわいがるもんだから余計に心苦しいんだろうよ。本当にオメェは昔っから女心に疎いからよ」

 言いたいことをズケズケという原田に、沖田は頬を膨らます。

「え~!でもこ~んな可愛い子を構わないでいられますか?原田さんだってうちの子見るなり抱き上げたでしょう?」

「親馬鹿もいいところだな・・・・・・ま。否定はしねぇよ。お佳世ちゃんは可愛いもんな」

 そう言いながら原田は眠っている佳世の頬を指先で軽くつついた。

「お小夜さんとお佳世ちゃんの関係は、時間が経たないとどうにもならねぇか・・・・・・でも、ここでゆっくりと、なんて事は無理だからな」

「どういう、ことですか?」

 沖田の声が低くなる。それは己の家族を守る一家の大黒柱の声ではなく、新選組副長助勤としての厳しい声だった。その声音に原田は頷き、事情を説明する。

「近々上野でドンパチがありそうだ。ちょいと彰義隊とあちらさんがきな臭くなっている。いつ戦いが起こってもおかしくねぇが・・・・・・あるとしたら確実に雨になる日だろうな」

 原田の分析に沖田が口を挟む。

「そんなに彰義隊の火器は脆弱なのですか?」

「脆弱なんてもんじゃねぇ。一体どこから拾い集めてきたのかと思うほど旧式の銃ばかりでよ。言っちゃあ何だが新選組が稽古で使っていた会津のお下がりのほうがまだましだ」

 原田は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「でも、俺達はいいぜ。好きで戦っているんだからよ。だけど今のオメェに戦う事ができるとは思えねぇ・・・・・・悪いことは言わねぇ。お小夜さんが動けるようになったら早めに上方へ行きな。ついでにおまさによろしく伝えておいてくれ」

「私達はお使い代わりですか!でもどのみち小夜の身体が戻ったら頃合いを見て京都に戻るつもりでしたから」

 沖田の声は心なしか寂しげに響いた。本当であれば一も二もなく戦いに身を投じなければならないのだろう。だが竹刀を振るのさえやっとのこの体では却って足手まといになってしまう。そして沖田に二の足を踏ませるのはやはり腕の中にいる佳世の存在だ。血が繋がっていないとはいえ可愛い我が子を放ったらかして戦いに馳せ参じるという真似はできない。
 そして原田もそんな沖田の心中を察しているのだろう、無理に彰義隊に入れとは言ってこなかった。

「じゃあ、そろそろ失礼するかな。おめぇもちゃんと養生しろよ。京都に帰る段になってお小夜さんやお佳世ちゃんに置いてけぼりを食らったら洒落にならねぇ」

 冗談とも本気とも取れる一言を残し、原田は去ろうとした。が、その時何かを思い出したのか再びしゃがみ込む。

「総司。おめぇ大刀はどうした?」

「あ・・・・・・実は板橋に捨ててきてしまって。実は近藤先生の斬首の時に小夜と再会したんです。その際に産気づいてしまったんです。駕籠に載せた小夜についていくのに大刀は重すぎて・・・・・・情けないことです」

 しょんぼりと項垂れる沖田に、原田はわざと明るい声で慰める。

「そこは目を瞑ろう。どうせ刀なんざ消耗品だ。だけどよ――――――気になる奴が板橋にいたんだ。大刀を手に駕籠かきに尋問している官軍兵がいてさ。な~んか嫌な感じがしたんで声をかけようとしたんだが、その時に音五郎さんと会っちまってそのままになっちまった。細かな拵えが判れば、おめぇの大刀かどうか解ったんだけどな」

 理論的にどうこうと説明することは出来ない。だが新選組の幹部として培ってきた『勘』が原田に警鐘を鳴らしていた。そして原田の勘を沖田は全面的に信じる。

「いいえ、それだけ教えてもらえばありがたいです。ほぼ間違いなく私達にとって『敵』でしょうから――――――脇差でどうにかなればいいんでしょうけど」

 沖田の言葉に原田が深く頷く。

「そうか。じゃあ重々身辺には気をつけろよ」

 心配ではあるが、流石にこんな奥まったところまで官軍の兵士が入ってくることはないだろう。周囲に気をつけるよう告げると、今度は本当に原田は去っていった。



 その日の夜、沖田は原田との話を小夜にもかいつまんで告げた。

「ってことでね。どうやら上野がきな臭いらしいんですよ。だからできるだけ早く江戸から離れるようにと原田さんに忠告されたんです」

 すると小夜は細い眉を潜める。

「上野言いますと・・・・・・浅草からも近いはずやったと」

「ええ、その通りです。本当に目と鼻の先で――――――でも弾左衛門屋敷の中でおとなしくしていれば薩長の連中も中に押し入ったりしないでしょう」

 沖田は小夜の不安を取り除くようにできるだけ穏やかに告げる。

「私達も動けるようになったら早めに京都に向かったほうが良いかもしれません。甚五郎さんたちにもその旨を伝えておきましょうかね」

 沖田の言葉に小夜も深く頷く。

「せやけど総司はんはええんどすか?」

「ええ、故郷とは言っても今は親族や知人、新選組の仲間も江戸から離れていますしね。薩長軍がうろついている江戸に未練はありません・・・・・・あ、襁褓かな?」

 泣き出した佳世の襁褓の濡れを確認しつつ、沖田はてきぱきと手際よく襁褓を変えてゆく。その姿に『新選組一の人斬り』と呼ばれた、鬼気迫る迫力は微塵も感じられなかった。



 原田が沖田を訪ねてきた翌日、千駄ヶ谷に二人連れの官軍兵がやってきた。だが巡察ではなさそうだ。自分の物とは明らかに違う大刀を手に、何かをきょろきょろと探している。

「おい、松沢。そんなにこだわんなくてもいいだろう。それにここいら辺は植木屋ばかりだ。どの植木屋にその刀の持ち主がいるかなんて解ったもんじゃないぞ」

 大刀を手にしていない兵士が早く帰ろうと促すが、松沢と呼ばれた男は首を横に振る。

「諦めるな、飯田。少なくとも『植甚』はここいらへんにあるはずだ。あの雲助達が言っていたんだからたぶん間違いないだろう」

 そう言いながら松沢はきょろきょろと辺りを見回す。だが人々はそんな官軍の二人を胡散臭げに遠巻きにするだけだ。

「雲助達にあんな法外な金を支払ったんだ。何か後ろ暗い事をしているに違いない」

「それはたまたまだったんじゃ・・・・・・そもそもあの巡礼の女、町人じゃなかったしさ。きっと鳥追いか門付けを孕ませた、御家人か旗本の次男家三男か何かじゃないのか?ここにいるのも勘当のためとか」

「いいや、絶対に違う。あいつは間違いなく官軍に仇成す男だ」

 そうは言うものの上からの命令ではない個人的な捜査である。勝手に庶民の家に押し入ることは西郷を始めとする薩摩の上層部から厳しく禁じられていた。もしそれを破れば家族にまで累が及ぶ厳しい処罰が待っているだろう。
 二人の男は暫く植木屋通りを探したが、結局植甚の場所はわからず、千駄ヶ谷を後にする。だがこの小さくも不穏な予兆は後日大きな驚異と変わり、沖田夫婦を襲うことになる。



UP DATE 2016.6.11

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『小さな鼓動』第三話は、上野戦争への鼓動そして沖田夫妻を狙う男たちの気配の話になりました。どちらもまだ小さなものですが、時期に確かな、そして大きな鼓動となり動き出すでしょう。それらの波を沖田らは上手く避けきれるのか、それともまともに受けてしまうのか――――――その話はこれから書かせていただきますm(_ _)m

次回更新は6/18、沖田夫妻を離れ上野戦争に向かう官軍vs幕府の動き、そして宇都宮戦線をかる~くまとめさせていただきます(#^^#)
(たぶん怪我で寝込んでいる歳の回想という形で宇都宮戦争は書くことになるかも(^_^;))
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