「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第十章

夏虫~新選組異聞~ 第十章第ニ話 小さな鼓動・其の貳

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 初夏の涼やかな夜風が植甚の離れを通りすぎてゆく。周囲の木々が全ての音を吸い取ってしまうのか、耳が痛くなるほどの静寂が包み込む中、小夜の押し殺したすすり泣きだけがやけに部屋の中に響いた。泣きじゃくる小夜を前に、沖田は佳世を膝に抱いたまま見つめることしか出来ない。

「うちは総司はんを裏切って、藤堂はんの子を宿したんえ?せやのに何故その子を・・・・・・佳世に優しく・・・・・・」

 事情はどうであれ、小夜にとって佳世は『不義の子』である。なのに沖田はその事実を一切なじること無く、むしろ積極的に佳世の世話もしてくれる。だからこそ余計に小夜は罪悪感に苛まれるのだ。
 その事を涙ながらに訴える小夜に、沖田は困惑の表情を浮かべつつ己の気持ちを口にする

「だって仕方ないですよ。あの時は近藤先生に別れさせられた直後でしたし、心細さだってあったでしょう。そんな状況で藤堂さんの口車に靡くな、っていう方が無理ですよ。尤も・・・・・・藤堂さんが小夜を口説き落としている現場を見てしまった時はかなり衝撃を受けましたけどね」

「え・・・・・・?」

 まさかその場面を見られていたとは思いもしなかった小夜が驚きの表情を露わにする。

「本当に偶然でね。藤堂さんの後をつけて行ったらその場に出くわしてしまったんですよ。本当だったら飛び出して藤堂さんを殴りつけたかったところですが、別れた直後でしたし、私も後ろ暗くて飛び出すことが出来ませんでした。もし、あそこで飛び出していたら・・・・・・小夜にもあんな苦労をかけさせることはなかったはずです」

「総司、はん」

 沖田の優しさに満ちた言葉に、新たな涙が小夜の目から溢れる。

「土方さんに頼まれたとはいえ、諜報の真似事までさせてしまって・・・・・・それとね」

 沖田は小夜のぷくぷくと柔らかな頬を指先でそっと撫でながら笑みを浮かべる。

「私もこの子も実の父親との縁が薄いんですよ。私の父も私が生まれる前に亡くなっていますし、佳世に父親に至っては私が殺したようなものですし・・・・・・だからこそ余計に愛おしさを感じてしまうのかもしれません」

 沖田は佳世を左腕に抱えなおすと、小夜の側へにじり寄る。そして右手で小夜を抱えるように抱きしめた。

「私だって近藤先生や会津からの命で小夜以外のおなごと所帯を持つところでしたし、その点はお互い様です。だから、罪悪感に苛まれることは無いんですよ。時間はかかるかもしれませんが、少しずつ本当の親子に・・・・・・家族になっていきましょう」

 この穏やかな生活がいつまで続くか判らない。だがやっと得られたこの安寧を大切にしたいと思うのは沖田も小夜も同じだった。その事実をようやく理解することが出来た小夜は、沖田の肩に顔を埋め、声を上げて鳴き続けた。



 翌日、表面上は何ら変わったところがない沖田と小夜だったが、昨晩互いの心の中を吐露した為だろうか、更に穏やかで濃密な空気が漂っていた。沖田が負った数々の心の傷も、小夜が負ってしまった良心の呵責も一日二日で治るものではないだろう。だが、佳世の成長とともに徐々に癒やしていけばいいのだ。
 薩長軍を中心とする官軍が跋扈する江戸だが、甚五郎の家の片隅で暫く厄介になり、小夜や佳世が旅に耐えられるようになったら、できるだけ早く京都に戻ればいいと沖田は考えていた。この穏やかな生活を失いたくない、武士として戦うことなどもう無理だ――――――佳代の活き活きとした泣き声や小夜の微笑みに包まれる生活で、沖田は武士としての矜持を失いつつあった。だが凪のように静まり返ったその生活に一石が投じられたのは佳世が生まれた半月後にあたる閏四月半ばの事だった。



 初夏と言うにはだいぶ強い日差しの中、沖田は久しぶりに素振りの稽古をしていた。半月前、小夜を乗せた駕籠についていくためとはいえ大刀を打ち捨てなければならないほど衰えていた自分では、小夜や佳世以上に京都に帰るのが無理だと思い至ったからである。ただ、昔は重たい木刀でも楽々できた素振りだったが今は軽い竹刀での素振りだ。

「総司はん、あまり無理はせんといてくださいね」

 沖田の衰えを目の当たりにしてお茶を淹れた小夜が沖田に声をかける。

「ははは。木刀どころか竹刀での素振りで小夜に言われてしまうとはね」

 冗談めかしながらそう言うと、沖田は差し出された茶を口に含む。

「へぇ、もう新茶が出回っているんですか」

「甚五郎はんのご商売相手に駿府の方がいらはるようで。その御方からのいただきものや言うてはりました」

「なるほど。確かに商店は殆ど仕事になっていませんからね」

沖田がそう呟いた時、不意に寝ていた佳世が泣き出した。

「ん~、しーしーじゃないでちゅね~」

 小夜を制して素早く佳世の襁褓を確認した沖田は、小夜に乳を促す。だが、乳を与えようとしても佳世は何故かむすがって飲もうとしないのだ。

「どうしたんでしょう?熱もないみたいですし、虫に食われたようなところもなさそうですし・・・・・・珍しいですね、佳世が理由もなくむすがるなんて」

 その時、植木屋の入り口の方から何やら人が騒ぐ声が聞えるのに沖田は気がついた。

「珍しいですね、甚五郎さんのところであんな喧嘩腰の騒動なんて。植木屋にしては若い人も穏やかなのになぁ」

 沖田は立ち上がり小夜に声をかける。

「ちょっと様子を見てきます。たぶん佳世はあの声に驚いたのでしょう」

 単なる喧嘩だとは思うが、娘の眠りを妨げる存在は『父親』として許しがたい。沖田は竹刀を手に取ると騒ぎのする方へ向かった。



 沖田が玄関の方へ出向くと、そこでは植甚の若い者と武士らしき二人連れが言い争いをしていた。その格好からすると武士の二人連れは官軍兵ではなさそうだ。となると彰義隊かもしれないが、その会話の内容が剣呑だった。

「本当に隠し立てをすると承知しないぜ?ここで沖田総司、って野郎を匿っているだろ?」

「いいえ、知りません!何なら親方を連れてきましょうか!」

 どうやら沖田のことについて言い争いをしているらしい。脇差しも持たない、竹刀だけの心許ない武装だが、ここまで出てきてしまって引き返すわけにもいかない。沖田は覚悟を決め言い争いをしている男たちに声をかける。

「すみません。私に御用のようですが何か・・・・・・あっ!」

 沖田の声に気がついた相手が振り返った瞬間、沖田は思わず声を上げてしまった。そして相手のうちの一人も大声を上げる。

「総司!やっぱりここにいやがったか!」

 それは原田左之助だった。

「原田さん!何でこんなところにいるんですか!!」

 永倉と共に新選組と袂を分かち、会津に行った原田が何故江戸にいるのか理解できず、沖田は目を白黒させる。

「ちょいと訳ありでさ。そうそう、五日前くらいに音五郎さんに会ったんだよ、板橋で!」

 原田が江戸にいるのは相応の理由があるらしい。さらりと流された後、原田はここに来た理由を口にした。

「近藤さんの身体を奪い返そうって思って俺も板橋に行ったんだけど、そこで音五郎さん達に出くわしたんだ。そうしたらおめぇがここで厄介になっているって教えてくれてさ。それにしても元気そうだな前に会った時に比べてだいぶ顔色も良いじゃねぇか!!」

「ええ、お陰さまで。江戸に残って体力を温存していたからですかね」

 久しぶりにあった仲間に話は尽きない。さすがに他の人間を自分達に付き合わせるのも忍びなく、沖田は植甚の若い者に声をかけた。

「すみません。この人は私の昔からの知り合いで新選組幹部だった人なんですよ。決してあやしいひとじゃありませんので・・・・・・原田さん、もしよろしかったら奥でお茶でも如何ですか?」

 すると原田は笑顔を浮かべ、同伴していた仲間に告げる。

「ちょっと話が長くなっちまいそうだから、先に帰っていてもいいぜ」

 確実に長話をする気満々の原田に、相手も諦めたのだろう。『門限にはできるだけ間に合えよ』と言い残し、あっさりとその場を立ち去った。



 沖田は甚五郎に一声かけた後、奥の離れに原田を連れてきた。そして原田は小夜の顔を見るなり『あっ!』と驚きの声を上げる。

「確か・・・・・・お小夜さん、だったっけ?何で江戸に?」

「実は私の未練タラタラの置き手紙を心配して、こっちに来てくれたんです。身重だったのに・・・・・・おなごは強いですよねぇ」

 沖田は小夜に口を挟ませぬよう早口で事情を話すと、素早く原田に耳打ちする。

「藤堂さんの事は一切聞かないでください。小夜も色々思いつめちゃって」

 その一言で原田は小夜が抱えている赤子が誰の子か瞬時に理解した。小さく頷き、屈託のない笑顔を見せる。

「身重の身で京都からか・・・・・・そりゃあ大変だったな。にしても元気なややだ。男の子か?」

 植甚の門にいた時にも泣き声が微かに聞こえたくらいだ。その声の大きさに男の子かと判断したらしい原田だったが、沖田と小夜は顔を見合わせ苦笑いを浮かべる。

「へぇ、実は女の子で・・・・・・佳世いいます」

「あ、悪ぃ悪ぃ!うちの茂と同じくらい元気な泣き声だったもんでよ。ちょいと抱かせてもらってもいいかい?」

 そう言うと原田は小夜から佳世を受け取り、あやしはじめた。

「お佳世ちゃ~ん。べろべろ、ばぁ!」

 やはり父親としての経験なのだろう。原田のあやし方にぐずっていた佳世は途端に笑みを浮かべた。

「うまいですねぇ、原田さん。父親としてはちょっと面白く無いですけど」

 原田の腕の中で瞬く間に機嫌を直した娘の顔を覗き込みながら沖田は感心する。

「おうよ、こどもをあやすのは俺の役目だったからな。俺は襁褓も代えられなかったから、これくらいはできねぇとおまさにオン出されちまったんだ。それに二人目も・・・・・・」

 そう呟いた途端、原田は真顔になる。

「はっきりしたことは判らねぇんだが、もしかしたら二人目を宿していたかも知れねぇんだ、あいつ。最後に会った時、つわりみたいな吐き気に襲われていてよ・・・・・・ありゃ、きっと二人目だな。茂の弟か妹が早く欲しい、ってお互い頑張っていたしよ」

 原田は腕に抱いた佳世をそっと抱きしめる。

「もし、そうだったらこの子と同い年だよな。てめぇの子なのに抱くことも出来ねぇなんて・・・・・・くそっ、おまさに会いてぇな!」

 佳世を抱きつつ鼻をすする原田の目には、光るものが滲んでいた。




UP DATE 2016.6.4

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総司と小夜の心の葛藤の話になるかと思って書きだした話は、最終的に『色々な父親像』の話になってしまいました。何故だろう(・・?

いわゆる『不義の子』に対して総司は実の父親のような愛情を注いでおりますが、もしかしたらそれは育ての父親や試衛館の師匠たちの影響があるのかもしれません。実の父親との縁は薄かった総司ですが、父親代わりをしてくれた他の男達には惜しみない愛情を受けておりましたからねぇ(●´ω`●)だからこそあまり血のつながりを気にせず佳世に愛情を注いでいるのかもしれません(元々の子供好きもありますが)
そして実の子供を京都に残しながら、二度とその子供らを腕に抱けないかもしれないと涙を流す原田(´・ω・`)時代や状況が許さないとはいえこれは切ないですよね。更に『もしかしたら二人目が!』と思いつつ、それさえも確認できないとなると・・・ねぇ(´;ω;`)本当の心の中は定かではありませんが、やはりもう一度は子供の顔を見たかったに違いありません。

次回更新は6/11、総司夫婦と原田の話はこれからが本番となります(๑•̀ㅂ•́)و✧
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S様、コメントありがとうございますm(_ _)m 

S様、わざわざのご来訪ありがとうございます(*^_^*)
沖田達との再会によって原田に里心が芽生えてしまったようです(´・ω・`)
おまさともれない結婚だった原田ですから余計に家族の許に戻りたかったに違いありません。
これから時代の波に呑まれていく彼らですが、そっと見守っていただけるとありがたいですm(_ _)m
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