「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第十章

夏虫~新選組異聞~ 第十章第一話 小さな鼓動・其の壹

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 明烏どころか鶏さえまだ眠りについている暁七ツ、ようやく産湯も終わったらしく甚五郎の妻が赤子を抱えて表に出てきた。

「ほら、沖田さん。あんた父親なんでしょう?さぁ抱いてあげなさいな」

 細かな事情を知らない甚五郎の妻に強引に赤子を押し付けられ、沖田は生まれたばかりの赤子を抱く。そして恐る恐る赤子の顔を覗き込んだ。まだ赤みが引かないものの、穏やかに眠っているその顔立ちに、藤堂の面影は全く感じられない。それよりも強く感じたのは赤子の小ささだ。

「赤子って、こんなに小さなものでしたっけ?もう少し・・・・・・大きいと思っていたのですが」

 赤子の顔を覗き込みながら、沖田は誰ともなしに尋ねる。その顔には知らず知らずのうちに『父親』の笑みが浮かんでいた。その笑顔に何の疑念も抱くこと無く、甚五郎の妻は沖田の問いかけに答える。

「ああ。どうやら月足らずみたいですよ。お小夜さんが言ってましたよ。生まれるまでまだ間があるからその間に物騒な江戸を離れようと思っていたって」

 確かに官軍の兵士が跋扈し、幕臣の処刑が行われる江戸では落ち着いて出産も子育ても出来ない。特にそれが自分の故郷でないのなら尚更だ。

「そう、ですか。ところで小夜は?」

 沖田は赤子のふにふにとした頬を指で撫でながら、ようやく甚五郎の妻の方を見る。

「娘に甘いのは武士でも植木職人でも変わらないんですねぇ・・・・・・お小夜さんなら着替えも終えて休んでますから、労ってやっておくんなさいな」

 甚五郎の妻は人の良い笑みで沖田を促した。その促しに頷き、沖田は赤子を抱いたまま中へ入った。すると高々と積まれた布団に寄りかかり休んでいるいる小夜がいた。かなり疲労困憊なのだろう。目の下にはかなり濃い隈ができており、額にはおくれ毛が汗でぺったりくっついている。その小夜と目が合うと、沖田はにっこり微笑んだ。

「小夜、お疲れ様でした。とにかく今はゆっくり休んでくださいね。お乳以外は私もできるだけこの子の世話はするようにしますから」

 沖田は赤子の顔を小夜に見せるように抱きなおす。

「これから、名前を考えなくてはいけませんね。男の子だったら近藤先生の名前を貰って、と思っていたんですけど女の子の名前なんて全く考えていなくって」

「総司、はん?」

 沖田の口からそのような言葉が出てくると思っていなかったのか、小夜は驚きに大きく目を見開く。そして何か言おうと口を開きかけた時、沖田はその発言を封じるかのように小夜の頬をそっと撫でながら囁いた。

「とにかく今はゆっくり休んでくださいね。子育てはこれからが大変なんですから」

 自分達の事情はここで言うべきではない――――――そんな事を暗に滲ませた沖田の言葉に小夜は小さく頷いた。



 産婆と山田トキを送り出し、お七夜の簡単な打ち合わせを終えると甚五郎夫婦と音五郎達は沖田達のいるはなれを後にした。

「音五郎さんたちは村に戻られるのですか?」

 はなれを去る前、沖田が問いかけた質問に音五郎は厳しい表情を浮かべる。

「本当ならすぐにでもそうするべきなんだろうが・・・・・・勇の身体をあのままにしておくわけにもいかねぇだろう。薩長に奴らの様子を伺いながら奪い返すつもりだ」

 官軍の厳重な管理下に置かれている首級はともかく、せめて身体だけは打ち捨てられている刑場から運び出し、墓に埋めてやりたいという音五郎の言葉に、沖田も深く頷いた。

「もしよろしかったら私も・・・・・・」

「おいおい、その身体でか?気持ちだけありがたく受け取っておくよ。それよりもお小夜さんの側にいてやんな。流石に知らねぇ土地でややを産んだんだ。心細くなっているだろうし」

 音五郎は沖田の申し出をやんわり断り、離れから立ち去った。残された沖田と小夜は甚五郎の妻が先程用意してくれた少々早めの朝餉を食べる。その頃にはようやく東の空が白々と明けてきた。

「小夜、大丈夫ですか?こっちのものはかなり味が濃い目ですけど」

「へぇ。弾左衛門はんのところでだいぶ慣れましたから」

 そう言いながらも、流石に味噌汁は濃すぎたらしい。沖田に頼んで火鉢にかけていた白湯で薄める。

「そうでしたね。土方さんや松本先生からその話を聞いていたんですけど、なかなか都合がつかなくって。しかも新選組と弾左衛門は、その・・・・・・甲州で色々あったみたいで」

 鉄瓶を火鉢に戻しつつ、沖田はちょっといいにくそうに言葉を濁す。甲州勝沼の戦いは新選組にとっても弾左衛門はいかにとっても癒しがたい傷を受けた戦いだ。その確執はちょっとやそっとじゃ消えることはないだろう。転戦に次ぐ転戦もあったが、甲州勝沼の戦いのとばっちりの件もあり沖田はなかなか弾左衛門の所に小夜を訪ねることが出来なかったのである。

「その話はうちも聞いてはります。ひどい負け戦やったと・・・・・・ほんまに総司はんが生きてくれているのか、無事に逢えるのか不安どした」

「小夜・・・・・・」

 その時である。寝かしつけていた赤子が突如泣き出したのである。沖田は反射的に動こうとすつ小夜を制し、赤子に近づく。

「襁褓が濡れているわけじゃないからお乳ですかねぇ。小夜、頼めますか?」

「へぇ。せやけど総司はん、手際がええですね」

 男にしてはテキパキと赤子の世話をする沖田に、小夜は唖然とする。

「ええ。甥っ子や姪っ子の襁褓を替えるのはやってましたからね。あ、ゲップ出しは私がやりますから、お乳が終わったらその子をこっちに寄越してくださいね」

 それは小夜を気遣ってというより、赤子を構いたくてしょうがないらしい。乳を飲み終えた赤子を引き取ると背中を撫でさする。そんな沖田の姿を小夜は複雑な表情で見つめていた。



 生まれた赤子は普通の赤子よりやや小柄という点を除き、何ら問題なく――――――むしろ元気すぎるほど元気な赤子だった。よく乳を飲み、元気よく泣く。全身から生命力が溢れ出るその姿に沖田の疲弊しきっていた心身は癒され、力がみなぎっていくようだ。
 その一方小夜の元気が徐々になくなっていくような気がした。もしかしたら赤子の夜泣きで起こされ、乳を与えるところからくる疲労なのかと沖田は考えていた。だが、それが思い違いだと知ったのはお七夜の日の事だった。

 状況が状況なので祝いの席に参加したのは甚五郎の夫婦と産婆の手配をしてくれた山田トキ、そしてトキから知らせを受けた弾左衛門の妻の四人だけだ。辛うじて赤飯は用意出来たものの、尾頭付きの鯛は手に入れることができなかった。何せ江戸前の海には官軍旧幕府軍双方の軍艦が出入りしている状況である。漁師達が漁に出るなど無理なのだ。

「ではこの子の名前をお披露目させていただきます」

 沖田は皆を見回したあと、目の前の半紙にさらさらと子供の名を認める。

「――――――佳世、です。この子が大きくなる頃には戦など無い、佳き世になるように、と」

「おお、いい名前ですな。確かにこの子が大きくなった頃にはきっと佳き世の中になっておるでしょう」

 甘酒の祝い酒を酌み交わしながら談笑する。だが、小夜だけは何故か沈んだままだ。

「どうしたの、お小夜ちゃん?元気ないわね」

 気がついたのは弾左衛門の妻だった。以前屋敷で世話をしていた頃の小夜に比べ顔色は悪く、明らかにやつれているのだ。流石に心配になった弾左衛門の妻は小夜に近づき、小夜の顔を覗き込む。

「あ、ええ。ちょっと寝不足で・・・・・・」

 小夜は無理に笑顔を作り、言葉を濁した。その言葉の濁し方は明らかに疲れからくるものではない――――――ここへ来て沖田は小夜の元気の無さの原因が他にあることに気がついた。

「すみません。何せ佳世は泣き声が大きくて。私も襁褓の取り換えくらいはやっているんですけど、どうしても夜中に起こされてしまって」

 取って付けたような沖田の言葉だったが、その場にいたものはその言葉を信じた。

「確かにそうよね。特に初めての子じゃ気を使うもの」

「じゃあ私達はそろそろ・・・・・・お小夜ちゃん、無理はしちゃダメよ」

「もしあまりに疲れるようだったらうちに連れていらっしゃい。うちの子供達もお佳世ちゃんを歓迎するから」

 代わる代わる女達は小夜に言葉をかける

「ありがとうございます。そのうちご挨拶がてら連れて行きますので」

 そんな挨拶を交わし、お七夜のささやかな宴の席はお開きになった。そしてその足音が全く聞こえなくなったのを見計らい、沖田はようやく小夜に本題を切り出す。

「小夜、一体どうしたのですか?最近のあなたは沈みがちですよ。もし何か心配事や要望があったら遠慮無く・・・・・・」

「・・・・・・んで、なんで総司はんは・・・・・・そんなに優しいん?」

 ぽろり、と小夜の目から涙が溢れる。

「この子は、藤堂はんの子え?総司はんの子やないのに、何でこんないい名前まで・・・・・・」

 そこまで言うと小夜はわっと泣き出した。




UP DATE 2016.5.28

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第十章、ようやく開始しましたヽ(=´▽`=)ノそして書き出しに時間がかかってしまい申し訳ございません(>_<)
こども好きの総司にとって小さな赤子―――佳世はエネルギーの源になったようですが、小夜にとっては自分の不義を思い知らされる重石となってしまったようです(´・ω・`)総司が佳世を構えば構うほどそれはますます小夜の負担になっていくようで・・・とうとうお七夜の夜にその思いが爆発してしまいました(>_<)
総司としては多少のわだかまりはあったものの、『ちいさくてかわいいの』を構っているうちにそれも吹き飛んでしまったのでしょう。邪気は全く無いと思われます(^_^;)だからこそ小夜の葛藤に気がつくのが遅れてしまったのかも・・・果たしてこの三人の関係がどうなっていくのか、次回、というよりは第十章全体でお楽しみ下さいませm(_ _)m
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