「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第九章

夏虫~新選組異聞~ 第九章・結

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 沖田老人の質素な部屋に、夏の潮風が吹き抜ける。沖田の口が噤まれ、昔語りが終わると共に中越と智香子は幕末の板橋から大正の沖田老人の部屋へと引き戻された。

「すごい、小夜先生・・・・・・お腹に赤ちゃんがいるまま江戸まで来たなんて」

 智香子は感嘆の溜息混じりに呟く。その頬は上気し、目は小夜に対する尊敬と憧れにきらめいている。

「母は強し、と言いますが、それにしてもすごいですね」

 中越も小夜の行動力に驚きを隠せない。それもそうだろう。鉄道が各地に張り巡らされた大正であっても京都から東京へ出向くのは大変だ。それにも拘らず徒歩で、しかも身重の身で小夜は江戸までやって来たのだ。しかもいつ戦争に巻き込まれてもおかしくない状況下で、である。
 無謀と言ってしまえばそれまでだが、小夜も沖田に会いたいという一念で必死だったのだろう。

「ええ、本当に小夜は強いおなごでした。その強さにどれだけ助けられたか」

 穏やかな色をした沖田老人の目が、懐かしさに細められる。

「それに比べて私は本当に弱い男でした。戦でも使い物にならず、近藤先生も助けることが出来ず・・・・・・」

「しかし、近藤局長はどこに監禁されていたか判らなかったと聞き及んでおります。それにあれほどの大物ならば見張りも相当なものだったでしょう。沖田さん一人では流石に救出は無理だったと思いますよ」

 沖田老人の話を聞くようになってから、中越は当時の状況を予め調べておくようになっていた。その調査からすると近藤の監禁場所は本当に極秘裏で、処刑そのものも当日の朝決定されたというものだったらしい。そのような状況で、処刑日前に近藤を見つけ出し、救出するという方が不可能だ。
 沖田一人では勿論、新選組総出でも近藤救出は無理だったかもしれない――――――そんな中越の言葉に、沖田は深々と頭を下げる。

「お気遣い、ありがとうございます。でも、そう慰めて頂いても、せめて監禁された場所くらい見つけられたんじゃないかと今でも思うのですよ」

 重苦しい沈黙が部屋に満ちる。その嫌な空気を壊したのは智香子であった。

「もう、せっかく赤ちゃんが生まれた、めでたいお話の後なのに!時間も丁度良いですし、そろそろお昼ご飯にしませんこと?」

 しんみりした空気を打ち壊すようにわざと元気に言い放つと、智香子は昼餉の準備をしに台所へ向かった。その後姿を見やりつつ、男二人は苦笑いを浮かべる。

「いやはや・・・・・・今も昔もおなごは強いですな」

 沖田の言葉に、中越も同調する。

「ええ、結婚したら間違いなく尻に敷かれるでしょうね。尤も新聞記者の妻としてはあれくらいのほうがありがたいですが」

「確かにその通りかもしれません。男尊女卑、などと言われながらもおなごがいなければ男はろくな仕事さえ出来ませんからねぇ」

 沖田老人にようやく屈託のない笑みが戻る。その柔らかな笑顔に中越は安堵を覚えた。



 食事の間は喋ってはいけない――――――昔の人間ならばそう躾られているはずなのに、沖田老人は食事をしながらもよく喋った。流石に口の中のものを飛ばすような下品な真似はしなかったが、それにしてもよく喋る。というよりその喋り方がやけに板についているのだ。これはかなり長い年月にわたっての習慣だと中越は踏む。

「沖田さんって、意外と器用なんですね」

 箸をおいた中越は、半ば呆れたように指摘する。

「食事をしながら喋り続けるなんて・・・・・・しかも唾や口に中のものを一切飛ばしたりしない。なかなかできるものじゃありませんよ」

 すると沖田老人はバツが悪そうに頭を掻いた。

「いやはや、行儀が悪くて申し訳ありません。未だに長年の習性が抜けなくて」

「長年の、習性?」

 中越が不思議そうに小首を傾げる。

「ええ。私が喋らずにゆっくり食事を堪能できたのは試衛館の内弟子時代くらいです。それは先輩方がひたすら喋り続けるので、聞き役に回っていただけなんですが」

 ゆっくりと箸を置いた沖田老人は照れくさそうな表情を浮かべる。

「新選組時代は忙しくて食事の時間もままなりませんでした。握り飯を齧りつつ副長室で巡察の報告をしたり、茶屋で台の物を汁で流し込みながら会談をしたりと――――――そう言えば芸妓衆もいたはずなのに端唄の一つも堪能できなかったですね」

「それはそれは・・・・・・まるで戦場のようですね」

 食事を味わうことさえろくに出来ず、ただ口に放り込むだけ。それも仕事の報告をしながらとは――――――中越は顔をしかめる。

「まるで、じゃなくて戦場そのものだったのでしょう。今思い返してみたらよくあの激務に耐えられたなと思います。それ故いつの間にか精神を病んでいたのでしょうね・・・・・・本当はゆっくり、食事に向き合うゆとりくらいは必要だったのにそれさえも出来ませんでした。あ、それと」

 沖田が思い出したように話を続ける。

「明治になって、ここで暮らすようになってからは小夜が忙しくてなかなか会話をする時間が取れなかったんですよ。だから食事の間にそれぞれあったことの報告を・・・・・・一番の原因はそれですかね。私の、というよりむしろ小夜の戦場が原因なのかもしれません」

 膳を下げ始める智香子に礼を述べつつ、沖田は中越に語りかける。

「もし宜しかったら、午後もこの爺の話に付き合っていただけますかね。今日中にできる限りの話はしてしまいたいですので」

「出来る限り、といいますと?」

「話は江戸で終わり、というわけじゃないんです。満身創痍でしたけど、これでも蝦夷まで行きましたからね。小夜と共に」

「え?何ですって?」

 中越は思わず大声を上げてしまう。

「沖田さんでさえ体調が優れなかったっていうのに・・・・・・しかもお小夜さんは産後ですよね?大丈夫だったんですか?」

「取り敢えず、小夜は去年まで生きておりましたし、私もこの通りですのでねぇ」

 沖田老人は照れ笑いを浮かべつつ、遠くを見つめる仕草をした。

「流石に佳世は人に預けていきましたけどね。その預けた人物も神仏の思し召しじゃないかと思うような方で」

「神仏の思し召し?」

「ええ、江戸の混乱の中どころか、普段でさえそう簡単に出くわさない人に偶然出くわしましてね。当時の状況の中で一番信頼がおける方でしたので、その方にヤヤを預かってもらいました」

 相手に対してやけに丁寧な物言いから鑑みると、沖田にとって目上の人物なのかもしれない。

「その話は午後にして頂けるのでしょうか?」

「ええ、勿論です。多分冒頭に近い部分でお話することができるんじゃないかと・・・・・・」

 その時、片付けを終えた智香子がほうじ茶を乗せた盆を手に部屋に入ってきた。

「佑さん、抜け駆けはだめよ。私だって沖田のおじいちゃんのお話、聞きたいんだから」

 二人の会話を台所で聞いていたのだろうか。不服そうに頬をふくらませる智香子に二人は思わず笑う。

「安心してください。智香子さんを仲間はずれにはいたしませんよ。取り敢えず喉を潤したあとに先ほどの続きを話しましょうか」

 沖田老人は笑顔のかたちに深く皺を刻むと、智香子が差し出したほうじ茶を手に取った。




UP DATE 2016.5.14

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『夏虫』第九章、何とか無事終わりました~ε-(´∀`*)ホッ次回からはとうとう大台の第十章、二次で新選組を書いた時よりも遥かに長くなっております/(^o^)\

中越も智香子も身重の身で京都から江戸までやって来た小夜のバイタリティに驚きを隠せないでいるようです。この当時ではかなり全国に鉄道が敷かれ、京都から東京までも汽車で数日で着いてしまいますからねぇ。歩きはやはり驚異だったようです(^_^;)
また、心配された沖田老人の体調もこの日はだいぶ良くなっているようで・・・少なくとも午後の部までは無事話し終えることが出来そうです♪
とは言っても残りは沖田達の江戸脱出(上野戦争)から会津、そして函館くらいですからねぇ。第十章では出来る限り会津のエピソードまで語り尽くさせたいものです♪

次回更新は5/21、お食後のほうじ茶を飲みつつジジイ総司の語りが始まりますが、その前に午前の話の整理などをするかも知れません(*^_^*)
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